第6話 -体育祭当日3・神戸side-
とりあえず俺は、我がクラス1年7組のブルーシートへと逃げた。
「あれ?上井君、今日はずーっと吹奏楽部のテントじゃないの?」
と、笹木さんに声を掛けられた。
「いや、そうもいかんでしょ、1年男子の種目が一番目だったはずじゃけぇ」
「だってこの前の予行の時は、ずっとテントの下におってさ、出番の時も吹奏楽部のテントから出入りしてたじゃん。じゃけぇウチらも、体育祭限定で吹奏楽部に入りたいねーとか言いよったんよ?」
「それが、吹奏楽部のテントに、ちょっと爆弾を抱えたお客さんが来たんよ、実は」
「爆弾?上井君の秘密を握っててバラしてやるとか?」
「いや、その逆というかなんというか…」
笹木さんはふと何かに気が付いたようだ。
「あ、なんとなく分かったよ、上井君。じゃ次の出番まで、本籍地におりんさいや」
「ありがとー」
本橋君も、俺のためにスペースを確保してくれた。
「モックンもゴメンね」
「いやいや、これぐらい…。アレじゃろ、上井君の元カノ絡みじゃろ?」
「そうなんよ…。中学時代の吹奏楽部の後輩が見に来てくれたんはええんじゃけど、俺と元カノがまだ付き合っとると思っとって、元カノに色々聞きに行ったんよ」
「え?」
「なんか、そんなことされたら、情けない先輩になっちゃうよね。フラレてどんだけ経つと思って…」
と、そこまで喋った所で、1年生男子の競技、ボール転がしの呼び出しがあったので、本橋君と一緒に入場門へ向かった。
その途中で吹奏楽部のテントの方を眺めると、神戸と横田さん、森本さんが話しているのが見えた。
(うわぁ、何話してるんだろう…)
@@@@@@@@@@@@@
【神戸視点】
「お久しぶりでーす」
「わぁ、美紀ちゃんに森本さん、久しぶりね。わざわざ体育祭、見に来てくれたの?」
アタシは、突然現れた中学時代の後輩に驚いたけど、物凄く嬉しかった。
「はい!実はアタシ達、来年、西高受けたいなって思ってて、ちょっと見学に来たんです」
「えー、大変だったでしょ?駅から遠いから」
「そうですね、ずっと登り坂なのはちょっと大変でした。汗かきましたし」
「今、楽器片付けたりしてるから、空いてる椅子も出てくるよ。お客さんじゃけぇ、椅子が空いたら座りんさいね」
「はい、ありがとうございます。ところで神戸先輩、今も上井先輩とお付き合いは続いてるんですよね?」
「えっ?」
突然上井と付き合い続けているのかと聞かれ、動揺するアタシがいる。
「あ、あのね…。うーん…」
アタシは中学の吹奏楽部時代、横田さんと森本さんが、上井君のことを好きだったのを知っている。上井君は知らないけど…。だから後輩にモテてたと言っても、全く信用しないのよね。
実はアタシが上井君と付き合った事で、この2人とは一時的に話せなくなっていたけど、そんなのは卒業して半年もすれば忘れちゃうよね。
「実はさっき、上井先輩にもご挨拶して聞いてみたんです」
「上井君にも、聞いたの?」
「はい!」
上井君、なんて答えたんだろう…。
「上井君は何て言ってた?」
「何だか誤魔化されて、詳しくは神戸先輩に聞いてみて、って。気付いたらいなくなっちゃってて」
逃げたのね、上井君は…。アタシに押し付けて。もう…。
アタシの中で隠すか隠さないか、ちょっと揺れはあったが、隠す必要もないと思い、率直に言った。
「あのね、実はもう別れてるんだ」
「えっ?神戸先輩、冗談はやめて下さいね」
「本当よ。アタシと上井君は、中学校を卒業する前に別れた…」
「えーっ!本当に、本当ですか?」
「そうよ。色々あってね…。3学期に別れたの」
横田さんと森本さんは、信じられないという表情でアタシを見ている。
そんな彼女達を見たら、今も付き合っているかどうかについて、上井君がアタシに押し付けて逃げたのも、理解できる…かな。男の子からは言えないよね。
「じゃっ、じゃあ、卒業式の時点で、先輩達は…」
「お互いにフリーだったの」
上井君、ゴメン、ちょっと嘘付いちゃった…。
