第8話 -次へのステップ-

 ゴールデンウィークが終わった後、次の吹奏楽部の大きな大会は6月7日(日)に行われる、全国総合高等学校文化祭広島県予選だった。


 だがこの大会を突破して全国大会へ行ける高校は1校のみとあって、俺も流石にそこまでは無理だろうと思っていた。


 ただ成績優秀校上位8校には、県大会入賞ということで表彰されるので、なんとかその8校の枠に入り込めないものか…とは思っていた。


 部内の雰囲気も雨降って地固まる、ではないが、GW前にミーティングで議論したからか、却って良くなっていた。


 ちなみに5月6日に登校してきた時に、俺の下駄箱には一通の手紙が入っていた。


 思わず早速、部活への苦情かと思って身構えつつ開封したら、フルートの3年生からの手紙で、引退する旨と、今まで陰口言ってごめんね、と書かれていた。


(これで本当に一難去ったな…。先生とフルートパートに教えなくちゃ)


 また去年、俺が悔しい思いをした、新入生の江田島合宿が、6月1日(月)~3日(水)に行われるとのことだ。お陰で、総文と日程は被らずに済む。

 本当は日曜日を混ぜたかったらしいが、施設の予約が先に埋まっていて、ド平日になったらしい。


「先輩、江田島合宿って、何するんですか?」


 早速今日の部活で、若本から聞かれた。今日のサックスは視聴覚教室でのパート練習だ。


「結構大変だよ。班別行動になるんじゃけど、オリエンテーリングとか球技大会とか。一番キツイのは元自衛官による恐怖のカッター訓練だね!」


「カッター訓練?なんですか?カッターって…。紙の綺麗な切り方とかですか?」


「そんなことするのに元自衛官は出てこないよ。簡単に言えば、ボート!手漕ぎボートで沖合に出て戻ってくるんじゃけど、これが怖いんよ…」


「うわぁ…。聞くだけで大変そうですね…」


「あとは、夕飯後に各クラスが出し物を見せなきゃいけないんよ。これを考えるのも一苦労かもね」


「えーっ、そんなのやだー。ちなみに先輩のクラスは、去年どんなことをされたんですか?」


「去年は同じクラスに、女子バレーボール部でいつの間にかクラスのムードメーカーになってた女子がおったけぇ、その子が台本書いてアタックナンバーワンだったかな?をやったよ」


「ふーん…。誰かリーダーみたいな子がクラスにいないと、まとまらないですよね…」


「そうだろうね。まだ入学して1ヶ月じゃろ?クラスで仲のいい友達とか出来た?」


「それが中々…」


「まあ、それこそこの合宿の目的でもあるからね。クラスの親睦ってのが」


「そうですか?」


 GW明けの部活は、出席率もイマイチだが、まあこんなもんだろう。サックスはずっと俺と若本の2人で話していたが、しばらくしたら末田が来てくれた。


「何々、江田島合宿の話?」


「そうそう。今から核心部分に入っていくところだったんよ」


「え?というと、体操服の恐怖?」


「アハハッ、末田先輩、もしかしたらエンジのブルマのことですか?」


「すごーい。若本さん、なんで言う前に分かったの?」


「だってアタシ、2期生の若本の妹ですもん」


「えっ?そうなの?」


「あれ?末田さん初耳なんじゃね?」


「うん、初めて聞いた~」


「そうですよね。アタシから積極的に広報活動はしてないですけど、似てるねって言われたら、実は…って答えてます。だから、兄の体育祭を見に来てますし、去年の体育祭も見に来てたんですよ。なので女子のブルマがエンジ色ってのは知ってましたし、承知の上で西高を志願しました」


