第16話 -新生徒会発足-

 11月1日(土)、新生徒会執行部お披露目会が4時間目に行われた。


 体育館の壇上に上がるのは、文化祭で吹奏楽部のステージをこなして以来だったが、今回の方が緊張した。


 なぜなら、自己紹介が必要だったからだ。


 クラス順に並んでいるので、俺の右側には6組の近藤さん、左側には8組の中下がいた。


『中下、自己紹介とか考えとる?』


 小声で聞いてみたら、


『いっ、いや、何も考えとらん…』


 顔合わせ会の時とは同じ人間とは思えないほど緊張していた。なので近藤さんにも聞いてみた。中下ほど緊張はしていないようだが、


『クラスと名前だけでいいよね?』


 と、逆に聞かれてしまった。


『だよね。ウケを狙う必要はないよね』


『当たり前じゃん。狙って話してスベったら悲惨だよ、上井君』


『うん、ノーマルにしとこ』


 山中は5組でちょっと離れているため、壇上では話せなかった。


 その内、新会長の挨拶が終わり、順に自己紹介の番になった。

 2年生から始まり、1年生へと流れてきたが、山中も緊張しているのか、


「1年3組の山中悟志です。よろしくお願いします」


 5組なのに3組だとかいうし、自己紹介は定型文通りしかしなかった。


(山中まで飲まれちゃってるよ…)


 山中の次は近藤さんの番だ。


(どう喋るのかな?)


「皆さん、こんにちは!1年6組で女子バレー部の近藤妙子と言います。女子バレー部の先輩の圧に負けて、えー、生徒会役員になりました。よろしくお願いします!」


 それまで定型文挨拶が続いて、雰囲気もあまり良くなかったが、元気な女子の挨拶とあって、散漫とした空気も少しいい雰囲気になった。


『上井君、後はよろしく』


 近藤さんは俺にマイクを渡してきた。


『ちょっ、近藤さん、気合い入ってたね!』


 俺も定型文挨拶で済ませようと思っていたのに、近藤さんを下回る挨拶をする訳にはいかない。アドリブを必死に考えた。


「…えー、皆様、本日はワタクシ共の為にお集まり頂き、ありがとうございます。ワタクシは1年7組、末永先生が担任で、部活は吹奏楽部で福崎先生が顧問という、芸術の先生に取り囲まれている上井純一と申します。顧問の先生からは、来年度、吹奏楽部の予算を倍にすることを条件に、生徒会役員になることを承知して頂きました。会長!一つどうぞご配慮をお願いします」


 足はガクガク、体中から嫌な汗が噴き出ていたが、何とかアドリブで喋りきった。

 途中、笑いも起きたような気がするが、緊張で覚えていない。


 ただ隣の近藤さんからは、面白かったよーと言ってもらえた。


 次に中下にマイクを回したが、中下は緊張がピークになっていて、定型文挨拶に、剣道部所属と付け足すだけで精一杯だった。


 最後にマイクが会長へと戻り、


「えー、以上のメンバーで、新しい生徒会を作っていきたいと思います。新役員からは、早速予算どうのこうのという要望がありましたが…。公平にいきたいとおもいますので、上井君、そこんとこよろしくね」


 俺は顔を真っ赤にして、スイマセン、と何度も頭を下げていた。


 体育館の中は所々で笑いが起こり、なかなかいい雰囲気になっていた。





「上井って、何か一言付け加えなきゃ気が済まないのかな」


 と、1年7組の列で大村が神戸に話し掛けていた。他の7組のクラスメイトも、なかなか上井ってやるのぉ、などと言ってザワザワしている。


「上井君…そうかもね。彼って、自分を殺してその場の為に空気を作る、そんな傾向はあるかもしれない」


 神戸は、中学時代の吹奏楽部での上井を思い出していた。


(音楽室で喋る時も、引き締める時と盛り上げる時で話し方を変えてたし…。体育祭でも実況風に喋って盛り上げたりしてたし、人前で話すことが好きなのかもしれないな、上井君って。でも…アタシ達の近くにいた上井君が、どんどん遠い存在になっていく気がする。このままアタシは仲直り出来ないまま、上井君と距離が遠くなっていくのかな…)


