第6話 -総会本番-
いよいよ生徒総会の本番が始まった。
総勢約1500人の生徒が終結した体育館は、生徒の話し声が渦巻いている。ステージ上に上がった時から、俺は緊張しっぱなしだ。
俺が座る場所は、風紀委員の書記ということで、静間先輩の横になる。
他の1年生も、所属委員に応じて委員長の横に座ったりしている。
「静間先輩、こんなに凄い人数の前で喋ったことがないので、緊張してるんですけど…。どうすればいいですか?」
「アタシだって緊張してるよー。今年から1年生の定員が増えたしね」
第2次ベビーブームに対応して、西廿日高校はそれまでの1学年8クラス分から、昭和62年度は1学年11クラス分の生徒を受け入れることになっていた。
他の高校も定員を増やしているようだが、3クラス分増えたウチの高校は何故か人気が高く、入試の倍率も公立全体で平均1.15倍程度なのに、ウチは1.49倍だったらしい。
(もしかしたらそのせいで、横田さんとか森本さん、ダメだったのかな)
俺は体育祭を見学に来て、この高校に合格したら俺に告白すると宣言してくれた緒方中の後輩、横田さんのことがふと頭をよぎった。
(横田さん、何高校に行ったんだろうな~。ウチに入って、吹奏楽部に来てくれてたら、今頃俺は先輩の陰口にも耐えられる可愛い後輩の彼女持ちだったのになぁ…)
「…って言えばいいよ、上井君」
「えっ?」
「んもー、上井君、自分でどう喋ればいいか?ってアタシに聞いておいて、心がどっかへ飛んでってたでしょ?後でお仕置きだべ~」
「す、すいません、静間先輩…」
(ヤッターマンのセリフなんか使うなんて、静間先輩は意外に面白い面もあるかもしれない♪)
「じゃ、もう一回ね。アタシが風紀委員会の一年間の仕事の説明をするから、その後に、風紀委員について質問、ご意見はありませんか?って言えばいいからね」
「分かりました。今度はちゃんと聞いてましたんで。すいません、先輩」
「うん。じゃあそろそろ本番開始だから…」
生徒達の騒めきはなかなか静まろうとしなかったが、生徒指導の体育の先生が「いつまで経っても始められんじゃろうが!」とマイクで一喝したら、あっという間に静かになった。さすが体育の鬼教官はすごい…。
ということで始まった生徒総会だが、司会は1年生ながら副会長になっている女子の桐原さんが進め、報告と説明は岩瀬会長が行うスタイルだった。その後、各委員の紹介と仕事の説明の流れに移り、その際に一言喋ることに繋がっていく。
議長は岩瀬会長の知り合いという、3年男子の先輩が務めて下さり、本当に淡々と昨年度の報告、今年度の予定、決算と予算の承認など、スムーズに議事が進行していった。
ちなみに各部活への生徒会から出る予算のうち吹奏楽部の予算は、俺が部長になったお祝いだといって、岩瀬会長がこっそり前年より5万円増やしてくれた。
次に各委員の紹介と説明になった。委員会は文化、体育、保健、美化、風紀、図書の6つの委員会がある。3年生の8人の先輩は、岩瀬会長ほか、会計担当と、各委員の委員長を務めている。
「では私から見て手前側から、各委員会の説明と、役員の自己紹介を行ってまいります。まず文化委員からお願いします」
桐原さんが安定した司会をそつなくこなしていく。なぜ副部長に抜擢されたのか分かるような気がした。
そして順々にマイクが近づいてくる。
「では次に、風紀委員会、お願いします」
「はい。では風紀委員会についてご説明します」
静間先輩が立ち上がって、説明し始めた。文化祭や体育祭での構内の見回り、制服をちゃんと着ているかの抜き打ち点検等々…
「そして私は、風紀委員長を務めます3年7組の静間清美といいます。よろしくお願いします。そして私と同じ委員でパートナーとなってくれるのが…」
静間さんは俺を見て、立ってという仕草をした。
(え?さっき言ってた流れと違うよ~?)