「そうなんじゃー。アタシは制服に憧れて、体操服に騙されたってパターンじゃったけぇね」


「アハハッ、末田先輩、騙されたってオカシイ~」


「だってブルマは仕方ないとしても、あの色はないと思わない?他の高校に行った友達に聞いたら、西高にしなくて良かったとまで言われたんよ」


「そ、そんなに先輩は嫌悪感が…?」


 俺は女子2人の会話の内容に徐々に入っていけなくなったため、バリサクの準備をしながら、男子のメンバーが早く来ないかな…と願っていた。


 丁度そこへ、出河がマイサックスを持って


「先輩、江田島合宿ってどんなんですか?」


 と言いながらやって来た。


「あっ、出河君もよく分かってないよね?」


 若本が出河に声を掛ける。


「もちのろん。あとからしおりを渡すって言われても、あんな喧しい環境じゃ何言うとるか分らんし。なんでウチら5期生から11クラスに増えたんですかね?喧しいったらありゃしない」


「あー、体育館にでも集められて、説明会みたいなのがあったんじゃね?」


「そうなんです。でも配られたブリントは日程と主なスケジュールしか書いてなくて、良く分からんのです。みんなガヤガヤ喋っとるし」


「でも去年は俺ら体育館に集められて…なんて、なかったよ。ちょっと羨ましいな」


「そうなんですか?」


「そうそう。まあ学校側も1学年11クラスになって、大変なんじゃろうね」


「うーん…。まあそれは仕方ないとして、江田島行って何するんですか?」


「ププッ、出河君、アタシとおんなじこと上井先輩に聞いとるね。えっと、オリエンテーリングと、球技大会と、元自衛隊の鬼教官によるボート訓練でしたよね?上井先輩?」


 若本はそう言うと、つぶらな瞳で俺を見つめてきた。


 その瞬間、なんだか俺の体に電気が走った。何の電気だ…?


「そ、そう。あと、夕飯後に各クラスから出し物追加ね」


「なんスかそれ~。面倒やなぁ…。サックス持ってって吹いときたいわ」


「おお練習熱心じゃん!」


「でもさ上井君、アタシ達の時みたいな、告白タイムってあるのかな?」


 末田がそう言うと、さすが1年生2人は食い付いてきた。


「告白タイムってなんですか!?」


 俺は苦笑しながら、


「夕飯の後、各クラスの出し物をやって解散になるんじゃけど、就寝時間は夜11時なんよ。で、一応去年はまだクラスが少なかったけぇ、9時に各クラスの出し物が終わって、自由時間になっとったんよ。寝るまでの2時間で、彼氏、彼女が欲しい奴らが意中の相手を呼び出して…って時間。今年は3クラス増えたけぇ、どうなるか分からんけどね」


 と説明した。


「わぁ、そんなフリータイムがあるんですか♪」


「若本さん、目がハートになっとるよ」


「だって、素敵じゃないですか!もし呼び出されたらどうしよう~。ちなみに両先輩はいかがでしたか?」


「…ノーコメントで」


 と末田が言い、俺は


「いや~、持ってった本3冊全部完読しちゃったよ。いい読書タイムだった!うん、読書タイム…はぁ…」


「な、なるほど、全員に告白イベントが回ってくる訳じゃないんですね、失礼しました」


 若本がすまなそうに頭を下げた。


「でも、今まだ来とらんけど、伊東は2人か3人の女の子から告白されとるんよ。だけど、伊東の拘りで全部フッたらしいよ」(上井)


「えっ、そんなことが…。伊東先輩、モテモテなんですね…」(若本)


「そりゃ伊東は、我が吹奏楽部のいい男代表みたいな、顔面偏差値の高い男じゃけぇね」(上井)


「あーでも伊東君って、同じ高校に彼女は作らん主義らしいよ?じゃけぇ、去年もフッたんじゃないかな?」(末田)


「そそそ、そうなんですか?結構1年女子では、伊東先輩カッコいい~💕って女子、いますよ?」(若本)


「悪いこと言わんから、早く諦めろって言っといて。傷は浅い内がええからね…はぁ」(上井)


「上井先輩、なんか今の言葉には強い実感が籠ってたような気がしますけど、気のせいですか?」(出河)


「…上井君、色々あった去年のこと、言ってもいい?」(末田)


「だっ、ダメ!ダメだって!」(上井)


「フムフム、上井先輩は去年、何か恋愛について辛いことがあったと…」(出河&若本)


「どうして分かるんだー」(上井)


「だって上井君、すぐ顔に出るもん」(末田)


「あっ、本当だ~。顔が真っ赤ですよ、上井先輩」(若本)


