第2話 -大村との和解-

 美術準備室を出ると、見たことのある男子が俺に声を掛けてきた。


「や、やぁ…、上井…」


「どしたん…大村…」


 大村と会話するのはいつ以来だろうか。江田島合宿の帰りに、フェリー上で宣戦布告されて以来かもしれない。


「末永先生に用事か?だったら悪かった。今まで俺の相談に乗ってもらっとったけぇ…」


「いや、俺が待ってたのは、上井のことだよ」


「ん?どうして?」


「まあまあ、部活行く前に、一旦7組に戻らんか?」


「…ええけど」


 とりあえず大村と俺は、1年7組に戻った。もうみんな帰ったか、部活に行って誰もいない。


 なんとなく、入学式の日に出会った、廊下側の最初の席にお互い座った。


「俺に、なんか用?」


 俺は少し警戒しながら話し始めた。


「まあ…。っていうか、用があるからずっと待ってたんだ、美術準備室の前で」


「え?なんで俺が美術準備室にいるって分かったん?」


「悪いけど、末永先生と上井の、廊下での会話を耳にしてしもうたけぇ…」


「そっか。じゃ、ホームルームの後に俺が美術準備室に行ってるって分るよな」


「そうなんよ。それでさ…」


「話って何?」


「まずは謝らせてくれ。俺、江田島からの帰りのフェリーで、上井に偉そうなこと言っといて、その後に神戸さんと付き合いだして…。そしたら部活で全然誰とも会話できなくなってしまって」


「うーん…。正直言うよ?自業自得な部分はあると思うんじゃ」


「自業自得?」


「大村は神戸って女の子とばっかり喋って、全然俺ら同期の輪に来んかったじゃろ?あと、詳しい事情は分からんけど、合宿で神戸って女の子と2人して夜の合奏に遅刻したやろ?あれでみんなの心証が悪うなってしもうとるけぇ…」


「…そうだよな。たださ、合宿での遅刻は…」


「言うな、言うな。俺、本当の理由を知っとるから」


「へっ?なんで?」


「…野口さん経由で…」


「ホンマか?」


「ああ。あの神戸って女の子にしたら死ぬほど恥ずかしいことが理由で遅刻したなんて、言えんじゃろ。俺は、大村のことを、ちょっと見直した。だけど、2人揃って音楽室に入ったのはマズかったな。時間差で入るべきだったと思うとる」


「…やっぱり今でもあの子が上井のことをよく言うわけだ…」


「へ?」


「ああ、わりぃ。なんのこっちゃ、だよな。神戸さんは、今は俺の強引な告白を受けてくれて、俺の彼女になってくれたけど、2人で話してても、時々『上井君だったらそんなことしないよ』とか、『上井君だったら別のこと言いそう』とか、上井の名前を出してくるんよ」


「!!!」


「まだ俺は神戸さんの心の中に入り込めてねぇな…って」


「でも、大村といる時、いつも楽しそうじゃん」


「ん?ということは、上井は俺と神戸さんのこと、よく観察してるってこと?」


「うっ…」


 末永先生が言っていた、無視しているのは意識している裏返し、という言葉が頭をよぎる。


「ま、まあ…。たまに…」


 ん?大村が俺に手を差し伸べた。なんだ?


「これまでの謝罪と、これからもよろしく、の握手。受けてくれよ」


「あっ、ああ…」


 俺は大村とガッチリ握手を交わした。


「よかった~」


「え?なにが?」


「上井に握手を拒否られたら、俺ここから飛び降りるつもりじゃったけぇ」


「バ、バカか!1階じゃ、ここは。死ねるわけでもないし大怪我もせんし、せいぜい捻挫するくらいだぞ?」


「…まあ冗談じゃけど、そんな覚悟で上井を待ってたってことだよ」


「大村…」


「あと、上井を待ってたのには、もう一つ理由があるんよ」


「え?なんかあったっけ?」


「上井…。失恋してしもうたって、ホンマ?」


 俺は一瞬、頭の中が混乱した。

 なんで伊野さんにフラれた話が、もう大村にまで届いてるんだ?


「まぁ、隠してもしょうがないけぇ自白するけど、失恋したよ」


「それは伊野さんで合うとる?」


「…そこまで知ってんのか…。その通りじゃけど、何で知っとるん?」


「あの、一応俺の彼女さん、クラリネットやっとってさ…」


「あっ、そっか…。そのルートがあったか」


「コンクールの帰りにクラリネットで集まった時に、伊野さんの雰囲気が変じゃったらしいんよ。で、何かあったの?って聞いたらしいんだわ。そしたら伊野さんが、『アタシ、上井君に好きって言ってもらったのに、断っちゃった』って、泣きそうになりながら答えてくれたそうで…」


 本当は大村は、そのことを知って、俺を励まそうとして、わざわざ待っていてくれたのかもしれない。


「俺は…本当に恋愛運がないよ。女性運がないよ。誰を好きになっても嫌われる、そんな運命なんだろうね」


「いや、そんなことは…」


 と言った後、しばらく無言になった。大村は返す言葉を探していたようだが…


「…俺はこんなこと言う資格はない。ないけど、敢えて言う。上井は恋愛運も女性運もあるって。神戸さんに聞いたことがあるけど、中学の時、吹奏楽部で後輩の女子からモテてたんだろ?」


「またその都市伝説か…?そんなこと、無いよ。ラブレターもバレンタインのチョコももらったことないし。ましてや告白されたことなんか皆無だし…」


「そうなん?だって神戸さんは言ってたよ。『上井君と付き合ったら、しゃべってくれなくなった後輩の女子がいた』って」


「えっ?何それ?それは…初耳だよ。隠してたのかな…」


「かもね。中学で部長しとったんじゃろ?だから余計な心配させないように上井には言わんかったんじゃないかな」


「そっかぁ…」


 俺はなんだか自分の性格が嫌になってきた。神戸のことを尻軽女と決め付け、大村と神戸とは絶対喋らないなどと、幼い思考回路を意固地に守っていたことが恥ずかしくなってきた。大村も神戸も、俺に気を使いながら付き合っていたのだろうか。


「だからさ、俺も今まで上井と直接話せてなかったから詳しくは分かんないけど、モテない、なんて思わずに、また新しい出会いを探しなよ。俺がそんなこと言える立場じゃないのは承知の上で、応援するから」


「ありがとう。俺って幼稚だよね。だから天の神様が、頭を冷やして早く大人になれとばかりに、伊野さんと付き合うなんて10年早いって、断られたのかもしれないな…」


「どうしてもしばらくは辛いと思う。友達同士のままでいようって言ったらしいじゃん、上井が」


「よく知ってんなぁ」


「でも、一度告白したら、その時点でもう友達には戻れないよな。俺が言うセリフじゃないけど。だけど、その辛さを乗り越えてくれ。俺らブラスの同期じゃんか」


 大村からの思わぬエールに、元気付けられたのは否めない。


「ありがとう。なんか…3ヵ月も会話せんかったのはなんでやろ?って思うよ」


「それは俺も一緒だよ」


「俺はクラリネットに2人も喋れない女子が出来てしもうたけど、大村とのパイプが元に戻っただけで、ホッとしてるよ」


「アホな。無理して喋ろうとしとらんだけじゃろ?1人は当分無理かもしれんけど、もう1人は…本音では上井と喋りたいって思ってるはずだよ」


「うん…。もうちょっと心の整理に時間が掛かるかな」


「その整理時間は永遠だとか言わないでくれよ。じゃ、俺は先に部活に行っとるけぇ。体育祭のマーチの後打ち地獄に耐えれるように練習するから」


「おう。俺もしばらくしたら行くから」


 一時は憎しみすら抱いていた大村とも、一言交わすとスラスラと色んなことが話せるものだ。


 かといって、神戸とすぐ喋れるかというと、まだ心の傷は治っていないし、伊野さんという新たな障壁まで作ってしまった。


 同期はみんな部活も恋愛も楽しんでいる。俺一人、みんなに励まされてはいるものの、その度に疎外感を感じる。吹奏楽部に、俺の居場所ってあるのだろうか…。


 <次回へ続く>

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