第11話 -いざ文化祭へ-

 総文の県予選も終わり、大方の予想通り出来レースのような結果となったが、西廿日高校吹奏楽部はこれからが大変だった。


 休む間もなく翌日の6月8日から文化祭用の練習に突入したが、文化祭で演奏する本番が6月20日(土)なので、2週間を切っている。

 文化祭用の譜面は配られてはいたが、これまでは総文の練習ばかりしていて、文化祭の曲は殆ど合わせていないので、これから先の部活は合奏がメインとなった。


 曲は去年よりもポップス系が多く、丁度NHKの大河ドラマのテーマ「独眼竜正宗」も、先生が気を利かせて選んでくれている。また途中でアルフィーの「サファイアの瞳」なども入れるなど、福崎先生なりに少しでも盛り上がるよう、配慮して下さっていて、感謝しかない。

 その分、クラシック系の重たい曲は去年より少なくなったが、問題は司会だった。


 去年は須藤先輩が司会も同時にやっていたが、それはチューバが舞台の一番右袖で、マイクを握りやすい位置だったからであり、今年は俺が曲ごとにマイクの位置まで往復すると大変な時間のロスになる。


 そこで司会は部長がやるのではなく、やりたがる人にやってもらおうと思った。


「え?俺が司会?」


 そう、前部長、須藤先輩に頼みに行ったのである。

 こんなことを下駄箱にメモを入れて伝えるのは失礼なので、緊張しながらも昼休みに3年6組を訪ね、須藤先輩を呼び出してもらい、文化祭での司会を打診したのだった。


「えー、今まで部長がやってきた慣例があるけぇ、上井君やりなよ」


 と一言目には言われたが、顔は満更でもなさそうだ。


「確かにそれでもいいんですが、バリサクって最近、ステージの端から中央へ位置が変わって、マイクまで遠いんです。曲ごとに行ったり来たりしてたらロスになりますし、また生徒が騒ぎ出しますし…。先輩に受けて頂いたら、すぐ袖で演奏を聴いて頂いて、すぐ喋って頂けるもので…。きっとクラスの模擬店とかもあって大変かとは思いますが、何とか一つご協力をお願いできませんか?」


「うーん、そこまで現部長に言われるとね…。よし分かったよ。どうせその時間は全生徒が吹奏楽部鑑賞で模擬店もやらないし、時間はあるけぇ、引き受けるよ」


「本当ですか?ありがとうございます!」


「どんな曲やるか知りたいけぇ、一度曲の順番とか、教えてよ」


「分かりました。曲の順番と、曲の小ネタを書いて、また先輩宛に届けますので、よろしくお願いします!」


「うん、よろしく。…大変だろうけど、頑張ってね」


「はい!失礼しました」


 ふーっ、3年のフロアってだけで全然雰囲気が違う…。2時間分の授業を受けた後くらいの疲労感だ。


 @@@@@@@@@@@@@@@


 そして放課後は、クラスの出し物の細かな話し合いをすることになった。


 2年7組は文化祭で、教室で行う「人間もぐら叩き」と、洋画の吹き替えを生徒が行う「2-7ロードショー」と、好きな人の写真を代わりに撮ってあげようという「代わりに撮れるんです」という3つの企画を行うことにしていた。


 クラスの全員がどの出し物にも必ず少しは係ることが決まりになっていて、男子の文化委員、三井と女子の文化委員、柴田の2名が、毎日準備を頑張っていた。


 この日決まったことは、俺についていえば空いた時間にモグラ役をやりに来る、映画は「ゴースト・バスターズ」に決めたが誰が何役をやるかはこれから決める、写真を代わりに撮りに行くのは、個人的な知り合いについて依頼があった時、ということだった。

 例えば村山の写真をリクエストされたら俺が行く、というような感じで、文化祭当日に受付を輪番で行うこととなり、俺はクジで初日の一番目に当たった。


 これだけ2年生のクラスで企画を立てたクラスは他になく、文化委員の2人には頭が下がるが、一方で俺は時間がない…と悩む羽目になった。


 そのせいか合唱コンクールの曲もチューリップの「心の旅」という、特に男女でハモリがない曲になってしまった。


 でも去年の1年7組より、知らない顔が多かった2年7組だが、少しずつ知り合いが増えてきて、クラスでも休み時間に馬鹿なことを言い合える友人が出来てきたのは嬉しかった。


 @@@@@@@@@@@@@@@


 クラスの話し合いが終わったら、次は部活へと顔を出した。


 合奏体系になっていたが、まだ合奏は始まっていなかった。


「お疲れ様でーす」


 と言いつつ入っていったら、福崎先生に呼ばれた。


(何かまたあったかな…)


