第19話 -2学期末のクラスマッチ-
期末テストが終わると、校内もすっかりクラスマッチモードになる。
俺の生徒会役員としての初仕事だが、初めて生徒会室で全体会を開いた際には、既に2年生がクラスマッチについてはほとんど決めていて、1年生は付き人のように指示を待つのみであった。
また各1年は、男女ペアを会長が決めていたが、俺と近藤さんは顔合わせ会で決定1号と言われたとおりにペアを組み、担当競技はバレーボールになった。
「上井君!アタシと上井君でバレー担当だって!ワクワクしちゃう~」
俺は、バレーボール担当になって喜んでいる近藤さんを横目に、
「近藤さんはバレー部じゃけぇ、色んな場面で即戦力になるよね。俺は体育が嫌いでさ、クラスマッチなんて地獄の極みだよ」
と、生徒会役員になってもやっぱり体育、特にクラスマッチは苦手だ…ということを白状した。
「えっ、上井君、そうなの?体育だと、どの種目も苦手?」
「うーん、せいぜいサッカーなら、そんなに足手纏いにならんで済むかなぁ…。じゃけぇ今回もクラスではサッカーに入れてもらったんよ」
「そうなんじゃね。アタシは勿論バレーボールに出るけど、元々体育が好きじゃけぇ、もっと体育の授業があってもええのにって思うよ」
この昭和61年度は、文部省の決まりなのか、高校1年と2年では、男子が体育は週に4回、女子は体育が週に2回と、俺にとっては理不尽な決まりになっていた。
残る男子の体育2回分の時間は、女子は家庭科を受けるようになっていた。だから近藤さんは体育がもっとあってもいい、と言っていたのだった。
「俺は体育が嫌いじゃけえ、近藤さんと入れ替われたらええのにね」
「ホンマよね~。じゃあ2年生のバレーボール担当の先輩に、挨拶しとこうよ」
「そうじゃね」
2年生のバレーボール担当は、奇遇なことに俺の今後の上司になる、風紀委員長の静間先輩のペアだった。静間先輩のパートナーは、男子が少ない2年生役員を象徴するかの如く、女子の角田先輩だった。角田先輩は会計担当だ。
「静間先輩、角田先輩、よろしくお願いします」
「あ、上井君と、近藤さんよね?よろしくね!とりあえずトーナメント表を作る所まではアタシ達でやったから、これから後を手伝ってね」
静間先輩が教えてくれた。
「はい、分かりました。今日はどんなことをすればいいですか?」
「そうね…。うーん、ほとんど準備は済ませたから、あとは当日仕事でいいかな?そこでアタシ達がどう動いてるか見ててほしいの。それを来年の夏のクラスマッチに活かしてもらって、1年後の今頃、今度は上井君と近藤さんが、後輩役員に伝えていってもらえたらいいな」
次は角田先輩が教えてくれた。
「ありがとうございます…。じゃ、俺と近藤さんは、今日は無罪放免でいいんでしょうか?」
「うん。後は12月18日からの3日間、体育館にちょっと早めに来てもらえればいいよ。アタシ達じゃどうにもならんような時とか、アタシ達が競技に出る時とかに、サポートしてね。一応、今考えられる1年生のお2人に頼めそうなことは、メモっておいたから」
と、静間先輩からプリントを1枚渡された。
トーナメント表の更新、タイムキーパー、時間までに揃ってないクラスがあったら、放送室に内線電話して呼び出してもらう、審判はバレーボール部に依頼済み等々…。
「了解です!じゃまた当日、よろしくお願いします!」
「うん、頼むね」
俺と近藤さんは、ほかの1年生役員より早く生徒会室を出た。
「いい先輩じゃね、静間さん」
近藤さんがそう言った。
「そうじゃね。他の競技だと、早速こき使われてる1年もおったけぇ、助かったよ」
山中がソフトボール担当になっていて、早速こき使われていた。
「でもバレー部に審判の依頼なんて、来てたかな?」
「それはもしかしたら、役員になった近藤さんを気遣って、審判担当から外してくれたんだよ、きっと」
「そうかな?だといいんだけどね」
「そうだよ。近藤さんは明るいし、配慮してくれたんじゃないかな?」
「じゃあ次に上井君に会うのは、18日の朝ってことね。それまで元気でね」
「なんか物凄く遠くへ行くような別れ方じゃね。多分その前にも打ち合わせとかで会うって」
