第8話 -体育祭当日5・昼休み-
体育祭は、午前中こそ緒方中の後輩が2人来たり、来年ここに来てバリサクを吹く!と宣戦布告された初対面の中3女子と出会ったり、体力よりも精神的に疲弊する感じだったが、その後は個人的には何もなく、昼食の時間になった。
みんなは各クラスに戻って食べるが、俺達は今日は最初から音楽室なので、音楽室で昼食を摂ることになっている。
女子は1年生も2年生も、音楽室に戻るや否や、速攻でスカートだけ履いていた。
(そんなにブルマ姿のままって、嫌なんだ…)
男子は当たり前のように短パンのままで、弁当やパンを食べ始めていた。
俺も弁当を食べ始めたが、早速伊東が俺に質問をぶつけてきた。
「なぁなぁ、プロムナードの後で上井に話しかけてた可愛い女の子2人組って、上井とどんな関係なん?」
結構長い間話していたから、多くの人の目に付いただろうし、聞かれるのも仕方ないだろう。
「あの子達?中学の吹奏楽部の後輩だよ。体育祭の見学に来たんだって」
「じゃあ中3かぁ。よし、あの子らが来年入ってきたら、サックスに入れようぜ」
「へ?」
「いやさ、小柄で目がクリッとした女の子ってのも可愛いな、と思って」
「…なんか別の目的があるんじゃないんか?それにあの子達は、フルートと打楽器だよ」
「そんなん、高校で楽器変えりゃいいじゃん。山中みたいに」
「ちょ、伊東よ、俺を例えに出さんとってくれよ」
山中が会話に入ってきた。
「えー、ダメなんかなぁ」
「だって来年はまだ前田先輩がおるよ?前田センパーイ、伊東が浮気しようとしてますよ!」
2年女子のグループで弁当を食べていた前田先輩が、ふと俺らの方を向いて…
「伊東君、アタシのこと、嫌いになったの?」
と言って、氷のような微笑みを浮かべた…つまり、笑顔だが目は笑っていないということだ。
「あっ、いえっ、そんなことないに決まってるじゃないですか~。上井、誤解するような言い方するなよ~」
よし、伊東から一本取ったぞ。
だが横田さんと森本さんは、単に演奏や、体育祭の雰囲気の見学だけで来校したのだろうか?
もしかしたら、俺と神戸の現状を確認するという目的もあったのかもしれない…。
村山の話だと、結構激しいやり取りがあったらしいからなぁ…。
弁当を食べ終わった部員は、すぐグランドに戻ったり、しばらく音楽室で休憩したりしていた。
(よし、喋れるようになった大村に聞いてもらおう)
「大村、ちょっといい?」
「ん?ああ上井か。ええよ、何?」
「ちょっと離れた所で…」
「何々?じゃ…渡り廊下ででも聞こうか」
俺と大村は弁当を片付け、音楽室を出て渡り廊下へ向かった。
「珍しいね、上井から俺に声掛けてくるなんて。何かあったん?」
「そう、何かあったんよ」
「で、俺を呼び出すってことは…神戸さんの関係?」
「よく分かるなぁ」
「ってか、それぐらいしか思い付かんって。で、何?」
「実は…」
俺は緒方中の吹奏楽部の後輩2人がやって来て、1年男子の種目中、ずっと神戸と話しをしていて、村山の目撃談によれば時に後輩側が感情的になっていた…ということを話した。
「ふーん、なるほどね。で、上井としては、神戸さんとその後輩さん達が、どんな話をしたのか気になる訳だ。じゃろ?」
「その通り、仰る通り!」
「分かったよ、それくらいあの子に聞くのはなんでもないけぇ、聞いてみる。で、また聞いた結果を上井に教えてあげりゃ、ええんじゃろ?」
「うん…。頼むよ」
「ああ。ま、いつ聞けるか分らんけど、俺もタイミング見て聞いてみるから。気長に待っててよ」
「ありがとう。悪いね、こんなネタで」
「いやいや。ちょっと前まではこんなネタですら、俺ら、話せんかったけぇ、嬉しい…って言ったら変じゃけど、とにかく聞いてみるよ」
「うん、頼むね」
「了解!」
と言って、大村は一旦音楽室に戻っていった。その後ろ姿を見ていると、神戸千賀子が最初は熱意に押されて仕方なく付き合い始めたらしいが、徐々に大村のことを本気で好きになっていったのが分かるような気がした。
俺はそのまま渡り廊下で、校内の様子や青空を眺めていた。
(本当にたった1年前とは大違いだな…)
去年の今頃は、中学校の体育祭もあったが、神戸千賀子と付き合っていく自信が無くなりかけていた頃でもあった。
