第12話 -波風-
「…以上のような理由で、吹奏楽部から、初めて生徒会執行部の役員を送り出すことになった。しかも2名だ。この2人が生徒会活動で忙しい時は、ちょっと部活に参加出来ない時もあるかもしれないが、その分、周りでフォローしてやってくれ。ちなみに先生からは、来年度吹奏楽部の予算を倍にするように、しっかり命令しておいた。まあ生徒総会、クラスマッチ、文化祭辺りが、彼らにも負担になると思うが、文化祭以外はウチの方もそんなに行事が被ることはないじゃろう。もちろんこの2人にも、本筋はウチの部だと言ってあるから、みんなで快く兼務を認めてやってくれるか?」
福崎先生が部活後のミーティングで、俺、そしてもう1人…山中が生徒会執行部に入ることを説明してくださった。
先生も気を使って、ミーティングの前に須藤部長と沖村先輩、あとトロンボーンの佐々木先輩を呼び出して、俺達が生徒会役員になることを説明して下さった。
先生が言うなら仕方ない…という感じで、一応全員から拍手をもらい、俺と山中は生徒会執行部に入ることを承認してもらった。
「でも驚いたぜ、俺」
「それはこっちのセリフじゃ、ウワイモ」
「イモはよけいじゃっつーのに」
俺が福崎先生に生徒会役員になるよう、担任の末永先生から頼まれ困っている…と相談し、話し合いの結果、生徒会役員と吹奏楽部の兼務を認めてもらった後、美術準備室へ報告に行くため廊下を歩いていたら、どん底の顔をした山中とすれ違ったのを思い出していた。
実は山中も、担任の先生から生徒会役員になってくれと頼まれ、困惑して福崎先生に相談に向かっていたのだと分かったのは、ミーティングの際に福崎先生が、上井と山中、前へ出てくれ、と言われた時だった。
お互いに、
「なんでお前も?」
と同時に言ったもんだから、ドッと音楽室内が笑いに包まれた。
須藤部長に促され、俺と山中は一言ずつ喋ることになったが、何も考えてなかったので、頭が真っ白になってしまった。
先に山中が
「今回、担任の先生から生徒会の役員になってくれと言われ、大変悩みましたが、福崎先生にアドバイスを頂き、なんとか吹奏楽部と両立させて、頑張ろうと決意しました。なるべく部活に迷惑掛けないように頑張ろうと思っていますので、よろしくお願いします」
見事な挨拶をし、拍手されていた。
「じゃ次、上井君からもお願いします」
山中め、完璧に喋りやがって…。何を言えってんだ…。
「えっと、井上です。山中の言葉について、以下同文です」
笑いが起きたが、須藤部長からはもっと喋れと合図を食らってしまった。
「すいません、ダメだしを喰らいましたので…。俺も山中と同じで、担任の先生から一本釣りされて口説かれて、悩みに悩んで福崎先生に相談させていただきました。先生も悩まれたかと思いますが、吹奏楽部の来年度の予算を倍にすることを条件に、兼務を認めて頂きました」
ここでまた笑いが起きた。
「まさか自分が?という思いは今もあるのですが、兼務するからには、より一層頑張って、部活ではこの先のアンコンや来年のコンクールでの金賞を狙いたいですし、今先輩方の間で構想を練っておられる定期演奏会、これも実現出来るよう、生徒会の力も活かして頑張ろうと思います。よろしくお願いします!」
やっと拍手をもらえた。喉はカラカラ、手足は震えまくりで、よくアドリブで喋れたもんだ…。
「はい、お2人とも突然の振りにも関わらずしっかり挨拶してくれて、ご苦労様でした。俺もこの話を聞いたのはついさっきなので、まだ驚いてるというのが率直なところですが、どうせ2人を生徒会に送り出すんなら、ウチらの部と生徒会の間のパイプ役にもなってもらって、いい方向に進めたらいいなと思っています。最後に2人に、激励の拍手をもう一度お願いします」
もう一度拍手され、俺と山中は深々と頭を下げた。
「では今日のミーティングは終わります…」
緊張の時間が終わったと思ったら、今度は俺と山中が、まるで芸能人のように取り囲まれ、色々と聞かれる羽目になってしまった。
「山中君、担任って誰だっけ?」
「乙川先生です、化学の…」
「山中君、クラスではどんな風なん?」
「いや、何もしてないですけど、なんで俺がとは思いました」
俺の方も…
「上井君、凄いじゃん!よく引き受けたね?」
「いや、頼まれたら断れない性格なもんで…」
「大丈夫?体は持つ?」
「まあ多分…」
勿論、そんな俺たちを遠くから眺めている部員もいる。
村山は松下、伊野の2人の女子と一緒に帰ろうとしながら
「アイツ、俺らから遠い存在になるな…」
と呟いていた。
「なんで?村山君だって中学校の時、生徒会だったじゃない」
松下がそういうと、
「中学と高校じゃ、生徒会の規模も違うし、やることもきっと大違いだよ。なんか置いてかれとる気がするよ、俺」
と返すので、松下は
「上井君だってなりたくてなった訳じゃないと思うよ。そんなこと言うなんて、キミは相変わらずネガティブだねぇ」
と言って、肩を叩いた。
もう1人の女子…伊野沙織は複雑な胸中で会話を聞きつつも、無言を通していた。
更にもう1組、遠くからその様子見守っている2人組…大村と神戸だった。
「俺が聞いた体育祭の時の、後輩の子との話、先に野口さんが上井に教えてたんだね」
「そうみたいね。マユも、ちょっとせっかちな部分があるから…」
「なかなか同じクラスの中だと、逆に上井に話しかけにくくてさ。かといって部活は最近パート練習がメインじゃったけぇ…。喋りたい相手に喋りかけるのって難しいね」
「……上井君も去年はそんな感じだったな。話したそうな感じは分かるんだけど、なかなか話し掛けてくれなかった」
「あっ、また思い出させちゃった?」
「ううん、今は幸せだから、いいの」
「でも末永先生、上井を生徒会役員に指名するなんて、大胆だよね。俺なら無難に、安城君だな」
「アタシ達のクラス、何でもかんでも安城君に押し付けすぎよ」
「そっか、それもあるね」
「でも上井君、なんで生徒会役員なんて引き受けたんじゃろ…」
「それは末永先生が頼んだからじゃないん?」
「…アタシはそれだけじゃないような気がするの。アタシが言うのも変だけどね、失恋を忘れるためとか…」
「チカ、もしかして自分のことも含めてない?」
「どう思う?」
「…分からん」
「…アタシも分かんない。でも上井君はサオちゃんにフラれてから、元気がなかったけど、生徒会役員を受けることで吹っ切ろうとしてるのかな、って」
「伊野さん1人だけ?」
「…やっぱりアタシも入るよね…。まだ喋れてないもん、上井君と…」
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「山中は、断ろうと思った?」
「俺か?」
俺と山中は、廊下を下駄箱に向かって歩いていた。
「ああ。俺と違って、忙しくなることで困る相手がおるじゃん」
「太田のことか?」
「それ以外、誰がいるんだよ」
「…別れるかもしれん」
「へ?なんで?あんな同期で一番の女の子から告られたのにか?」
「そうなんよ。この前一緒に帰ってたら、見知らぬ男が突然現れてさ。俺も一応彼氏じゃけぇ、なんか用事ですか?って、太田の前に立ちはだかったんよ。そしたらその男が、『太田さん、俺ともう一度やり直してくれ』って言い出して…」
「なっ、なんやそれ…」
「中学時代の元カレらしい。最初はソイツが熱烈に告白してきたけぇ、OKして付き合ったらしいんじゃけど、浮気はする、校則違反はする、中学の卒業式の後で気に入らない先生を殴りに行ったって自慢する…で、太田から別れを告げたんだと」
「なんや、ロクでもない奴が同い年にいたもんじゃなぁ」
「それで高校は、アイツがどう頑張っても入れない、この西高にしたらしいんじゃけど、広電で通っとる姿を偶々見掛けたらしくて、やり直してくれと言いに来た、ってわけ」
「そんな奴と太田さんがやり直しちゃいけんじゃろ。山中以上の彼氏なんておらんって」
「じゃけど太田さんが言うには、『バカでアホな男だけど、初めて付き合った男からやり直したいって言われたら正直心臓がドキドキした』らしいんじゃ。俺には女心が分からん…」
「そっか…。でも山中は好きなんじゃろ?太田さんのこと」
「そりゃあ、もちろん」
「ならそのままでいいじゃん。太田さんがちょっとドキドキしたのは、悪い男だけど初カレだったから、だけじゃろう?山中がソイツに劣る点なんて、何一つないじゃん」
「一つだけ劣ってるところがある」
「またまた~。なんでそんなのが分かるんだよ」
「ソイツの親、中国新聞の副社長なんだと。だから贅沢三昧。まあそんなのもあって育児放棄気味に育ったけぇ、不良みたいになったんじゃろうけどな」
「…親の仕事で彼氏を選ぶような女じゃなかろう、太田さんは」
「俺もそう信じとるんじゃけど…。その日からなんかギクシャクしてるのは否定できんのじゃ。じゃけぇ、生徒会役員になって、ちょっといいところを見せて、太田の気持ちを繋ぎ留めたかったってのも、ちょっとあるんよ」
下駄箱まで来て、山中は元気のない笑顔を作った。
「そっか。でも俺だって、山中と太田さんが付き合い始めた時の証人じゃ。別れるようなことは、証人の上井の許可が要るって、太田さんに言うとけや」
「まあ、ホンマに危なくなったらな。じゃあ、お互いに兼務、頑張ろうや」
「ああ。山中も元気出せよ」
「サンキュー」
俺と山中は家が反対方向なので、下駄箱で別れたが、山中の背中が寂しげだった。
恋人が出来たら出来たで、大変な思いをするもんなんだな…。
まあ俺はもう、恋愛なんてするつもりはないし。俺は女の子を好きになっちゃいけない人間なんだから…。
<次回へ続く>
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