 …こうしてGW明け最初の部活のパート練習は、何故か俺への弄りで終わってしまった。




「はぁ、こんなんでいいのかな…」


 俺は久しぶりに村山と2人して、部活後に宮島口へと歩いていた。部長になった後は、最後に音楽室への鍵締めがあるため、なかなか一緒に帰るタイミングがなかったのもある。


「俺もお前と帰るのは久しぶりじゃけどさ、お前のミーティング、ハッキリ言って須藤先輩よりもいいと思うよ」


「うん…。なんとか部活に来てくれてさ、帰る時に、明日も練習に来ようって思ってもらえるように、必死に明るく喋っとるんじゃけど、そのせいで逆に練習中の緊張感がなくなったらオシマイじゃん」


「まあ…それは言えるかもな」


「今日もサックスパートは雑談で終わったし。総文は6月7日だぜ。1ヶ月しかないんだ。いや、その間に中間もあるから、1ヶ月もないんだ。なのにあんな難しい曲、出来るのかな」


「…上井、変わったな」


「え?俺は別に変ってなんか…」


「なんか1年の時と比べて、大人になったよ、お前」


「どしたんや、急に」


「この前のGW前のミーティングもそうじゃろ。あんなに部内を引き締めるような喋り。俺には出来ん」


「…まぁあれは、陰口叩く3年生にいい加減にしてくれって思ってたから…」


「そうかと思えば、今日のミーティングみたいに、出席者が少ないのと先生がおらんのを逆手にとって、クイズ大会を突然やってみたり…」


 村山が言ったのは、今日は出席者が少なかったので、ミーティングでちょっと遊ぼうかと言って、吹奏楽○☓クイズを数問やったことだった。


「今日のは思い付きだよ。出て来てない部員に、あー、サボらんにゃ良かった…って伝わればいいと思ったりもしてね。伝達事項もないし、もう少ししたら部活禁止期間に入るし。偶々立ち読みした本のネタをちょっと覚えとっただけじゃけぇ」


 だが俺は、まだ公にはしていないが、唯一の打楽器の2年生、松下弓子が総文の後に留学のため退部するという爆弾ネタを抱えているため、連鎖退部者が出ないように必死になっていた。退部と言うのは、1人出たら五月雨式に連鎖するものだからだ。

 松下が退部する時に連鎖反応が起きないよう、それまでに吹奏楽部の魅力に引き込み、辞めたいなんて思わせない部活作りが、俺の一番の課題だった。


「で、陰口は大丈夫そうなんか?」


「ああ。それは犯人が自首して、引退するって連絡してきたから…」


「引退?…やっぱ3年生か。どうも3年生って、あんまり好きじゃないんよなぁ。縦割り意識が強くて。だからお前の所の沖村さんや前田さんも、俺は苦手じゃった」


「へ?あんな後輩思いの先輩、おらんよ?前田先輩なんてもう奇麗なのに小悪魔で…」


「やっぱり立ち位置によってその人の評価って変わるんだな」


「…というと?」


「今言った通りで、俺はお前がいいという先輩2人が苦手じゃ。逆にお前が苦手な先輩っておらんか?」


「苦手な先輩?うーん…しいていえば最近俺に陰口叩いてたフルートの先輩…。あ、須藤先輩もちょっと苦手かな。前部長じゃけど」


「なんや、俺と変わらんやんか。それじゃあ意味ないのぉ…」


「集団としての3年の先輩方は苦手じゃったけど、個人個人はいい人が圧倒的だよ」


「そうか。俺が他人を疑って見過ぎてるのかもしれんよな…」


「そうそう。そういえば最近聞いとらんかったけど、船木さんとは…続いとる?」


「………」


「そうか、別れたか」


「なんや、俺は何も言うとらんぞ」


「何年友人やってると思ってんだよ。丸分かりだよ、今の態度で。で、いつダメになってしもうたん?」


「今年に入ってかな…。アッチに好きな男が出来て、フラれたんよ」


「そっか…。もしかしたらそんな辛いことがあったから、部活休んだり、練習中に1人で廊下に立ってたりしたん?部長立候補の為に俺と距離を取る、以外に」


「別に…。いや、そうかもな。同じ高校じゃなかったけぇ、覚悟はしとったんよ。いつダメになってもおかしくないって。アッチの高校は男女比がウチとは逆で、男子のほうが多いけぇね。で、たまにしか会えない俺より、毎日会える同じ高校の男子を選んだんじゃろ…と思っとる」


