第7話 -責任-

「皆さん、こんにちは!西廿日高校吹奏楽部です。去年に引き続いて今年もこの楽しい『ハローふじおか春祭り』にお呼び頂き、ありがとうございます!今日は皆さんに楽しんでいただこうと、色んな曲を準備してきました。最後までごゆっくりと観て聴いていって下さいね」


 と、俺が借りたマイクで喋ると、わぁーっと拍手が起きる。


 今日は昭和62年4月29日で祝日なのだが、毎年この日に行われる近くのスーパー主催の春祭りに、西廿日高校吹奏楽部への演奏依頼が来るので、今年も演奏しに来た次第だ。


 春祭りの会場までは高校から500メートルほどしか離れていないが、大物楽器はどうしても車がないと運べないので、毎年主催者であるハローふじおかのトラックを借りて、打楽器等を運んでいる。


 また1年生でも、中学時代に経験がある即戦力の1年生はこの依頼演奏がデビュー戦になり、初心者で入部してまだ自信がない段階の1年生には、主に楽器の運搬や、手拍子等での盛り上げ役をやってもらうことになっている。


 俺の属するサックスパートは、アルトサックスが末田と出河、テナーサックスが伊東と若本、バリトンサックスが俺、という5人体制で今年度を過ごすことになった。


 体験入部期間中に、主にアルトサックスを吹きに来てくれていた女の子がいたのだが、どうやら別の部に入ったようで、本入部の日には姿を見せてくれなかった。結構上手かっただけに残念だった。


 それでも今年の新1年生は、30人近く入ってくれたから、まだ大丈夫だろうと思っていた。


 そして春祭りへの出張演奏が終わった翌日、部活に出てみると、数名の1年生が俺に話がある、と言ってきた。


「なかなか部活に慣れなくて…スイマセン」

「やっぱり自分がやりたい楽器を吹けないのは、辛いです」

「部長には大変失礼なんですが、もっと金賞確実な部だと思ってました。この部の雰囲気は悪くないですけど、金賞は取れないです」


 退部したいという1年生が出始めた。

 理由はそれぞれだが、退部者が出ると俺は部長として物凄く責任を感じる。


「ちゃんとフォローして上げられなくて、ごめん。機会があれば、また何時でも待ってるから」


 としか言えなかった。


 春祭りの翌日と翌々日で、片手では足りない1年生が、吹奏楽部を去っていった。


(明るく楽しく…って頑張ってみたら、もっと厳しくやる部活と思ってたとか…はぁ…溜息しか出んな…)


 そして土曜日に部活へ出ると…


「1ヶ月もしない内に新入部員が続々逃げ出すって、部長が悪いんじゃない?」

「だよね~。練習もまじめに出て来んし、出てきたらいいカッコばかりして」


 なんだ、今の陰口は!生徒総会が終わったのに、まだ陰口叩かれなきゃいけないのか?


 思わずカッとなって声のした方を向いたが、誰も俺と目線を合わせようとはしない。

 だが声の感じで分かっている。フルートのN先輩とS先輩だ。


(なんなんだよ。文句があるなら正面から言えよ!いつまでも俺を悪者に仕立て上げて楽しいか?)


 その日のミーティングはGW前の最終日ということで、先生とも事前に色々話をした上で、次のように進めた。


「えーっと、明日からゴールデンウィーク3連休ということで、吹奏楽部も3日間も練習しなきゃ楽器の腕が鈍るんじゃないかと思い、練習日を設けようかと、福崎先生と話してみたんですが…」


 音楽室の中がシーンとなる。


「先生も、次に3日も連続で休める日なんて滅多にないから、お前の判断に任せると言われました。で、判断しました。吹奏楽部は、3日間、お休みにします」


 ヤッター!とか、どこ行こうとか、歓声が聞こえる。


「但し!最低限管楽器の方はマウスピースを持ち帰って、唇の感覚を忘れないように、毎日30分程度は息を通してください。これが条件です。それと…」


 俺が条件を話した後、更にそれと…と付け加えて話をしようとしたため、音楽室内は一瞬静かになった。俺は賭けに出た。


「俺が吹奏楽部の部長を引き継ぎ、1ヶ月が経ちます。この間、ドタバタして、俺も生徒会役員なんかを先生から押し付けられているもんで、ちゃんと練習に来たくても来れない日がありました。残念ながら期待していた1年生も、結構辞めてしまいました。ですが、俺は部活に来ている時は全力で部活に向き合っているつもりです。でも一部の部員の方から、俺に対する陰口が聞こえます。大体、俺が音楽室にやって来た瞬間を狙ってるようです。それも何度も何度も…。陰口を言う部員さん、陰じゃなくて、表で、今ここで俺に対する文句を言ってもらえませんか?それとも俺が部長を辞めれば、吹奏楽部を辞めれば気が済みますか?」


 音楽室内はシーンとなった。


 あえて俺はしばらく様子を見た。


「上井…辞めるなんて言うなや」


 と、山中がポツリと言った。それに釣られるように、上井君頑張ってとか、陰口言うとるもんは誰よ!とか、上井先輩がいなくなったらアタシも辞めますとか、色んな声が出始めた。


「はい、皆さん、すいません。楽しい連休の前にこんなことは言いたくなかったんです。でも俺も部長である前に、1人の人間です。陰口が始まって2週間、正直言って俺は、精神的に追い詰められました。でもそういう陰口を言ってる方は、きっと俺が辞めたら、次は、同じく生徒会役員を兼務している、同期の山中を狙って陰口を言うと思います。陰口を言う人間って、そういう人間なんです。誰かターゲットを常に決めておきたい人間だと思います。俺は陰口なんか絶対に言いません。部員のみんなに直してほしい部分があれば、ちゃんと直接話します。さっきも、俺に文句があるなら今ここで言ってくれ、と俺は言いました。でも誰も手を挙げませんでした。正直ホッとした部分もあります。でも俺に対する不満を持っている方は、この中にもいると思います。直接文句や改善点を言いたいけど、言うのが恥ずかしいという方は、俺は2年7組なので、2年7組の俺の下駄箱にでも、メモでもノートの切れ端でも、手紙でも構いませんから、言いたいことを書いて、入れておいてください。但し、秘密は守るので、誰が書いたのか分かるようにはして下さい。誰からか分からないものは対応できないですからね。あと、陰口の犯人捜しは…しません」


 一気に俺は、溜まっていた思いを吐き出した。音楽室内を見渡すと、フルートの固まりにいる3年生が、やはり外を向いてイライラしているようだ。あの人達に間違いはなかった。


「以上、一方的に俺が喋っちゃいましたけど、皆さん、何かありますか?ご意見などなんでもあれば、言って下さい」


 しばらく沈黙が続いた。


「特にないですか?では、最後に…福崎先生~」


 音楽準備室のドアが開き、先生が入ってきた。


「上井、予想以上によう喋るのぉ。喉は大丈夫か?」


「あ、はい、一応…」


 先生はちょっと緊張した空間になっているのを察知し、ワザとそんな掴みで話し始めた。


「えっと先生からも一つ。今、部長が色々と話したが、先生は去年1年間、部内の風通しの悪さを実感してきた。それは先生も未熟で、早く気付かなかったからだと反省している。今年はそうしたくないんじゃ。何かあれば、すぐに部長、俺でもいいから、教えてくれ。直していくから。あと陰口問題じゃが、こっそり喋ってるつもりでも上井にはワザと聞かせたかったんじゃろう。結構ボリュームが大きかったんだよな。だからその陰口は生憎だが、先生も何度か聞こえとる。だから誰が陰口を言ってるかは、もう知っとるんじゃ。あえて誰とは言わんが、お前ら、そんなに部長が上井じゃダメか?むしろ俺は、生徒会役員なんていう面倒な仕事も仕方なく引き受けつつ、部活もよくやってくれとると思うが、みんなはどうだ?」


 ポツリポツリと、そう思います…という声が聞こえてきた。


「な、上井。自信をもってくれ。もう2度とこんな紙、持ってくるなよ」


「あっ、先生、それは…」


 先生がスーツの内ポケットから取り出した紙は、俺が書いた「退部届」だった。今日の部活前に福崎先生と話をした際に先生に提出し、今日のミーティング次第ではそのまま受け取って下さい、と託したものだった。


 えーっ、冗談じゃなかったんじゃ…と音楽室内がザワザワしたが、先生はワザとそれを部員に見せることで俺がいかに悩んでいたかを知らしめるつもりだったのだろう。


「上井がこんなものを二度と書かんように、みんな、上井を支えてやってくれや。とりあえず今回のこれは無効にしとくぞ、上井」


「あっ、はい…」


 先生はその「退部届」を真っ二つに破った。


「あぁ…結構時間をかけて丁寧に書いたんじゃけど…」


 とポツリと言ったら、前の方に座っていた1年生のクラリネットの女子、神田が、思わずプッと笑い出した。


「え?俺なんか可笑しいこと言った?」


「だって先輩、丁寧に書いたのに…なんて言ってるから、つい…」


「いや、でも、汚く書くわけにもいかんでしょ」


 そう言ったらなぜか音楽室内が笑いに包まれた。

 その雰囲気に、安堵した俺がいる。


「先生、ありがとうございました」


「おう、じゃ3日間ゆっくり休んでくれよ、みんな」


 はい!と元気のいい返事が返ってきた。


「では長くなっちゃってすいませんでした。ミーティング、これで終わります。お疲れさまでした」


 お疲れ様~と声を掛け合って、部員が帰っていくのを俺は見届ける。ミーティングで陰口問題なんか取り上げてよかったのだろうか。雰囲気を悪くして、また退部者が出たりしないだろうか…。


「上井、お疲れ」


 大村が声を掛けてくれた。


「おぉ、お疲れさん」


「上井、2週間も耐えてたんやね」


「まっ、まあね…」


「もっと早く俺にも教えてくれたら、何か力にもなれたかもしれんのに」


「ありがとう」


 その大村の後ろでは、神戸さんが何かを言いたそうに俺を見つめていた。


「あっ、あの…。上井君」


「え?あ、神戸さん…」


「大変だと思うけど、頑張って」


「うん、ありがとう」


 それだけの会話だったが、会話のラリーをしたのは、挨拶程度交わすようになってからは初めてだった。


 その後、同期の男子みんなが俺の横に来てくれ、山中がこう言った。


「すまんな、上井。俺らが部長になれってけしかけたばっかりに、辛い思いしとったんだな」


「いや、陰口言ってた人は誰か、俺はもう分かってる。仮に山中が部長になってても、きっと言われたよ」


「俺が部長だったら何か言われたかの?」


 村山がそう言うと伊東が、


「村山には誰も何も言わん」


 とぶっきら棒に切り捨てていたのが面白く、つい笑ってしまった。


「なんとか同期の輪を大切にしたいよな~。女子もこの輪に加わってくれりゃあええんじゃけど」


「女子ならここにおるよー」


 と、声がした、その声の方を見たら、太田、末田、広田、野口、といった面々が残っていてくれた。


「ありがとう…」


 不意に俺は感極まって、涙が溢れそうになった。


「上井君に1票入れたんじゃけぇ、頑張ってね!何かあったらアタシ達にも言いんさいや」


 太田さんが明るく励ましてくれた。


「今度同期で、五日市のファイブスターにボーリングでもしにいこうよ。どう?」


 広田さんが提案してくれた。男子はもちろんOKだ。


「じゃ、すぐには大変かもしれんけぇ、5月中に計画しようよ」


 同期生の絆って、いいな…。


 だが伊野沙織は既に帰っていたことに、やはり俺との間の壁を感じてしまった…。


<次回へ続く>

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