第4話 -定演と進級と部長選挙と-

 初の定演は、年度末の月曜日の夕方5時半開始という悪条件にも関わらず、そこそこの成功を収め、部員の間には高揚感が漂っていた。


 曲の出来は別として、最初は勝手に担当の割り振りを決めたことに反発していたプログラムの広告集めや、プログラム自体の制作、当日の進行作成も、各リーダーの先輩が手探りで案を作り、係ごとに打ち合わせを進めたりして、部内のムードはなんとか好転していった。


 俺はプログラム作成の担当になっていたので、沖村先輩がリーダーだったのも助かった。俺の性格では、広告集めのような営業系は、チョー苦手分野だからだ。


 そんな中でも俺は、山中と大田に猛烈に推薦され、大半の女子から部長になれと言われた責任感を勝手に感じ、来年の第2回定演についての構想を、早くも考え始めていた。


 そう、俺は山中と大田に口説き落とされ、同期の大半の女子に外堀を埋められ、部長になる決意を固めたのだ。

 生徒会役員との兼務を好ましく思わない先輩が4月以降も残るとは限らない、と山中に言われたのも大きかった。


 正式には新入生の入学式での演奏後に行われる役員改選ミーティングで部長に立候補し、部員の承認を得ないといけないのだが、定演の曲練をしている時も、俺が部長になったら変えたい所を意識するようになったし、また部長に立候補するような1年生は、他にはいないだろうと思っていた。


 定演後の春休み中の練習でも、山中と大田は俺を励ましてくれ、部長になる意欲が萎えないように鼓舞し続けてくれた。


 だが反面、親友の村山と最近はあまり喋ってないな、ということにも気付いた。


 ちょっと遡ると、百人一首に出るか出ないか、というような話も、以前なら帰り道に村山に相談したりしていたのだが、山中も指摘していた通り、最近は村山が1人で勝手に落ち込んで部活を早退したり、逆にいかにも落ち込んでいますというアピール?と思うほど、わざと音楽室から丸見えの反対側の校舎の廊下で1人でポツンと立っていたり、単独行動が目に付いていた。


 春休みの練習にも、定演が終わったら殆ど顔を出してないし…。


 ま、男同士、そんなに深く悩むことはなく、そのうちまた元気になるだろうと思っていた。



 また2年に進級したことで、クラス替えが行われた。


 色々あった1年7組だったが、俺は引き続き末永先生の手元に置かれることになった。要は、2年7組になったのだ。


 1年7組で仲良くしてくれた友とは殆ど離れ、唯一サッカー部の長尾が一緒のクラスになった。


「今度は卒業までよろしくな、上井」


「こちらこそ、ナガさん」


「夏のクラスマッチもサッカーあるけど、大丈夫か?」


「いや、他の球技に比べたら、絶対にサッカーがええよ、俺の場合」


「もしかして恐怖症が残っとるかもしれんと思ったけど…」


「全然大丈夫!」


「じゃあ、またよろしく!」


 流石サッカー部でトップクラスの人間は、出来が違う。男が見ても惚れ惚れするカッコよさだ。


 それ以外の知り合いは笹木さんは1組、伊東は8組、大村は6組、神戸は5組、モックンこと本橋は8組になった。


 他校はどうか分からないが、ウチの高校は2年の時のクラスがそのまま3年に持ち上がり、卒業までを共にすることになっていた。だから長尾も卒業まで…と言ってくれたのだが…。


(男も女も殆ど知らん奴ばっかりじゃないか~!)


 しいて言えば吹奏楽部のサックスの同期、末田が同じクラスになったが…。


 男子は長尾、女子は末田、この2名しか知らないクラスになってしまった。


 確かに去年は、俺をフッたばかりの神戸と同じクラスになった編成に納得がいかず、すぐにでも組み替えろ!と怒っていたが、挨拶等の会話は交わせる程度に回復してきた今、別に一緒のクラスでも良かったんだが…。

