第15話 -石橋幸美-

「ホントすいません、先輩を、しかも女性を待たせてしまって」


 俺と山中は下駄箱で別れ、その後は石橋先輩と一緒に歩きながら、宮島口駅に向かっていた。


「いいんだよ。2人の会話ってさ、ホントにテンポが良くって、聞いてて楽しかったよ。あと、アタシを先輩って呼ばないの!石橋さん、でいいんだからね」


 そう言って石橋さんは、ニコッと笑ってくれた。


(ホントに2つ年上か?可愛すぎなんですけど…)


「…あのさ、上井君」


「はっ、はい」


「上井君の辛い思いって、フォークダンスの時にアタシは軽々と聞いちゃったけど、本当はあんな時に軽々しく聞いちゃいけない、とても悲しい思い出なんだね」


「え?っというと…」


「山中君との漫才を聞いてたって言ったけど、アタシは漫才よりも前の時から、2人の会話を聞いてたの」


「あっ、そ、そうなんですか…」


「上井君、神戸さんって女の子に、辛い思いをさせられたの?」


 その段階から、石橋さんは俺らの会話を聞いていたのか…。


「そう、です」


「上井君には思い出させてしまって悪いかもしれないけど、もし良かったら、どんなことがあったのか、教えてくれる?フォークダンスの時に、My Revolutionになった後、淋しそうになった上井君の事が忘れられなくてね。勿論、無理にとは言わないから」


 My Revolutionだけじゃなく、その頃のヒット曲なら、何がフォークダンスに取り入れられていたとしても、俺は寂しい表情になっただろう。

 例えそれが、新田恵利の冬のオペラグラス、うしろゆびさされ組のバナナの涙だとしても、だ。


「細かく話すと長いんですけど…」


「いいよ。宮島口駅まで、まだまだあるから」


 俺は高校受験直前に初カノだった神戸さんにフラレたことから、バレンタインの時のこと、卒業式のこと、高校でまさか同じクラスになったこと、モテる彼女に対して俺は全くモテなくてコンクールでも告白に失敗したことを、一気に喋った。


「こんな感じです。だからフラレた頃のヒット曲だと、My Revolutionじゃなくても、当時を思い出して悲しい気持ちが甦ったと思います」


「偉いね、上井君」


「えっ、偉い?どこがですか?」


 予期せぬ答えに驚いた俺は、思わず石橋さんに反射的に聞き返していた。


「上井君、そんなに辛い目に遭ったのに、お相手の神戸さん…だっけ、その子の悪口を言わないじゃない?あと夏にフラレてしまったお相手のこともだけど」


「悪口ですか…。まあ、フラレた直後とかは、心の中では叫んでましたよ。でも友人に報告したりするのに、悪口なんか言う必要はないと思いますし、相手の耳に届いたら嫌な気持ちにさせちゃうじゃないですか。仮にも一度は心から好きだった女の子ですから、そんなマンガみたいな復讐を果たしたいとかもないですし。ただ俺は、フラレた相手とは、喋れなくなるんです。これが欠点です」


「それは…欠点なんかじゃないと思うよ?誰だってそうだよ。よっぽど鋼の心臓でも待ってないと、失恋相手とフラレた後も話せるなんて、出来ないもん。うん、上井君は偉いし、やっぱり優しい男の子なんだね」


「そんな大した男じゃないですよ。石橋さん、買いかぶりすぎですよ」


 と言ったところで、ちょっと間が空き、何か喋らなきゃと思っていたら、石橋さんの方から話し始めてくれた。


「フォークダンスの時、アタシも辛い体験をしたことがあるよって言ったの、覚えてる?」


「はい、覚えてます」


「アタシはね…。都合のいい女だったの」


「えっ…」


「アタシが好きになった男の子って、バレー部でカッコいいし、モテモテの男子だったのね。だから同時にその男の子を好きになった女の子が一杯いたんだ。だから諦めようと思ったんだけど、気持ちだけは伝えたくて、告白だけはしたの。そしたらね、2番目でもいいなら付き合おうって言われたんだ」


「なっ、なんですか、2番目って」


「だから、1番目の本命がいるのよ、その彼には。2番目ってのはその次の存在になるってことよね」


「まさか石橋さん、そんな破廉恥な提案、受けちゃったんですか?」


「…バカでしょ、女って。惚れた女の弱みだよね…。2番目でもって言ってくれるなら、2番目でもいいから彼の近くにいたいって思っちゃったんだ」


「…そんな、石橋さんみたいな可愛い女性が…」


「可愛いなんて言ってくれて、ありがとう。でね、その彼は、1番目の本命とデート出来ない日に、アタシを呼び出すの。恋は盲目っていうよね。その頃のアタシは、声を掛けてもらえたって嬉しさで、電話が掛かってきたり、学校内で呼び出されたら、ウキウキな気分でデートに出掛けたんだ」


「……そう、なんですか…」


「でもある日、目が覚めたの」


「何か、キッカケがあったんですか?」


「お休みの日にね、突然彼から電話が掛かってきて、今から出てこれるか?って聞かれたの。確かにその時点では暇だったんだけど、その後に出掛ける用事があったの。親戚のお通夜だったんだけど…。だからちょっと考えて、出れないです、ごめんなさいって答えたら、まあいいよ、次の人に電話してみる、ってあっさり言われてね」


