第5章 2学期'86-高1-
体育祭
第1話 -末永先生の洞察力-
「2学期初日が月曜日って、なんの拷問だよ~」
色々あった夏休みが終わり、コンクール後に一気に夏休みの課題を片付け、俺はこの日も村山と宮島口から歩いて登校していた。
だが、松下弓子、伊野沙織は当然だがその場にはいなかった。それだけが1学期までとは変わった風景だ。
「でもまぁ、コンクールから1週間経ったとは思えんよな。物凄い遠い昔の出来事のように感じるような、つい昨日の出来事のような…」
「コンクールは二重に辛かったけぇ、忘れたいな、早く」
「まあまあ。でも銀賞だと、そんなに悪い訳でもないんじゃろ?」
「まあね。去年…中3の時は、初めてA部門に出て銀賞取ったけぇ、嬉しかったし、まあその、プライベートも充実しとったし…」
「ハハッ、神戸のことか。忘れたいんだろ?お前、コンクールの帰り道に神戸の話を俺がしたら、スゲェ怖い顔になっとったじゃんか」
「そりゃ、あんな情緒不安定なタイミングで切り出されたら、混乱するって」
「そうだよな、その点は俺が悪かったよ。でも今年の銀賞は、上井には不満なんか?」
「当たり前だよ。というか、銀賞って発表された時の2年の先輩達の態度がさ、なんか許せなかったというか…」
「お前はその時点で伊野さんにフラれてしもうとったけぇ、それも関係あるんじゃないん?」
「アホなこと言うなよ。恋愛と銀賞は全く別だよ」
「そうか、なんか悪かったな」
「いやいや。夏休みの合宿や練習で、あれだけ目指せゴールド金賞とか言ってて、実際は銀賞ってなったら落ち込むはずじゃろ?」
「んー、まぁそうかもな」
「それが、銀賞でよかった…、銅じゃなくてよかった…って雰囲気が蔓延しとったのが…許せなかったというか…」
「なんか、お前は凄いな。金賞じゃなかったのが不満というより、銀賞で満足しとる先輩らに、頭に来たってことじゃろ?」
「そうそう。やっと言いたい所に辿り着いてくれたねぇ、村山君」
「なんや、お前にクン付けされると気持ち悪いわ!」
「まあ、俺はもう女の子のことを好きになったりせずに、吹奏楽に全力を注ごうって、誓ったんじゃ。自分自身に」
「ん?どういう意味や?」
「どうせ俺なんか好きになってくれる女子なんておらんのじゃけぇ、その分吹奏楽に没頭するってことだよ」
「お前はネガティブなんかポジティブなんか、分からんな…」
村山は苦笑いしていた。
そう話している内に高校に着き、朝練に向かったが、バリトンサックスを置いてある楽器収納庫に入ると、なんとクラリネットを出そうとしていた伊野さんとバッタリ出会ってしまった。
「…あっ、お、おはよう、伊野さん」
「……」
伊野さんは無言でクラリネットを持ち、楽器収納庫から出て行ってしまった。
(これが現実だ…。友達でいようなんて言ったって、一度告白してフラれたら、もう二度と元には戻れないじゃないか…)
俺はバリトンサックスを棚に戻し、朝練には出ずにそのままクラスへ行くことにした。
遅れて楽器収納庫に入ってきた村山はビックリしていたが、なんとなく俺の表情や音楽室の雰囲気で事情を察してくれたようで、俺の肩をポンと叩いてくれた。
教室に着いても落ち込むばかりで、俺は机に突っ伏して寝ていた。
少しずつクラスメイトがおはよーとか、久しぶりーと言いながら登校してくるが、珍しく俺が早くから教室にいることにビックリしているクラスメイトが殆どだ。
「あれ?おはよー上井くん。どうしたん?いつもブラスの朝練に出てから、ギリギリにクラスに来とるのに。あっそうそう、夏休みの合宿、吹奏楽部の男子のお陰で楽しかったよ。みんなキッカケになった上井くんによろしく~って言ってたわ」
と声を掛けてくれたのが、女子バレー部の笹木さんだった。
「あっ、笹木さん、おはよー。合宿はこちらこそ楽しかったよ。特に俺、女子には縁がないけぇ、余計にね。朝練はね、ちょっと眠くてさ、今朝はやめたんだ」