 今年は別の意味で、すぐにでも組み替えてほしかった。


 ほぼ見知らぬ顔で埋め尽くされた2年7組最初の朝礼に、末永先生がやってきた。


「みんな、おはよう!」


 元気のない、オハヨーゴザイマス・・・という声しか聞こえなかった。先生も苦笑いして、


「ま、クラスが変わって最初じゃけぇ、声も出しにくいかな?そのうちみんな、元気に声出していけるような環境にしていこうね。さてこれから2年間、君たちの担任になった、美術担当の末永といいます。1年から知ってる顔は、7組だった2人と、選択で美術を取ってくれてるみんなだね。逆に言うと1/3くらいはアタシと初対面になるかと思います。ということで、みんなが嫌がる自己紹介!これを早速やっていきたいと思います」


 えー、という声なき声が教室の中に渦巻いていた。


「全体の始業式が9時半からじゃけぇ、それまでには済ませよう。じゃ廊下側からね。男子の1番は…おぉ、上井君じゃん。じゃあよろしく」


 そう、俺はクラス替えの結果、出席番号が1番になってしまったのだ。なんだかクラスでも何でもやらされそうな気がしてならない。


「はい…。えーっと、元1年7組の上井純一といいます。初めまして。部活は吹奏楽部で、去年の後半から末永先生の策に乗せられ、生徒会役員もやってます。よろしくお願いします」


 一応拍手が起きた。


「上井君は、まだ新しいクラスに慣れとらんからかもしれんけど、喋りが得意なんよ。今みたいな決まりきった自己紹介じゃなくて、もっと楽しい喋りが出来るはずなんだけどね。まあまたみんな、慣れたら上井君に話しかけてみてね」


 と、去年担任していたことから、先生は俺について補足までしてくれた。ありがたいような、迷惑なような…。


 続いて2番の男子が大木、3番の男子が大下…と流れていった。


 その後は体育館で始業式を行い、解散となった。


 解散後に音楽室に来ると、ホッとした。本来の居場所のような感覚になった。


「お疲れ様でーす」


「おお、上井じゃん。上井は何組になったん?」


 山中が声を掛けてきた。


「ん?7組じゃけど」


「ほら、見事に吹奏楽部の男子って分断されたんよ。俺が3組、上井が7組、大村が6組、村山が4組、伊藤が8組、大上が2組」


「ホンマじゃのぉ」


 既に来ていた山中や同期男子がクラス替え後の一覧を作っていた。女子は空白だったが…。


「俺なんて悲惨よぉ。元々同じ中学から来た奴が少ないけぇ、去年クラスで知り合いを増やしたのに、見事に散ってしもうて、またゼロからのスタートじゃ」


 これは大上が言ったセリフだが、俺も似たようなものだと思っていた。


 そこに3年生となったユーフォの八田先輩が顔を出し、


「クラス替えか~。2年間変わらんけぇ、慣れるまで大変だよな。誰も知り合いが作れんかったら、ずっと一人ぼっちじゃけぇ」


「そういう八田先輩は、どうでした?去年…」


「俺か?俺はおみくじでいえば中吉って感じかな。じゃけぇ、そこそこ楽しくクラスでも過ごせとるよ」


「はぁ…。俺は大凶じゃなぁ…」


 大上がため息を付いている。


「俺も2人しか知った顔がおらんけぇ、少しは気持ちが分かるよ。慣れるまで耐えるしかないよな」


 俺は大上を慰めるという変なポジションになってしまった。


「まぁ、慣れだよな…。この吹奏楽部だって、去年入った時は誰も知った顔なんておらんかったし。お互い、頑張るか!」


「そうそう、頑張ろうや」


 などと話していたら、明日の入学式での演奏用の合奏をするぞと先生が入ってこられた。


「新2年生はクラス替えもあって落ち着かんじゃろうけど、一番落ち着いとらんのは明日入学してくる1年生じゃ。いい演奏して、少しでも吹奏楽部に興味を持ってもらえるようにしような」


 はい!と、クラスでの返事より、格段に元気な返事をしてしまう俺がいた。


@@@@@@@@@@@@@@@


 そして入学式の日を迎え、吹奏楽部は新入生入場の際のマーチと、国歌、校歌という恒例の演奏を行い、いよいよ役員改選のミーティングを行う時が来た。


 須藤部長が前に立ち、一通りこの1年の活動についての感想を述べる。だが先輩方も含め、大半の部員は上の空状態なのが、手に取るように分かるのが、須藤部長には悪いけど、面白かった。


「えーと、それでは新しい役員決めを行いたいと思います」


 ついにきた。俺の脈拍が加速していく。


「次の部長に立候補する1年生、いますか?」


 須藤部長がそう言う。俺は横にいる山中と大上の目を確認してから、手を挙げた。


 その瞬間、どよめきが起きた。


 いや~、俺が部長になりたいと思ってたなんて、誰も思ってなかったんだろうな…と思ったらどうやら違うようだ。何?何のどよめき?


「3人も立候補してくれるなんてビックリです。嬉しいけど、部長は1人なので、急遽選挙を行いたいと思います」


 えっ、俺以外に誰が立候補したんだ?


 ・・・大村!


 ・・・・・・村山!!


 山中と大上もビックリしていたが、何より俺が一番ビックリした。


 せっかく失っていたやる気を再び満タンにして満を持して立候補したのに、まさか対立候補が出るとは…。


 2年の先輩方も、部長立候補者が複数出るなんて思っていなかったようで、慌てて投票用紙や投票箱を用意し始めた。


 また急遽選挙を行うこととなり、まったく何も考えていなかった演説をしなくてはいけなくなった。


 須藤先輩が喋り始めた。


「新年度、部長になりたいという意欲のある後輩諸君が3人もいてくれたことに感謝します」


 山中と大上は緊張している俺に、大丈夫だって!と話し掛けてくれる。


 だが俺は今まで味わったことのない緊張感に包まれていた。これまでこんな局面はアドリブで乗り切ってきたが、アドリブだけじゃ済みそうもない、しっかりしたビジョンを喋らなくてはならなさそうだ。


「では立候補してくれた3人から、所信表明演説というと堅苦しいですが、部長になりたいと思ったきっかけとか、部長になったらこうしたいっていうのを話してもらいたいと思います。まずはアイウエオ順で、えーと、上井君からお願いします」


 ア行の人間は不利なんだよな、やっぱり…。ええい、どうにでもなれ!


「今回、部長に立候補しました上井です。中には、生徒会役員やってるくせに部長をやろうなんてどういうつもりだ?と思っておられる方もいるかと思います。私自身、中学の時にも吹奏楽部で部長を経験し、こんな大変な仕事、高校では絶対にやらない!と思っていたのですが、私が今あるのは、その中学の時に吹奏楽の魅力に取り付かれ、そのお陰で人生が軌道修正出来たから、であります。そんな吹奏楽の魅力を新しく入ってくる1年生や、引き続き残って戴ける3年生の先輩方と共有したい、こんなに吹奏楽って楽しいんだよってことを、味わいたいんです。正直に言いますが、私は昨年度、何回か退部を検討したことがあります」


 ここで、え?とか、ウソッとか、ざわざわとしてしまった。だが俺は喋り続けた。


「なぜ退部を思い留まったかというと、素敵な同期、先輩に恵まれ、辛い時には相談したり、悩みを打ち明けたり出来る、素晴らしい人間関係を築けたからです。そんな魅力のある吹奏楽部を、もっと明るく楽しいものにしたい、みんなが放課後部活のために音楽室に向かう時、今から部活だ、楽しみだなと思えるような吹奏楽部にしたいと思って、立候補いたしました。どうぞよろしくお願いします」


 一斉に拍手が鳴り響く。だが喋るのに精一杯で、部員の座席を見ることは出来なかった。


「はい、ありがとうございました。次は大村君、お願いします」


 やっと席に戻ったが、足はガクガク、手は小刻みに震えっぱなしという状態だった。

 山中と大上は、


『いい演説だったよ。もしかしてアドリブか?』


 と声を掛けてくれたので、


『全部アドリブだよ。即興で考えた。まさか選挙になって演説しろと言われるなんて、微塵も思ってなかったけぇ…』


『とにかくお疲れさん。あとは運を天に任せようや』


『ああ、そうじゃね』


 俺は深呼吸して乱れた息を整えつつ、大村の演説を途中からちゃんと聞いた。


「……なので、俺は初心者が味わう苦労もよく分かっていますし、苦しんだ時に手を差し伸べてくれる仲間の大切さも分かっています。もし俺が部長になれたら、上井とも被りますけど、明るく楽しい部活作りに全力を尽くします。よろしくお願いします」


 大村の演説後も、拍手が沸いた。


『正直、大村があそこまで喋るとは思わんかったなぁ…。上井票を食われるかもしれん』


 大上がポツリと言った。


『でも…神戸さんの影をどうしても感じるよな…』


 これは山中の呟きだった。もしかしたら神戸さんが大村に立候補を促したのかもしれない。


「ありがとうございました。次は村山君、お願います」


 後方に座っていた村山が立ち上がり、前へ立った。


「俺なんかが立候補しても無駄かもしれんのですが、俺は俺なりに思ったことをやりたくて、立候補しました」


 だから最近村山は、俺達と距離を取っていたのか?帰りはいつも一緒だったのが、いつしか村山がとっとと俺を置いて先に帰る日が増えていたのは確かだ。そのため最近の部活からの帰宅時は、1人もしくは松下さんと2人、ということが多かった。


「…俺は楽器の腕はまだまだですけど、いざという時の突破力だけは自信があります。みんなの手が届かないような所に、俺の手が届くような、そんな部長になりたいと思ってます。以上です」


 村山の演説後も、拍手に包まれた。


 横を通り過ぎる村山は、感極まった表情をしていた。


「さて、立候補者3名の演説を聞いて頂きました。今から投票です。急遽作った投票用紙と投票箱ですが、3人の中で一番部長に相応しいと思った候補者の名前を書いて、箱に入れて下さい」


 自分で自分の名前を投票用紙に書くなんて、これが最初で最後ではないだろうか。一旦は収まっていた緊張感が再び鎌首を擡げ、俺の脈拍を加速させていく。


「上井、大丈夫か?今までに見たことないような顔してるぞ」


 山中が俺を気遣ってくれる。


「多分大丈夫じゃけど、こんなに緊張感が続くなんて体験したことないから、心臓のドキドキが止まんねーよ」


「心臓のドキドキか。お前、中3の時に神戸さんに告白した時と今とで、どっちがドキドキするよ?」


「へっ?そ、それを持ち出されると…」


「じゃろ?落ち着け、落ち着けって」


 深呼吸してから、自分の名前を書いた投票用紙を投票箱に入れに行った。

 既に箱に投じられている何票かに、俺の名前は書いてあるのだろうか…。


「はい、俺が見る限り、全員投票したと思いますが…。念のため。まだ投票してない人、いますか?…いませんね?じゃ、開票に移ります。開票は…ごめんなさい、これも急な指名で。最後まで迷惑かけますが、副部長の沖村さん!寺田さん!」


「えっ、アタシら?」


「ごめん、お願いします」


「ま、まあ副部長じゃけぇ、仕方ない、やるわよ。ね、テラちゃん」


「最後の仕事じゃもんね。しょうがないよ」


「ごめんなさい…。俺と沖村さんと寺田さんで開票して、福崎先生には開票立会人として見守ってもらいます。先生、よろしいですか?」


 須藤先輩が、扉は開いていた音楽準備室の方へ声を掛けた。


「おう、待ちくたびれとったぞ」


 と言って先生が現れ、ちょっとした笑いが起きる。


「では開票します」


 一転して緊張感に包まれる。


 須藤先輩と沖村先輩、寺田先輩が、一票ずつ開いて、机の上の紙に『正』の字で票数を記していく。


 俺の緊張感もピークだが、大村や村山もだろうな…。


 そして最後の票が終わり、須藤先輩は福崎先生に、先に結果を伝え、先生は分かったとばかりに二度頷くと、音楽準備室へと戻っていった。 


 選挙戦の結果が発表される時間が来た。


「では開票結果を発表します」


 須藤部長が喋る。ざわついていた音楽室が、一瞬にしてシーンとなる。


「新しい部長は…」


<次回へ続く>

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