「…なんか、失礼な奴ですね。モテてるのを良いことに女子を振り回して」


「まあ2番目でもいい、って思った時から、アタシがおかしかったんだけど、この人には特定の彼女じゃなくて、都合のいい彼女…彼女じゃなくて、女が欲しいんだって分かったんだ。それで覚めて、2番目の女っていうポジションは捨てて、ちゃんとした男の子を探そうって思ったの」


「石橋さん…。それっていつの話ですか?」


「高校に入ってから…だよ」


「じゃあまだこの高校にいるんですね」


「…いないんだ」


「え?」


「警察に捕まっちゃってさ、強制退学…ってやつ」


「警察?そんな大事件を起こしたんですか?」


「…県の条例に引っかかったのよ。よくニュースで言ってるでしょ、18歳未満と知りながら淫らな行為を行い…ってやつ。その男子、中学のバレー部の後輩の女の子を呼び出して、をやっちゃって、それが女の子の親にばれて、警察に通報されて…」


「モテ男、転落ですか」


「アタシは早く目覚めたから、特に何とも思わなかったけど、まだその時点で彼に群がってた同期の女子は、かなりショックだったみたいね」


「俺の傷なんかより、凄まじい体験じゃないですか?もしかしたら石橋さんもそういう目で見られてたのかもしれないですよ?」


「うーん、そうかもしれないね…。でも安心して。アタシはそういうことは未経験だから…って、何言ってんのよね、アタシは」


 石橋さんはかなり過去のことだからか、サバサバと話してくれたが、その当時は傷付いただろう。2年前だから、俺が中2の時になる。ニュースなんか全然見てなかったなぁ。まさかこの高校を舞台にそんな生々しいことがあったなんて、思いもよらなかった。


「ごめーん、暗くなっちゃったね!ホントはもっと楽しいお話とかして一緒に帰ればいいのに」


「いや、でもそんな壮絶な経験を俺なんかに話してくださって、ありがとうございました。まさに俺は今高1ですけど、中学の吹奏楽部の女子の後輩としようなんて夢にも思いませんし…」


「ホント?夢だけなら別に罪にはならないよ?」


「またそんな冗談を…。俺なんてオクテですから、フォークダンスで先輩方と手を繋いだだけで照れて顔が真っ赤になっちゃうし、まるで水着か?って思うようなブルマの先輩もいて、それを見るだけでも恥ずかしくて」


「アハハッ、同じ高1でもえらい違いだね!アタシと踊ってる時は、アタシのブルマ姿見てなんとも思わなかったのかな?」


「石橋先輩は、最初から俺を慰めてくれてたので、とてもブルマ姿なんて見れませんでしたよ。失礼ですし」


「なんか、本当にウブなんだね。…上井君みたいな男の子と、もっと早く出会いたかったよ、アタシは」


「えっ…。俺なんか、一緒にいてもつまらないだけですよ」


「アタシは、そういうウブでオクテで照れ屋で、でも優しい男の子、好きだよ」


 俺は顔が赤くなっていくのが自分でも分かった。


「あっ、暗いけど、上井君の顔が照れて赤くなるのが分かる~。本当に名前の通り、純粋だね」


「いっ、いえ、不純の純かもしれませんし…」


「今更言っても、もう遅いよ。アタシにはバレちゃってるから。なんてね」


 やっと雰囲気が元に戻った頃、宮島口駅に着いた。


「あーあ、アタシの生徒会活動も終わりだなぁ…」


「石橋さんは、進路とか決められてるんですか?」


「アタシ?うん、一応短大の推薦を受ける予定なんだ」


「推薦ですか、凄い!石橋さんなら、間違いなく合格できます!」


「励ましてくれてありがとう。でもちょっと前までは悩んでたんだよ」


「何でですか?」


「せっかくだから、都会の大学、都会の短大に進学して、1人暮らししてみたいなってね」


「うーん…。都会は憧れますもんね」


「でも、今は地元の短大に家から通うことにしてよかったと思ってるよ」


「心境の変化ですか?」


「まあ、ね」


 そこで、上井という2年年下の男子と出会った影響があるから、とは、決して石橋は言わなかった。その気持ちは心の奥に仕舞っておいた。


「地元ならさ、引っ越さなくて済むし。短大卒でも、地元ならどこかに就職できるでしょ?そんな打算かな?」


「そしたら、朝や夕方の電車で、石橋さんにお会いできる可能性もありますよね?」


「うっ、うん、そ、そうだね」


 上井がストレートに核心をついてきたので、石橋は逆にちょっと照れた。


「石橋さん、なんか照れてます?顔が赤いような気が…」


「そっ、そんなこと、ないよ?駅の照明のせいだよ、きっと」


「ホントかな~」


「はい、上井君、これ以上突っ込むと、お姉さん怒っちゃうよ!」


「怒られるのは嫌です~」


 宮島口には、ちょうど岩国行きが入ってきた。2人してその列車に乗り、その日も終わろうとしていた…。


<次回へ続く>

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 いつもありがとうございます。

 現在、この小説のスピンオフ小説、「山神恵子」という短編小説を同時連載しております。

 https://kakuyomu.jp/my/works/16816700427924413134

 上井と神戸が中3の夏に付き合い始めるまでの出来事を描いています。

 よろしければご一読頂けましたら、幸いです。

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