「大袈裟だった?アハハッ、とにかくお互い元気でいよう!ってことよ。じゃ、アタシは部活に行くね」
「俺も部活に行くよ。じゃあね」
近藤さんは体育館へ、俺は音楽室へと別れた。
部活内の雰囲気はアンサンブルコンテストに向けて、各パート単位の練習が続いていて、全体合奏は無かったため、また俺と山中が無視されるようなことは少なくとも表面上はなくなっていたため、雰囲気はなんとなく良い方向に向いていた。
ちょっと生徒会室で話し合いがあった分、部活には遅れてしまって、サックスパートの練習室…この日は視聴覚室へと出向いたら、なんと俺以外の4人は先に来ていた。
「スイマセン、遅れまして」
「いいよ、生徒会でしょ?アタシらは上井君の味方じゃけぇね」
沖村先輩がそう言ってくれた。
「じゃ、上井君のバリサクが準備出来たら、五重奏通してみようか」
サックスでアンサンブルコンテストに出る時は、四重奏曲を選ぶのが多いのだが、全員で出たいと沖村先輩が福崎先生に主張し、少ない五重奏曲を探して下さった。
その分、しっかりと1/5の責任を負わねばならない。
「じゃあいくよ。せーの…」
@@@@@@@@@@@@@@@
クラスマッチは静間先輩と角田先輩のお陰で、少なくともバレーボールは順調に進み、最終日を迎えた。
だが静間先輩や角田先輩が競技に出るため不在になる時はちょっと不安だったし、試合が進むと2人同時にいなくなることもあり、そんな時は近藤さんと思わず励まし合った。
「何も起きないように…祈ろうね、上井君」
「そうだね…」
やはりこんな時には、なんだかんだ言っても女子の近藤さんより、俺が何かの時には矢面に立たねばならないだろう。
2人ともいないバレーの試合の時は、静間先輩が書いてくれたマニュアルを熟読し、時間に気を付けて、審判に合図することを頭に入れていた。
特にバレーはサッカーと違い45分1本勝負とかではなく、どっちかが2点以上の差をつけて15点以上に到達しないと終わらないので、場合によっては予定時間より遅くなることも予想される。
まあそんなバレーボールの細かい点は、審判や近藤さんに聞けばいいんだろうが…。
最終日の2試合目が、まさに両先輩ともいない時間となった。
静間先輩はソフトボール、角田先輩はバスケットボールに出るために、いなくなったのだ。
「2人なら大丈夫!安心して行ってくるからね」
と静間先輩は励ましてくれたが、角田先輩は
「アタシはバスケじゃけぇ、すぐ隣におるから、どうにもならん緊急事態が起きたら、すぐに呼びんさいね」
と、こちらが緊張してしまうような言葉を残して試合へと向かわれた。
「まっ、まあ、大丈夫だよね。今からは2年女子の3位決定戦だし、そんなトラブルも起きんじゃろうし」
「うん、バレー部のアタシがいるから、大丈夫よ」
とそこへ現れたのが…
「上井くーん!久しぶりじゃね♪タエちゃんといい感じになっちゃって、ちょっと悔しいけど」
「あっ、確か田中さん…」
夏の合宿で出会った、山中と同じ中学出身で、予餞会では漫才を披露したという女子バレー部の田中さんだった。
「もしかして、審判担当?」
「そう。タエちゃんが本部席にいるなら、アタシ安心して誤審出来るわ」
「んもー、田中ったら!真面目にやってよね!」
「あっ、もしかしてタエちゃん、上井君の前じゃけぇ、カッコよく決めとるん?それじゃ、邪魔者は審判に専念するけぇ、何かあったらよろしくね!」
田中さんはセンターラインの審判席へと上って行った。
「近藤さん、バレー部ではタエちゃんって呼ばれとるんじゃね」
「えっ、やめてよ上井君。上井君にタエちゃんなんて言われると、照れちゃうから…」
確かに近藤さんを見たら、照れて顔を真っ赤にしていた。
「そうなんじゃね。じゃ俺は近藤さんって呼ぶ…いや、やっぱりタエちゃんって呼ぼうかな?」
「キャーッ、ダメダメ、男の子にそんな下の名前で呼ばれたら、変なスイッチ入るから!」
「そっかー、タエちゃん呼びは女子限定か…。残念だなぁ、タエちゃん」
「しつこいよぉ、上井君…。アタシ、変なモードになっちゃうから、本当に勘弁して!お願い!」
「分かったよ」
俺はたかがあだ名的な感じのタエちゃんという呼び方に、なんでそんなに照れるのか不思議だったが、真っ赤な顔をして照れている近藤さんを見たら、これ以上タエちゃん呼びを続けたらこの場が崩壊すると思って、止めることにした。
