第3話 -体育祭事前練習-

 俺の通う西廿日高校は、毎年9月最後の日曜日に体育祭を行う。なので昭和61年のこの年は9月28日に実施予定だった。


 吹奏楽部は体育祭の時、テントに居られていいなぁと言われるが、実際、テントの中に居座っていても追い出されることはない。

 新設校故にテントが少なく、3年生にならないとテントが当たらないのもあって、1年生と2年生はブーブー言っている。


 また1年生部員は、更なる特権が付いてくる。

 1年生の競技で、「プロムナード」というのがあるのだが、これが単にひたすらグランド内を歩き続けるだけで、やらされる生徒にしてみたら一つも面白くないのだ。

 だがこの「プロムナード」は、吹奏楽部が行進曲を演奏することになっている。

 要は、1年生の出る競技で一番つまらない競技を避けられるのだ。


 それは予行演習や本番の時だけかと思ったら、事前の体育の授業でも同じで、1年生全体で体育を行う際、吹奏楽部員は正面に集まらされ、見学させられる。


 今日はその1年生全体練習の日となっていて、俺らは周囲からブーイングの嵐だが、「ええじゃろー」と言って、1年の部員は前に集まった。


「先生、とりあえず1年の吹奏楽部員は全員集まりました」


 俺が代表して、体育のプロムナード担当の増田先生に報告した。


「えーっと、何人や…?14人か。じゃ、玄関前の日陰の所にでも座っとってくれ」


「はい、分かりました」


 吹奏楽部1年生14名、これから体育という名の公認おさぼりタイムに入るわけで…。


 男子6人、女子8人、計14名が正面玄関前に集まった。


「プロムナードで歩かんのはいいけど、逆に1年だけの体育の時って、俺ら何もすることねーんだな」


 伊東が口火を切った。


「そうよね。先生公認でアタシ達だけ缶蹴りとかケードロとか出来たら面白いのにね」


 と言ったのは、末田だった。


「単に座って待ってるだけって言われてもねー」


 これは太田さんのセリフだ。


 とにかく、面倒な競技に練習段階からでなくてもいいのは助かるものの、かと言って終わるまで座って見学というのも、これはこれで面白くないのである。


「何もするなって言うんならさ、アタシら体操服に着替える意味なんてなくない?ブルマなんて面倒だし恥ずかしいんじゃけど」


 今度は広田さんのセリフだ。


 女子が次々発言し、段々と会話が盛り上がっていき、男子も伊東を中心にスケベな話でワイワイ言う中、神戸、松下、伊野の大竹組は一言も発しなかった。


(もしかしたら、俺がいるせいか?)


 俺は不意にそう察し、その同期生集団からソッと離れ、彼らからは見えにくい下駄箱に通じる階段へ移動し、腰を下ろした。

 だがそんな俺の動きに気が付き、追い掛けて来てくれた同期生がいた。


「上井君!」


「ああ、野口さん…。どしたん?」


「どしたん?は、アタシのセリフよ。1人でどっか行くけぇ、心配になるじゃん」


「…なんかさ、俺がおるせいか、女子の大竹3人組が全然喋らんじゃん。だからあの場にはいない方がええんかなって思って…」


「んもー、上井君って、いつからそんなにネガティブな人間になってしもうたん?」


 俺が階段に座り、野口さんが目の前に立っていると、悲しい男の性で、目の前に見えるブルマに意識が飛んでしまう。

 しかも野口さんは小柄だからかブルマも小さいサイズを選んだみたいで、結構ハイレグ気味に食い込んでいるのだ。


 だからと言って、俺のことを心配してくれているのに、そんなエロいことを考えてはいけないのに、この男の本能というのは勝手に暴れだすようだ。正直目のやり場に困り…


「の、野口さん、横に座らん?」


「横に?うん、いいけど…」


 といって野口さんは俺の左隣に座ってくれ、ちょっと本能は落ち着いた。野口さんは全く気が付いていないようだが…。


「で、サオちゃんとは話し出来るようになった?」


「いいや、全然…」


「そっかぁ…。確かに部活で見てても、凄い上井君のことを避けよるけぇ、話し掛けれんよね」


「うん…。この前もおはようって言っただけなのに、そっぽ向かれちゃったし」


「うーん…。それじゃ上井君としても、もうこれ以上どうしようもないよね。サオちゃんも、本当は挨拶くらい返したいと思ってる…と、アタシは思うの。でもサオちゃんも照れ屋だし、上井君も照れ屋だし、照れてる者同士をもう一回くっ付けるのは厳しいよね」


「そうなんよ…。伊野さんは俺に対して、恋愛感情はないって、それだけはハッキリ言うたけぇね」


「上井君は?サオちゃんに未練がある?どう?」


「…キッパリ断られたし…未練はないよ」


「本当に?」


「本当だよ。今は心のリハビリ中なんだ」


「心のリハビリ?」


「ああ。結局兵庫県の県庁所在地さんと、物干しさんに付けられてしもうた傷を治さんことには、前に進めんと思うとるんよ」


「ププッ、兵庫県の県庁所在地さんっていう呼び方はかなり前に聞いたけど、サオちゃんのことは物干しさんって呼ぶの?」


「だってみんな、サオちゃん、サオちゃんって呼びよるじゃん。じゃ物干しにしとけばいいか…って」


「アハハッ!そのユーモアが健在なら、大丈夫だね。アタシ、上井君は優しいけぇ、なんだかんだ言うても心配だったの。コンクールの帰りにさ、アタシがサオちゃんに考え直せば?って言ってあげるって言うとるのに、そしたらアタシとサオちゃんの仲がおかしくなるからいいって言ったじゃない?上井君って、失恋した相手なのに、人間関係がおかしくなっちゃいけんって、そこまで気遣いが出来る優しい男の子なんだ…って、アタシ惚れ直したんじゃけぇ」


「惚れ直した?野口さん、まさか俺のことを?」


「ごめんごめん、言葉の綾よ」


 だが野口自身、上井に対して好意を寄せているのは、間違いなかった。上井が伊野沙織と上手くいかなかったら、自分が上井に告白したいとも思っていた。だが今はそのタイミングではないというのも、分かっていた。


 過去に上井の体験談を聞いた時、神戸千賀子が上井をフッた2週間後に同じクラスの別の男子にチョコを挙げている現場を目撃したというのを聞いているので、まだ伊野沙織に失恋して2週間ほどしか経っていないようなタイミングで上井に告白しても、上井は受け入れないと思ったからだ。


 もし強行突破して告白しても、伊野さんに失礼じゃけぇ…と断られるのが、鮮明に予測できる。


 こうなったら、伊野沙織のことを忘れさせるために、今は色々と上井を元気づけてあげなくちゃ、これが野口真由美の答えだった。


「そうだよね。こんなモテない俺みたいな奴、野口さんの彼氏じゃ迷惑だもんね」


「あー、またネガティブなこと言いよる!ダメだよ、上井君。ネガティブな方にばっかり考えを飛ばしてたら、貧乏神に取り付かれるよ?」


「貧乏神?」


「そう。だから、福の神に来てもらわないといけないんじゃけぇ、ちょっと自分はいい男だ、くらい思ってもええんよ?上井君、優しいんじゃけぇ…」


「うーん、いい男の前に、『どうでも』っていうのが付きそうなんじゃけど…」


「そんな、笑っていいのかいけないのか分からないオヤジギャグ、止めてよ…。笑いを堪えるのが大変なんじゃけぇ」


 野口さんは前に屈みながら顔を両手で覆っていた。多分、深刻な顔をして悩んでいるくせに、突然オヤジギャグを放り込んで来る俺に対して、笑いたいが笑った顔は見せたくない心理状況なのだろう。


 そんな野口さんの体操服の背中には、ブラジャーが浮き出ていた。

 これもこんな時に不謹慎なのだが、俺の男の本能が勝手にそのラインを凝視してしまう。

 

(え?ピンクじゃん!)


 体操服だと、敢えてキャミソール等を着ない限り、ブラジャーが透けて見えてしまうのは、女子ならみんな知っている筈だ。

 なのにピンクのブラジャー?


(ちょっ、野口さん、俺には刺激が強すぎるって!)


「ん?上井君、どしたん?顔、真っ赤じゃけど…」


「あ、あの…。いや、やっぱり言えない…」


「なんでよ〜。気になるじゃんかぁ」


「こんなこと言ったら、野口さんにまで嫌われる…」


「んもーっ!じゃ、アタシの耳元にコッソリと教えてよ」


「え?そんなん、していいん?」


「だって上井君、そうでもしないと教えてくれんもん。ね、教えて?」


 そう言うと野口さんは、俺の口元に耳を寄せてきた。そのシチュエーションが更に俺の顔を赤くさせるが、そこまでされたら言わざるを得ない。


「実は……」


 俺は観念して、野口さんの背中からピンクのブラジャーが透けて見えることを小声で告げた。

すると見る見る内に野口さんの顔も赤くなり…


「もーっ!何見てんのよっ!」


 と大声で叫ぶやいなや、俺の右頬に平手が飛んできて…


「上井君なんか知らない!」


 と吐き捨て、みんながいる方へと戻っていった。


(全力張り手かよっ、イッテー…。だから言いたくなかったのに。また女子を1人敵に回してしもうた…)


 ダメだ、今は何やっても上手くいかない。しばらくは大殺界だとでも思って、沈黙して過ごすしかないだろうな…。


<次回へ続く>







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