第9話 -体育祭当日6・フォークダンス-

 体育祭の午後の部は、1回だけ出番の競技があったが、基本的には鑑賞の方が多かった。


 なので基本的には吹奏楽部のテントにずっといて、閉会式で演奏する曲の譜面を確認したりしていた。


 競技種目の最後を飾るのは紅白対抗リレーなのだが、その1つ前に3年生男女のフォークダンスがある。


(羨ましいなぁ…。俺らは2年後か…)


 そのフォークダンスの準備が、なんだか慌ただしい。


 もう入場門には、3年生たちが並んでいるのだが、何か始められない事情でもあるのだろうか?


 そこへ俺たち吹奏楽部のテントや、生徒会役員がいるテントに、体育の先生が走ってやって来た。


「今すぐ、フォークダンスに出れる男子、何人かおらんか!?」


 えぇっ?周囲はどよめきが起きた。


 と同時に、伊東は即手を挙げているのが見えたが、何人か男子が欲しいということだったので、なんと体育の先生に俺まで腕を掴まれて、強制連行されてしまった。


「せっ、先生!俺、フォークダンスなんて出来ないですよ」


「ええんじゃ。俺と目が合ったが100年目、女子の横に立っとるだけでもええから、頼む!」


 同じように強制連行されたのが吹奏楽部の男子から、伊東(但し立候補だが)、村山、大村、そして俺。あとは生徒会役員の先輩が4人の計8人だった。

 要はあの本部席付近にいた男子8人。

 入場門で何をやるか簡単に説明を受け、とりあえず3年生各クラスの女子のパートナーを演じるように言われ、8組ある各クラスの一番後ろに入らされた。


(なんなんだ、一体?)


 とりあえず俺が入ったのは3年7組だった。相手となる女子の先輩は、浦田さんという背が高い先輩だった。


「はじめまして。俺もよく分かんないまま連れて来られたんですけど、よろしくお願いします」


「こちらこそ。フォークダンスの練習なんて、してないよね?」


「はい…」


「ただ何となく、アタシとか他の男の子を見て、リードの真似してもらえばいいよ。本当は男の子にリードしてほしいところだけどね」


「でも、なんで突然練習もしてないのに男子をかき集めてダンスをしなくちゃいけなくなったんですか?」


「あのね、ウチの高校って、どの学年も女子が多いでしょ?アタシは2期生になるけど、たぶん2期生が一番男女の比率じゃ、女子が高いんじゃないかな?制服マジックと新設校効果で。それでね、普通なら女子が多い時って、男子の所に女子が入るんじゃけど、この高校はそんなことしたら男役になった女子が可哀想です!って主張した熱い体育の先生がいて、フォークダンスは2年生の男子をヘルプ要員にして、男女同数にするようになったんだって」


「へ、へぇ…。凄いですね」


「でしょ?で、2年生男子のヘルプ要員も早めに決めて、2回ほど練習したんだけど、その時は体育の先生も男子側に入って練習してたのね。だから今日の本番になって計算したら、各クラス1人ずつ男子が足りないってことに、さっき気づいたみたいなの。それで慌てて、男子を捕まえてきたんだよ。その犠牲になった1人が、キミってことだね」


「な、なるほど…」


「とりあえずよろしくね、上井君」


「えっ、俺の名前、なんでご存知なんですか?」


「えっ?体操服の胸に刺繍してあるじゃない。それとも別人さん?」


「あ、そうか。すいません、女子の先輩と踊れるなんて思ってもなかったので、名前の刺繍なんて忘れてました」


「アハハッ、上井君って面白いのね。何か部活やってる?」


「はい、吹奏楽部に入っています」


「そっかー。だからテントから拉致られたんだね」


「多分そうだと思います」


「あっ、やっと始まりそうよ。よろしくね」


「はい…」


 浦田さんは早速俺の手を握ってくれた。


(ワッ、なんて大胆な…。っていうか、これが本当なんじゃろうけど)


 中学生の時のような、指先同士が辛うじて繋がっているような握り方ではなく、ガッチリ握手するような握り方で、そのせいかより一層浦田さんの近くへ体が引き寄せられる。

 しかも2つも年上の女性だ、フェロモンが半端ない。化粧こそしていないが、何もかもパーフェクトボディだった。

 胸というよりもオッパイと言いたくなるようなバスト、どれだけ絞ってあるんだというウエスト、ドリブルしたら何回か弾みそうなヒップ…。

 体操服がもはやコスプレなんじゃないかと思える。ブルマなんて、うっかり学校に置いて帰ったら、心亡き者に盗られるんじゃないか?


 吹奏楽部の前田先輩もだが、この高校の女子はレベルが高すぎる…。俺は緊張で余計な汗まで出てきてるし…。



 そして入場の音楽が鳴った。


「さ、行くわよ、上井君」


「あっ、はい」


「そうそう、右手をアタシの右肩へ回して…。うんっ、いいよ。OK」


 俺は緊張して、歩きながら足がもつれそうだったが、浦田さんがリードしてくれたので、何とか輪になってスタート地点まで辿り着いた。


「この後、1曲目だよ。オクラホマ・ミキサー。知ってるよね?」


「おくらはまですか?それってどこの浜ですか?やっぱりアメリカなのかな…。ミキサーっても、ジュースを作る道具としか…」


「アハハッ、何面白いこと言ってんの、上井君!始まっちゃうから、見よう見まねでついてきてね。簡単だから」


「はい!」


 そしてオクラホマ・ミキサーが始まった。


(あっ、これか。これがオクラホマ・ミキサーって言うんだ…)


 去年、中学の体育祭でフォークダンスをした時、この曲を踊って、順番で女の子が変わっていき、最後に近い所で神戸と出会ったのを思い出した。

 その時も照れて、目も合わせずガッチリと手を繋げなかったことを思い出した。


(自分の彼女なのに…。照れて指先同士でしか繋げなかったんだよな…)


 それに比べれば浦田さんは、ガッチリと手を繋いでくれている。グラビアモデルみたいなスタイルなのに俺が緊張して変なことを口走ったせいか、逆に楽しそうな笑顔で踊ってくれている。


(これ、だよな。ちゃんと手を繋ぐってのは、基本中の基本じゃないか…)


 その内順番が来て、浦田さんとは別れ、次の女子の先輩に相手が変わったが、浦田さんが


「その上井君って子、面白い子だよ」


 とチェンジするタイミングで声を掛けてくれた。


「こんにちは、アタシは山根って言います。ほんの僅かだけど、よろしくね?」


「はい!よろしくお願いします!」


「フフッ、本当だ。面白いね、上井君って」


「え?そうですか?」


「そんなド緊張しなくてもいいのに。たった2歳しか違わないだけなんだから」


 山根さんは浦田さんをより艶やかにした雰囲気の、もう大人と呼んでもいいくらいの色気を持った女子の先輩だった。

 シャツを出してブルマを隠すようにしているので、それが却って大人びた色気に感じる。

 繋ぐ手もツルツルで、俺の手を繋ぐのは勿体ないような手だ。俺が芸能事務所のマネージャーなら、スカウトするだろう、絶対に。


「山根さん、スイマセン」


「え?何が?」


「俺の手、汚くて」


「そんなこと、ないよ。頑張ってる男の子の手ってくらい、すぐ分かるよ」


 俺は年上の艶やかな女性に褒められ、顔から蒸気が漏れだすんじゃないかと思うほどポーッとなっていた。


「じゃ、これでサヨナラね。ハマっち、この上井君は大切に取り扱いなさいね」


「何よヤマちゃんったら、アタシがガサツみたいなこと言って。あ、こんにちは、上井君、浜田って言います。よろしくね」


「はい。浜田さん、よろしくお願いします!」


「キャー、アタシのこと、名字で呼んでくれた男の子なんて久しぶりよ!上井君、何年何組?」


「いっ、1年7組ですっ」


「可愛いーっ!ちゃんと覚えとくね、1-7の上井君…」


 こんな感じで、個性豊かな3年の女子の先輩と次々に踊っていると、いつの間にか自分も1年生ではなく、3年生になったような気がした。


 オクラホマ・ミキサーの次は、今年のヒット曲をフォークダンスにアレンジしたものらしい。


(えーっ、そんなの余計に踊れるわけねーよ…)


 オクラホマ・ミキサーならなんとなく覚えていたが、今年のヒット曲をフォークダンスで踊るって、なんなんだ?高校らしいというべきなのか…。


「スイマセン、今年のどんなヒット曲のダンスを、次にやるんですか?」


 俺はオクラホマ・ミキサーの最後の相手になった国本さんに聞いた。


「ヒ・ミ・ツ」


「えーっ、せめてタイトルだけでも…」


「アハッ、冗談よー。渡辺美里の『My Revolution』だよ。そんなに難しくないから、周りや女の子を見て、合わせてね」


「はい、わかりました」


『My Revolution』か…。失恋絶不調の頃のヒット曲じゃないか…。


 イントロが流れる。


(えっ?フォークダンス用にアレンジしてあるんじゃないんだ?原曲そのまま?)


