第3話 -今後の部活-

 百人一首大会以降は、クラスでも部活でも、神戸さんと目が合っても、露骨に避けることはなくなった。


 大村と2人でいる時は別だが、神戸さんが1人の時に出会ったりしたら、「おはよう」等の挨拶程度は交わせるようになっていた。


 そんな折、3月末に初めての定期演奏会を開催することが正式に決まり、その準備で吹奏楽部内のボルテージも上がりつつあり、2年生の先輩方の不協和音も、表面上は分からなくなっていた。



 だが一見調子よく見えている部内で、非常ベルが聞こえている同期生がいた。


 アンサンブルコンテストの後、落ち込む俺に声を掛けてくれたトロンボーンの山中と、トランペットの大上だ。



 定演の練習が続く2月のある日、俺は突如2人に、放課後使うことがない社会科教室へ呼び出された。


「どしたん?何かあった?」


 俺はバリトンサックスを抱えたままだった。


「上井さ、須藤先輩の後、部長にならないか?」


 山中が突然切り出した。横で大上も頷いている。


「はあっ?部長?俺が?なんで?」


 突然そんなことを言われても、という気持ちだった。


「今は定演目指しててまあまあ雰囲気ええけどさ、去年のコンクール後の雰囲気の悪さ、もっとも俺は上井に、合宿でその点を危険材料として話したんじゃけど、覚えとらん?」


 次は大上がそう言った。


「あぁ…特にコンクールの後とか、なんか2年生の先輩達が、全然横の繋がりがない感じになって、陰で須藤部長の悪口言ったりね。確かに雰囲気悪かったよな」


「それを踏まえて、4月からは俺らの代になるじゃん。その時、部長として吹奏楽部を引っ張れる人間は誰だ?って考えた時に、男子で考えると、上井、お前しかおらんのじゃ」


 と山中が説得にかかるが、俺も抵抗する。


「そこが突然だってば。俺以外でもいいじゃん。俺、中学の時に吹奏楽部の部長やって、懲り懲りなんよ。楽器は好きじゃけど、人の上に立つような人間じゃないし、部員をまとめられるような人間じゃないよ。俺はむしろ山中に部長になってほしい、そう思ってる」


 しかし山中も引かない。


「でも他の男子で、と考えると、大村は部活全体より神戸さんとの付き合いに夢中じゃろ、村山はちょっと挫けるとすぐ逃げ出して廊下でポツンとしとるじゃろ。伊東はビジュアル面はいいけど、ちょっとサボり気味だろ。大上は家庭の事情があるし、自宅も遠いけぇ、ちょっと無理なんよ。俺は生徒会やらされちゃっただろ。結局、上井、お前しかいない」


「生徒会なら俺も山中も一緒じゃん。去年、兼務直後に先輩らが露骨に嫌悪感を醸し出しとったのが忘れられんし…。そうだ、女子が部長ってのは?」


「うーん、男女差別じゃないけど、やっぱり部長は男子が務めるべきだと思うんよ」


 大上がそう言う。確かにその考えは根強く、俺は中学の時、途中入部ながら、唯一の男子だからというのも理由の一つで、吹奏楽部の部長を任されたのだった。


「それと上井の、なんとなくホンワカとしたイメージ。俺ら、コンクールで金賞も狙いたいけど、その前にまずは音楽室に来やすくなる環境作りも大切じゃと思うんよね。上井ならその雰囲気があるけぇ、上の先輩達みたいに、俺ら同期同士で雰囲気が悪くなることもないと思うし。逆に先輩らから何だかんだ言ったって、一番可愛がられとるのは上井じゃ。あとさ、中学の時に部長をやってて、結構上井目当てだったブラスの後輩の女子がおったらしいじゃん。となると新1年生を引っ張るのに適役じゃないか」


 山中も誰から聞いたのか、中学時代に後輩からモテていたというエピソードを持ち出して、口説きに掛かる。


「そんなに実際にモテたことはないんじゃけど…。うーん、そこまで言ってくれるなら…悪いけどしばらく考えさせてよ。でもそんなすぐに答えは出せんよ。俺が部長になったとして、中学時代の悪夢の再現は嫌じゃけぇ…。あと生徒会役員のくせに部長になるつもり?とかいう陰口も嫌じゃけぇねぇ…」


 とは答えたが、この2人には敵わない。陥落させられそうだ…。


「いいよ。まだ日はあるから。シミュレーションとかしてみて。上井が部長になったらこうしたい、ああしたいとか、だれを副部長にするとか。勿論俺らがバックアップするけぇ、安心してくれ」


