第7章 1学期'87-高2-
部長就任
第1話 -新部長決定-
「新しい部長は…」
うわっ、なんて心臓に悪いんだ!先輩、早く結果を言ってくれ!
「上井純一君です!」
あっ、俺?俺なのか?
本当に?
音楽室が拍手に包まれた。俺は一瞬呆然としていたが、山中と大上に脇を突かれ、我に返って、その場で立ち上がり、一礼した。
「良かったよ、お前の演説」
と山中が言ってくれたが、
「俺、もはや何を喋ったか覚えてないよ」
「そんなに緊張しとったんだ。でも、部長就任だね。おめでとう」
「ありがとう」
須藤先輩に促されて、俺は前へ出た。
須藤先輩がまず喋った。
「思わぬ選挙戦になって、俺らもビックリでしたが、それだけ今の1年生のみんなが、吹奏楽部をもっと良くしたいと思ってくれてるんだと確信しました。当選証書などはありませんけど、とりあえず…」
と須藤先輩は言って、俺に握手の手を差し出した。
もちろん俺は両手で握手を返す。再び音楽室が拍手に包まれる。
「では、今から第4代目部長になってもらう上井君に、部長就任の挨拶をしてもらいます」
須藤先輩に、教卓の前に立つよう誘導された。中学校の時とは格段に違う緊張感に包まれる。
「えーっと、皆さん、こんばんは」
笑いが起きる。そうそう、こういう雰囲気作りだ、俺が目指すのは。
「改めまして、第4代目部長を務めさせていただくことになった、上井です」
音楽室内が拍手に包まれる。この瞬間、部長になったのだと実感した。
「えーっと、俺はさっきも言いましたけど、中学校の時も部長をやってて、さっきはもう二度と部長とかやりたくないとか言ってましたが、部長にならせて頂いたからには、中学時代の良い経験は活かし、悪い経験は繰り返さないようにし、公約であります『明るく楽しい部活づくり』に向けて頑張りたいと思います。もちろん明るく楽しいだけではなく、練習はしっかり行い、コンクールでは今年こそゴールド金賞を狙いたいです。どうぞよろしくお願いします」
そう言って頭を下げた。再び拍手をもらえた。おかげでやっと安堵出来た。
次は須藤先輩が喋る番だった。
「これで世代交代になりますが、俺から上井君への引継ぎもありますし、副部長と会計担当役員も決めなくてはいけません。引継ぎもしなきゃいけません。ということで、もう少しみなさん、残っててください」
そう言うと俺の方を見て、
「他の役員、誰にする?」
と聞かれた。勿論、立候補しながらも落選してしまった2人には役員になってもらわなきゃいけない。なんとなくやりにくい2人ではあるが…。
「大村ー、村山ー、ちょっとちょっと」
と手招きした。2人は飛んできた。
大村は
「やっぱり上井には敵わんね。部長が上井になったからには他の役でサポートするけぇ、何でも言ってや」
村山も
「うーん、最近お前との距離を敢えて離しとったんじゃが、裏目に出たな、完全に。お前には敵わんよ」
と言ってくれた。
「まあこの先どうなるか分からんけど…。多分、一部の先輩は俺の生徒会役員との兼務を快く思ってないけぇね。ま、それはそれとして、副部長と会計を決めにゃあいかんのよ。是非お2人にお願いしたいんじゃけど、副部長も会計も2人制と決まっとるけぇ、2人には筆頭副部長と、筆頭会計になってもらって、もう1人は2人の権限で選んでもらっていいから、話し合って選んでくれんかな?」
村山と大村は顔を見合わせ、俺に聞こえないように耳打ちし合ってから、
「じゃあ俺、会計やってみたい」
先に村山が言った。会計をやりたいとは意外だった。
「俺は、副部長にならせてほしい」
続いて大村が言った。
「いつもここで揉めるんよ。でも今年は逆にスムーズだね」
須藤先輩が言う。多分、部長に立候補する人間はいないか、せいぜい1人なのだろう。だから副部長や会計を決めるのにも押し付け合いとかがあったんじゃないだろうか。だから去年の役員決めでもスムーズにいかず、その禍根が残ったままの1年間だったんじゃないか、俺はそう思った。
「じゃあ筆頭役が決まったから、補佐…でもないけど、もう1人。誰か意中の1年生とかおる?」
大村が先に言った。
「もう1人の副部長、神戸さんでいい?」
俺は一瞬固まって、即答出来なかった。まさかここで因縁のカップルが副部長コンビになるのか?でも断るわけにはいかない…。
「あっ、うっ、うん…いいよ…」
俺が受諾したことで、正式に副部長は大村&神戸のカップルが就任することとなった。まあ、日常会話程度は出来るようになったから、何とかなるだろう…。
「じゃああと会計、村山は誰か一緒にやりたい人、おる?」
「俺は…やっぱ男子2人より、男女でやった方がええじゃろ。伊野さんを指名したい」
俺は再度固まった。部長になって、サポートしてくれる執行部メンバーに、俺をフッた女子が2人入るのか?しかも1人は何だかんだ言っても、今まで喋ってくれない女子じゃないか…。
とはいえ、それだけの権限を与えると最初に言ってしまったので、断れない。
「…わ、分かったよ。いいよ…。じゃあ正式に新年度の役員体制が決まったから、指名した女子2人にも前に来てもらって」
大村が神戸さんを、村山が伊野さんを呼んだ。大村&神戸は、事前に色々こうなった時はどうするとか、話していたのだろう。神戸さんはサッと前の方に来た。
一方村山は、伊野さんに根回ししてなかったみたいで、伊野さんはなんでアタシが?という表情をしていたが、村山の説得で前に出てきた。
俺ら5人は並ばされ、改めて須藤先輩から紹介された。
「新役員が決定したので、紹介します。部長は上井君、副部長は大村君、神戸さん、会計は村山君、伊野さん、以上の5人です」
俺たちは揃って頭を下げた。
「ではこの後、引継ぎをしますので、旧役員の方以外、特に用事のない方は今日は解散になります。あと3年生は、引き続き部活を続けるか、引退して学業に専念するかを、俺か、俺に言いにくかったら新部長の上井君に教えてくださいねー!」
音楽室が再びザワザワし始めた。
3年生の先輩方が、辞める?残る?という話をしているようだ。
文化祭までは出たいけど、コンクールはちょっと…というような声も聞こえる。
まあいずれ分かるだろう。
サックスの沖村、前田両先輩は、須藤先輩ではなく、俺に引退の意思を伝えに来てくれた。
「上井君、部長だね、ついに」
前田先輩が言ってくれた。
「はい、自分で立候補しといて、全然実感がないんですけど…」
沖村先輩が続けて言ってくれた。
「アタシと前田さんは、一応引退の方向で、と思ってるの。サックスが今3人いて、新入生も入ってきて、更にアタシ達がいると重たいでしょ?上井君も忙しくなるし。でも、何か大変なことが起きたら遠慮なく声掛けてね。助けに来るから」
「ホントですか、ありがとうございます。この頼りない男を時々はチェックしに来てくださいね」
「上井君はこの1年で逞しくなったよ。大丈夫だよ。でも、たまには遊びに来るね」
思わず惚れてしまいそうな美貌の前田先輩がそう言い、じゃあまたねと、音楽室を去って行かれた。
俺は一抹の寂しさを覚えたが、須藤先輩から部長職の引継ぎを受けなきゃいけない。
須藤先輩が音楽準備室へ行こうと言い、俺は後ろから付いていった。
「先生、新役員が決まりました。新部長は上井君です」
「先生、よろしくお願いします。力不足ですが、一生懸命頑張ります」
「おぉ、頑張ってくれよ。実は上井のことは今だから明かすけど、お前の中学校の先生から、入学前にちゃんと情報が送られてきてたんよ」
「えっ、竹吉先生から、ですか?」
「ああ。俺と竹吉君は音楽大学の同期生なんよ。彼はファゴット専攻で、俺はサックス専攻。で、竹吉君からバリサク吹きたがってるウチの上井ってのが合格したから、入部希望で入ってきたら、バリサク吹かせてやってくれ、ってな」
「そうだったんですか…。全然知りませんでした、スイマセン」
「いや何も、お前が謝ることじゃないよ。そういう裏話もあるよってことだよ」
と福崎先生は言ってから一息おいて、再び俺に言った。
「今の1年…じゃなかった、もう2年だったな。その中で俺が部長になってほしいと思ってたのは、上井、お前だった」
「ええっ?本当ですか?」
「ああ。まあ俺の立場上、誰が部長になっても文句は言えんが、ずっと見てて、山中か上井だな、と思ってたんだよ。でも2人とも生徒会役員になっただろ?だから部長は難しいと思って、他の適任は誰かなとか、思っとった。でもなかなかなぁ…。だから上井が立候補してくれて、正直嬉しかったぞ。まあこれは、ここだけの話にしといてくれよ」
「はい、もちろんです」
「でもお前、大村と神戸が副部長だったらやりにくくないか?」
「…実はそうなんです。やりにくい要因が早速色々ありまして…」
福崎先生もよく知ってるなぁ。あの2人、先生方の間でも有名なんじゃないか?