 俺の脳裏に、一瞬にして神戸に失恋してどん底に落ちていた頃が甦る。


「さ、上井君、行くわよー。最初は右手と右手、次は左手と左手っていうタッチを繰り返すの」


「はっ、はい…」


 俺は国本さんにリードされながら、神戸にフラレた時の事を思い出していた。


「次は右手で握手しながら一回転〜」


「はい」


「その次は左手タッチで一回転ね」


 この曲を聴きながら、涙をどれだけ流しただろうなぁ…。悔しくて、寂しくて。

 神戸千賀子という女の子と付き合っていたことすら幻だったんじゃないかと思って。

 なんで遠くへ行っちゃうんだ!って夢、何度見ただろう。


「サビでは、ジャンプしながら両手でハイタッチを8回だよ!」


「はっ、はい」


「これでアタシとはお別れね。次、石橋さんだよ。バッシー、よろしく!」


 国本さんの次には、石橋さんという先輩が俺の相手をしてくれた。


「上井君、よろしくね!」


「あっ、お願いします!」


 背丈は俺よりちょっと小さいが、元気な女子の先輩って雰囲気だ。

 それまでの女子の先輩方がグラマー過ぎたが、石橋さんは良い意味でやっと安心して体操服姿を見ながら踊れる感じだ。


「最初の間奏では、オクラホマ・ミキサーと同じ形で、ゆっくり歩くの。上井君、右手を貸して」


「あっ、はい」


 この間奏部分が、また切ないんだよな…。勝手に目に涙が浮かんでくる。やめろ!涙なんか出てくるな!3年生の女子の先輩と踊ってるのに…


「…上井君、この歌に寂しい思い出でもあるの?」


「えっ?」


 石橋さんに突然聞かれ、ビックリした。何か俺の事を知っているのだろうか?


「さっきから話題の1年生の上井君ってどんな男の子かな?って、順番がアタシに近くなって来た頃から、チョコチョコ見てたの。そしたら、それまでは楽しそうだったのに、My Revolutionに変わったら、ウチのクラスの元気印の国本さんと踊ってても、寂しそうな顔になってたからね」


「いえ、目に汗が入って…」


「いいんだよ。辛い時は、辛いって言いなよ。アタシはたった2年しか上井君より年上じゃないけど、沢山悲しい思いをしてきたからさ。分かるんだ、と言うか伝わってきたんだよ、上井君の気持ちが。さっきの顔と、今、手を繋いでみて…ね」


「えっ、石橋さん…」


「あとアタシね、緒方中学校卒業なんだよ」


「えっ、そうなんですか?」


「だから上井君は、電車とか色んな所で見かけたことがある男の子だ、って思ったの。上井君は緒方中?それとも玖波中?それとも山の奥のほうかな?」


「緒方中です」


「一緒じゃない!懐かしいな。中学の時も、アタシが3年の時、上井君は1年だったんだね。アタシとはこの場ではそろそろサヨナラだけど、これからもどこかで見かけたら、気軽に声掛けてね」


「石橋さん、ありがとうございます!俺、今日のこと、絶対に忘れません!」


「フフッ、ありがとね。じゃ、次の女の子に交代ね」


 間奏部分で長くゆっくり歩いたからか、あっという間に石橋さんに色々見抜かれ、2番のダンスに入ってからアドバイスまでもらってしまった。

 その感動に浸っている内に、次のお相手と踊るのをうっかり忘れていた。


「もしもーし、上井クーン!アタシ、放置されてますけど〜」


 周りに笑いが起きた。


「うわっ、失礼しました、えーと…」


「名前は田原です。よろしくね」


「スイマセンでした、よろしくお願いします!」


「石橋さん、そんなにいい女だった?」


「えっ、何を仰るんですか?」


「こんないい女、田原を放置するくらいだから」


「いえ、そんな、あの、その…」


「バッシー、良かったねー!彼氏候補が出来たよ!」


 バーカ、ダンス中に何言ってんだよ〜とか、上井君1年生なのにやるわね〜とか、色んな声が飛んできて、なんだか和気藹々なムードになった。


 その声に戸惑っていると、俺の一つ前に移って次の男子と踊っていた石橋さんが俺の方を振り向いて、ニコッとしてくれたのが救いだった。


 3年7組の石橋さん…ありがとうございます!



 かくしてダンス自体はダメダメだったが、俺の事をちょっとだけ知ってくれていた、吹奏楽部以外の先輩と話すことが出来たのは、ほんの少し勇気をくれた。


 <次回へ続く>

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