自分でも驚くほどローテンションな声で返事をしたら、笹木さんは当惑したような表情だった。
「うーん、アタシには眠いから朝練に出ないような顔には見えないよ。眠かったら、アタシより早く教室には着いてないでしょ。むしろ遅刻ギリギリになるんじゃない?眠いよりも、何かがあったんでしょ。女子に縁がないとか言っちゃって」
「さ、流石同じ中学…。まあね、ちょっと悲しい出来事があってさ、朝練はボイコットしちゃったんだ」
「悲しい出来事?うーん、アタシには詳しくは分かんないけど、それでも中3からの同級生として、なんとなく察しが付くよ。きっと多分さ、しばらくはその子の顔も見たくないほどだと思うけど。よかったら、また香織先生に相談して吐き出してみたら?」
「先生か…。その手もあるね。とにかくこのままだと自分が破裂しそうでさ。ありがとう、笹木さん」
「いえいえ。じゃあ相談料として、アイス一つね」
「あ、アイス?」
「ふふっ、冗談よ。同じ中学から来たみんなには、元気でいてほしいからさ」
女子はアイスが好きだな~と思いながらそんな会話をしていると、少し俺の心もほぐれた。
「はーい、みんなおはよう!夏休みは無事だった?今日も元気かな?出席とるよ~」
末永先生が、いつものように元気に教室に入ってきた。俺は朝練が長引くと、いつも末永先生と一緒のタイミングくらいで教室に着くのだが、この日は早くから着席していて既に落ち着いているようで、しかし表情が苦悩に満ちている俺のことを、素早く察知されたようだ。朝の会が終わった後、末永先生に廊下に呼び出された。
「上井君、夏休み中、何かあったん?もしなんなら、アタシでよければ相談に乗るよ?」
「…先生には分かっちゃいますか。でもちょっと今ここでは言えないです」
「じゃあ、放課後に美術準備室にお出で。ゆっくり話を聞いてあげるから」
「分かりました。ありがとうございます」
先生には2度目の相談になるか…。
この日は始業式なので授業はなく、体育館で校長先生の話を聞き、夏休み中に良い成績を上げた部や個人の紹介をし、校長先生から改めて賞状をもらう儀式と、その後のホームルームで夏休みの課題を提出するだけで終わった。
その後は放課後になるが、俺は音楽室に行く前に末永先生のいる美術準備室へ向かった。
「失礼します、上井です」
「あ、上井君、待ってたよ。って、さっきホームルーム終わったばかりじゃけど」
「ハハッ、先生はいつもお元気ですね」
「そうだね。でもアタシが元気じゃないと、クラスのみんなも嫌でしょ?」
「はっ、はぁ…」
「担任が朝から落ち込んでて暗い顔して、みんなおはようって言ったら、どう思う?」
「あー、確かにそれはちょっと嫌ですね」
「だからアタシは、落ち込みたい時はみんなの前から姿を消すから」
「え?」
「なーんてね。さっ、上井君、座って。2学期早々に地獄に落ちたような顔してたのは、何が原因なの?」
「あっ、あのですね…」
「失恋かな?」
「グッ…。なんでそんなに一発で当てられるんですか、先生は」
「アタシだって伊達にみんなよりオバさんな訳じゃないよ。色々経験してるから、みんなの顔付きを見て、今日はどんな状態かなって、毎朝確認してるんだから」
「そうなんですね…」
「それで、今日アタシのアンテナに一番引っ掛かったのは上井君」
「はぁ…。なるほど…」
「前に神戸さんとは一生喋らない、大村君も嘘吐きで信じちゃダメです!って、物凄いアタシに怒りのメッセージをくれたじゃない。あれは今も変わってないのかな?」
「まあ…その頃りは落ち着きましたけど、神戸…さんと一生喋らないってのは、変わりません」
「ふう、そっかー。でもある意味、天晴れね、上井君は」
「え?こんなフラれたことをいつまでも根に持つようなバカのどこが天晴れですか?」
