第9話 -神戸side-
末永先生のお陰で、アタシがフッてしまってから約1年ぶりに、上井君と会話が出来た。
百人一首大会で1年7組のチームとして上井君と一緒に出ろって言われた時は、彼はアタシがいたら絶対に引き受けないですよって、末永先生に何度も言ったけど、先生はやってみなきゃ分かんないわよと言って、強行突破で上井君を1年7組の百人一首大会代表チームに組み入れちゃった。
でもあの時はメグちゃんがいなかったら、1年ぶりにお話しすることも出来なかっただろうな。笹木のメグちゃんには感謝しなくちゃ。
上井君は誕生日まで覚えててくれて…。嬉しかった!
その後は、これまでは目が合ってもすぐ逸らされてたのに、上井君は「おはよう」とか「お疲れ様」とか言ってくれるようになって…。
それだけでも嬉しく思えるんだ。
アタシの勝手でフッておいて、友達になりたいなんて我儘、普通なら拒否するよね…。
上井君は…やっぱり優しい。
優しいから、傷付くと物凄い苦しんでしまう。
それを中3の時のアタシは分かってなかった。
だから上井君と一言だけでも会話できるようになった今は、心の中であの時はごめんね…って必ず付け加えてる。
そして上井君は頼まれたら嫌とは言えない性格なのも知ってる。
だから末永先生に頼まれて、仕方なく生徒会役員にならざるを得なかったんだと思うし。
2年生になる前に、次の部長は誰が良い?って話がアチコチで出だした時、殆どのみんなが上井君が良いって言ってた。
でもアタシは心配だった。
上井君のことだから、自分からなりたいとは絶対に言わないけど、周りにやれと言われたら、引き受けてしまう。
アタシはこれでも中学時代の上井君が、吹奏楽部の部長をやらされて苦労したのを見てきてる。
付き合ってる時も元気のない時が多かったし。
だから、もう上井君、これ以上他人のために自分を犠牲にしないでほしいと思った。だから…
「俺?無理だって。全然器じゃないし」
アタシはダメ元で、大村君に部長になるように勧めた。
「今の部内の雰囲気は、完全に次の部長は上井ってなってるよ?俺みたいな初心者が部長になりたいなんて言ったら、笑われて終わりだよ」
「でもね、上井君は生徒会役員も仕方なく引き受けたのに、一部の先輩から陰口言われてたじゃない?部長になったら、また上級生が陰口言うんじゃないかって、心配なの」
「で、俺ならそんな心配はないと…。うーん…。チカちゃんは上井のことが、本当に大切な存在なんだね。別れても…」
「えっ、そ、そんなんじゃなくって、彼1人でなんでも背負いすぎないようにしたいだけなの」
「いや、いいんだよ。俺も、上井が今更チカちゃんに復縁を迫るとも思ってないし、取られるとも思ってないから。上井は男女を超えた大事な友達、そんな感じなんでしょ?その友達が部長になったら、また悩んで苦労してって日々が始まる、それをチカちゃんは見たくないと」
「…うん、まあ…」
「じゃあ俺、ドン・キホーテになろうか。仮に選挙になったとして上井に勝てるとは思わないけど、万一ってこともあるからね。もし俺が部長になったら、その時は、チカちゃんにも助けてもらいたい。いい?そして、上井には…いつか本心を言うの?」
「…分かんない。まだそこまで喋れる間柄には戻ってないから」
2年生になって吹奏楽部の役員改選の日、須藤先輩が部長になりたい人!って言ったら、上井君が予想通り手を挙げ、大村君も続けて手を挙げた。そしてアタシもビックリしたのは、村山君まで手を挙げたこと。
(村山君、いつの間にそんなこと考えてたの?)
確かに最近は、緒方中出身のみんなとは、一線を画すような行動をしてたけど…。
だから音楽室内もザワザワして、須藤先輩もビックリして、慌てて選挙の用意をし始めた。
そして立候補した3人に演説させてたけど…。
多分、上井君は誰も立候補者はいないと思ってたんだろうな。物凄く緊張してるのが分かるし、得意な喋りも声が震えてる。
大村君はアタシが原稿を書いた。その原稿を基にして、好きなように喋って、と言った。
拍手が聞こえた。上井君の演説が終わった。
山中君と大上君が、肩を叩いてよかったよと言っている。
…山中君と大上君が、上井君を部長にしようと説得したのね…。
その次、大村君の演説は、アタシが彼女っていう贔屓目で見ても、結構上手かった。拍手も結構あったし。
「ふぅ、人前で喋りなれてないから、疲れたよ」
「いや、良かったよ、大村君」
そして村山君の番だけど…。彼こそ人前で喋るのは苦手なはず。
一生懸命喋ってたけど、ずっと下向いて原稿読んでるから、それじゃあちょっと…。
とりあえず村山君の演説も終わって、拍手も起きたけど、さっきほどじゃなかったかな…。
「今の3人の演説を聞いて、部長に相応しいと思った候補者の名前を書いて、この箱に入れてください」
と須藤先輩が言っていた。
「俺の名前、2票だけだったりして」
「え?」
「俺と、チカちゃんの2票」
「それはないと思うけど…」
そして結果が発表された。
やっぱり新年度の部長は、上井君に決まった。
「うーん、やっぱりね。上井には敵わないよ」
「そうね…。でも、彼はまた大きな荷物を背負っちゃったんじゃないかしら。それが心配…」
「そんなに心配なら、声を掛けてやりゃあいいのに」
「だから、まだそこまで上井君とは元通りになってないんだってば」
大村君、ちょっと拗ねちゃったかな。
上井君はホッとした表情で、挨拶してる。こんばんはとか言って笑わせてるし…。
その後成り行きで、大村君が副部長、村山君が会計になったんだけど、どっちも2人必要だから、アタシは副部長になっちゃった。まあ大村君から何となく匂わされてたけど。
会計は村山君がサオちゃんを指名してたけど、突然の指名だったみたいでサオちゃんは困ってたよ。
でも…大村君とアタシが副部長って、どうなんだろう。いいのかな。
会計も会計で、なんで村山君はサオちゃんを指名したんだろう。
上井君、やりにくいに決まってるよね?