オクテな俺はなかなかクラスでも部活でも神戸千賀子に話しかけることが出来ず、毎日部活からの帰り道で、今日もダメだった…その内フラれるんじゃないか…と思ったりしていたものだ。
『懐かしい思い出だね!』
なんて、神戸と話したりする日は来るのかな…。
最近、一生絶縁と決めた俺の心が揺らいでいる。
かといって、やっぱり自分からは話し掛けられないのには変わらないのだが。
「ワッ!」
「えっ、なっ、なに?誰?」
若干感傷的になっていた俺を背後から脅かす人間が現れた。
「アタシ…」
「野口さんか…。もう、寿命が2時間縮んだじゃんか」
「ごめんね、脅かしたりして」
「ううん…。でもどうしたん?もう俺みたいなスケベのことなんて知らないんじゃなかったん?」
「…あのね、やっぱり無理だった」
「ん?」
「ごめんね、勝手な女で。体育の時、上井君が1人で悩んでるから、お話聞いて助けてあげようと思ったのに、ピンクのブラジャーが透けて見えるなんて言われたから、瞬間的に頭に来て、上井君のことを引っ叩いたりして…」
「あれは俺の自業自得じゃもん。そんなのは気にしないでいいよ」
「でもあれから3週間ほど経つっけ。3週間も上井君と話が出来ないのって、結構苦しかったんよ」
「ホンマに?」
「うん。アタシ、なんでもお話出来る男子って、上井君と、この前初めて喋った村山君だけなの。でもまだ村山君とは敬語使ったりしてギコチないのね。それで上井君を見てたら、部活中は普通に過ごしてるみたいだけど、よくよく考えたら、アタシが怒った後から、全然部活中に上井君の声を聴かなくなった…って思ってさ」
「うーん、まあ、サックスのパート練習では少しは話したりしてたけどね。確かに全体の時は無言にしてたよ。どんどん喋れなくなる女子が、クラ中心に増えるな…、俺ってダメな男だな…って思って」
「…アタシのせいだもんね」
野口さんは薄っすらと目に涙を浮かべていた。
「えっ、いや…」
「このまま上井君が元気を失くして、吹奏楽部辞めちゃったりしたらどうしよう、アタシの責任だわって思って…」
「いや、退部するなんてことは、考えてないよ」
「ホンマに?」
「うん。むしろ退部したかったのは文化祭の頃かなぁ…。ま、例の件で、じゃけど」
「でもでも、文化祭で退部してたら、アタシ、上井君に声を掛けれないままサヨナラになってたよ?アタシが変なお願いしたのって」
「文化祭の翌週だったもんね」
「よく覚えてるね、上井君」
「うん。昨日の昼飯とか宿題はよー忘れるんじゃけど、なんだろう…。自分の人生を振り返った時に、いくつかあるエポックメイキング的な出来事の起きた日って忘れないんだよね。面倒な奴じゃろ?だから今でも、去年の今頃、神戸…さんとこんな会話してたな、とか思い出すんよ」
「面倒なんかじゃ、ない。素敵じゃない、上井君。女の子から見たら、一つ一つの思い出を大切にしてくれてる男の子って思うから。上井君の優しい一面、また発見!」
「優しくないよ…。ヤラシイんだよ…。この前、バレた通りで」
「ううん。体操服からブラが透けて見えるなんて、みんな分かってることだもん。それなのにあの日、目立つピンクの下着なんか身に着けてたアタシも悪いんだから。恥ずかしがり屋の上井君には刺激が強かったでしょ、きっと。だから照れてたのに、なんで照れてるのって追い詰めたアタシが悪いの。だから、謝らせて。思わずホッペを叩いちゃったことも、しばらく無視しちゃったことも」
「そんなこと…。むしろ俺が謝らなきゃいけないのに」
「違うよ。上井君は悪くないもん。アタシが短気になっちゃったのが原因だもん。だから…ごめんなさい、上井君。これからもお友達として、付き合ってください」
「そこまで女の子にさせちゃうなんて、本当に俺は出来損ないのダメな男じゃけど…」
俺は右手を差し出した。
「えっ?」
「仲直り、しようよ」
「…うん」
野口さんも右手を差し出してくれ、握手が成立した。心なしか、野口さんは意識的に力を込めているような気がした…。
<次回へ続く>
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