第34話 -コンクール本番、そして…-

「みんな、楽器組み立てたか?じゃ、全体のチューニングやってみようか。せえの!」


 一斉にチューニングの音が控室に鳴り響いた。


「全体的にちょっと低いな。朝早いからかもしれんが、気持ち、ちょっと高めに調整してくれ。調整出来たら、俺のところに1人ずつ持ってきて、合わせてくれるか?」


 福崎先生は1人ずつと言ったが、やっぱりなんとなくパート毎に並んでしまう。

 フルート、クラリネット、と進んで、サックスの番だ。


 沖村先輩、末田、前田先輩、伊東、俺の順に音程を確認する。


「大体サックスはいい感じだから、後は冷めないように、息を通しておくようにな」


「はい、分かりました」


 沖村先輩が代表して先生に返事をしていた。


 木管楽器は大体スムーズにチューニングが終わったが、苦戦していたのは金管楽器だった。


 楽器が温まってないのもあるだろうが、1人1人の音程はチューナーと合っているのに、パート全体で合わせると、何故かズレたりしている。


「金管はどうなってんのかなぁ…。とにかく自分でも、音を当てに行くように気を付けてくれ」


 ここで係りの方が呼びに来た。


「西廿日高校吹奏楽部の皆様、第3控室へご移動ください」


「おーいみんな、譜面とかマウスとか、忘れるなよー」


 と須藤先輩が言ったが、先生への返事と異なり、殆ど無反応だった。

 悲しいのは、そのことに須藤先輩が気付いていないことだ。


「上井君、アタシ、緊張が襲ってきちゃった…」


 なんと伊野さんからこっそりと話し掛けられた。今朝、緊張感がどうこう言ってたからだろうか。


「伊野さん、大丈夫だよ。掌に人と書いて、3回舐めれば緊張しなくなるから」


「掌に?」


「上井、何十年前のことを伊野さんに教えとるんよ。今は1回舐めればええんじゃ」


 大上がそこで会話に入ってきた。


「え?俺去年中学の時、みんなに3回舐めさせたけどなぁ?」


 回数なんかどうでもよかった。逆にこんな話をして、少しでもリラックス出来れば、それでいいんだ。


 会場の階段を降り、第3控室に通された。

 本番前に15分使える控室は、3つ用意されているようで、俺らの高校の次の高校は第1控室へとターンするみたいだ。また第2控室からは、俺らが第3控室に到着すると同時に、2番目の出場校がステージ袖へと案内され、歩を進めていた。


 先に出る高校の一団を見ると、俺も緊張する。


 第3控室に入った後は、一旦全員で音出しして、課題曲を通してやってみるか、ということになった。


「1回だけ、通します。その時に気付いた弱点で、本番の時に躓かないように、頑張ってくれよ!」


 はい!


 …福崎先生に対しては、元気に返事するんだよな~、みんな。


 課題曲を1回だけ通してはみたが、打楽器がいないので、どうも自分の中で打楽器の入りに合わせて吹くようにしていたフレーズが、上手く合わせられなかった。

 その点は打楽器頼りだったことに注意して吹くよう、特に印を濃く書いた。


 15分なんてのはあっという間で、すぐに終わり、今度はステージ袖へと案内する係の方が来られた。


 みんな無言になって、黙々と係りのお姉さんの後に付いていく。

 クシャミすら許されなさそうな雰囲気だ。


「…あっと、まだ1番目の高校が終わってないですね。ちょっと狭くなりますけど、2番目の高校としばらく一緒に待っててください」


 ステージ袖には、ちょっと垣間見るだけで緊張感マックスの2番目の高校がスタンバイしていた。

 一応声にならない声で「こんにちは」と挨拶し、2番目の高校のなんとなく後方へと陣取った。

 打楽器陣とも、やっと合流できた。


 もちろん喋ったりしてはならないのだが、伊野さんが俺を見付け、カッターシャツの袖を引っ張ってきた。

 そして左の掌に人と書いて、何回か舐める真似をしていた。

 俺は今出来る最高の笑顔で、伊野さんにOKサインを出した。伊野さんもそれを受けて、ニコッとしてくれた。今の俺には、最高の栄養補給だ!