 神戸は壇上でお辞儀をしている、生徒会役員としての上井を見ながら、複雑な思いを抱いていた。


 @@@@@@@@@@@@@@@


 一旦俺達は生徒会室に戻り、簡単に今後の予定を聞いた。12月のクラスマッチが初仕事になるが、1年生の新役員は、男子と女子でワンペアを組み、2年生の各競技担当のペアに付いて、クラスマッチの組み方とかを覚えるようにと言われた。


 既に俺は近藤さんと組むことが決まっているが、その他の1年生はまだ誰と誰が組むか、会長が思案中とのことで、クラスマッチに関する集まりは改めて開かれることになり、この日は解散となった。


「上井君、お疲れ様!」


「あ、近藤さんもお疲れ様!」


「上井君って、やっぱり喋りが上手いね!ドッカンと湧いてたよ」


「あれは…近藤さんが定型文を外した元気な挨拶したけぇ、負けられん!と思って、急いで考えたアドリブだよ」


「アドリブなの?ホンマに?」


「ホンマじゃよ。それまではクラスと名前と部活しか言うつもりなかったもん」


「あんなにアドリブで喋れんよ、普通は。どうなっとるんね、上井君の頭の中は」


「いや、今まで吹奏楽部で言われたこととか、パーッと思い出してさ、組み立てたんじゃけど」


「とにかく凄い!アタシは凄い男の子とペアを組めてラッキーだよ」


「近藤さん、あんまりウワイモを褒めたら図に乗るけぇ、程々にね」


「イモは余計じゃっつーの。山中、お前は完全に雰囲気に飲まれとったじゃろ?クラスまで間違えとるし」


「俺は人前で喋るのが苦手なんよ。だから珍しく素直に、上井は凄いと認めちゃる」


「アハハッ、山中君、なんか謙虚じゃね、今日は」


「まあ俺より、せっかく上井が挨拶で体育館をいい雰囲気にしたのに、台無しにして沈んどる中下をどう救ってやろうか、迷っとるよ」


 よく見ると中下は、挨拶で失敗した…と落ち込んだままだった。


「ま、まあ、それは山中に頼むよ。じゃ、先に部活に行っとくよ、俺」


「ああ。俺もコイツをどうにかしたら、行くけぇ」


「じゃ、お先に…。近藤さんもまたね。女子バレーボール頑張ってね」


「ありがとう!近々新人戦があるの。だから頑張るよ」


 俺はそう言って生徒会室を辞し、音楽室へ向かった。


 すると、なんだかムードが違う。


「お疲れ様でーす」


 何人か先に来ていた同期や先輩方、特に2年生が俺の事を今までとは違う者が来たように見ているのが分かった。中には目を逸らす先輩までいた。


 なんなんだ…生徒会役員になるってことは、偏見の目で見られることなのか?


 ちょっと心に引っ掛かりを感じつつ、バリサクを引っ張り出し、次の目標であるアンサンブルコンテストの練習に取り組むため、サックスのパート練習に割り当てられていた地学室へ向かった。


 そこにはいつも一番乗りの前田先輩が1人でいた。


「先輩、お疲れ様です」


「上井君〜、お疲れ様」


 前田先輩は、以前と変わらず俺を出迎えてくれた。


 俺は早速前田先輩に、相談してみた。


「先輩、話を聞いて頂けますか?」


「どうしたの?結構いきなりじゃけど…」


「今日の4時間目、生徒会役員の交代式がありましたよね」


「うん、あったね。上井君、生徒会役員の挨拶でも、あんな面白いこと言うなんて…って思いながら見てたよ。ウチの予算、増えりゃあええね」


「そうですか?ありがとうございます。実はそのせいかもしれないんですが…」


「そのせい?何々?」


「さっき音楽室へいつも通りに入ったつもりなんですけど、雰囲気が違うんです」


「雰囲気が違う?」


「はい。明らかに俺の事を、異分子みたいに見てるというか…。生徒会役員なんかやって、吹奏楽部の活動出来るの?って視線が、特に2年の先輩から強く感じました」


「はぁ?なんなんね、それ。上井君だって、担任の先生に頼まれて、悩んで悩んで、福崎先生にも相談して、やっと両立していこうって決めて、生徒会役員を引き受けたんじゃろ?」


