第37話 -帰り道-

 音楽室へと楽器を運び終わったら、その日は解散となった。

 その代わり、翌日楽器の手入れやしっかりした収納を行うこと、となっていて、コンクール翌日も高校には行かねばならなかった。


「皆さん、今日はお疲れさまでした。とりあえず細かいところは明日にして、今日は解散とします。明日は10時から音楽室を開けますので、10時以降に来て下さい。では解散します」


 須藤部長がそう言い、吹奏楽部の夏のコンクールは一応終わった。


 同時に俺の片思いも終わったが、これからはどう帰ればいいんだろう。


 4人組として行動してきたが、いくら友達のままで…と言っても、伊野さんと一緒にいたら、伊野さんも辛いんじゃないだろうか…。


「上井、帰ろうや!」


「あっ、ああ」


 村山が声を掛けてきたので、一緒に帰ることにした。既に暗くなった廊下をトボトボと男2人で歩くのは、夏の終わりの風情と相まって、侘しいものだ。

 だが伊野さんに失恋したことをタイミングよく報告できるチャンスでもあった。


「女性陣は?」


「うーん、なんか気付いた時にはおらんようになっとった。先に帰ってしもうたんかのぉ」


「そっか…。じゃ、逆に気兼ねなく男同士の話ができる…か」


「ん?なんかあったんか?」


 村山は心配そうな顔をして聞いてきた。


「俺、今日伊野さんに告白したんじゃけど、フラれたよ…」


「はっ?」


「下駄箱でそんなでかい声出すなって」


「お前、今日告白するつもりじゃったんか?」


「あっ、ああ…。ま、誰にも事前には言わんかったけどな」


 俺はちょっとだけ嘘を付いてしまった。行きのバスの中で、野口さんには告白することを伝えていたからだ。

 下駄箱で靴に履き替え、宮島口駅へ向かって歩き始めた。


「そうか。告白するんなら手伝ってやったのにって言うてやろうと思ったけど、そうじゃないんやな」


「ああ。俺1人で決めて、実行して、また玉砕したってことよ」


「もしかしたらそれで、女性陣は先に帰ったんかもしれんのぉ…」


「え?」


「そりゃそうじゃろう。伊野さんにしてみれば、お前をフッたのに、一緒に帰るわけにはいかんじゃろうし。松下さんだってそんな伊野さんの様子を見れば、幼馴染じゃけぇ、何があった?ってなるよ」


「あぁ、そうか…」


「うーん、そうじゃったんか…。お前の役に立ってやろうと思うとったけど、役に立てんかったな、わりぃ」


「え?」


「実はな、大竹駅で松下、神戸と鉢合わせになって、3人でしばらく話したことがあったんよ」


「ふーん…」


「色んな話をしたんよ。上井に女の子を紹介してやれとか。あとその時に神戸に言われたんじゃけど、これは本人から固く口止めされとるけぇ、絶対に口外するなよ」


「え?ああ、分かったけど」


「文化祭の頃じゃ、神戸は大村と付き合うことを決めたけど、お前のことが忘れられんって言っとった」


「えっ…?」


 あれだけ大村と人前でベタベタしてる神戸が、大村と付き合う前にそんなことを言ってたのか?


「驚いたじゃろ?だから絶対部外秘、口外禁止なんじゃ。今すぐ忘れてくれ、俺が言ったことは」


「いっ、いや、そんな、忘れろったって…」


 あれだけ俺に対して当てつけや嫌がらせみたいなことをしてて、俺のことが忘れられないって、なんなんだ?勝手じゃないか?


「ん?お前、ちょっと気持ちが和らぐかと思うたけど、逆に険しい顔になったな…」


「ああ。嘘だって、そんなの」


「ん?嘘なわけ、あるかよ。俺には、上井君には絶対言わないでって頼まれたほどなんだぞ?」


「俺のことが忘れられないなら、なんで俺をフッてたった2週間後に、真崎にチョコ上げるんや?なんで大村の告白を断らんかったんや?」


「お前、それは今更…」


「ってことだよ。俺、江田島に行く時、言ったよな、村山に」


「な、なんのことだよ」


「誰かを好きになって傷付くなら、誰も好きにならないほうがいい、って」


「おい、上井…」


「…って分かってたのに…。伊野さんなら脈ありかと思って…俺なりに頑張ったのに…。なんで俺だけ上手くいかないんだ…」


「……」


 思わず悔し涙が溢れた。山中、伊東、大村、村山…大上は分からないが、末田が玉砕したほどだ、モテないわけがない。同期の男子はみんな彼女がいたり、モテたりしている。どうして俺だけ、上手くいかないんだ…。こんなにモテないんだ…。


「…上井には今日は、何を言ってもダメかもしれんけど、さっき野口さんから伝言とメモを預かったんじゃ」


「え?野口さんから?」


 村山からメモをもらうと、そこには


『上井クンは優しいから、そのままでいてね。新しい恋なんて、そこら中に転がってるヨ♡』


 今の俺には、泣くなという方が無理なメモだった。一体今日は、何回泣いてるんだ…。


「あと伝言な。『体育祭、ガンバロー』だって」


「ふぇ?」


 なんで突然体育祭が出てくるんだ?思わず涙も止まって、キョトンとして固まってしまった。


「ははーん、俺は野口さんの伝言の意味が分かったぞ」


「なっ、なんなんだ?」


「まあさ、お前は今日は悔しくて辛くて、帰り道も辛いじゃろうから、別のことを考えよう、ってことじゃろ。それか、もう終わったことなんじゃけぇ、前を向きなってことじゃないかと思ったんよ」


「そっか…。体育祭は1ヶ月後じゃもんな。前を向けって意味だろうな」


 だから野口さんは、メモと伝言で、内容を分けたのかもしれない。


「ああ、ありがとな。やっぱ親友ってええもんじゃのぉ。お前、絶対に船木さんと別れたりすんなよ。俺が部長の時、散々迷惑掛けては助けてもらってばかりだったんじゃけぇ、俺の恩人でもあるからな。これは部外秘でもなんでもないけぇ、船木さんに言うてもらって構わんよ」


「あっ、ああ…。分かったよ…」


「ん?なんか歯切れが悪いのぉ。大丈夫なんか?」


「おぉ、なんとかな」


「それなら安心じゃ。俺のマイナス電波が伝播しちゃいけんしな」


「上井、もし今のが駄洒落なら…つまらん…」


「村山まで俺を貶めるなや!」


「わりぃわりぃ。なんとか元に戻ったな、上井」


「え?あっ、ああ…」


「とにかくお前のこと、野口さんがすごい心配しよったけぇ、また明日とか、部活で会うたらなんか一言返してあげな」


「ああ、もちろん」


 宮島口駅に着いた。ちょっと遅くなったので、列車の本数が少し減っていた。


「とにかく疲れたな、今日は」


「ああ。朝はあんなにウキウキして家を出たのに、コンクールも銀賞、俺は失恋、なんて日なんだろうな」


「でもさ、銀賞って凄いことなんじゃないんか?オリンピックとか、銅賞でも大ニュースやんか」


「あー、金銀銅の話ね。吹奏楽コンクールってのは、出れば必ず、金銀銅の何かの賞が当たるんよ。どんなにヘタでも」


「ふーん、そうなんか」


「だから24校出たけど、何の賞ももらってない高校ってなかったじゃろ?」


「確かに」


「だから銅賞は、ホンマに参加賞みたいなもんで、銀賞はまあまあ良かったかもしれませんね、って賞で、ゴールド金賞が一番欲しい賞なんよ」


「そっか。だから司会のオッサンがゴーと言っただけで、客席の生徒がキャーッ!と喜ぶんか」


「で、ゴールド金賞の中から3つ、もっと上の中国大会に行ける高校があるんよ」


「ああ、全部発表し終わった後に、中国大会推薦校って言いよったな」


「その3つの枠を狙って、みんな頑張るんじゃ。まあ広島県大会は市内の名門校が毎年独占しとるみたいじゃけどな」


「そうなんじゃな」


 その後、しばらく宮島口駅の待合所で、無言で列車を待った。


「村山、ありがとな」


「え?なんのことや?」


「コンクールの金銀銅…。知ってて聞いたんじゃろ?」


「…お前にはお見通しか。ハハッ、俺の演技もヘタじゃなぁ」


「ええよ、気使わせて悪かったね。でも2学期から、もう4人組では帰れんな…。伊野さんに告白なんかするの、止めときゃ良かった…」


「お前の思いが届かんかったのは残念じゃけど、一旦は神戸のことを払拭出来たんじゃけぇ、無駄じゃないよ」


「でも結局、傷は治るどころか増えてしもうたよ。情けないな…」


 ここでホームに小郡行きが入ってきたので、俺と村山は慌てて乗り込んだ。


「あ~、1回でええけぇ、村山に『俺の彼女だぜ』って、女の子を紹介してみたいなぁ」


「この先、長い人生じゃ。そういう日も来るよ」


「…せめて、高校生の内に…そんなことが出来たらな…いいんじゃけどな」


 俺は空いている列車にも関わらず、ドア付近に立って、夜の瀬戸内海と遠くに見える工場群を眺めながら思った。


「上井、俺が言うのも変じゃけど、ウチの高校、男子より女子の方が人数が多いんじゃけぇ、絶対お前がその気になれば彼女の1人や2人くらい、見付かるよ」


「…そうかも、な。ありがとう」


 列車は色んな人の色んな思いを乗せて、毎日走っているんだな…。


 <次回へ続く・第6章終わり>

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