…笹木さんにでも聞いてみようかな?百人一首で同じチームになったし。
そんな本部席のドタバタはあったが、試合は順調に進み、田中さんも真剣に審判を務めトラブルもなく、セットカウント3-1で、2年5組が3位、2年2組が4位となった。
丁度そのタイミングで、角田先輩がバスケの試合を終えて戻ってきた。
「どう?上手くいった?」
「はい、試合は大丈夫でした。それ以外の部分でドタバタはありましたけど…」
「それ以外?何々、揉めるような話?」
「あのですね…」
と言っただけなのに、見えない所で俺の太ももに爪を立ててくる近藤さんがいた。
「なんでもないです」
「本当?ま、試合は無事だったそうだし、アタシもバスケで負けて4位に決定だから、あとはずっとここにおれるよ」
「わぁ、助かります!」
なぜか近藤さんが喜んでいた。
そこへ、サッカーの1年生決勝戦、1組vs7組が始まるので選手の方はグランドに集合してください…と校内放送が入った。
「スイマセン、俺出番が来ちゃいました…」
「えっ、上井君、1組?7組?」
角田先輩に聞かれた。
「7組です」
「決勝なんて凄いじゃーん!もし本部席が暇だったら、応援に行ってあげるよ」
「あ、ありがとうございます…。足手纏いでしかないんですけどね、ハハッ」
「じゃ頑張ってね!行ってらっしゃーい」
俺が急いで外のグランドに向かうと、既にみんな揃っていた。
「ごめーん、遅くなって」
「生徒会の仕事じゃろ?じゃけ、分かっとらんかもしれんと思って、校内放送かけてもらったんよ」
と長尾が言った。
「対して試合に役にも立ってないのに、ごめんね」
「何が何が。上井はムードメーカーじゃけぇ、期待しとるよ」
「ありがとね、ナガさん」
かくして決勝戦が始まり、夏のクラスマッチでは3位に終わった屈辱を晴らすんだとばかりに、みんな真剣な顔をしてボールを追いかけている。
俺はドリブルしてもすく相手に取られるので、コーナーの近くで相手チームの邪魔をすることに徹していた。
1組の攻撃が迫ってきたので、俺もちょっかいを出すべくボールの方へと走ったのだが、その時ボールがグランドのちょっとした突起にでも当たったのか、変な跳ね方をして、俺の方に飛んできた。
そして俺の顔目掛けてボールが飛んできたのだが、その後の記憶がない…。
@@@@@@@@@@@@@@@
なんだ?
俺はいつの間に保健室で寝てたんだ?
目覚めたら天井が見えるし、何だか頭が痛いけど…。
「あっ、上井君!起きた?」
「うん…。ここは保健室?」
「そうだよ。良かった~、上井君、上井君…」
確か俺はサッカーをしていた途中のはずなんだが…
なんで保健室で寝てて、笹木さんが付き添ってくれてるんだ?
そして…俺が起きただけで泣いてくれてるんだ?
「ごめん、笹木さん。俺、サッカーやってたと思うんじゃけど…」
「うっ、うん。上井君は相手の攻撃を止めようとして走りこんだら、ボールが石か何かに当たって、変な跳ね方をしたの。運悪く跳ねた方向に上井君がいて、どうやら上井君の頬から顎付近に当たったみたいなの。それで上井君はその場に倒れこんで、動かなくなっちゃったのよ」
「えーっ?マジで?」
「覚えてないんだね、その瞬間って」
「1組が攻めてきたのは覚えとるよ。で、こりゃあいけんと思って走ってったんじゃけど、そっから覚えてないんよ…」
「でね、いったん試合を中断して、上井君を保健室に運ぼうってなって、体育の先生が上井君を担いでくれたの。保健室の先生に診てもらったら、一瞬の気絶か軽い脳震盪っぽいので、しばらく様子を見ましょうってなって、顔色が悪くなったら救急車を呼ぼうって決めたんじゃけど、どう?目が覚めてからの気分は」
「んー、ちょっと頭が痛いけど、大丈夫だと思うよ。でも、なんで笹木さんが付き添ってくれたの?」
「一応アタシ、7組の保健委員じゃけぇ…」
「そうだったっけ?」
「ほら、上井君も覚えてないでしょ。それくらい保健委員はあまり出番がないんじゃけど、今回ばかりはね。さっき末永先生も心配して見に来たんよ」
「そうなんじゃ…。じゃあ、先生に保健室から電話とかすればいいかな」