「そうです」


「この前の部活で、先生が経緯を説明して、みんなやりたがらん生徒会役員に、吹奏楽部を代表して入ったんじゃけぇ、今日なんか、上井君が音楽室に来たんなら、拍手で出迎えて上げてもええぐらいじゃない。なのに、異分子?何コイツ、そんな感じで見られたの?」


「…はい」


「分かったよ。アタシがミーティングの時に、言ってあげる。上井君の事を吹奏楽部の邪魔者みたいに見るんなら、代わりに生徒会役員になってみたらどうですか、って」


「先輩…」


「アタシは春にも言ったよね。神戸さん絡みの話でも言ったよね。何時でも上井君の味方じゃけぇ。アタシを頼ってくれてありがとう。もしかしたら山中君も同じような思いをするかもしれんよね。後は任せんさい。アンコンに向かって頑張らんにゃいけん時に、そんなイジメみたいなこと、しとる場合じゃないでしょ。ね?」


 俺は前田先輩の優しさに、思わず涙が溢れた。


「上井君、男の子なら泣かない!って、ちょっと古いかな?」


「もう…状況が許されるなら、先輩にヨシヨシってしてもらいたいです」


「ハハッ。今なら誰もおらんけぇ、してあげるよ。頭貸して」


 半分冗談で言ったのに、前田先輩は俺の頭を撫でてくれた。感激して、また泣きそうになった。


「前田先輩…」


「せっかくサックスで一緒になったんじゃもん。可愛い後輩が理由もなく無視されたり目を逸らされたりしたら、大事な後輩に何するんよ、って思うよ。じゃけぇ、あとは任せて、今からはアンコンの曲、練習しようか」


「はい、分かりました!」


 前田先輩…本当に頼れるお姉さんだ…相談してよかった…。




 そしてその日の部活後のミーティングで、須藤部長が「何か他にありますか?」と問い掛けた時、前田先輩はサッと手を挙げた。


「あっ、はい、前田さん、どうぞ」


「すいません、ちょっと一つ…。今日、4時間目に新しい生徒会役員の挨拶があって、ウチの部からも山中君と上井君が生徒会に入ることになったんですけど…。そのことについて、気に入らないっていう部員の方、いますか?」


(前田先輩…)


 音楽室内は静かになった。


「もう一度聞きますが、吹奏楽部員が、悩みに悩んで仕方なく引き受けた生徒会役員になったことに異議がある方、いますか?」


 誰も何も言わない。


「いませんよね?だったら今日、ウチの上井君や山中君が、音楽室に入った時、なんでこれから頑張れよとか声も掛けず、無視したり目を逸らしたりする人がいたんですか?上井君はサックスのパート練習の部屋に来て、涙を浮かべてました。吹奏楽部辞めようかな、とまで言ってました」


『先輩、そこまでは言ってない…』


『いいから、いいから』


「アタシは、誰もが嫌がる生徒会役員を引き受けつつ、吹奏楽部も頑張るっていう上井君、そして山中君の決意を応援しています。サックスとトロンボーンのみんな、そうだよね?」


 2パートの部員は、慌てて頷いていた。


「これが、吹奏楽部内全体で応援してあげなきゃいけないのに、なんで冷たい態度をとる人がいるのか、アタシには全く理解出来ません。もし2人の生徒会役員との兼務について文句があるなら、本人じゃなく、アタシ、前田に文句を言いに来てください。以上です」


