第13話 -顔合わせ-
11月1日からが正式な任期開始だとのことだが、その前、10月末に新旧の生徒会執行部で顔合わせを行うことになった。
次期会長も副会長も立候補者は1人しかおらず、先週信任投票という形になり、無事に決まっていた。
その他の各委員も、委員長は既に決まっていて、1年生の新役員は形式上どこかの委員会に入る形になり、肩書は会計が1人、他は全員書記だった。
では委員会を選べるのかな?と思っていたら、これも既に割り振りが決まっていて、俺は風紀委員会の書記に決まっていた。
「なんか、何もかも事前に決まっとる感じやね」
と俺が山中にいうと、
「確かに。ちょっと思っとったのとは、違うな…」
と返ってきた。
まあこちとら何も知らないヒラの役員だ。幹部役員の言われるがままに動けばよいのだろう。
指定された集合場所は、生徒会室だと全員入りきらないとのことから、3年1組が集合場所になった。
(3年1組かぁ…。2ヶ月前を思い出すな…)
吹奏楽部の夏合宿では、3年1組が食堂に指定されていて、俺と伊野さんがクジで同じ調理班になり、俺が包丁で指を怪我した時には、伊野さんが怪我した指を口に含んでくれてから絆創膏を貼ってくれた思い出が、あまりにも切なすぎる。
勿論、今は普通の教室に戻っている。
夏合宿の思い出など、どこを見ても感じられない。
(時の流れって、温かくもあり、無情でもあるな…って、テレサ・テンかよ)
その3年1組に少しずつ生徒が集まってきた。
当然、俺と山中には、それが誰なのか全く分からない。
今年の生徒会長なら、何度か行事で挨拶されているのを見ているので、辛うじて顔が分かるのだが…。
「あれ?上井君、生徒会役員に引っ張られたの?」
「えっ?」
俺に声が掛かるなんて、精々で同じ1年生じゃないかと思っていたが、そのセリフからは上級生のような響きがある。
(誰だろう…)
振り向いたら、なんと先月、急に駆り出され、よく分からないままフォークダンスを踊った時の、3年7組の女子の先輩、石橋さんだった。
「あっ、石橋さん…いや、石橋先輩じゃないですか!」
「名前、覚えててくれて嬉しいな。どう?その後、元気になったかな?」
「はい、元気です!それより石橋先輩は生徒会執行部だったんですか?」
「うん。それよりフォークダンスの時、石橋さんって呼んでくれてたじゃない?だから、今更先輩なんて言われると照れるから、石橋さんでいいよ」
思わぬ縁に感謝した。確かにフォークダンスに無理矢理参加させられ、3年7組の女子の先輩と踊った際、グラマーなモデルみたいな方ばかりだったが、石橋さんはそうでは無かった。
真面目で、初対面の俺にまで寂しい顔してるよと心配してくれる、優しくて可愛い年上の女性、そんなイメージだ。
「なんやウワイモ、3年生の女子の先輩にまで手を出しとったんか?」
「イモは余計じゃっつーの。ほら、体育祭のフォークダンスで、男子が足らんってなって、俺も駆り出された1人なんよ。その時に…」
「アハハッ!上井君と、もう一人の男の子、いつもそんな感じで話してるの?楽しいね。上井君のお友達?」
「あっ、スイマセン、挨拶してなくて…。ウワイモとは吹奏楽部で一緒の、山中と言います」
「じゃけぇ、イモは余計なんじゃって…」
「はじめまして。石橋幸美って言います。アタシは今日でオシマイだけど、2人はこれからだね。頑張ってね」
と挨拶を交わしていたら、次々と新旧の役員が入って来た。
石橋さん以外は全然分からなかったので、とりあえず誰か部屋に来る度に、頭を下げていた。
(1年生って他におらんのかな…)
顔見知りの先輩方は楽しく談笑しているが、そろそろ俺も山中も疲れてきた頃、やっと1年生がやって来た。
「あーっ、山中君に上井君だ!夏合宿は楽しかったね!」
と、俺と山中の顔を交互に見る女の子がいたが、山中はピンと来ていないようだ。なので俺が答えた。
「あれ?確か、6組の女子バレー部の近藤さんだよね?」
「そうよ〜。覚えててくれた?2人とも、生徒会に引っ張られたのね」
「そういう近藤さんも?」
「うん。アタシは担任の先生と、女子バレー部の先輩からの圧に負けて…」
「バレー部の先輩?バレー部で生徒会役員を兼務してた方がいるんだ?」
「そうなの。吹奏楽部はどう?」
やっと思い出したのか、山中も答えた。
「俺らが初めてなんよ。な、ウワイモ」
「じゃけぇ、イモは余計じゃっつーの」