だからアタシは、ほとんど口を出さないことにして、上井君も大村君もいないような時だけ仕事させてもらうよ。
上井君が部長になってしばらく経ったら、生徒総会の準備で上井君が遅刻したりたまに欠席したりする日が出て来ちゃった。
アタシは嫌な予感がしたんだけど…やっぱりある日の部活に、上井君が遅れて来た日、
「部長が合奏に遅刻?ふーん…」
「生徒会役員って偉いんやね…」
って声が、ハッキリとアタシの前の方から聞こえた。
(なによ、フルートのM先輩とS先輩だったの?陰口言ってたのって…)
恐る恐るアタシは上井君の方を振り返ってみたら、唇を噛み締めて、バリトンサックスの準備をしていた。
(上井君…)
心配していたら大村君がアタシの横に来た。
「今、上井に対すると思われる陰口が聞こえたんじゃけど、チカちゃんも聞こえた?」
「うん。聞こえた」
「俺、ちょっと元気付けに行ってくるよ。チカちゃん、何かあれば渡すけど?」
「え?じゃ、じゃあ…」
アタシはスカートのポケットに入っていたメモ長を1枚破って、元気出して、と一言書いて大村君に渡した。
「預かったよ」
と言うと、大村君は上井君の元へ行って声を掛けてたけど…。
上井君、大丈夫かな…。
心配の種だった生徒総会は、何故か最後の方で上井君が椅子に座ろうとしたら椅子がないっていう、古典的なギャグみたいなハプニングがあって、体育館内が変な盛り上がりを見せてたけど、もしかしたら上井君、心労のせいで自分が座る椅子さえちゃんと確認出来なかったのかな…と思っちゃった。
吹奏楽部は、毎年招待演奏している、『ハローふじおか春祭り』が4月29日にあって、まずはその演奏を乗り切れば落ち着くはずだったんだけど、沢山入った新入部員が、その数のせいで希望が通らない子もいたりして…。
4月29日の演奏会後に、何人か辞めちゃったの。クラリネットからも1人退部者が出ちゃった。
そういう時に上井君は責任を感じるタイプだから、落ち込んでるのは明白なのに、またフルートの方から「退部者が次々と出るのは部長のせい」とかいう陰口が聞こえたのよ。
流石にアタシもそれは言い過ぎでしょって思ったら、上井君は物凄い顔して、声がした方を睨み付けてた。上井君、プツンとキレたんじゃないかな…。
そしたらGW前最後の土曜日のミーティングで、上井君が切々と語り始めた。
途中では、俺が辞めて陰口叩かなくなるんなら退部するつもりだとか言い出して、ちょっと待ってよって思った。それはみんなも同じで、上井先輩、上井君、辞めないで!って悲鳴に近いものが上がった。
その直後に今度は、そんな陰口言うとる奴は誰!って犯人探しが始まって…。
アタシは犯人を知ってるけど、その先輩達は下を向いてるだけだった。
でも切々と上井君が話した後、「犯人捜しはしない」って言ってた。分かってるはずなのに…。
最後に先生も登場して、実際に上井君が書いて先生に預けたという退部届を部員のみんなに見せた後、真ん中で破った。
そこまで上井君、追い込まれてたんだね…。ごめんね、なんの力にもなって上げれなくて。
ミーティングの後、大村君が上井君の労をねぎらうように話し掛けに行った。同期の男子も続々と上井君の元へと集まっていた。
そんな中だけど、アタシはどうしても上井君に一言言いたかった。
「あっ、あの…。上井君」
「え?あ、神戸さん…」
「大変だと思うけど、頑張って」
「うん、ありがとう」
やっと「おはよう」「お疲れ様」「お先に」以外の言葉を上井君に掛けてあげることができた。
だからって彼にどれだけ響くかは分かんないけど、ほんの少しずつ、お話し出来るようになりたいな…。
<次回へ続く>
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