 しばらく音楽室内はシーンとなり、須藤部長もどう締めようか迷っておられた。


 そこへ音楽準備室から福崎先生が出てこられた。


「えーっと、今の話を横で聞いとったんじゃが、何やみんな、この前先生が説明した時は拍手してたじゃないか。それを今日になって、吹奏楽部との両立なんて…って陰口言う奴がおったんか?何か言いたいなら、堂々と言えよ。さっき前田が言ってくれとったが、生徒会役員なんて誰もなりたがらない。先生も担任を持っとった時、1人生徒会へ送り出すのに物凄く苦労した。だから上井と山中が苦しんで悩んだのは容易に想像がつく。それをコソコソ陰口叩くような奴は、俺が許さん。もし今日、上井と山中が音楽室に入ってきた時、無視したり視線を合わせないようにした奴、2度と同じようなことをするな。今日は犯人捜しはしないが、もし2度目があったら、上井、山中、遠慮なく先生に教えてくれ。皆で快く生徒会に送り出したんじゃ、今になって陰口叩くのはやめような。分かったか?」


 はい、と声は小さいながらも返事が返ってきた。


「上井、山中、これで一旦は水に流そう。あ、前田もな」


「はい、分かりました」


 前田先輩は声を出して返事をし、俺は頷いた。山中を探してみたら、同じく頷いていた。


「じゃあ今日は土曜日、気分を入れ替えて、月曜日からまたみんなで楽しく吹奏楽部を回していこう」


 先生はそう言って、再び音楽準備室へ戻った。須藤部長が一言付け加えていた。


「もし、部内で何かあるなら、俺でも先生でも、頼れる人でも誰でもいいので、相談してくださいね。では今日の部活は終わります」


 みんなが帰っていく中、まず俺は前田先輩に感謝した。


「前田先輩、ありがとうございます」


「ううん、ちょっと退部どうこうは言い過ぎたかもしれないけどね、アハハッ」


 山中もやって来た。


「上井、お前も先に音楽室に行っとるって言ってたけど、俺と同じだったんやな」


「やっぱり山中もか?」


「ああ。中下にはこれから先で一発ギャグを決めればええじゃんか、って言ってなんとか立ち直らせてからここへ来たんじゃけど、なんかみんな余所余所しくてさ。孤立感がちょっと辛かった」


「山中君、ごめんね。勝手に名前を使ったけど、やっぱり上井君と同じような目に遭ってたんだね」


「はい。だから、なんで?って思ってたので、前田先輩がすげぇカッコよかったです。ありがとうございました」


「アタシは元々、上井君に相談を受けたんよ。みんなの態度が全然違う、無視したり目を逸らされたりする…ってね。大事な後輩は守んなきゃ。今日は沖村も休みじゃったし。じゃ、月曜からまた頑張ろうね。お先に~」


 前田先輩はそう言って帰っていった。


 山中と俺は互いを労わり合いつつ、帰宅の途に就いた。


「なんか、生徒会役員って、みんななりたがらないし、じゃあって仕方なくやることにしたら陰口叩かれるし、なんなんじゃろうな」


 ポツリと山中が言った。


「うん…。一つ言えるのは、中学校の生徒会とは全然違うんだな、ってことかな」


「上井の緒方中は、生徒会は結構役員になりたいって生徒とか、多かったん?」


「うん。立候補者もいたしね。活発で仲良しで、傍から見とって楽しそうじゃなぁって思っとったよ。じゃけぇ、高校の生徒会は邪魔者扱いみたいな?そんな感覚が今でも信じられん」


「だよなぁ…。俺も断固として乙川先生に断れば良かったんかなぁ」


「俺なら末永先生か…」


 そのまま下駄箱まで着いたが、山中は俺とは反対方向なので、ここでサヨナラだ。


「山中は明日にでも太田さんと話して、気分転換してみろよ。邪魔者は消えたんじゃろ?」


「まあな。上井も何か気分転換して、月曜にはまたスッキリとした顔で会おうぜ」


「ああ、じゃあな~」


 俺は既に村山も帰っていたので、1人でアレコレ考えながら帰った。


 大村と神戸が、上井が大変な目に遭っているなら励ましてやろう、出来たら神戸さんと仲直りのキッカケになれば…と宮島口駅への道を通りかかるのを、途中の公園で待っていたのを知ったのは、翌週だった…。多分、お互いの隙にすれ違ったのだろうが、大村からそのことを聞かされた時は、率直にうれしかった。


<次回へ続く>

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