「まあ何かあったら、俺に言ってくれよ。何でも相談に乗るから。なあ、前部長!」
「あっ、そうですそうです、ハイ…」
須藤先輩は体を縮めていた。
「とりあえず須藤、明日の最後の仕事、部活説明会は上手いこと喋ってくれよ。上井が部活を運営しやすい、明るく楽しい1年生がたくさん入るようにな!」
「分かりました…」
「じゃあ、後はよろしく。俺はこれで帰るから」
福崎先生とガッチリ握手すると、先生は先に帰られた。
「じゃあ上井君、改めて…でも、特にもう何も引き継ぐことはないよ。一応これまでのミーティングの記録ノートがあるけぇ、それは渡すけど、上井君のカラーでやってもらえればいいさ。あとは、残る3年生が誰か分かったら、その方の注意点とか教えるよ」
「そうですね、そこら辺は先輩に聞かなきゃ分かんないですね」
「それと先生も言ってたけど、副部長カップル。やりにくいだろうけど気を付けてな」
「はい…」
「じゃあとりあえず、今日は解散かな。あ、部長は最後まで残って、鍵閉めて、職員室へ返すってのがあるから」
「あ、それは中学と一緒ですね。分かりました」
それだけ話して音楽準備室から出てきたが、副部長の2人と会計の2人は、まだ先輩達から引継ぎ中だった。
そこで俺は、須藤先輩にちょっと話が…といって、器具庫へと引っ張り込んだ
「どうしたん?音楽室の中じゃ出来ん話?」
「そうですね、ちょっとできないです…」
「何かな、教えてよ」
「須藤先輩、野口さんのこと、今も好きですか?」
「へっ?あっ、も、もしかして野口さんから聞いたの?俺が告白した話…」
「はい。なんか、先輩は野口さんに浮気を進めるような言い方をしたと、聞きました」
「うっ、浮気じゃないよ…」
しかし動揺したのか、物凄く目は泳ぎ、かくはずもない汗をかいていた。
「先輩、最後のお願いです。野口さんを悩ませないでやって下さい…。俺の心からのお願いです」
「……」
「最近、野口さんが元気ないのは、先輩も見ててお分かりかと思います。何故かといえば、先輩の…失礼な言い方ですいませんが、軽々しい告白が原因です」
「俺は…。確かに野口さんのことは今でも好きだし、これまでは君らのことを応援してきたつもりなんよ。でも最近、上井君が忙しくなって、あまり2人でいる所を見んようになったけぇ、もしかしたら最後のチャンスかもしれないと思って、告白した。その言い方が不味かったんなら、謝るよ、すまなかった」
「いや、須藤先輩、言い方ではないんです。野口さんが言うには、半年以上も前にお付き合いできないって言ったのに、その間もずーっとアタシのことをそういう目で見てたのかと思うと、耐えられない、そう言ってました。なので、もう野口さんには関わらないようにして頂けたら助かります…」
「…そっか。あー、俺もやっぱりモテない人生だなぁ」
「ん?先輩…?」
「俺さ、彼女がいたこと、ないんだよね。いっつもフラれてばっかり。だから今度こそと思って粘ったんじゃけど、その粘りが気持ち悪いって思われたら、もう撤退するしかないよね」
「…スイマセン、俺がこんなことを先輩に言うなんて、本当に失礼なんですが」
「気にしないでくれ。俺は…残務整理的にしばらく部活に来るけど、春で引退するつもりじゃけぇ」
「そ、そうなんですか?」
「俺もさ、吹奏楽は大好きなんじゃけど、人間関係に疲れてさ。ほら、俺と同期の女子って、一部を除いてズケズケとものをいう女子が多いじゃろ?」
「はっ、はぁ…」
俺は内心、アナタのやり方はトップダウン方式だからだよ、ボトムアップ方式でやらなきゃダメなんだよ、と強く思ったが、口には出さなかった。
「だから、春で潔く引退するよ。野口さんのことも、もう諦めるから、安心してくれと伝えておいてほしい、上井君から」
「…先輩、悔いはないですか?」
「…それを言い出したらキリがない。黙って、上井部長を応援するから。だから、何かあったら今日のことはサッパリ水に流して、俺も相談相手になるからさ、辛いことがあったら教えてくれよ。去年の暮れの生徒会役員兼務の時みたいに、陰湿な先輩が残っとったら、また陰口言い出すかもしれんし。そんな時は対処法とか教えるから」
「やっぱり、須藤先輩の方が器が大きいです。偉そうなこと言って申し訳ありませんでした」
「だって上井君のこの先、かなり舵取りは厳しそうじゃん。副部長コンビがちゃんと動いてくれるか、心配じゃろ?」
「それは…あります」
「こんな腹を割った話を、もっと前にしたかったね、上井君と」
「先輩…」
「まあ俺はあと数日だけお邪魔するから、その時に何かあれば言ってくれればいいし、俺がいなくなった後なら、ラブレターじゃないけど下駄箱に俺宛に手紙を入れといてくれても構わない。俺は3年6組じゃけぇ、間違えんようにな」
「ありがとうございます…」
「じゃあ俺、そっと出ていくから。まだ声が聞こえるけぇ、話は続いとると思うから、部長として最後まで付き合って、音楽室のカギを閉めて帰るんよ。じゃあまた」
といって須藤先輩は、器具庫のドアをソーッと開け、出て行った。
(本当だ…。もっと早く腹を割って色々な話をしておくべき先輩じゃ…。まだまだ俺も未熟じゃのぉ…)
俺は続いて器具庫から出て、そっと音楽室の椅子に座り、そこで引継ぎ中の新旧副部長と会計の計8人を眺めていた。
新役員は、全員、俺と何らかの因縁がある4人だ。特にその内の1人は、いまだに俺と目を合わせるのも拒否している。
そんな役員体制で上手くいくのだろうか…。
<次回へ続く>
【昭和62年度西廿日高校吹奏楽部役員】
・顧 問=福崎 達夫
・部 長=上井 純一
・副部長=大村 浩二
神戸千賀子
・会 計=村山 健一
伊野 沙織
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