第2話 -百人一首大会-

「それって…俺と野口さんが、あの人の中ではカップルになってるはずなのに、見破られたとか?」


「もしかしたらそれも含まれてるのかもしれないけどね。最近、あんまり上井君とアタシ、喋ってなかったじゃん」


「そうやね。アンコンやら生徒会やらで…」


「でね、ある時部活の帰り際に呼び止められたのよ。そこで、『もし上井君と続いてても構わないから、俺とも付き合ってくれない?』って言われて…」


「…なんだそりゃ…。二股の片方になりたい?そんな話だよね?」


「あの人の中ではね」


「ちょっとそれは引くなぁ…。それだけ野口さんのことが好きって気持ちが続いてるのも凄いけど。だって確か文化祭の直後だったよね、俺が彼氏(仮)役になって撃退したのは」


「そう…。だから、半年経ってもアタシをそんな目で見てたの?って、ちょっと気持ち悪くなってさ…」


「余計に嫌いになった、と」


「当たり。ねぇ、どう断ればいいと思う?上井君の知恵、貸してよ」


「…二股の片方でもいいって言ってきたってことは、まだ俺と野口さんは付き合ってると思ってるわけじゃん」


「そうだね」


「自分で言うのも恥ずかしいけど、『アタシは二股なんかしません。上井しか好きじゃありません。諦めて下さい。二度と告白しないで下さい』と、冷酷に返事をする…ってのはどう?」


「そこよね。二股でもいいってのが正気の沙汰じゃないけぇ、そこを逆に突いてやればいいか…。なるほどね!ありがと、さすが上井君だわ」


「それも、手紙の方が効き目がありそうな気がするよ」


「手紙?どうやって渡すの?」


「俺が渡す」


「上井君が?えー、そんな嫌な役、引き受けんでもええよ」


「いや、あの人の中では、俺が野口さんの彼氏ってことになっとるから、彼氏が彼女を守らないでどうするんだって話だよ。だから、手紙を書いて、俺に預けなよ。ちゃんと一言添えて、渡すから」


「ホンマにええの?」


「任せなって。自分の恋愛はオクテじゃけど、野口さんとなると話は別、守ってあげなきゃ」


「上井君…」


「まあ焦らんでもええよ。実は俺、百人一首大会に出る羽目になったけぇ、出来たらその後くらいが助かるんだ、ハハッ…」


「そうなの?凄いじゃん!あっ、そしたら大会までに一つでも句を覚えなきゃ…ってことだよね。そんな大事な時に…ごめんね」


「いやいや、彼女(仮)は大切に、ってね。いつか本物の彼女が出来たら、神戸さんと付き合った時の失敗を活かして、大切にしたいし」


「…そうだね。頑張れ、上井君」


「うん。色々と、ね」


「じゃ、部活に行こうか」


「うん」


 俺と野口さんは、3学期最初の部活のために音楽室へと向かった。


 @@@@@@@@@@@@@@@


 いよいよ紆余曲折を経て、百人一首大会の本番の日がやってきた。


 本番は1月24日土曜日で、1年生と2年生が対象だ。3年生は大学受験に向けて免除されている。


 各学年8クラスなので、計16クラス、丁度トーナメント制にピッタリなクラス数なので、トーナメント方式になっているが、対戦は1年と2年で分けることなく、2学年混合で行われる。



 本番に向けて、2回ほど放課後にクラスに残って練習したが、なかなか1年のブランクは大きく、俺と神戸さんの間で直接の会話は交わせなかった。

 いつも間に、笹木さんを挟んでの会話になってしまった。


 それでも笹木さんは


「たった3人しかいない空間に、上井君とチカちゃんがおるんじゃけぇ、意味はあるよ」


 と、部活に向かうために別れる際に、俺に声を掛けてくれた。



 そして本番当日、俺達3人はクラス代表として大会に出て、他のクラスメイトは普通に授業を受ける。授業免除みたいな形だった。


 がんばれよー、という声援を受けて、俺、笹木さん、神戸さんの3人は会場となる図書室へ向かった。


「上井君、ちゃんと100首覚えた?」


 と笹木さんが聞いてくる。


「当たり前じゃん!と言いたいけど、もう脳が老化し始めとるけぇ、半分がええとこかも。テストの結果も悪かったし…」


「それじゃあダメじゃん!アタシ達、優勝するんじゃけぇね!ね、チカちゃん」


「えっ、そ、そうだね」


「んもう、2人とも元気が足りないよ!バレー部みたいに、円陣組む?」


「円陣って、3人だと三角形になっちゃうよ?」


 と俺が茶化すと、


「アハハッ、三角陣?それでもいいじゃん。上井君はそんな感じでムードメーカーになってよ。アタシ、こう見えても結構覚えてきたんよ~。だからアタシとチカちゃんで稼ぐから、そこに上井君も覚えてる札が読まれたら、取ってくれればいいから」


 笹木さんはそう言った。いや、こんな感じならムードメーカーは俺よりむしろ笹木さんじゃないか?


 と喋りながら図書室に向かい、控えの椅子に座らされた。


 ここでも真ん中に笹木さんが座り、俺と神戸さんは離れていた。


「それでは1回戦の第1試合を行います」


 進行役の2年生の図書委員の方が開始を宣言した。

 組み合わせは事前に担任の先生同士でくじを引き、決まっているとのことだ。


 俺たちの1年7組の初戦の相手は、ありがたいことに同じ1年の2組になっていた。ただ万一勝ち進んだら、次は2年生のクラスだ。幸か不幸か、見回す限り生徒会や吹奏楽部の先輩はいなかったのは救いだ。


「各クラスの代表は指定された場所に着いてください」


 8つの大テーブルに、各クラス代表3名が着く。


 俺たちの対戦相手、1年2組の3人は女子ばっかりだった。しかも見たことがない顔ばかりなので、別の中学出身だろう。

 男子が相手だったら思い切り行けるが、女子相手だと思い切り行きにくい。


(逆ハンデじゃないか?)


 と思わなくもなかったが、やるしかない。


「では始めます…」


 @@@@@@@@@@@@@@@


 なんと俺たち1年7組は、1回戦の1年2組、2回戦の2年8組を破り、ベスト4に残ってしまった。


 残念ながら準決勝で2年3組に敗れたものの、決勝戦と同時に行われた3位決定戦では1年1組を破り、堂々の第3位となった。


 結構商品も豪華で、3位だと銅メダルと賞状、1人につき500円の図書券が当たった。ちなみに優勝したら、金メダルと賞状、そして図書券が1人2000円分になるそうだ。


「みんなよくやったね!3人のお陰で、1年生で3位に入れたよ!」


 ちょうど授業の合間だった末永先生が応援に来てくれ、俺たちを労ってくれた。


「ここまで色々あったよね。でも、3人が力を合わせてくれたからだよ。おめでとう!」


 俺は笹木さんと握手し、次に神戸さんを見た。

 丁度神戸さんも俺を見たので、そっと手を差し出したら、握手してくれた。


 その光景に一番喜んでいたのは、末永先生だった。


「神戸さん、ありがとう」


「ううん、こちらこそ」


 俺は握手したまま、神戸さんにどうしても今日言いたかった言葉を掛けた。


「あの…さ…誕生日、おめでとう」


「えっ?もしかして、覚えててくれたの?」


「う、うん…」


「えっ…嬉しい…ありがとう」


 俺はいくら意地を張っても、嫌いになろうとしても、一度は付き合ったことがある女の子の誕生日は、忘れようにも忘れられなかった。


 立場上、何もプレゼントは上げられなかったが、百人一首の本番が1月24日、神戸さんの誕生日当日だと分かった時から、会話できるようになった以上は、何とかしておめでとうだけは伝えよう、と思っていたのだが、無事に言えるチャンスがあって良かった…。


 去年は別れるキッカケになってしまった神戸千賀子の誕生日が、今年は一応仲直りの日となったことに、俺は不思議な縁を感じていた。


 神戸さんは嬉し涙を俺に見せたくなかったのだろう、パッと俺に対して背を向けると、笹木さんの横に行き、笹木さんもまた良かったじゃん!って感じで、神戸さんの肩を抱いていた。


「上井君、なかなかいいとこあるじゃん。もう吹っ切れた?」


 末永先生が話し掛けてくれた。


「うーん…。完全に吹っ切れたかというと、そこまではもうちょっと…かな?というところです。富士山で言えば7合目くらいかな?」


「そっか。上井君の傷はなかなか深いねぇ。何とか高校にいる内に、傷を回復させるんだよ。今はそんな心の余裕はないかもしれないけど、きっと上井君のことを好きだって言ってくれる女の子は、絶対にいるから」


「いたらいいんですけどね…」


「女のアタシが言うんだから、間違いないよ!元気出していこう!」


 末永先生は、いつもポジティブに生徒を励ましてくれる。今回の百人一首も、末永先生が担任じゃなかったら引き受けなかっただろうなぁ…。


<次回へ続く>

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