「同じ高校、別の高校…。なんだか俺らには意味深なテーマやな」


「そうだな。お前はフラれた後にも更に痛い目に遭わされてきた相手と同じ高校で同じクラスになるっていう、底辺からのスタートだったもんな」


「底辺って言うな、底辺って。実際そうだったけど…」


「俺はせっかく彼女が出来たけど、違う高校だから会うのにも一苦労。そのうちボタンの掛け違いで喧嘩して…。そのまま別の男に行っちゃったからな…」


「そうなのか…。まあ、お互いフリーな立場ってことやんか。次行こうぜ、次!」


「どうしたんや、お前。部長になって変わったなとは思ってたけど、今までならここで神戸への恨みつらみが発せられるはずじゃけど」


「横で見てて分かると思うけど、ちょっとだけ俺の心も雪融けしたんよ」


「まあ確かに、部長と副部長じゃけぇ、たまに業務上の会話をしとるのは見るけど」


「『うらみわび ほさぬそでだに あるものを、 こひにくちなむ なこそをしけれ』って心境だよ」


「はぁ?何語を喋っとるんじゃお前は?」


「冬休みの宿題で覚えさせられた百人一首だよ!」


 末永先生が強引に百人一首の大会で、俺と神戸さんを一緒のチームにしたことから、少し雪融けが進んだのだ…という意味で、少しだけ覚えていた句を詠んだのだが、俺自身がこの句は何の意味かよく分かっていないのが痛かった…。


「今はむしろ、伊野さんの方が辛いな…。何で村山は会計に伊野さんを指名したん?」


「それは…。俺は話しやすいってのもあるけど、会計として役員に入ってくれたら、お前とも話せるようになるんじゃないかなって思ってさ」


「…そっか、気を使わせて悪かったね…」


「それで伊野さんの後、誰か好きになった子とかおるんか?」


「いや、俺はもう今度こそ、恋愛なんかしない。好きな女の子なんか作らない」


「あ、またお前のネガティブが出たな。せっかく部長になって変わったかと思ったのに。次行こうって言うのは嘘かよ」


「次って、別に恋愛って意味じゃないから。俺はコンクールで金賞!これを次に設定してるから」


「ま、まあ、それも次の目標にはなるけどさ。彼女を作って神戸を見返してやるっていう最初の気持ちはどうしたんだ?」


「ちょっと神戸さんと会話したら、もうどうでもよくなったよ。そんなことより、誰かを好きになって傷付くのは、もう本当に嫌だよ」


「それ、去年江田島に行く時にも言ってたよな。でもそれでええんか?」


「ああ、いいんだ。どうせ俺なんかモテるわけないんだから」


「頑なだなぁ…。仮にお前の事が好きだって女子がいても、断るのか?」


「それは話が別」


「プッ、そうか。自分からは、もういかないってことなんやな」


「そうだね…。情けないけど、臆病になってるんだ、自分から告白するって行為に」


「そうか…」


「神戸、伊野とフラれとるじゃろ?それ以前に中学時代、初恋相手に玉砕しとるし、神戸の前に好きだった子とはよく話せたんじゃけどタイミングが合わなくて結果的に残念でした、だし。偶々付き合えた神戸にしても、何故か先方から凄い迫られてだったから、やっぱりおれは恋愛のスキルが無いんだな…」


「まっ、お前と恋愛の話をするとどうしても暗くなってしまうけぇ、ここらで止めとくか。まあ人生、なんとかなるよ」


 つくづく、去年の体育祭で告白宣言してくれた中学の後輩、横田美紀、森本恵子のどっちも西高に入学してなさそうだというのが、残念だった。


 だがとりあえず一息付いている上井が心から休める日はなかなか来なかった。


<次回へ続く>

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る