「わあっ、今のやり取り、夏休みに聞いたのと同じじゃん!懐かしー。2人がいてくれて良かったぁ。実はここに来るまで凄い不安でさ。知らない人ばっかりだろうし、アタシに何が出来るの?って。でも、知り合いがいるだけで、嬉しいね!」
「確かにね。1人より2人、2人より3人知り合いがいるだけで、安心するもんね」
「本当に。これからもよろしくね」
近藤さんは俺と山中に握手を求めてきた。やっぱり女子バレー部って、アグレッシブだな~。
その他にも1年生っぽい生徒が入ってきたが、1学年だけで400人近くいると、正直誰だか分らなかった。
おそらくこれまで役員だった方は、談笑の輪に入っているだろうから、無言でどこに座ろうかな?みたいな雰囲気の生徒が、1年生の新役員だろう。多分各クラスから1人ずつ集められているので、俺、山中、近藤さん以外の、所在なさげに立っている女子3人、男子2人が1年生の新役員だろう…。
「あっ、山中!お前もやっぱり引っ張られたんか?」
「おぉ、中下。お前もか」
「やっぱり俺達って優秀じゃけぇ、担任の先生に目を付けられるよな、うんうん」
と、山中は俺が知らない中下という男子と喋っていた。
きっと同じ芦品中学なのだろう。
「君は?何組?」
と俺に聞いてきたので、
「俺は7組の上井」
と答えた。
「なんじゃ、隣じゃんか。俺、8組の中下。よろしゅう頼んまっせ」
なんか元気なのかお調子者なのか、まだ判別ができなかった。
そこへ俺も見覚えのある、今年の会長がやって来られた。
「えーっと、何人来とる?1、2、3…」
「会長、新1年生8名を加えて、24人いれば大丈夫です」
そう声を掛けたのは副会長さんだろう。
「えっと、一応揃っとるみたいだね。じゃ、始めまーす」
会長さんが声を掛けると、ざわざわしていた教室が、一瞬にして静まった。
所在なさげに立っていた新1年生も、空いてる席に慌てて座った。
「皆さん、お疲れ様です!」
お疲れ様でーす、と声が上がり、俺らも慌てて、最後の「…でーす」に小さな声で加わった。
「今日は新旧役員交代式、ということで集まってもらいました。俺はこの1年、会長を務めさせてもらった、田村と言います。1年のみんなも、何かありゃあ俺が壇上で喋りよったけぇ、顔くらいは知ってくれてると思いますが、一応こんどの10月31日をもって、退任ということになりました。その代わりに、新1年生のみんなにバトンタッチしていくんじゃけど、そんなに『生徒会役員か…』なんて思わず、気楽~に活動に参加してください。帰宅部のみんなは、部活に入ったような気持ちで。何か部活と掛け持ちすることになったみんなは、サブの部活に入ったと思って。それと2年生のみんなには、1年間、不出来な会長を支えてくれて感謝してます。本当にありがとう。これからは君らが、新しく参加してくれた1年生を引っ張って行ってください。俺がやってきたことなんて、何一つ真似せんでええけぇ、新しく会長になる岩瀬君の下で、楽しい高校生活を送りながら、生徒会活動も楽しくできるように頑張ってください。以上です」
拍手が起きた。中には泣いている女子の先輩もいた。
(さすがじゃな…。トークが抜群に上手い。人を引っ張る人ってのは、こんな魅力がある人なんじゃな…)
「じゃ、退任する3年生、前に並んで、一言ずつ生徒会を2年間やってきた感想をお願いします」
3年の先輩方が一斉に立ち上がって、前に並んだ。
(うぉ…。さすが貫禄があるな…。石橋さんもいつも見るときのお姉ちゃんじゃなくて、立派な先輩だ…)
会長の横の方から一言ずつ挨拶をしていかれたが、俺はやっぱり石橋さんが何を言うかに興味があった。
「えっと、最初は何が何なのか分からずにとりあえず生徒会役員になった石橋幸美です。3年7組です。2年目からは風紀委員長なんてやらされて、会長の手や足ばっかり引っ張ってましたが、新しい1年生のみんなは素敵なみんなだと思うので、新しい岩瀬会長を支えて、楽しい西高にしていって下さいね。ね、上井君」
ちょっ…。石橋さんの顔を見たら、ちょっと照れながら俺のほうを見て、ウインクしていた。
教室もざわつき、上井って誰?とか1年?とか色んな声が聞こえた。
(後で言わなきゃ…。石橋さん、反則ですって…)
「はいはい、上井君?もしかしたら石橋さんの後輩かな?確か新役員の氏名欄で名前を見た覚えがあります。俺自身、入れ替わりの立場じゃけど、生徒会のマドンナ、石橋さんに顔を覚えられるなんて、上井君、名誉なことじゃけぇ、どうせなら今立ってもらおうか」