「うん…分かった…」


 とは言うものの、俺には中学での部長時代の苦労が甦る。


 ワザと指示に従わなかった部員がいたり、注意したら逆切れする部員がいたり。

 特に同期の女子数名から文化祭直前に、他の部活の3年は引退しとるのに、ウチらはなんで引退しちゃいけないのかと詰め寄られた時は、何もかも投げ出したくなった。


 常に悩みがつきまとい、部長をやってて良かったと思ったことは数少なかった。


 中学でさえそうなのに、高校の部活の先頭に立つなんて、自分の器じゃないと思った。


 だが中学の時と異なり、少なくとも味方が2人はいる。逆に、中学の時の経験が生かせる。そう考えると、とてもありがたいのではないかと思えたりもする。


 この話、受けるべきか受けざるべきか、しばらく悩ませてもらわねば…。


 

 その日のミーティングで、定演の概要が発表された。


 開催日は昭和62年3月31日(月)夕方5時30分から。3部構成で、第3部にはこれから作るトレーナーを着用して演奏する。

 また係を設け、パンフに載せる広告を取ってくる係、パンフレットを作る係、卒業生担当係、その他諸々…。


 一つ演奏会を開くだけで、こんなに事前準備が必要なのかと、正直言ってビックリした。


「各係の割り振りですが、得意不得意あると思いますけど、俺と先生でこの方面に強そうな方はこの係という具合に決めさせてもらいました。その表を配ります」


 表が配られるとともに、えー?という不満の声がアチコチから聞こえた。本当に適材適所ならいいが、部長と先生が密談で勝手に決めたってのはどうなんだ?


 …なんだか俺の中で、来年は公平に係決めをやりたい、という思いが芽生えた。山中と大田に部長になれと説得されたから…という訳ではないが、こういうやり方はマズいと思った。まず上級生で話し合い、各リーダーを決めてから、リーダーで話し合い、メンバーを決めるべきだろう。須藤先輩が、部員全員の得意不得意分野とか、把握してるのか?


 それと、トレーナーってなんだ?


 西廿日高校吹奏楽部のオリジナルトレーナーを作ろうという趣旨には、去年からそういう話が出ていたし賛成はするが、いつの間に決まったんだ?


 ちょうど隣にいた村山に聞いてみたが、


「分からん。俺が休んだ時かもしれん…」


 俺も何回か休んでいるからでかい口は叩けないが、仮にトレーナーを作るんなら、誰か部員が欠けてるような時に勝手に進めていい話ではないだろう、と思う。


 定期演奏会をすると決めたはいいが、その準備の仕方、進め方が、あまりに密室政治に思えて仕方ない。来年はこんな進め方をしていてはいけない…と思ってしまう辺りが、既に山中と大上の術中に嵌って、部長になるなら…という俺の視点を生むのかもしれない。


 結局その日はミーティング中は不穏な雰囲気なまま進んでいき、ミーティング後は須藤先輩が2年の女子の先輩に囲まれていた。


「アタシ勝手に広告取りのリーダーにされとるけど、なんで?」

「アタシもいつの間にかパンフレット制作責任者になっとるけど、聞いてないよ?」


 2年の女子の先輩方が各担当割り振りでリーダーに決められているが、どうやら事前に根回しとかはしていないようだ。


「こりゃ、ダメだ。定演中止かもしれんのぉ」


 大上がその様子を見ながらポツリと言った。


 結局各係のリーダーと須藤部長で音楽準備室に入り、福崎先生立会いの下で再度話し合うことになったみたいで、須藤先輩を取り囲んでいた女子の先輩に引っ張られるように音楽準備室へと須藤先輩は消えた。


「なんか、アタシらも意欲がなくなるよね…」


 そう言ったのは広田さんだった。


「そうそう、なんでも勝手に決められてさ。先生が今度はこの曲にしたぞ、っていうのとは訳が違うんよね」


 続いて言ったのは太田さん。俺はトレーナーの件についてムカムカしていたので、口を挟んでみた。


「あのさ、トレーナーを作るって、いつの間に決まったん?」


「えっとね、早く発注したいとか言い出して、去年の内に決まったんよ…。あっそうじゃ、上井君がクラスマッチでボールの当たり所が悪くて失神してしもうた日!あの日の夕方、突然部長がトレーナーを発注しますとか言い出して、サイズは一応女子はM、男子はLにしました、デザインはプロに任せてあります、って、一方的に通告されて終わりだったんよ」


 広田さんが教えてくれた。


「マジで…。誰も異議はナシじゃったん?」


「なんか、クラスマッチの後で疲れとるし、上井君のことが心配だしで、あまり練習もミーティングも集中して聞いてなかったような気がする。不意打ち?抜き打ち?そんな感じじゃったよね」


「そうじゃね…。俺も、デザイン募集とかいう話かと思ってたら、もう発注しましたって話じゃけぇ、ちょっと待てよ?とは思うたんじゃけど」


 伊東が珍しく…と言ったら失礼だが、真面目に意見を言ってくれた。


「村山も休みじゃったんじゃろ…って、もうおらんし」


 と言ったら山中が、


「また渡り廊下かどっかで悩みをアピールしよるだけじゃろ」


 と切り捨てた。ちょっとビックリした。


「じゃ、今音楽室におるのは…というより、おらんのは、村山と、大村と神戸さん?伊野さんと野口さんもか。音楽準備室に入った2年生以外の2年生は帰っちゃってるな。まあ今の1年生から、春になったら部長を選ばんにゃいけんじゃん?」


 山中が突如役員改選の話を始めた。ひょっとしてその先も言うのか?


「みんなの中で、誰が部長になったらええとか、考えとる?」


 しばらく沈黙が流れたが、末田さんがポツリと言った。


「上井君がええと思う」


 その一言をきっかけに、そこにいた女子はみんな俺の名前で一致した。


「な、上井。お前、これだけ人望があるんよ。頼むから部長になってくれよ」


「山中君、もしかして上井君に部長になれって、もう話し始めてたん?」


 太田さんが驚き気味に言った。


「大上と話しとってさ。こんな空中分解しそうな状態で部長に立候補する奴はおらんと思ってさ。じゃ誰が部長に相応しい?って俺と大上で話して、上井しかおらんって結論に達したんよ。それでさっきもちょっと要請みたいなことしとったんじゃけど…」


「いや、俺は考えさせてくれとしか返事してないよ!」


 と抵抗したが、なんとなくその場にいた1年女子は、上井候補に1票という雰囲気になっていた。うわっ、外堀が埋められていくぜ、おい…。


 その内、音楽準備室から須藤部長と各係のリーダーにならされていた2年女子の先輩が出てきた。話し合いは付いたのだろうか?


「もしかしてお前ら、どうなるか心配で残ってたんか?」


 と先生が声を掛けてくれたので、ええ、まあ…と、なんとなく残っていた全員であいまいに頷いて見せた。


「決まったのは、今回は残り時間が少ないから、今日配った表通りに進めていくことと、来年はもっと部員の意見を尊重するようにということ、だったな?須藤よ」


「…はい」


 話し合いは終わったとのことだったが、まだ不満顔の女子の先輩を見ると、相当須藤部長もやっつけられたのだろう。


「アタシらも時間がないけぇ、今回は妥協したけど、今おる1年のみんなは、もっと意見を気軽に出しやすい部活を作っていってね」


 そう言ったのは、織田先輩だった。表を見ると織田先輩は広告集めのリーダーになっている。


「はい、今そんな話を俺らもしてたんで。来年は頑張ります」


 大上が代表して答えた。


「じゃあ、1年のみんなは帰ってもらってもいいか?このメンバーで仕事を進めていくにあたっての話し合いをしたいけぇ…。決まったことは、また報告していくから」


 と先生に言われたので、俺達は帰ることにした。


「お先に失礼しまーす」


「お疲れさまー」


 俺たちは下駄箱に向かいながら、ゆっくりと歩いていた。


「今日の定演の準備係決めのお陰で、先輩らも溜まってた不満が爆発したんじゃろうな」(山中)


「やっぱ風通し悪かったしなぁ」(伊東)


「でも2年の先輩って、須藤先輩に冷たいよね?なんでじゃろ?」(太田)


「多分、自己陶酔型だからじゃない?」(末田)


「なんか村山君に似てるかも!おらんけぇ言うけど」(松下)


 下駄箱に着くまでは、俺は聞き役に徹していた。


 もし、もし万が一、億が一で俺が部長になったら、この何気ない話も改善したい点として取り上げなくてはならないからだ。


 その他にも、大上や山中、今はここにいない同期の女子からも、色んな不満を聞いている。


(…俺が部長になることで、少しは改善できれば…。でも中学の時みたいな思いは嫌だし、生徒会役員との兼務を快く思ってない一部の先輩が4月で引退せずに残ったら…かなり辛い局面があるよなぁ…)


 上井の悩みは尽きなかった。


<次回へ続く>

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る