 場内から拍手が聞こえる。1番目の高校が終わったのだろう。2番目の高校が呼ばれて、ステージへと向かっていった。


「プログラム2番、古市安高校、課題曲D、自由曲…」


 とアナウンスされている。聞いたことのない自由曲のタイトルだった。


 こんな本番直前の緊張感の中で、伊東はニコニコして前田先輩や沖村先輩相手に話し掛けている。また両先輩も、ニコニコしている。ある意味伊東は大物だ…。


 また場内から拍手が聞こえる。

 そしていよいよ俺たちの西廿日高校の本番だ。


 ステージに進み、自分の位置を確かめ、譜面台の高さを調節し、持ってきた譜面を置く。

 先生は全体の準備状況を指揮者の位置から観察している。


 先生がOKと思ったら、ステージ脇の係員にサインを送ることになっている。


 今、先生がサインを送った。同時にステージにパーッと照明が当たり、客席は暗くなる。


「プログラム3番、西廿日高校、課題曲・B、自由曲・リード作曲・クイーンストーン序曲。指揮は福崎達夫」


 先生が指揮棒タクトを構え、俺たちも楽器を構える。さあ、この夏を費やしてきた結果をぶつける12分間の始まりだ!


 @@@@@@@@@@@@@@@@@@@


 高校に入って初めての吹奏楽コンクールが終わった。

 演奏中は物凄く長い時間のように感じたが、終わってみるとあっという間だった。


 去年の中学校の竹吉先生もそうだったが、演奏後、福崎先生も、みんなよく頑張ったな、と言ってくれ、決してアソコがダメだった、とか欠点については言わなかった。


 むしろ部員同士が、俺が出だしを間違えた…とか、いやいやアタシがフライングしちゃったとか、自己総括をし始めるので、なんとなく重たく暗い雰囲気になる。


 そんなまま、写真撮影がありまーすと係の人に声を掛けられ、俺は伊野さんに声を掛けるタイミングを完全に見失っていた。


(本番後に1分でいいからって言った手前…伊野さん、どこだ?)


 その内、俺が遅れて写真撮影に遅刻してしまった。


 まずは全体の真面目な写真、次は全体のユーモアある写真、最後は3年生だけの写真を撮影する段取りになっていた。


 ふと見ると、伊野さんはクラリネットパートのみんなに引っ張られて、写真撮影の場所に連れて来られていたようだ。


 俺の顔を見つけると


(ゴメンね…)


 とばかりに、軽く両手を合わせてくれた。

 俺は一応頷いたが、この後に話そうというポーズが思いつかず、写真撮影が終わったら、控室の入り口で、という意味を込めて、指をさっき会場入りした時の玄関へと向けた。


 …やっぱ伝わらない。伊野さんはキョトンとしていた。


「はい、皆さんお揃いですかね、準備はよろしいですか?最初はカッコいい顔で撮りますんで、ピシッと決めて下さーい」


 カメラマンさんの話術に誘導され、どんな顔にしようかとかザワザワしていたが、


「はい、時間がないのでね、一枚目撮りまーす。3、2、1、はいチーズ!」


 カシャッ!


 その瞬間、あー、目を瞑っとったーとか、口開いてたとか、悲鳴が交錯する。


「皆さん、念のために、真面目なカッコいいやつ、もう一枚撮りますから。さっき失敗したって方も、今度こそビシッとよろしくです。じゃあいきますよ~。3、2、1…」


 カシャッ!


 やっぱり、いや~変な顔しとった!とか、2回目もダメじゃーとか、悲鳴が飛び交っていた。


 ずっと重たい雰囲気だったのだが、写真撮影でちょっとみんなの気持ちが軽くなったように感じた。


「次は、ちょっとリラックスしたポーズで撮りますよ。これは1回勝負なのでね、ポーズを決めたらそのまま動かないで下さいね」


 なんにする?とか、主に女子の声が飛び交っていたが、俺は遅刻したせいで男子の中にも、サックスの中にも入れず、1人でフルートの先輩方の横にいた。


(1人で何やれってんだよ~)


 何も出来ないから、普通のポーズでいいやと思っていたら、横にいたフルートの藤田先輩が、


「上井君、バリサクとフルートを縦に並べてみよっか?大きさの違いみたいにして」


 と声を掛けて下さった。


「あっ、ありがとうございます!じゃあ俺は正座して、バリサクを膝の上に置きますね。その上に先輩、フルートを突き出すようにして下さい」


「正座?痛いでしょ、早く終わればええね」


 と言って、藤田先輩は俺のバリサクの上にフルートをヒョイと突き出してくれた。


「はい、いいですか?一発勝負です!いきますよ!3、2、1、ハイポーズ!」


 カシャッ!


 やっぱりキャーキャーと悲鳴が飛び交っている。


「藤田先輩、ありがとうございました」


「いいえ。上井君、ちょっと遅れちゃったから、ポツンとしてたじゃない?だから、ね」


 俺はその瞬間、藤田先輩が女神に見えた。


(ホントに個人個人は素敵な方なんだよな、2年の先輩って…)


 フルートのメンバーと控室に戻ろうとする藤田先輩の後ろ姿を見て、そう思った。


「では今から、3年生だけの写真撮りまーす。3年生、集まって下さい」


 合宿には参加されなかったが、本番には参加した3年生が5人いた。また、コンクール自体には出場しなかったが、応援に来てくれていた3年生も何人かいた。


「3年生、出た者も出なかった者も、写っていいぞ」


 先生がそう声を掛け、応援に来ていた一部の制服姿の3年生が何名か写真撮影に参加しているようだった。


 それより俺は、今こそ伊野さんを見付けて、告白せねば…。


 さっきのポーズの意味を少しでも分かってもらえてたら、会場の関係者入り口付近にいてくれるはずだ…。


(伊野さん、いてくれ、頼む!)


 心から願いながら会場の関係者入り口付近を探したら…


(伊野さん!待っててくれたんだね!)


 入り口横の木陰で、他の部員からは隠れるようにして、1人で立っていた伊野さんを見付けた。

 俺はバリサクに気を付けながら、小走りで伊野さんの元へ駆け付けた。


「伊野さん…」


「あっ、上井君」


「ごめんね、意味分かった?」


「なんとなく…。最初は本番後すぐに声掛けてくれるって、上井君は言ってたけど、なんか本番後の舞台裏って、メチャクチャだね」


 伊野さんは苦笑いしていた。


「うん…。だから伊野さんを見付けられなくて、気付いたら写真撮るとか言っとるし、慌てちゃって」


「アタシも、上井君どうしたかな?って心配したの。無事にいてくれてよかったけど」


「ホントにね、なんか上手くいかないけど…」


 俺は頭の中で考えてきた告白の言葉を、どう伊野さんにぶつけようか悩んでいた。


「上井君、ところでお話って、なーに?」


 伊野さんから振ってくれた。


「あ、あのさ…」


「う、うん…」


「俺、ずっと神戸さんにフラれた傷が治らないとか言ってたけどさ…」


「うん…」


「治せそうなんだ」


「え?というと?」


「伊野さん、俺、伊野さんのことが好きです。大好きです!友達じゃなくて、彼女になってくれませんか!?」


「えっ、えぇーっ?」


 伊野さんはこういう状況でも、俺が告白してくるとは思わなかったみたいで、俺の予想を上回るリアクションを見せた。

 俺は多分真っ赤な顔をして、俯いていた。


 しばらく無言の時間が流れた。


 永遠にこのまま無言なのでは?とか、気付いたら伊野さんはどっかに逃げてやしないか?とおもったりもしたが、無言なのは伊野さんが頭の中で真剣に答えを探してくれているからだと信じていた。


 何分か経っただろうか、伊野さんが口を開いた。


「上井君…。ありがとう。いつも優しい上井君に思われていたなんて、嬉しいよ。でも、答えは…」


<次回へ続く>

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