「ううん、アタシの仕事だよ、それは。今保健の先生が席を空けとるけぇ、電話しとくね」
笹木さんがずっと付き添ってくれてたのか…。バレーの試合は今日はなかったのかな?自分の担当競技ながら、現実を把握していないことに思わず苦笑いしてしまった。
「あと、生徒会のバレーの人にも、上井君の目が覚めたよって言ってくるね。一番心配しとったんは、タエちゃん…近藤さんだよ」
そう言って笹木さんは体育館へと走っていった。
(近藤さん…ありがとう。本人が嫌がってるのに、タエちゃんとか呼んで恥ずかしがらせた罰が当たったんだろうな、きっと)
しかしボールの当たり所が悪いと、こんな気絶したみたいになるんだなぁ…。
やっぱり体育は苦手だな…。
しばらく待っていたら、笹木さんが戻ってきた。
「ふう、急に走ると息が乱れるね…」
「スポーツ少女の笹木さんでも?」
「うん。準備運動って、大切なんよね、やっぱり。で、生徒会の2年生の方かな?回復されてよかったです、今日はそのまま帰って休んで下さいって伝言をもらったよ」
「ありがとう」
「もう一つ、タエちゃんからも一言…」
「え?近藤さんから?」
「うん。今回は最後まで一緒に仕事できなくて残念だけど、次の仕事は最後まで笑い合って済ませようね、だって」
「うん…。今度女子バレー部の部活があるときにさ、近藤さんに伝えといてよ」
「ん?なにを?」
「タエちゃんなんてしつこく呼んだ罰が当たりました、って」
「キャハハッ!上井君、タエちゃんってあだ名、使ったの?」
「ちょっと調子に乗ってしもうて」
「タエちゃん、男の子からそう呼ばれると、激しく照れるのよ。なんでかはアタシも分かんないけど。女の子同士ならいいんじゃけどね」
「何か秘密でもあるのかな?」
「うーん…分かんないけど、とにかく上井君が謝ってたのは伝えとくわ。でも…アタシがとりあえず生徒会の皆さんに言わなくちゃって、バレーボール本部に上井君が倒れましたって言った時、タエちゃん、涙を浮かべて心配してたよ。それだけは伝えとくね」
「ホンマに?…とりあえずよろしくね。罰が当たったけど元気になったよって。ふぅ、今日の部活どうしようかな…」
「そんな体調で出るつもり?ダメだよ、今日は。さっき、実は伊東君や、大村君にチカちゃん…神戸さんのことね、といったブラスのみんなも心配して様子を見に来たんよ」
「ホンマに?」
神戸さんまで来たのか…。ちょっと恥ずかしいな…。
「で、上井は今日はアクシデントで休むって言っとくわって、伊東君が言いよったよ。だから、このまま帰りんさい。タクシーにでも乗って」
「いや、着替えとかカバンが教室にあるんよね」
「そこら辺は、保健委員のアタシを舐めてもらっちゃ困るよ。ちゃんと保健室に持ってきたから」
よく見たらベッドの下の籠に、制服とカバンが入っていた。
「うわ、何から何まで…。ごめんね、笹木さん」
「ううん…。アタシ、多分上井君だからここまで頑張っちゃったんだと思う。同じ中学からきてさ、上井君が苦しんどる姿もずっと見ててさ、大変なのに頑張ってるじゃない。だから、結婚10年目の妻くらいの気持ちで、今日はお世話させてもらったよ」
「ホンマにありがとうね。でも結婚はともかく、10年目って一体…?」
「あー、何て言うんだろ、結婚して10年も経つと、お互い空気みたいな感じになるとか言わない?だから、そう、空気よ空気!」
なんとなく笹木さんまで照れているような気がしたが…気のせいか?
「空気かぁ。ま、いいや。とにかくありがとう。笹木さんは部活があるん?」
「うん、午後からね。タエちゃんにさっきの言葉、伝えとくけぇね」
「うん、よろしく…」
「じゃ、アタシはこれで。気をつけて帰るんよ、上井君。大事な百人一首も待っとるけぇね」
「そうじゃったね。ありがと~」
とりあえず笹木さんを見送り、俺はジャージから制服に着替え、一度生徒会室へ寄ろうかと思ったが、かえって迷惑になるかと思い、そのままタクシーを呼んで帰宅することにした。
…これが後に上井失踪事件として騒がれてしまう元になるのだった。
<次回へ続く>
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