年末…
第17話 -アンコンと百人一首-
2学期ラストの吹奏楽部のイベントはアンサンブルコンテストで、俺達サックスを含む木管の部は冬休み突入後の12月27日が本番だった。
生徒会との兼務で俺や山中が無視されたりした件も、実際は生徒会活動の一つ、クラスマッチの準備が、俺たち1年生は期末テストの後からで良いと言われたのもあって、ほぼ吹奏楽部の活動に穴を開けていないのもあってか、沈静化していた。
そのため最近の部活はほぼアンコン(アンサンブルコンテスト)に向けてのパート練習に費やされていた。
そんな12月頭、来週から期末テストということで放課後の部活禁止になった初日、担任の末永先生から呼び出しを受け、部活の昼練に行く前に、何度目かの美術準備室訪問に出かけた。
「失礼します、先生。今日はなんですか?」
「上井君、ごめんね、呼び出したりして」
「いえいえ。最近は特にお呼び出しされるような事もないと思ってたので…。ご用件さえ聞ければ」
「じゃあアタシからのお願いを一つ。年明けの、校内百人一首大会にクラス代表で出てくれない?」
「ひゃくにんいっしゅ?!そんな大会、あるんですか?」
「そうなのよ。1年生と2年生のトーナメント式で、順位を競うの」
「もしかして全部覚えなきゃいけないような感じですか?」
「そうなの。何が詠まれるか、分かんないからね。だからなかなか誰もやりたがらなくて…。クラスから3人出さなきゃいけないんだけど、その中の1人になってくれない?上井君、頼む!」
「先生にそんなに頼まれたら、断れないですよ。分かりました、生徒会役員みたいに揉めそうな案件でもないから、引き受けます。100個全部は覚えられないと思いますけど」
「本当?よかった~、やっと3人揃ったわ」
「3人揃った?というと、既に2人確保済みなんですか?」
「そうなのよ」
「それって誰ですか?」
「1人は上井君ともよく話してる笹木さん」
「あ~、よかった。笹木さんなら気心知れてますから。で、もう1人は?」
「驚かないでね。そして、その名前を聞いて、やっぱり駄目とか言わないでね。約束よ」
「な、何だか言われないでも分かるような気が…」
「分かった?神戸さんよ」
「ううっ、やっぱりですか…」
俺はこの話の途中から、ひょっとしたら…という思いがあったが、やっぱりそうだった。
「先生、この話は無かったことに…は出来そうにないですね、スイマセン」
末永先生の目を見たら、とても断れなかった。
「でも先生、ほかの2人は俺が出るってこと、知ってるんですか?」
「いや、今上井君に承諾もらったばかりだから、まだ知らないわよ。3人目を探してる、とは言ったけど。これから改めて3人目が決まったよって教えるのよ」
「あー、神戸…さんの反応が怖い。逆に神戸…さんが辞退してくれないかなぁ」
「コラコラ。いつまでもそんなこと言わないの。上井君、心の奥の本音では神戸さんと元通り話せるようになりたいって、思ってないの?」
「えっ、そ、それは…どうかな…どうだろ?俺、女性恐怖症なんですよ…」
「女性恐怖症?その割には吹奏楽部で頑張ってるじゃない。あの部は男子より圧倒的に女子が多いでしょ?生徒会でも、6組の近藤さんと話してるのを見かけたし」
「…女性恐怖症じゃないですね、特定女性恐怖症、もしくは恋愛関係恐怖症かな。神戸恐怖症かも」
「まだ喋ってないんだね、神戸さんと。上井君が今、恋愛面でかなり辛い状況になってるのは、知ってるつもりなんだ。神戸さんのことを忘れさせてくれそうな女の子がいるって話も、残念ながら…ってことも」
「先生、なんでそこまで知ってるんですか…?」
「まあまあ。だからこそ、現状打破のために神戸さんを含めたチームを組んで、頑張ってみない?笹木さんにチームに入ってと頼んだのも、笹木さんなら同じ中学出身だし、上井君と神戸さん、2人の間を取り持って上手く回してくれそうかなって、その辺りを含めてのことなのよ」
「うーん…。まあ、神戸さんを何時までも避けてても良いことはないって、分かってはいます。そこまで考えて下さる先生には敵わないや!全面降伏しますので、2人には上手く伝えて下さい」
「その言葉を待ってたよ、上井君。本番までには時間があるから、なるべく沢山の句を覚えて、勝ちも狙ってね」
「分かりました。出るからには勝ちを狙いますよ、勿論!」
「そうそう、その心意気!そして、ちょっとでいいから、神戸さんと話せるようになれば、きっと上井君の心にある何かが、少しは晴れるような気がしてるんだ、アタシは」
「もしかしたらそうかもしれません…。とにかく頑張ります。じゃあ俺、部活の昼練行きますんで、失礼します」
「頑張ってね!」
とにかく末永先生の戦略には脱帽した。3人1組のチームなら、喋らない訳にはいかない。俺の変な意地も、失恋後1年にして少しずつ壊れていくのかもしれない。そう思いながら、音楽室へ向かった。
@@@@@@@@@@@@@@@
「えーっ、上井君、OKしたんですか?」
今度は、神戸千賀子が驚く番だった。上井が百人一首大会のクラスのチームに入ることを承諾した翌日の2時間目と3時間目の間の休憩時間に、末永先生が神戸と笹木を美術準備室に呼び出したのだが、特に神戸は、上井が承諾したことにビックリしていた。
「うん。アタシはちゃんと、他の2人は神戸さんと笹木さんだって説明した上で、3人目になってほしいと頼んだから、間違いないよ」
と末永先生が説明し、
「良かったじゃん、チカちゃん。上井君と一度話したいって言ってたもんね」
と笹木がフォローした。
「うん…。どれだけ話せるか分かんないけど、一言でもいいから言葉を交わせたら嬉しい…」
神戸はうっすら涙まで浮かべていた。それだけ、上井のことが本音では忘れられず、心の奥底では好きだったことの証かもしれない。
「神戸さん、上井君のことが、そんなに心に引っ掛かってたの?」
「…はい。アタシって上井君から見たら、次々に彼氏を乗り換える最低な女にしか見えないと思うんです。でもアタシの本音…先生と、メグちゃんだけに、今ここで言いますけど、中3の3学期に、アタシが上井君をフッたのは間違いだったって思ってるんです」
「えーっ!マジで?間違い?」
笹木が凄く驚いた表情を見せた。末永先生はフムフムと興味深く話を聞いていた。
「今は大村君と付き合ってますけど、心の中では上井君のことが忘れられないし、目も合わせてくれないのが本当に辛くて寂しいんです。それだけのことをアタシがやっちゃったから仕方ない、罰が当たったんだって思ってますけど、中学の時に上井君を好きになった理由を思い返すと、やっぱりなんで中3の3学期に一時的なアタシの怒りでフッてしまったんだろうって、後悔しちゃうんです」
「そうなんじゃね…。アタシはさ、どんな時でも絶対に上井君もチカちゃんもお互いに喋ろうとしないから、それだけお互いに嫌い合ってるんだと思ってたの。そうじゃなかったんだね?」
笹木はポツリとそう言った。
「上井君は…アタシのこと、嫌いだと思うの。でもアタシは、嫌おうとしたけど、無理だった…。もし、違う高校に行ってたら嫌いになれたかもしれない。でも、この高校に行こうって決めたのは、上井君とまだ付き合ってる時。2人で一緒に通いたかったからだったし…」
「運命だね、神戸さん」
末永先生が言った。
「多分、上井君と神戸さんは、男同士、あるいは女同士だったら、親友になれたかもしれないね。同じクラスなんだし。上井君が神戸さんと話そうとしないのは、裏を返せば物凄く意識してるからだし。でも、この百人一首大会も、最後は神戸さんがメンバーにいるのを承知で受諾したんだから、話せない訳はないよ。おはよう、からでもいいじゃない。勇気を出して上井君に話かけてみな、神戸さん」
「はい。先生、ありがとうございます」
「アタシもスムーズに2人が話せるように頑張るから。チカちゃん、安心して。先生、3人で練習会とかやってもいいですか?」
「いいけど、まだ2学期だから、ちょっと早いかな?多分冬休みの宿題で百人一首が出るはずなのよ。練習会は3学期になってからが良いかもね」
「そう言えばそうですね。まだ百人一首は全然覚えてなかったわ」
そう言って3人は笑った。
神戸と笹木は美術準備室を後にして、教室に戻った。
「チカちゃんとは色々話してたけど、本音は初めて聞いたよ。上井君が、本当は大切な存在なんだね」
「…うん。大村君には秘密にしといてね。先生にも言われたけど、恋愛感情とかじゃなくて、何て表現したらいいのか分かんないけど、とにかく仲直りしてお話したい…。友情に近いのかな。大切な親友と喧嘩してるような感情になってるの」
「うん、分かったよ。恋愛感情だけだったら、チカちゃんも上井君を嫌いになってオシマイだと思うけど、そうじゃない別の感情を上井君に対して持ってるから、仲直りしたいんだよね。でしょ?」
「そんな感じかな。まずは今日の昼練で、上井君と目が合うか合わないか、そこから始めてみるね」
「そうそう!今までは目も合わせてくれてないんだもんね。どうなったのかは午後、また教えてね」
「うん、分かったよ」
そんなやり取りが中休憩にあったとは露知らず、上井が昼休みに音楽室に向かうと、先に来ていた神戸と思わず目が合った。
「……」
お互いに無言だったが、神戸は嬉しかった。
いつもなら目が合った瞬間に、上井はすぐに目を逸らすのだが、今はジッと神戸を見つめ、何か言おうとしたからだ。
そこへ大村が来たため、上井は視線を外して音楽室の中へ入ったが、大村が来なかったら、何か神戸に話し掛けたのだろうか。
神戸は今だけは、大村に邪魔してほしくなかった。
でも確実に上井は神戸との距離を縮めようとしてきた、神戸はそう思った。
(もう少し、もう少し…)
だがせっかくの努力も、再び無に帰すことになってしまうとは、神戸もこの時は思いもしなかった。
<次回へ続く>
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