第14話 -近藤妙子-
「嘘…。ホンマに?」
新旧生徒会役員の顔合わせ会は、懇親タイムに入り、大まかに1年生の集団と、2年・3年の集団に分かれた。
俺は山中と一緒に、コーラとオレンジジュースを持って、2年生の先輩にはこれからよろしくお願いします、3年生の先輩にはお疲れさまでした、と言いながら一通り挨拶してきた。
石橋さんは、後で一緒に帰ろうね、と言われてしまった。もしかしたら生徒会役員の中でも、大竹方面はいないのかもしれない。
そして自席に戻ったら、今度は近藤さんから質問攻めだ。早速聞かれたのが、失恋した件についてだった。
「嘘なんか付かないよ。何の得にもならんじゃろ」
「でも、ずっと上井君が片思いしてたんでしょ?その子のこと…」
「んー、まぁね。一時は両想いだと思ったけど、誤解じゃったね…」
「でも…。もう一度、とか思わないの?」
「思わないよ。相手が迷惑するだけじゃん。彼女にはなれないってハッキリ言われたのに、2度も3度も告白したら、付きまとってる変態になっちゃう。そんなの、俺もつらいし、相手にも失礼だし」
「上井君は…優しいんじゃね」
「俺?ヤラシイとは言われるけど。ハハッ」
「またぁ、誤魔化しちゃうんだから」
「だって吹奏楽部の同期の女子とさ、体育の時話してたんよ。そしたら背中にピンクのブラジャーが透けて見えたけぇ、透けとるよって言ったら思い切り張り手された実績を持つ男だよ」
「そっ、それは…。でもさ、体育があるのに色柄物の下着を身に着けてく方が悪いと思うよ?透けて見えちゃうのは分かってるんだから」
「近藤さんも優しいじゃん。こんな俺を慰めてくれて…ありがとね」
「えっ、いや、やっぱり…」
「やっぱり?」
「せっかくこれから2年間、生徒会で一緒になるんじゃけぇ、上井君の悩みとか、出来れば解決したいじゃない?楽しく過ごしたいもん」
「近藤さん…」
「アタシもね、高校に入ってから、一度失恋してるんだ」
「えっ、なんで?その男、見る目がないのもいい加減にせぇよ!だね」
「うふっ、ありがと。でも、ちょっとアタシも急ぎすぎたかなって、反省してるんだ」
「急いだ?」
「うん。アタシって今まで、男の子を好きになっても既に彼氏がいたり、告白しても友達のままでいようって言われたりばっかりで、彼氏がいたことがないの。だから、高校に入ったら絶対にすぐに彼氏を作るんだ!って思ってね、江田島の合宿で男子バレー部の男の子に告白したんだけど…」
「もしかして、断られた?」
「…うん。『俺、近藤さんがどんな女子か分からんけぇ、付き合えん』って、一刀両断されちゃった」
「そうなんだ…。江田島合宿って、西高生にとって最初のハードルなのかな」
「ハードル?」
「そう。まずモテ組と非モテ組に分かれて…。モテ組の中で更に彼氏か彼女を作りたい生徒達が、2日間深夜にバトルを繰り広げて…。まあ俺は当然非モテ組じゃけぇ、呼び出しもない平穏な夜を1人で過ごしとったけどね」
「呼び出したい女の子もいなかったの?」
「その頃、心が荒れててさ。この前の夏合宿で話したっけ?中学の時にフラれた相手が、同じ高校、同じ部活、同じクラスっていう三重苦なこと」
「あっ、ちょっと覚えとるよ。上井君の元カノカップル、確か遅刻したんでしょ?合宿中の行事に…」
「そう。その元カノさんが、まさにその江田島合宿で今カレに告白されたんよね。それは後から知ったんじゃけど、だとしたら四重苦だよね。でも江田島で告白される以前からずっと彼氏のほうがすごい圧で元カノさんに迫ってたのを見とるけぇ、凄い辛くてさ。それで江田島の頃は心が瀬戸内海じゃなくって、冬の日本海みたいになってたんだ」
「上井君…」
「それで、そんな状況を抜け出したくて、吹奏楽部の中で好きな子を見つけたんじゃけど、勇気を出したら撃沈されちゃった、そういう展開なんだ。じゃけぇ、もう恋愛とか、女性運とか、もうそういうのからは見離されとると思って、残りの高校生活は吹奏楽部と生徒会に捧げるよ」
「ダメ…」
「…ん?」
「ダメだよ、そんなの!上井君みたいな優しい男の子、フル方が間違ってるよ!」
近藤さんはそう言って、俺を励ましてくれた。
「合宿の2日目だって、特にアタシは何も頼んでないのに、同じクラスの村山君を呼んでおいてくれたじゃない?」
「ああ、そういうこともあったね」
「あれなんて、上井君の優しさの象徴じゃない?でも肝心の上井君は体調が急に悪くなったとか…。今更じゃけど、あの時、大丈夫だったん?」
「まっ、まぁ…」
野口さんから、伊野さんに告白するつもりなら女子バレー部との合コンみたいなのに出ちゃいけん、って言われて、腹痛を装ったんだよな…。今考えたら全く無意味になったけど。
「お二人さーん、早速仲良いね!」
突然現れたのは、新会長となる岩瀬先輩だった。
「あっ、会長、これからよろしくお願いします」
俺がそういうと、近藤さんも乗っかるようにお願いしまーすと、声を上げていた。
「1年生って、偶然なのかどうか分かんないけど、8人おって男子と女子が4人ずつじゃん?」
岩瀬会長に言われて見てみると、確かにそうだった。
「じゃけぇ、何か行事とかある時、ペアとか作りやすいかなと思っとったんじゃけど、えーと、上井君だったね?そして近藤さんだったよね?早速、次の行事、まあクラスマッチなんじゃけど、その時は君ら2人に組んでもらうね」
「へっ?」
「行事の時は、ペアを組んで、準備とか本番に臨むんよ。クラスマッチだと、競技担当としてね。去年は男女比が同じじゃなくて、女子が多かったから、女子同士で組んだりもしたんじゃけど、やっぱり男子と女子で組みたいんよね、準備とか考えると。勿論、他の1年のみんなにも男子と女子でペアを作ってもらうつもりなんじゃけど、上井君と近藤さんがもう今日の時点でこんなにお互い話が出来てるってのはありがたいんだ。正直、誰と誰を組ませたら上手くいくかとか、最初は分かんないしね」
「ま、まぁ、最初は人間関係なんて分かんないですよね…。俺もこの近藤さん以外の3人の女子は、今日初めて顔を見たので、まだ顔も名前もあやふやですから」
「確かに…。アタシも、この上井君と、もう1人の吹奏楽部の男の子しか分かんないです」
「だったら助かるよ。ワンペア分は、悩まなくて済むから。じゃ、クラスマッチから頼むね」
岩瀬会長はそう言い、次の1年生の輪に入っていった。
「…だって、上井君」
「…のようだね、近藤さん」
お互いに顔を見合わせて、つい笑ってしまった。
「ま、これも何かの縁ってことで…改めてよろしく、近藤さん」
「こちらこそ…上井君」
「でもさ、俺って近藤さんのこと、女子バレー部ってのと、村山と同じ6組ってことしか知らんのよね」
「それはアタシもだよ。上井君は7組の吹奏楽部の男の子、しか情報がないもん」
「じゃ、改めて自己紹介しようか…」
「ふふっ、そうしようか」
俺はオレンジジュースを近藤さんのコップに注ぎながら、話し始めた。
「俺は、苗字は上井で、下の名前は純一、生年月日は昭和45年4月16日、血液型はO型、生まれた時の体重は…」
「ちょっと上井君、アタシ達、お見合いするんじゃないんじゃけぇ、そこまで詳しくなくてもいいよ」
「あ、クドかった?」
「いや、改めて上井君って、面白いな~と思ったよ」
近藤さんはニコニコしながら言ってくれた。
「じゃ、じゃあやり直すね。えっと、中学は緒方中で、吹奏楽部ではバリトンサックスってのを吹いてます。でかくて重たいんじゃけど、目立たんのよね。あと中学時代は部長をやったこともあるけど、高校では部長になるつもりはない、こんなところかな?」
「へぇー、中学時代、吹奏楽部の部長さんしてたんだ?凄いね!」
「いや、偶々だよ…。あ、あと彼女はいません」
「ププッ、それ、さっきも聞いた」
「あちゃー、何回失恋アピールしとんねん…」
「いいじゃん、面白いよ、上井君と話してると」
「そう?じゃ、今度は近藤さん…って、ごめん、つまらんオヤジギャグみたいな言い方してしもうた」
「なんかどんな角度からでも面白いことに繋げるんだね、上井君って。バレーでいうとなんでも跳ね返すブロッカーって感じかな?」
「ブローカー?」
「ほら、そういって面白いこと言おうとするでしょ?それは上井君の魅力だと思うよ」
「いや、今のは…本当に分かんなくて…」
「まあいいや!アタシは、6組の近藤妙子。ご存じの通り女子バレー部で、バレーは小学校の時から続けてるんだ。で、中学は観音東中学。部長ではなかったけど、試合ではレギュラーをキープしてたよ」
「へぇ…。小学校からバレーしてるのも凄いし、中学でずっとレギュラーってのも凄そうだね。かなりの実力者なんでしょ?近藤さんは」
「そう言ってもらえると嬉しいけど、高校に入って、まだ上には上がいるって思ったよ。上井君と同じ中学の笹木!彼女は凄いわ…」
「へぇ、笹木さんがね…」
「彼女もきっと、相当前からバレー一筋だと思うよ。背が高いから、バックアタックも強いし、ブロックもいけるし」
と、改めてお互いの自己紹介をしたところで、あっという間に時間が過ぎ、部活終了の時刻を迎えてしまった。
「早いね。近藤さんと喋ってたら楽しくて、独り占めしてしまった。ごめんね」
「ううん、いいよ、そんなの。アタシみたいなバレー女と話してくれて、こちらこそありがとう」
岩瀬新会長が、幕引きの挨拶を始められた。
「やっと皆さん、お話も盛り上がってきて、懇親も深まったと思いますが、残念ながら下校時刻は我々はちゃんと守らねばなりません。すいませんが、ゴミをあつめて、前のビニール袋に入れて、机と椅子を元通りにして、お開きにしたいと思います。そして、新生徒会の正式な発足日は11月1日なので、土曜日ですが、4時間目を頂いて、体育館でみんな揃って挨拶することになっています。日付とか、メモっておいてくださいね。では今日は解散です。お疲れさまでした」
お疲れ様でしたーという声がアチコチで聞こえる。
「じゃ上井君、アタシちょっと部活覗いてくるから、これで…」
「うん。また色々話そうね」
「そうだね、また今度」
近藤さんは急いで女子バレー部の部室へと走っていった。
他の方も続々と、机と椅子を直してゴミを捨ててから帰っていく。
(バレー部との兼務なんて、吹奏楽部以上に大変じゃないかな…)
と思っていたら、山中に脇腹を突かれた。
「上井、お前もう近藤さんといい感じじゃん。2人きりでずっと喋っててさ。告白しちゃえば?」
「なっ、何言うかと思ったら…。いきなり告白ってなんやねん。俺はもう、恋愛とは距離を置くんじゃ。好きな子は作らない」
「何だって?…マジで言ってんのか?」
「…うん、本当だよ。俺なんか誰かを好きになっても、どうせフラれるだけ。なら最初から好きな子なんか作らなきゃいいんよ、俺なんか」
「急にネガティブになったな…。冗談じゃろ?」
「いや…本気じゃけぇ。神戸さんに付けられた傷が治りきらんまま、伊野さんに突き進んだら、傷口が拡がってしもうた…。もう恋愛は懲り懲りじゃ。さっきみたいに、普通に友達として喋るんならええけど」
「うーん、少しお前の心の傷は治ったかと思うとったんじゃが、伊野さんの失敗が尾を引いとるなぁ」
「傷が深いのは、神戸さんも伊野さんも同じ中学、同じクラリネットってことがあるかもなぁ…」
「でもさ、上井の神戸さんの呼び方、変わってきたよな」
「え?」
「前は、神戸って呼び捨てだったり、生涯の天敵とか言っとったこともあるじゃん。それが、神戸さんって、普通に女子を呼ぶ時の呼び方に、上井の心の傷も治ってきたんかな…って思っとったんよ」
俺は山中に言われるまで気が付かなかった。
まだ神戸に対して話し掛けるような気分にはなっていないが、確かに春先のように目も合わせたくないほどの怒りはない。
大村と話すようになったのも大きいのかもしれないが…。
「まあ、俺は俺の道を歩くさ。二十歳を超えりゃ、少しは恋愛に興味を抱くかもしれんし。それよりも山中、お前こそ太田さんを取られんように頑張れよ」
「ああ。この前ちょっと太田と話したら、『アタシはあの人が嫌いじゃけぇ、何言われても大丈夫』って言ってくれたよ。ホッとした」
「良かったなぁ…。絶対に離さず、チャーミーグリーンのCMに出るくらいになってくれよ」
「そこまでは分らんけどな。とりあえずしばらくは心配ないけぇ。ありがと、ウワイモ」
「イモは余計じゃっつーの」
そこへ、3年7組の石橋幸美先輩が来てくれた。
「ふふっ、本当に2人って、仲がいいのね。こういうのを親友って言うんだね」
「いや先輩、ウワイモと俺は悪友ですから」
「悪友ってなんなんよ。俺は悪いことをした覚えはないぞ、歌作ってる阿久悠ならええけど」
「アハハッ!2人見てると楽しい~。一緒に生徒会で活動出来ないのが残念だなぁ」
「石橋先輩は退任ですもんね」
「じゃあ、そろそろ帰らない?他のみんなはもう帰っちゃったし」
「え?」
確かに周りを見渡しても誰もおらず、俺と山中と石橋先輩だけだった。
「すいません、先輩。もしかして俺らの話が一段落するのを待ってて下さったとか?」
「ううん。漫才を聞いてただけよ」
なんて優しいんだろう…。もっと早く知り合いたかったな、こういう先輩と。
<次回へ続く>
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