 と思いつつ音楽準備室へ入ると、見かけたことがある顔の1年生女子が立っていた。


「今からでも吹奏楽部に入りたいって言って、入部届を書いてきてくれた、1年3組の…緒方中出身の、上井の後輩の女の子だ。…ごめん、もう一回名前を教えてくれるかな?」


「先生、大丈夫ですよ。名前なら俺が分かりますから。若菜さん、大歓迎!西高だったんじゃね」


 俺の緒方中学校時代の後輩、フルートの若菜美穂だった。


「あっ、はい…。上井先輩、お久しぶりです!ちょっと他の部に寄り道してて遅くなりましたが、やっぱり吹奏楽がいいなと思って」


「フルートが色々あって少なくなったところだったじゃけぇ、そこへフルート経験者ですと言って来てくれたから、俺も嬉しいが、上井はどうだ?」


「もちろんですよ!フルートで良かった~。今、3人しかおらんのよ。是非是非今日からでも即戦力でお願いしたいくらい!」


「もう、今日から入らせて頂いていいんですか?」


「うん。文化祭も迫ってきとるけぇね。じゃあ早速みんなに紹介しましょうか、先生?」


「ちょっと待て、お前は興奮しすぎじゃ」


 福崎先生が苦笑いしながら俺を静止してきた。


「まずフルートの3人に紹介して、文化祭の曲の割り当てとか変更あるならあるで、フルートの中で話してもらいたいし。みんなへの紹介はミーティングの時でいいじゃろう」


「そうですね。俺、色々ありすぎて、ちょっと焦ってました」


「ふふっ、高校でも上井先輩はお変わりないですね」


「えー、それ誉め言葉なん?」


「ええ。そうそう、横田ちゃんがよろしくって言ってました」


「あっ、横田美紀…ちゃんね。彼女はどこの高校に行ったの?知っとる?」


「はい…。彼女と森本さんも一緒に西高受けたんですけど、残念ながら…で、横田ちゃんは三洋女子、森本さんは日出山女子に通ってます」


「そうだったんじゃ…。去年、体育祭を見に来てくれてさ、必ず西高に入ります!って言ってくれとったけぇ、姿が見えんから心配じゃったんよ。残念じゃね」


「ですよね。横田ちゃんと森本さんは、上井先輩のこと、好きでしたもんね」


「ちょっ…、わ、若菜さん?」


 突然爆弾を放ってくるとは思わなかった。


「ほぉー、上井よ、そんな隠れたロマンスがあったんか。普段モテないとしか言わんくせに」


「先生まで…。止めてくださいよ~」


「まあまあ。じゃ上井から、まずフルートの3人に紹介してやってくれるか?」


「はい、分かりました。じゃ若菜さん、まずは入り口でスリッパを履き替える所から始めようか」


 俺はまず音楽室の入口から案内することにした。


「そういえば音楽室はスリッパを履き替えるんですよね」


「あ、知っとった?」


「はい、芸術の選択は『音楽』ですから」


「じゃあ大丈夫だね…っていうか、先生こそ、選択で音楽取ってるのに、名前と顔を覚えてないかもしれないピンチだね!」


「アハハッ、フルートを目の前で吹いてたら、覚えてくれますよね?」


「確かにね。緒方中からはね、ボーンに高橋さんが入ってくれたんよ…って、今はいないのか。後でまた探してみんさいね。あとクラリネットに、神戸さんがおるよ」


「先輩…」


「ん?」


「神戸先輩に、卒業直前にフラれちゃったんですってね…。なんて可哀想な…」


「なんで今そんなことを…。あっ、横田さんから聞いたのか」


「そうです。西高の体育祭を見に行った次の日、すごい興奮して色々教えてくれましたよ。上井先輩のこととか、ブルマの色が違うとか」


「ハハハッ…。笑いたいような笑えないような…」


「ちなみに先輩は、もう部長なんですか?」


「うん。高校って役員改選が早いんよ。1学期の始業式の日に改選するんよ」


「それで中学に引き続いて部長になられたんですか?凄いじゃないですか、上井先輩」


「凄くないよ~。まあ色々あるしね。じゃとりあえずフルートの方とご対面を…。桧山さん!」


「はい?」


「えっとね、フルート希望で今日入部してくれた、俺の中学校時代の後輩、若菜さんです。よろしく」


「えっ、ホントですか?新入部員?やったー、良かった!」


「初めまして…。1年3組の若菜といいます」


「若菜さん?そんな固くならんでええよ。フルートは1年しかおらんけぇ」


「えっ?そうなんです?」


「色々あって…ね、上井先輩」


「まあね。じゃけぇ、1年生だけど経験者だった桧山さんに、パートリーダーを務めてもらっとるんよ」


「そうなんですね」


「じゃあ早速、文化祭から大丈夫?」


「はい…いや、うん!」


 フルートはハローふじおかの春祭りの後、一気に人が抜けてしまっていた。

 残っていた3年生が俺への陰口問題で全員早期引退し、2年生で同期の龍田さんも諸事情で退部したいと申し入れてきて、1年生が3人、経験者は2人という状態だったのだ。


 だから若菜さんの入部は本当に助かった。


 次はその退部ドミノが、打楽器で発生しないことを願うばかりだった。


 だが…


<次回へ続く>

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