「えー、それ知ってたら、アタシ上井先輩にボタンもらいに行ったのになぁ。恵子ちゃんもだよね?」
「…う、うん。アタシもきっと…」
積極的な美紀ちゃんと、恥ずかしがり屋の森本さん…。もし、もし上井君が選ぶなら、どっちの子を選ぶのかな…。
「卒業式の後、上井君、寂しそうに座ってるの、見なかった?」
「寂しそうに…って、先輩結構キツイですねぇ」
「いや、そのね、本当ならアタシが、上井君の横にいるハズだったんだけど、別れちゃったらそういう訳にもいかないでしょ?」
「まあ、確かに…。でも上井先輩をそんな寂しい状況にしてしまったのって、神戸先輩ですよね?」
横田さんはドキッとする発言をよくアタシにしていたのを思い出す。
アタシと上井君が付き合ってるのが、去年の夏休みに部内にバレた時も、
『最近、上井先輩と神戸先輩の様子が変だっていうのは気付いてました。でも…。あーあ、あたしの初恋は神戸先輩に終わらせられちゃったー』
この言葉を最後に、アタシとは喋ってくれなくなったのだ。
小さい時から近所に住んでいた横田さんは、幼馴染に近い感覚だった分、余計に喋ってくれなくなったのはアタシにはキツかった。
でも、そのことは上井君には言わなかった。
吹奏楽部の部長として、どの部員とも分け隔てなく接しようとしていた上井君に、余計な心配をさせちゃうから。
だから…アタシが人間関係で落ち込んでいたのも、彼は知らないはず。
好きな男の子と付き合えたのに、実は上井君のことを好きだっていう女の子が横田さんの後からも出てきて…。
クラリネットの藤田真美ちゃんに、今日来てる打楽器の森本恵子ちゃん。
分かったのがこの3人。
それ以外にも、きっといたはず。
だからアタシは後輩からモテてる凄い先輩を奪った女子の先輩なんだよね…。
上井君がアタシと付き合ってなかったら、全然違う人生になったんだろうな、お互いに。
「ちなみに神戸先輩が上井先輩と別れたのは、いつですか?」
あっ、ちょっと思い出モードになっちゃってた…。
「えっ!えっとねー、3学期が始まってすぐくらいだったんだ」
「わぁ、じゃあアタシ達には分かんないですよね。えー、それ知ってたら、バレンタインに上井先輩にチョコ上げたのになー。卒業式で遠慮なく学ランのボタン貰いに行ったのになー。神戸先輩、上井先輩と別れたんなら、別れたよーって、吹奏楽部に教えに来てくださいよー」
若干冷ややかな視線で、横田さんはアタシにそう言った。森本さんは照れて下を向いていた。
「でっ、でも…」
「なーんて、冗談ですよ!そんなの報告する義務なんてないですし。でも、出来たらもっと早く知りたかったな。先輩達が緒方中にいる間に…」
「横田さん、森本さん!」
「えっ、はい!なんですか?」
「今も上井君のこと、好きなの?」
「うーん…。しばらく離れてたから、今は好きとか恋愛感情どうこうよりは、憧れって感じですかね。恵子ちゃんはどう?」
「あ、アタシもそんな感じかな…」
その2人の言葉を聞いて、アタシはこう告げた。
「アタシが言うのも何だけど、上井君は今、彼女も、多分好きな女の子も…いないよ」
「へ?神戸先輩がなんで分かるんですか?直接教えてもらったんですか?別れても友達みたいな感じで」
「ううん。アタシは上井君と別れてからは、一言も上井君とは喋ってないの」
「ひゃあ…。一言も、ですか?本当ですか?なんでですか?」
「うん。上井君がアタシのことを避けてるから…」
「避けてる?えっ、どうして…同じ高校に進まれたのに…」
「アタシがね、一方的にフッたから、なんだ」
「えっ……」
グランドでは、1年生男子の競技が行われている。その次は2年、3年と続いていくので、アタシの出番はしばらくないはず。プロムナードの演奏まで…。それまで、アタシはこの2人の後輩から責められなくちゃいけないね…。
