第4話 ー体育祭当日1・重い朝ー

 昭和61年9月28日(日)は晴天に恵まれ、西廿日高校の第4回体育祭も予定通り開催された。


 この日は吹奏楽部員は、完全に別行動が許されている。

 朝もクラスではなく、音楽室へ直行で、福崎先生が登校してきた部員の報告を、各学年担任の先生に伝達する手筈になっている。


 俺は例によって村山と登校した。高校への道を歩きながら村山が聞いてきた。


「上井、最近元気がないけど、伊野さんの件を引き摺ってんの?」


「まあそれもあるけど、プラスして野口さんにも嫌われたのが痛かったよ…」


「へ?まあ直接お前からは何も聞いてなかったけど、野口さんからは何も変わった様子は感じんかったがのぉ」


「自分でいうのもナンだけど、多分同期の男子の中では俺が一番野口さんと喋ってると思うんよ」


「ま、そうだな。俺もこの前のコンクールで、初めてちゃんと野口さんと喋ったから」


「じゃけど、俺はこの20日ほど、全然話しとらんのじゃ」


「はぁ〜、お前、何の地雷を踏んだんよ?伊野さんにフラレたショックでヤケになって…」


「ヤケになって、何をするん?」


「え?ま、まあお前のことじゃけ、いきなりスケベなことはせんじゃろうから…伊野さんの代わりに野口さん、付き合って下さいとか言うたんじゃないんか?」


「まさか!いや、むしろ最初のお前のセリフが合っとるかもしれん…」


「はあっ?お前、いきなり抱き付いたり、押し倒したりしたんか?」


「アホか!俺にそんな度胸はないわ!」


 つい大声になってしまい、近くにいた同じ高校の生徒が俺達の方を向くのが分かって、ちょっと恥ずかしかった。


「じゃ、じゃあなんなんよ」


「…この前、1年だけの全体練習があったじゃろ?その時、なんか俺、吹奏楽部の同期の輪に入りにくくて、別の場所におったんよ」


「お前にしちゃ珍しいなぁ…」


「ま、その時こそが、伊野さんショックを引き摺っとったと言えるかもな。で、偶々1人で階段に座っとったら、野口さんが気に掛けてくれて、色々話ししとったんじゃけど…」


「じゃけど…?」


「こっからが悲しい男の性の話かな。野口さんって小柄じゃけぇ、ブルマも小さめじゃん。だから結構な角度だったんよ。その時点で悲しい男の性が発生してさ」


「まあな…。ブルマってのも、よく女子は穿いとるよな。たまにドキッとするもんな。俺の妹なんかはまだ小4じゃけぇ、スカートなんか気にせずに遊んどるから、たまに注意したら『中にブルマ穿いてるから大丈夫!』とか言っとるけど…気になるよな」


「その後、野口さんが前屈みになったら、今度は背中にブラジャーが透けて見えてさ」


「そうそう、アレも女子はみんな分かっとるんじゃろうけど、男としちゃ目のやり場に困る時があるよな」


「そうなんよ。まさに目のやり場に困ったんよ、野口さんと話しよった時に」


「ん?ブルマじゃなくて?」


「…ブラ透けの方で」


 俺は村山相手に話してるにも関わらず、顔が赤くなっていた。どこまでオクテなんだ…。


「なんで?女子なら殆どのみんなが透けとるし、気にし始めたらキリがなかろう」


「いや、その時の野口さんのブラジャーが、ピンクだったんよ…」


「ピンク?わぉ、大胆な…」


「じゃろ?そう思うじゃろ?じゃけぇ、野口さんのブルマの妙なハイレグ感とピンクのブラが透けとったことで、完全に悲しい男の性モードになってしもうて、顔は真っ赤になるし立ち上がれんようになるし…」


「分かる、分かるよ。俺もそんな時、あるけぇのぉ」


「そしたら野口さんが、『どしたん?顔真っ赤にして』って聞いてきてさ。理由は貴女の体操服です、なんて言える訳なかろう?」


「当然だよな」


「でも野口さん、しつこいんよ。なんで言えないの?アタシに隠し事してんの?とか。仕方ないけぇ、小声で『ブラジャーがピンクなのが透けて見えて照れちゃった』と申告したんよね。そしたら、『何見てんのよ!』って怒って、右の頬にバシーンと平手打ち喰らってさ。『もうアンタなんか知らない!』って…」


「おいおい、笑えん話じゃないか。なんでもっと早く教えてくれんかったんよ」


「こんなバカバカしいこと、逆に言えねーよ。初めてだよ、女の子から平手打ち喰らったのは。だから他人に話したのも今が初めてだよ」


「そうなんか…。でも部活でマーチの合奏しよっても、上井が元気ない…って話にはなっとったんよ。ミーティングでも、今までは時々発言しとるのに、最近は一切喋らんかったじゃろ」


「もうね、クラリネットに3人の敵がおる状態じゃ、喋る気にもならんよ」


「サックスのパートでは何も言われんかったんか?」


「うーん…。俺が全然喋らんけぇ、もしかしたら何かあったのかと思われとるかもしれんけど、何も聞かれんから何も答えとらんし」


「そうだよなぁ。内容が内容だけに、自分から実はですね、なんて言えないよな。それ以前に、伊野さんの傷が癒えてないじゃろうし、更にその前の神戸の傷も残ったままじゃろうし」


「ああ。今年いいことがあったのは、中学浪人せんで済んだことくらいかもなぁ…。でも因縁の相手とこれでもか!ってくらい、同じ場所を充てがわれとるしなぁ」


「バカ言うな。まだ3ヶ月あるじゃろ?何かいいことがなきゃ…お前の人生、不公平すぎるわい…」


 等と話しつつ音楽室へ着いたら、既に結構な部員が集まっていた。


 部活の雰囲気も、練習する曲が体育祭でマーチ主体の演奏に移行したからか、ちょっと明るくはなっていたが、相変わらず須藤先輩と他の2年生の間には壁があるように感じた。


 体育祭の予行演習でも感じたが、特に2年生の女子の先輩方の体操服姿は新鮮だった。

 普段は制服姿しか見ないし、せいぜい夏の合宿でTシャツ姿を見るくらいだからだ。


 特に我がサックスの前田先輩は、やっぱり体操服姿も素敵だ。

 前田先輩の体操服の着こなしをブロマイドにして売ったら、絶対に需要がある、と確信した。


「どしたん、最近元気のない上井君、アタシばっかり見て」


 気が付いたらその前田先輩が、俺の目の前に来ていた。


「わぁっ、前田先輩、おっ、おはよーございますっ」


「無言かと思ったら、ちゃんと喋れるじゃない。もしかしてアタシをグラビアモデルと勘違いしてたりして」


 俺は顔が一瞬にして赤くなった。なんて分かりやすい男なんだ、俺は。


「もしかして図星?アハッ、じゃ今日は少しは元気な上井君を見れるかな?マーチ、頑張ろうね」


「はっ、はい!」


 前田先輩はそう言うと、既に体操服に着替え終わっていた他の2年生女子の先輩と、グランドへと向かっていった。


 その途中で俺の方を振り返り、


「上井君、遅刻しちゃダメだよ」


 と言って、再びグランドへ向かって行かれた。


(なんなんだ、あのスタイルの良さ…)


 俺が業界関係者だったら、絶対にスカウトするな、間違いなく。


「上井君、前田先輩に見惚れちゃって、着替えとらんじゃん。早く着替えてバリサク持って集合だよ」


「あっ、はい!スイマセン」


 沖村先輩かと思ったら、末田が声を掛けてくれた。末田もまずまずのプロポーションなんだよな〜。しかし沖村先輩と末田って、声もスタイルも似てるよな…。遠目で見たら区別できんかも。


「上井はええよなぁ、黙ってても女子から話し掛けてくれるじゃん。俺の前田先輩は、全然俺の相手はしてくれんのに」


 伊東だった。伊東は既に体操服に着替えていた。


「早いなぁ、みんな。伊東も俺より先に着替えとるし」


「だって今日ほど目の保養になる日はないじゃろう。今日だけは、早く来て、遅く帰る。これしかない!上井も早う着替えて、グランドに来いや」


 伊東もそう言うと、テナーサックスのケースを持ってグランドへ向かった。


 仕方ない、着替えるか…。

 とは言っても、家から制服の下に体操服を着てきたので、制服を脱ぐだけで大丈夫だが。


 …しかし気が乗らない。


 伊野さんにフラれ、野口さんにキレられ、大村とは関係修復したものの、神戸とはまだ絶縁を続けているし。


 体操服姿になり、バリトンサックスのケースを持ってグランドへと、俺も向かった。


 下駄箱で靴を履き替え、みんなの後を追った時だ。


「上井センパーイ!」


 という女子の声が聞こえた。


「???」


 なんで俺が今、先輩って呼ばれるんだ?


<次回へ続く>

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