「だって、それだけ神戸さんに対する思い?愛情?が深かったんでしょ?だからこそ裏切られた思いが募って、そんなことを自らに戒めてるんでしょ?」
「う…」
「喋らないのは、意識しすぎてる証拠。表裏一体よ」
「そしたら…」
「ん?何か思い当たる節があるの?」
「前に先生に、その2人のことについて経緯をお話ししました。それで先生から、新しい女の子を好きになって、見返しちゃいなさいって言われて、俺なりに頑張ったんです」
「うんうん…」
「その子は同じ中学出身で、中学時代はテニス部だったけど、高校から吹奏楽部に入ったんです。それで方角が一緒だから、行きや帰りに色々な話をして、距離を縮めたつもりだったんです」
「うん…」
「俺としては満を持したつもりで、吹奏楽部の夏のコンクールの時に、思い切って告白しました」
「うん…」
「でも、ダメでした」
「……」
「今朝、部活の朝練で顔を見掛けたので、挨拶くらいはって思って、おはようって声をかけたんですけど、視線も合わせてくれなくて無視されました」
「そっか…。それで辛そうな表情してたんだね」
「そういうわけです」
「うーん…。アタシの経験から考えると、その相手の女の子は、上井君のことを嫌いになってはないと思うよ」
「え?でも無視されたんですよ?」
「さっきアタシが言ったこと、もう忘れた?」
「さっき?…んー…あっ!」
「思い出した?無視するってのは、意識してることの裏返しなのよ。喋らないのは、意識しすぎてる証拠。表裏一体よって言ったよね」
「でも…無視されるのは辛いです」
「うん、それはよく分かるよ。だから、まだフラれてからそんなに日数は経ってないんでしょ?」
「まだ1週間ですね」
「じゃあ、その子に何かアクション起こすのは、まだ早いかもね」
「それは、朝のおはよう、もですか?」
「そうよ。ここから先はその女の子の気持ちがどう変わるかに掛かってくるけど、もし上井君のことを本当は意識してるなら、いつか話せる時が来るわ。逆に、近付かないでって思ってたりしたら、いつまでも話せる日は来ない」
「うわーっ…。なんか厳しい2択…」
「女心って、どうしてこんなに厄介なんだろうね。って、アタシも女だけどさ。アハハッ」
「でも先生、俺は今、吹奏楽部の同期の男子がみんな彼女持ちの中、1人だけ置いてかれてるんです。結構辛いです」
「大村君も含めて、だよね?」
「はい、そうですけど…」
「焦っちゃダメだよ。もしかしたらフラれた女の子が、心変わりして上井君のことを恋愛対象としてみるかもしれないし。そうならなくても、高校生活はまだ2年半もあるんだから。来年になったら、吹奏楽部にも可愛い後輩が入ってきて、上井先輩、カッコいい💖っていう、思わぬ展開も待ってるかも、だよ?」
「ハハッ、そうなればいいですけどね…」
「とりあえず、上井君の悩みはインプットしたから。アタシは頑張れ、応援してるよとしか今は言えないけど、悩み相談はいつでも受け付けてるから。何かあったら、いつでも音楽準備室じゃなくて、美術準備室においで」
「はい、ありがとうございます!では失礼します」
「フフッ、本当に上井君は真面目じゃねぇ」
「えっ?なんでですか?」
「他の男子なんか、散々惚気話をアタシに聞かせて、じゃあ!って帰っていくのに。上井君はちゃんと挨拶、礼儀が出来てるもん。お母様、あるいはお父様の教育が良かったんだろうね」
「そうですか?初めてそんなこと言われました」
「上井君が真面目な生徒だってのは、あまり大きな声では言えないけど、1年生の担任をしてる先生達は、みんな思ってるから。これはここだけの秘密ね。じゃ、部活頑張っておいで、上井君!」
「はい!改めて失礼しました」
といい、お辞儀をしながら俺が美術準備室を出ると、見覚えのある男がいた。
「や、やぁ、上井…」
「…どしたん?」
<次回へ続く>
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