と焦りつつ立ち、
「えっ、えーっと、1年。もとい、2年7組の上井純一といいます」
一応拍手が起き、お辞儀をして座ろうとしたら、立ち上がろうとした時に足の裏側が椅子を遥か後方へ飛ばして行ったようで、思っていた場所に椅子がなく、そのままステージにドスン!と座ってしまった。
場内は爆笑になるものの、俺は顔で肉まんを温められるほど恥ずかしくて真っ赤になるものの、静間先輩と、俺の隣の図書委員長、津田さんに心配されるものの、散々な目に遭ってしまった。
そのお陰か、生徒総会は和気藹々と終わり、特に問題はなかったが…。
「上井、絶対狙っとったじゃろ」
何回この言葉を掛けられることになったやら…。
こっちの落ち込みも知らないで…。
「ごめんね、上井君。アタシが直前にこう言えばいいよって言ってたのと違う流れで回って来ちゃったから…。焦ったよね」
静間先輩だけは心配してくれた。
「上井君、お尻大丈夫?」
「た、多分、大丈夫です…」
「事前に分かって落ちるのと、分からずに落ちるのとじゃ、きっと尾骶骨にも影響が出ると思うの。もし痛いのが続くようなら、病院へ行ってね」
「あっ、ありがとうございます…」
俺はケツよりも、心の方が痛かった。あの程度の打撲なら、プロレスラーの越中詩郎ならなんともないって!って笑い飛ばすだろうと思うし。
ただクラス、部活の知り合いにまで見られてしまったのが恥ずかしかった。
生徒総会の打ち上げは日を改めてやるとのことで、その日はそのままステージを撤収したら散会となった。
一旦クラスに戻る時、田川さんが心配して声を掛けてくれた。
「上井君、ダメージ受けてたけど、大丈夫?」
「うーん、肉体よりも精神的ダメージが…」
「そうだよね。でもさ、男子だからよかったじゃない」
「ん?なんで?」
「女子だったら、転倒してスカートの中が丸見えだもん」
「へっ?あっ、確かにそうだよね…」
「高校生にもなるとさ、体育のある日はブルマ穿いてくるけど、体育がなかったらブルマなんか蒸れるから、アタシは穿いてこないの。中には穿いてる子もいるっぽいけどね」
「ふーん…」
「小学校や中学生じゃあるまいし、高校生になっても女の子のスカートめくりするような男子なんていないでしょ?だからブルマガードも特に必要ないでしょ?」
「まあ、確かにね…」
「だから仮にアタシが上井君の立場だったら、今日以降、二度と人前には出られなくなると思う」
「んっ?というと?」
「今日、体育無いから。これで察してよ~」
「というより、既に俺の顔、真っ赤なんじゃけど」
そういう話を女子とすると、すぐ照れて顔が真っ赤になるのが俺だ。
「わっ、本当だ!ねぇ、アタシの話で照れちゃったの?」
「そ、そりゃあもう…」
「上井君って、今までアタシが出会ったことのないタイプの男子かも。なんか興味湧くな~」
「あの、赤いのはきつねうどんだけで勘弁して…」
「何言ってんの、意味分かんない!アッハッハッ、ウケる~」
田川さんは、俺を初めて出会ったタイプの男子かもしれないと言った。同時に田川さんもまた、野口さんや笹木さんとも違う、友人として接することが出来そうなタイプだと思った。
田川さんと話をしながらクラスに戻ると、既にみんな帰ったか部活に行ったかで、誰もいなかった。
「じゃ田川さん、今日はお疲れ様。俺、部活に行ってくるよ。笑われそうじゃけど」
「うん。頑張って好奇の目に耐えんさいよ!」
そう言ってバイバイと手を振り、音楽室へ向かう。
(田川さんか…。プライベートなことも相談したりできそうだなぁ)
音楽室へ入ると、早速今日何回目かの
「ワザとですか?狙ってたんですか?」
の突っ込みの嵐に襲われた。
「狙うわけないじゃろー。いくら明るい雰囲気が好きだって言っても、公共の場で座ろうと思ったらイスがなかった、なんてコント、演じられるわけないって」
「いや~、その後に俺が喋っても、誰も聞いてなかったしな。こういうのを天賦の才能って言うんじゃろうな、ウワイモよ」
山中がそう話し掛けてきた。山中は美化委員だった。
「じゃけぇ、イモは余計じゃっつーのに」
「わっ、今度は漫才ですか?上井先輩って本当に凄いですね!」
と、新1年で今のところ一番話を交わしている若本が言ってきた。
「あの、俺を弄るのはええから、合奏の体系を組むように…」
はーい!と1年生が元気に動き、2年生も釣られて準備をし始めた。
…だが俺には又も聞こえてきた。
『ちょっとステージで目立ったからって、いい気になってる』
…生徒総会が終われば陰口も収まるかと思ったら、揚げ足取りに来たか…。
変わらず俺は聞かなかったフリをしたが、確実に精神的ダメージは蓄積されていった。
<次回へ続く>
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