第20回 -アンコン本番の日のショック-

 クラスマッチの翌週、登校して朝練のために音楽室へ顔を出すと、先に登校していた同期生や先輩方が、滅茶苦茶俺の体調を心配してくれた。


「上井君、サッカーの試合でボールが頭に当たって気絶したんだって?もう大丈夫なの?」


 大体男子女子、先輩同期が、このようなニュアンスで心配してくれた。


「はい、もう何ともありませんし。その分、土曜日の練習に出れなくて、すいませんでした」


「よかった~。アタシのクラスに生徒会の副会長がおるんじゃけど、心配で保健室を見に行ったら、誰もおらんかったって言って、音楽室に来てない?って、探しに来たんよ。じゃけぇ、上井君は誰かに連れ去られたんじゃないかとか、何もかも嫌になって失踪したんじゃないかとか、土曜日の放課後、ちょっとした騒ぎになっとったんよ」


 前田先輩が教えてくれた。


「へっ?マジですか!やっぱ帰る時、生徒会室と音楽室に顔を出しておきゃ良かったですね…」


「でもまあ、元気に顔を出してくれたし、良かったよ」


 と、大村が言ってくれた。


「俺も心配になって見に行ったんじゃけど、その時はまだ気絶中というか睡眠中というか。目覚めてなかったけぇ…」


「ああ、笹木さんから聞いたよ。わざわざ来てくれたって。ありがとうね」


「いや、それぐらいのことは当たり前じゃん。それより、本当に大丈夫?」


「うん、昨日も一応家でおとなしくしとったけど、なんともなかったよ」


「じゃあアンコンも大丈夫?」


 物凄く前田先輩が心配そうに俺を見てくれる。


「大丈夫です!目指せサックスゴールド金賞!で頑張りましょう!」


「ホッとしたよ…。あまりお姉さんを心配させちゃ、ダメだからね」


 と前田先輩に言われ、ちょっと俺もウルッとしてしまった。




 朝練の次はクラスに戻ったら、再び大丈夫か上井!の声に歓迎されてしまった。


「お前ダウンしたら、一向に立ち上がらんけぇ、どうなってしまったんよってなってさ。大騒ぎよ」


 と長尾が言ってくれ、次に


「倒れ方がね、うずくまるようなんじゃなくて、棒が真っ直ぐのまま地面に倒れるような感じだったの。だから瞬間的にアタシらはヤバイ!って思って、すぐ体育の先生を呼びに行ったんだ」


 と普段は滅多に話したことがない女子の谷口さんが教えてくれた。


「そこに、保健委員のアタシも慌てて『保健委員じゃった!』って思い出して、谷口さんの後を追ったんだ」


 笹木さんはちょっと照れながら言った。


「そうなんじゃ…。本人はその直前から記憶がないけぇ申し訳ない。で、サッカーの結果はどうなったん?」


「ああ、お前がダウンして一時中止になったんじゃけど、再開後は1組の動きが悪くなってさ。お前を保健室送りにしてしもうたって思ったからかのぉ、お陰で優勝したよ」


「ホンマに?それならよかったよ」


 そこへ末永先生が朝の会のためにやって来た。


「はーい、みんなおはよう。上井君、大丈夫そうね?忙しくて一回しか保健室に行けんかったけど、笹木さんで電話してきてくれて大丈夫そうですって教えてくれたけぇ…良かった、本当に良かった」


「ありがとうございます、先生。あとは放課後にでも生徒会室と保健室に挨拶に行けば大丈夫だと思います」


「でも一応しばらくの間は気を付けるんだよ?頭を打ったって聞いとるけんね」


「はい、ありがとうございます」


 そうなのか、倒れる瞬間は全く記憶にないけど、直立不動で倒れりゃ、頭も打つよな…


 神戸さんも心配して保健室に来てくれたと、笹木さんは教えてくれたけど、本人からは勿論、大村からも神戸さんのことは伏せて、まるで大村が1人で保健室に行ったように聞かされたし。もう百人一首で一緒になるのは決まってしまったんだから、俺の様子を保健室に見に行ったぐらい、本人からじゃなくても、周りから教えてもらえてもいいと思うんだが…。