(ゲゲッ、なんつー展開じゃ)
右横の山中と、左横の近藤さん、左右からわき腹を突かれたので、仕方なくその場に立った。
一斉に俺に視線が向く。
(こ、怖い…)
「君が上井君か。あっ、君もフォークダンスで駆り出されていたよね?もしかしたらそのご縁で、かな?」
「はっ、はい。石橋さ…先輩にお会いしたのは、体育祭のフォークダンスの時です。俺みたいな男を覚えててくださり、ありがとうございます」
深々とお辞儀をした。なぜか拍手が起きた。
「えーっと、こんな風に不思議な人脈が出来るのも、生徒会役員ならではだと思います。ちょっと脱線しちゃいましたが、石橋さんの次から挨拶、続けてください」
『ねぇ、上井君!あんな可愛い3年の先輩と知り合いじゃったの?!』
左横から近藤さんが、小さな声で聞いてきた。
『知り合いってほどじゃないよ。偶々フォークダンスで男子が足りないってなった時、俺が吹奏楽のテントにおったら体育の先生に引っ張られてさ。3年7組の輪に入れられたんよ。その時に初めてお会いしただけ』
『ホンマ?その割には、なんか親し気な感じじゃけど』
『もしかして近藤さん、嫉妬してる?』
『なっ、なんで嫉妬しなきゃいけんのよ!バカッ』
右からは山中の
『上井は年上にはモテるんよのぉ…』
という、反応していいのか分からない呟きが聞こえてきた。
(あっ、俺が風紀委員の書記に決まってたのは、もしかしたら石橋さんが…?)
事前に新1年生の役は決まっていたが、俺は風紀委員会の書記だった。もしかしたら…は考えすぎかもしれないが。
その次に2年生の先輩役員の挨拶があった。
俺の上司となる風紀委員長は、女子で2年7組の静間清美さんという方だ。雰囲気はおとなしそうな感じだが、果たしてどんな感じで俺は向き合っていけばよいのだろうか。
「じゃ、最後に、1年生の自己紹介をお願いします。悪いけど、前に来てくれるかな?名前と所属委員会と、生徒会に入って何をしてみたいか、お願いします」
俺らは前に出て、クラス順に並んだ。
「では1年1組の貴女からお願いします」
今日初めて会った1年生については、まだ名前も初めて聞いたばかりだし、覚えるのに時間がかかるかもしれない。
山中は5組、近藤さんは6組、そして7組は俺で、さっき山中と親しげに話して、すぐ俺とも分け隔てなく話し掛けてくれた中下は8組。
初対面組は、1~4組ということか…。
何を喋ろうか考えている内に、みんな名前と委員会とよろしくお願いします、あるいは頑張りますしか言わないから、すぐ俺の所まで回ってきた。俺はこんな時に普通の挨拶しかしない性格ではないから、何かアドリブを…と考えていたが…
「1年7組、上井純一です!さっきの山中と同じく吹奏楽部に入ってます!風紀委員の書記になっていましたので、学校内で風紀を乱すようなことは今後慎みます!生徒会役員になって何がやりたいか?という会長からの質問ですが、彼女を作りたいです!以上です!よろしくお願いします!」
教室内が爆笑に包まれた。
俺はホッとしたが、やり過ぎたかな…。彼女を作りたいなんて、ここで言うことかよと、自己嫌悪に陥った。
次の8組中下も、俺に負けじと火が付いたのか、アドリブ満載の挨拶をして、先輩方を笑わせていた。
「はい、みんなありがとう~。なんかさ、1組から8組へ進むにつれて、前のクラスに負けてなるか!みたいな自己紹介になってなかった?気のせい?でもこんな楽しい1年生が入ってくれるなら、生徒会も安心じゃね!じゃ1年生、座ってくださーい」
一斉にお辞儀をして、各自が元々座っていた席に戻った。
その後は生徒会の組織について説明があったが、左から近藤さんが突いてきた。
『上井君、なんでそんなに面白いんね?こんな時に彼女を作りたいなんて、言わんよ?普通は』
『俺、普通じゃないけぇ…。この前も失恋したばっかりじゃけぇね』
『え?何それ…。ちょっと後で詳しく教えんさいね』
『あんまり男の失恋話を聞いても面白うないとおもうけど』
『いや、そんな意味じゃなくてね。別の意味で…』
別の意味ってなんだ?
そうこうしてる内に、顔合わせ会は懇親タイムに入った。
<次回へ続く>
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます