第7話 -体育祭当日4・宣戦布告-

「また危険な時があったら、本籍地に戻ってくるけぇ、よろしくね」


 と、笹木さんに伝えた。


「OK!上井君も吹奏楽頑張ってね。アタシは一生懸命歩くから」


 俺は吹奏楽部のテントへと戻った。もうすぐ1年生全体の競技、プロムナードが始まるので、マーチの演奏をしなくてはいけないからだ。


 ブルーシートに置いてあるバリサクのケースを開けようとしたら、ふと背後から視線を感じた。


(もしかしたら横田さん、あるいは森本さんかな?)


「横田さん、これが西高のバリサクなんよ~。セルマーっていう世界でもトップクラスのメーカーが作ってて…って、あれ?君は誰?」


 バリサクのケースを覗いているのが誰か、よく確認もせず喋りだした俺もアホだが、誰だ、この子は?


「すっ、すいません!失礼しました!アタシ、大野浦中の3年でバリサク吹いてる若本という者です」


「アタシ…っていうと、女の子…?」


「はい、戸籍上は女です。よく男子に間違われますけど」


 てっきり男子かと間違えるほど、その子の髪の毛は刈り上げられていて、しかもジーンズを履いていたため、俺はその子が“アタシ”と言わなかったら、男子だと思って話し続けたかもしれない。


「はぁ、なるほど。もしかしたら、中学でバリサク吹いてて、来年西高受けて吹奏楽部に入って、バリサクを吹きたい!のかな?」


「あっ、はい!そうなんです。音楽の先生に、西廿日高校は新設校じゃけぇ、楽器は新しいのが一杯あるし、バリサクも輸入品のええ楽器のはずだから、狙ってみたらどうだ?って言われまして、見学に来させていただきました」


「ふむふむ。で、バリサクのケースは発見したけど、いつあのケースが開くんだと待ってたら、俺がやって来てバリサクの準備を始めたから、思わず前のめりになった、そんな所かな?」


「はっ、はい!すいません、勝手に覗いたりして…」


「俺も最初は、自分の母校の後輩と思って話しとったけぇ、全然違う顔にビックリしたけど。女の子なのに、バリサク、好きなの?」


「あの、初めてお会いする先輩に対して大変失礼だとは重々承知しておりますが、女の子は、偏見かと…」


「わっ、ごめんなさい。そんなつもりじゃなかったんじゃけど、そんなつもりに聞こえたんならごめんなさい」


「いえっ、偉そうな態度をとってしまって、申し訳ありませんでした。これから演奏されるんですよね?吹奏楽部のテント近くで、見学だけさせて頂きたいと思いまして…。よろしいでしょうか」


「うん、俺の中学の…あ、緒方中なんじゃけどね、後輩も来とるし、どうぞどうぞ」


「それでは、失礼して見学させていただきます」


 …若本って名乗ったな、この子。もしかして2つ上の若本先輩の妹なんじゃないか?


 しかし初対面で俺の発言に噛み付いてくるとは、なかなか手強い…。来年もし本当に入部してきたらどうしよう…。


「上井、どこ行っとったんや~」


 村山が突然背後からスリーパーホールドを決めてきたので、俺は即ギブアップした。コイツ、体はデカイから、スリーパーなんて仕掛けたらホンマに窒息するっちゅーねん!


「なんや村山、さっき退場門で会うたろうが、ゲホッ」


「いやさ、神戸がさっきずーっとテントの中で、中学の後輩の女の子かな?と喋りよって、たまに後輩さんの方が感情的になってたりしとったけぇ、お前何か知らんかな?と思ってさ」


「え?感情的?」


 ふと周りを見ると、横田さんと森本さんは2人そろって椅子をゲットし、後方で笑いながら俺らの演奏を見る体勢になっているのが分かった。俺と目が合い、センパーイとちょっと照れつつ手を振ってくれたので、俺も振り返しておいたが。


(なんであの2人が感情的になる必要があるんだ…?)


 チラッとクラリネットの方を見ても、特になにもなく、普段通りだ。

 もっともクラリネットには今3人の敵がいる状態だが、最大の敵、神戸はニコニコとして隣の野口さんと話している。


 何がどうして何なんだ?


「さ、チューニングするぞ。あまり時間ないから、オーボエに合わせて調節してくれ。森田、いいか?」


「…はい」


 オーボエは2年女子の森田由紀先輩が吹いている。オーボエも来年入る1年生から1人抜擢しないと、せっかく2本もあるのに絶滅してしまう。


(あの2人、なんとかウチに受かって吹奏楽部に入ってくれないかなぁ)


 チューニングも終わり、あとはプロムナード担当の体育の増田先生が、福崎先生に合図を送れば、演奏開始だ。


「上井君!」


 前田先輩が声を掛けてくれた。


「譜面留めのクリップ、ちゃんと持ってる?」


「はい、もちろんです!前田先輩にお借りしたんですから」


「よかった。じゃね一番目の『旧友』に合わせておきなさいね?」


「はい!」


 自分の中では絶対にこの高校1番だと思う美人の前田先輩が、体操服姿で俺の横にいるだけでドキドキものなのに、今朝のクリップには驚いたな…。

 だからこそこのクリップは大事に使って、ちゃんと返さなきゃ。

 俺は一番目の『旧友』の譜面に、クリップを挟んだ。


「みんないいか?そろそろ始まるぞ」


「はい!」


 時間も進んできて、吹奏楽部のテント付近はギャラリーが増えてきた。

 横田さん、森本さんと、俺のバリサクを興味津々に覗いてた若本って子、その他にも中学生らしき女の子が結構吹奏楽部の周りを取り囲んでいる。


(なんか、緊張するな…)


 そんな中、福崎先生の指揮棒《タクト》が上がった。さあ、マーチのメドレーだ!


 @@@@@@@@@@@@@@@@


「上井先輩!さすが高校だと迫力が違いますね!」


 横田さんと森本さんが、ちょっと感激したような感じでプロムナード後に俺に話し掛けてくれた。


「そ、そう?俺は必死に譜面を追うばかりだったけぇ、よく分かんないけど」


「『ワシントン・ポスト』じゃないマーチを沢山聴けて、なんか得した気分です♪」


 俺はバリサクを解体しながら、2人の話を聞いていた。


「確かにね。なんで竹吉先生は『ワシントン・ポスト』しかやらんのじゃろうね。今年の体育祭もそうだった?」


「はい、先週やったんですけど、やっぱり『ワシントン・ポスト』オンリーでした」


「じゃ今度中学校に行くことがあったら、竹吉先生に他のマーチもやってあげてくれって頼んでみるよ」


「わぁ、本当ですか?ありがとうございます!」


 楽器を片付け終わった部員は、吹奏楽部のテントに来たり、クラスのブルーシートに行ったり、競技に出るため入場門へ行ったり、バラバラになった。


 俺が横田さん、森本さんと話しながらバリサクを解体していたら、さっきバリサクを組み立てる時にも見学していた若本という女の子が、若干遠慮気味にその様子を眺めていた。よほどバリサクが好きなんだろうな…。


「そうだ、一つ聞きたいことがあったんだ!」


「えっ?なんですか?」


「さっき、神戸…さんと話したんだよね?」


「はい、話しました」


「…どんなこと、話したの?」


「先輩、神戸先輩とは、別れてたんですね」


「…うん。受験前にフラレちゃってね」


「んもー、先輩!何で教えてくれなかったんですか…」


「え?」


「もしその情報が吹奏楽部に届いてたら、上井先輩、バレンタインや卒業式でもっとウチら後輩から、アプローチがあったと思います!」


「なっ、なにそれ…」


 俺は都市伝説だとまで言い切っていた、俺の事が好きな中学生の後輩がいるという噂が、遂に現実のものだったのかと認めざるを得なくなった。


「だって上井先輩のことが好きな女の子、2年生にも1年生にも、結構いたんですよ。でも神戸先輩と付き合ってるから…って、バレンタインとか卒業式とか、遠慮してたんです。神戸先輩と別れてたのを知っていたら」


「そ、そうなんだ…」


 結構ショックの大きいお知らせになってしまった。


「でも先輩、今はフリーなんですよね?」


 横田さんはそう確認するように聞いてきた。


「うん。高校じゃ全然モテんけぇね…」


「じゃ、頑張ればアタシにもチャンスはありますか?」


「横田さん?」


「あっ、アタシだけじゃなくて、恵子ちゃんもですけど」


「そ、そりゃあ、もちろん…」


「じゃあ、アタシが西高に合格したら、吹奏楽部に入って先輩に告白します!恵子ちゃん、勝負スタートよ」


「み、美紀ちゃん…わ、分かったよ。アタシも上井先輩の事、忘れられないもん。頑張る!」


「ということで、先輩、アタシ達が西高に合格するまで、彼女は作らずに待ってて下さいね!合格したら、正々堂々と上井先輩に告白しますから!」


 俺は目の前で起きている事態に、途中から追い付けなくなっていた。


「とりあえず、入試頑張ってね。これしか今の俺には言えない…」


「はい!頑張ります!エンジのブルマは恥ずかしいけど…なーんて」


 そう言いながら、2人は俺に手を振って帰っていった。


「ふう…」


 こんな時こそ、神戸を捕まえて、話とかしてみたい…そう思ったが、変に意固地な自分がいる。


(今まで喋らずに頑張ってきたのに、後輩が来たからって簡単に生涯絶縁の決意を破るのか?)


 いや、やっぱり神戸に話し掛けるのは止めよう。


 俺がバリトンサックスをケースに仕舞い終えると、若本と名乗った女の子が、声を掛けてきた。


「今日は突然お邪魔して、すいませんでした。アタシも先程の、先輩の後輩さんと一緒に来年の春、吹奏楽部に入って、バリトンサックスを吹けるように頑張ります。その時にはまたよろしくお願いいたします。それでは、失礼いたします」


「う、うん。頑張ってね…」


 俺が想像している通り、3年生の若本先輩の妹さんなら、物凄く真面目そうで礼儀正しいのも分かる。

 ただいきなり、俺が何気なく言った「」という言葉に噛み付いてくるとは、もし来年、本当に入学してこの部に入ってきたとしたら、要注意人物ということになるだろうな…。



<次回へ続く>

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