 まだ周りは喧嘩中だと思ってるのかな。


 そしてその日の放課後、保健室の先生にお礼を言いに行った後、生徒会室に顔を出してみた。


「あっ、上井君!無事だった?」


 あまり役員は来ておらず、主に2年生の先輩数名が片付けに来ていたが、静間先輩がいち早く俺を見付けてくれ、駆け寄ってくれた。


「先輩、ご迷惑をお掛けしました」


「ううん、上井君が無事だったなら、いいんだよ。どう?今は頭とか痛くない?」


「はい、倒れたその日はちょっと頭痛が続いてましたけど、今はなんともないです」


「良かった…」


 静間先輩が心底安堵してくれているのを見て、周りの人に恵まれているな、と実感した。


 岩瀬会長も奥から出てきて、


「おぉ、無事で何よりじゃったよ。上井君が倒れて保健室に担ぎ込まれたって第一報聞いたからさ、何があったんじゃと思って心配しとったんよ」


「はい、ちょっとサッカーボールの当たり所が悪くて…」


「そっかぁ。今は?もう大丈夫なん?」


「お陰様で、昨日一日ゆっくり過ごしましたので大丈夫です」


「でも無理するなよ。こっち生徒会の方は俺達2年生で殆ど片づけたから」


「なんか最初の行事でお騒がせしちゃってスイマセン…」


「気にしないでね。体が第一だから」


 静間先輩は本当に優しい先輩だ。退任された石橋さんもだが、本当に生徒会では優しくて素敵な先輩に恵まれている。


「じゃあ、近々大会もあるもんで、部活に行かせて頂いてもいいでしょうか?」


「うん、いいよ。部活も大丈夫?」


「はい、今朝ちょっと楽器吹いてきましたけど、大丈夫でした」


「なら良かった。じゃ、部活頑張ってね」


 静間先輩は最後まで俺に気を使ってくれた。来年、後輩役員を迎えたら、俺もちゃんと後輩の面倒を見なきゃな…。


 @@@@@@@@@@@@@@@


 2学期も終わり、いよいよアンサンブルコンテスト本番の12月27日を迎えた。

 会場は初めて行くことになる、安佐南区民文化ホールという所だ。


 この日は木管の部と聞いていたが、実際は高校の部が1日に詰め込まれていた。

 朝から夜まで、木管、金管、打楽器と、各高校のアンサンブルが続く。


 俺の高校からは、フルート、クラリネット、サックス、金管、打楽器と、5つの部門にエントリーしている。

 それぞれ本番の時間が違うので、会場への移動は各パートごとに違っていた。


 フルートとクラリネットは、自分でも持ち運びやすい楽器なので、現地集合にしたようだ。


 俺のサックスは、アルトはまだ持ち運べるが、テナーはちょっと大変、バリサクに至っては超大変ということで、金管チーム、打楽器チームと合わせてトラック移動になった。


 だがトラックと同時に現地へ行ける人数も限りがあるので、現地へトラックに同乗して行くのは顧問の福崎先生と須藤部長、部長指名により体格の良い村山という3人になり、他のメンバーは、列車で直接現地へ行くこととなった。


 トラックチームは、出番が一番早い俺達サックスの本番時間に合わせて会場入りしなくてはならないため、結構早く高校を出ていた。


 出番が一番遅い打楽器チームは会場に着いても練習出来ないため、サックスに合わせて行っても意味があまり無かったが、その分客席から本番までは応援することになっていた。


「やっぱり緊張しますね、先輩」


 と俺が、移動する列車で前田先輩に話し掛けると、


「でしょ?ウチら5人だけのステージだから、物凄く視線が注がれるんよ」


「いや〜、緊張するなぁ」


「上井君は大丈夫よ。アタシの胸に触る勇気があるんだから」


「ちょっ、先輩!」


「な〜に?」


「それは秘密にしといて下さいよ〜。偶然だったんだし…」


「あははっ、また上井君、顔が赤くなってる。可愛いね~、キミは」


 列車の走行音のお陰で、他の部員には聞こえなかったが、突然繰り出される前田先輩の小悪魔っぷりには、ハラハラさせられる。


 なんだかんだ言いながら列車で移動するのも楽しかったが、会場最寄りの古市橋駅で下車すると、緊張感が増してきた。


「大丈夫かなぁ…」


「いつも通り吹けばいいんよ。お客さんなんて気にしない、気にしない」


 中学の時にもアンサンブルコンテストに出たことがある末田がそう言った。


「流石、経験者は違うね!」


「うん。アタシはむしろ、夏のコンクールの方が緊張するよ。1箇所ミスったら、全員に迷惑掛けちゃうじゃん。アンサンブルなら、間違ってもサックスのみんなだけで慰め合えるから」


 なるほどね…と思ったが、時間調整の結果、俺達サックスは会場に着いたら直ぐに受付を済ませ、リハーサル室へ移動することになっていた。


「頑張れよー」


 と、後から出番がある金管チーム、打楽器チームのエールを受け、俺達はリハーサル室へ移動した。


 チューニングして最後の練習をして、ステージ横へと案内される。


 一番緊張がピークに達する時だ。


 ここで沖村先輩が、1年生一人一人に大丈夫!と声を掛けてリラックスさせてくれた。流石パートリーダーだ。


 俺は中学の時の経験から、来年の役員改選で部長になるのは嫌だったが、パートリーダーにはなりたいと思っていた。


 でも末田の落ち着きっぷりは、リーダー向きだなとも思うし、伊東の初心者ながらもパートの雑談で主導権を取る何気無さも、意外にリーダー的かもしれない。


 いよいよ前の学校が終わり、俺達の出番になった。


 場内がザワザワする中、ステージに並べられた5個の椅子を、俺らの丁度いい間隔に並べ直し、沖村先輩が進行係の方にOKのサインを送る。


 パッと暗かったステージに照明が当たり、沖村先輩の合図で一斉に立ち上がり、客席を向く。


 拍手が起き、改めて椅子に座って軽く客席を見ると、先に出番を終えたフルートとクラリネットの2パートがまとまって観ているのが見えた。


 俺にとって因縁の、神戸さんと伊野さんも見えた。どんな感情で観ているのだろうか…。


 沖村先輩が全員の目を見て、合図を送り、サックス五重奏が始まった。


 俺は譜面を追い掛けるのに必死で、気が付いたら一曲吹き終わっていた。

 あっという間過ぎだった。


 再び客席を向いて一礼し、控室に戻った。


「みんなお疲れ様〜」


 努めて明るく、沖村先輩が言った。


「先輩、スイマセン、2箇所ミスりました…」


 俺は緊張したせいで、低音部分で2箇所失敗してしまった。


「ええんよ、上井君。アンコンは初めてなんじゃろ?来年また頑張れば。今回だって、まだ結果は分からないよ?」


 今日の高校の部は、朝イチのフルートからラストの打楽器まで全部終わってから、結果発表になる。なのでかなり先が長い。


 俺は自分の失敗のせいで金賞が取れなかったら、先輩に申し訳ないと思いつつ、重たい気持ちで楽器を片付け、トラックに載せた。


 その後はサックスの5人で、金管の部と打楽器の部を鑑賞し、結果発表を待つ間に他のパートのメンバーとも合流して、最後の結果発表を聞くことになった。


 俺は演奏での失敗を気にして落ち込んでいたが、トロンボーンの同期の山中が声を掛けてくれた。


「上井、元気ないじゃん。どうしたん?クラスマッチの怪我を引き摺っとるんか?」


「いや、それはもう大丈夫なんじゃけど、2箇所もミスっちゃったんよ。そのせいで銀賞や銅賞になったら、先輩達に申し訳ないなぁって」


「そんなに自分を責めちゃダメだよ。俺も失敗して他の楽器とずれたけど、気にしないようにしてるよ。少人数の演奏でのミスは目立っちゃうけど、だからこそ自分を責めたら、他の人も気分が落ち込んで、いい影響は与えんじゃろ」


「そうか…。堂々としてればいいのかな?」


「まあ、後悔するのは自分の心の中で留めて、みんなの前では普通にしてりゃええじゃん。演奏でミスっていかにも落ち込んでますってアピールは、俺は好かんな〜」


「確かにそうだね。ありがとう」


 そんな話をしていたら、結果発表の時間になった。


 大量のグループが出演するため、コンクールのようにステージに各グループの代表が並ぶことはなく、最初に結果が読み上げられ、その後代表者が賞状を取りに行くことになっていた。


 俺の高校からは、フルートがゴールド金賞で、それ以外は全て銀賞だった。


 沖村先輩が賞状を取りに行ってくれたが、俺は何とか銅賞では無かったことで安堵した。本当はそんなレベルで満足しちゃいけないんだが…。


「良かったね、銀賞で」


 前田先輩が、俺に声を掛けてくれた。俺だけがミスした…と1人で落ち込んでいたのを心配してくれたのだろう。


「先輩…」


 前田先輩が本当のお姉さんのように見え、変な意味ではなく、抱き付いて泣きたかった。


「来年は金賞目指すんよ。応援しとるからね」


 戻ってきた沖村先輩も、充実した表情で、前田先輩と同じセリフを言った。


「分かりました!この1年生3人組に、有望な新入生を加えて頑張ります」


 高校へ楽器を戻しに行く顧問の福崎先生と須藤部長と村山以外は、現地解散になった。


 打ち上げに行くという先輩方や、夕飯を食べに行く同期に、一緒に行こうと誘われたが、ミスしたことで精神的に疲れ切っていた俺は誘いを断り、1人で先に帰宅することにした。


 そのため駅へ1人で歩いていたら、前方にカップルがいた。


 2人で一つのマフラーを巻いて、腕を組んでいる。


 1人になって再び演奏のミスを悔やみながら歩いていた俺には、余りにも残酷な風景だった。


 しかし、更に俺にダメージを与えたのは、そのカップルが大村と神戸の2人だというのが分かったからだ。


 少しは神戸さんに対する壁も崩れていたが、そんな光景を見てしまっては再び俺の神戸さんに対する気持ちが硬くなってしまう。


 もっとショックを受けたのは、赤信号を待っている時に、2人が自然にキスをしたことだ。


 あんなにさり気無くキスをするなんて、初めてのキスはかなり前に交わしているということだろう。

 もしかしたら、キス以上のことも済ませているのかもしれない。


 クリスマスイブに、アンサンブルの演奏でミスをし、元カノのキス場面を見てしまうなんて…。


 俺は同期のみんなと食事に行けば良かったと後悔しながら、近くにあった公園のベンチに座り、勝手に溢れてくる涙を拭った。


 既に2学期は終わっていたので、3学期に入ったら、百人一首のクラス代表をやっぱり辞めさせてほしいと、末永先生に頼まないと…


 <次回へ続く>

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