「そ、それって、上井先輩が可哀想です!アタシ、部活の時、上井先輩には告白出来なくなったけど、ずっと上井先輩を見てました。たまに先生の代わりに指揮する時とか、すごい照れながらも一生懸命だったし、時々部の雰囲気を引き締めるために、嫌な役回りを演じてたり。でもアタシ達後輩には優しくて、1人1人のことをちゃんと見てくれてて、たまにさりげなくフルート上手くなったねとか、自由曲のフレーズ、バリサクまで聞こえとるよとか声掛けてくれて。恵子ちゃんにも今度はシロフォンなんじゃね、頑張って!とか。それで男子と遊ぶ時は、物凄い子供みたいにはしゃいだり、練習に没頭されると納得いくまで練習をやめないし。そんな素敵な先輩…なんでフッたんですか…」
横田さんは泣きながらアタシに訴えてきた。
(なんでフッちゃったんだろうってのは…アタシ自身が一番思ってるんだよ…)
とはいえ、感情が昂ってる横田さんに落ち着いてもらわなくちゃ…。
「なんでだろう…。アタシも実は、そう思う時があるのよ」
「フッたのに、ですか?」
「女って、一度相手の嫌な部分が目に入ると、なかなかそこから回復出来ないんだ…」
「ってことは、上井先輩が神戸先輩に、何か酷いことを言っちゃったとか、ですか?」
「んー、ちょっと近いかな。美紀ちゃんなら分かると思うけど、上井君って、とっても恥ずかしがり屋でしょ?」
「…そうですね。フレンドリーに話してくださるけど、なかなか直接目を合わせてはくれなかったし」
「3学期に入ったら、その恥ずかしがり屋な彼の部分で、どうしても許せないことが積み重なっちゃってね。ボタンを一度掛け違うと、ずーっと掛け違ったままになっちゃう。そんなすれ違いが続いて、それで…なんだ、アタシから別れを告げたのは」
「…上井先輩のことを思うと、そうなんですね、とは言えないけど、一般論としてなら分からないことはない、かな」
「でもね、上井君はこの高校の吹奏楽部でも、輝いてるよ」
「えっ?先輩、別れたのに、上井先輩に未練が…?」
「アハハッ、未練じゃないよ。なんていうんだろ、アタシとはまだ話してくれないけど、物凄く部活を頑張ってて、1年生の中では一番先輩方からの信頼があって、先生にも頼られてて、同期生の間では、来年の部長は上井君しかいない…ってみんな思ってる。本人は中学で部長したから高校ではしないって言いよるらしいけど。この前のコンクールでも、銀賞だったのね、アタシ達は。2年の先輩方は銀賞で良かった…って感じだったんじゃけど、上井君は銀賞じゃダメです!来年は絶対に廿日高校を抜かして金賞を取りましょう!って、先輩達に喰って掛かってたのよ」
「…上井先輩、変わってないんですね…。そういう熱い部分って」
「だから美紀ちゃんも森本さんも、頑張って西高においでよ。アタシのことは嫌いでもいいけど、上井君、喜ぶよ…」
「…いいえ、神戸先輩のことが嫌いだなんて、いつ言いました?」
「え?てっきり勝手に上井君をフッたアタシなんか、嫌いなんじゃないかと思って…」
「まあその話はビックリして、どうせならまだ先輩方が中学におられる時に知りたかったですけど、言いたくなかったんじゃないかっていう話をあえてアタシ達にして下さって、感謝してます」
「美紀ちゃん…」
「だから…今のアタシの偏差値じゃ、ちょっと西高は厳しいんですけど、頑張ります!」
「うん、待ってるよ」
「じゃ先輩、中学校にも来て下さいね。出来たら上井先輩と一緒に」
「えっ!そっ、それは、か、彼次第かな…」
「アハハッ!竹吉先生にも伝えておきますよ」
「うん、よろしくね」
「アタシ達、この後のプロムナードってのを見たら帰りますね。先輩、お時間取っちゃってすいませんでした」
「ううん、こちらこそ」
「あっ、あと神戸先輩!」
「ん?なに?」
「意外とエンジ色のブルマ、似合ってますよ」
「えっ、何言ってんのよ~」
2人はそう言って、アタシの所から高校の見学へと動き始めた。
…上井君と喋れる日は、いつ来るのかな…
<次回へ続く>
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます