第33話 -コンクールへ出発-

「よう、ウワイモ、起きれたんか?」


「イモは余計じゃっつーの。俺以外の大竹方面の部員にも聞いてくれよ」


 高校に到着したら、早速山中が声を掛けてきた。既にバスは待機している。

 福崎先生と須藤先輩が、高校に到着した部員から、バスに乗るよう、促している。

 村山、松下、伊野の3人は早々に乗り込んでいた。


 俺は周りに誰もいないのを確認して、小声で山中に聞いた。


「太田さんは?」


「んー、まだ来とらんのじゃ」


「そうなんじゃね。家は遠かったっけ?」


「五日市の奥じゃけぇ、どうしても6時半に高校に出て来るにはきついよな…」


「そうか。親御さんが車でも持ってて、送ってくれりゃあええけどなぁ」


 という噂はしてみるもんで、1台の車が高校の玄関前にやって来た。


「行ってきまーす!」


 と車から降りた女子高生が、全力でバスのほうに向かって走ってきた。


「山中、出迎えてやれよ」


「ダメだって。俺らは大村と違って、隠しとるんじゃけぇ」


「あっ、そうか」


 太田さんは息をゼエゼエ言わせながら、バスのほうにやって来た。その時に山中に向けて、軽く手を振り、そのままバスに乗り込んだ。山中も軽く手を上げた。


「じゃあ俺らも乗るか」


 大竹からの3人は既にバスに乗り込んでいたが、何処に座ったのかは分からなかった。大村と神戸はまだのようだが、そんなに俺らとは離れてないだろうから、すぐ来るだろう。合宿の時の遅刻体験は、彼らには身に沁みているはずだ。


「上井君と山中君、乗車だね。空いてる所に座ってね」


 と須藤部長は言うが、車内に乗り込んでグルッと見回しても、2人並んで座れる所はもうなかった。

 男子は一番後ろを占拠していたが、1つしか空いてないし、多分そこには須藤部長が座るのだろう。

 弾き出された1年男子は、特に関係のない2年の先輩女子と並んで座っていた。


「うーん…じゃあ俺、堀田先輩の所に座るよ」


 山中は、ホルンの2年生女子、堀田先輩の横にスイマセーンと言いながら座った。


(俺はどこにしようか?)


 とキョロキョロしてたら、突然腕を引っ張られた。


(誰っ?)


「上井君、アタシの横に座ってよ…」


 野口さんだった。


「ごめーん、気が付かんかった」


 野口さんは正直小柄なので、見落としていた。

 面と向かって喋るのは、合宿以来になる。


「毎日さ、上井君とサオちゃんの様子を観察しとったんじゃけどさ、上井君、結構頑張って話し掛けとるよね」


「うん、一応ね。帰る時も、大竹方面4人組と絶対一緒になるようにしてるし」


「大竹方面4人組?」


「うん。俺と村山、松下さんと伊野さん」


「はあ、なるほど。そこに神戸という人は加わらんのじゃ?」


「うん、兵庫県の県庁所在地さんは、長崎県にある市の人といつも一緒じゃけぇね」


「長崎県にある市?…?ねぇ、アタシがバカなんじゃと思うけど、長崎に大村市ってあるの?」


「そうなんよ、列車も走っててね…って言ってたら、来た」


 神戸と大村の2人が、俺らに遅れること5分強で、高校に着いた。


 須藤部長にチェックしてもらって、バスの中に入ってきたが、2人で座るスペースはもうないのを知って、諦めてお互いに別々の座席へと座っていた。


「前さ、上井君はサオちゃんへの告白を体育祭まで延ばすって言ってたじゃない?」


「うっ、うん…」


 野口さんはここから囁くようにして俺に言った。


「やっぱりさ、今日告白しちゃいなよ」


「えっ、どうしてそう思ったの?」


 俺は今日告白するつもりにはなっていたが、野口さんに心を読み取られたようで、内心驚いていた。


「今から体育祭まで、1ヶ月あるじゃん?その間、単なる片思いの相手として、表面的に友達…サオちゃんは友達とは違う存在と思ってるかもだけど、恋愛のテンションが維持できるかな?って思ったのね。ホント、余計なお世話じゃけど」


 俺は、今日コンクールの本番後に伊野さんに告白することを決意した…と、野口さんに言うべきか黙っておくべきか、それとも野口さんの提案に乗っかるふりをするべきか、大いに迷った。


 迷っている内にバスは出発した。


「みんな、おはよう!」


 福崎先生がバスのマイクを借りて、話し始めた。

 おはよーございまーす…と眠そうな声がバスの中にこだまする。


「なんだ、みんなちゃんと寝てないのか?とりあえず、本番中には寝るなよ。さて、今から厚生年金会館に向かいます。出番が3番目なので、ある意味有利じゃが、ある意味辛い出番だな。何とかして、少しでもいい成績残せるように、この夏の練習の成果を悔いなく発揮してくれよ」


 はーい…と、また眠そうな声が響く。

 続いて須藤部長が喋り始めた。


「皆さん、おはようございます。それでは今日の予定ですが、バスは7時半頃に会場に到着予定です。トラックと合流して、楽器を我々の当面の控室へと運びますが、打楽器はここでお別れです。次に会うのは、本番前のステージ袖です。8時以降、控室が使えるようになるらしいですが、多分俺らは最初の方なんで、先に空いてると思います。そこで楽器を組み立てて、チューニングまでします。8時45分に係りの方が呼びに来るので、本番前控室に行きます。そこには15分いることができます。一応予定では8時50分から9時5分まで。その後、また係りの方が呼びに来られたら、今度はステージ袖へ行き、直前待機です。前の高校の演奏を聴きながら、心を落ち着けてください。本番は9時半です。今の段階ではここまでの説明にしておきますので、よろしくお願いします」


 須藤部長は長々と喋ったが、喋り終わった後に拍手も返事もなかった。

 俺はもしかしたら昨日の締めの言葉に、2年生の先輩方も腹を立てているんじゃないか?と思った。

 だとすると雰囲気最悪じゃないか…。

 ったく須藤部長にはTPOを弁えてもらわないと…。


 俺は再び、カッターシャツの半袖を引っ張られた。


「ウワイクン…」


 小声で俺を呼ぶ野口さんは子犬のようだった。


「あっ、ごめんね。話途中だったよね。昨日配られたプリントに書いてあるから誰も聞いてない須藤先輩の話しが始まってしもうたけぇ」


「どうする?サオちゃん」


「うん…。タイミング見て、もし今日告白出来そうなら、挑戦してみるよ」


「ホント?もしよかったら、アタシを呼び出すのに使ってもらってもいいからね?上井君なりに考えてるシチュエーションもあると思うけど、頑張ろうね」


 と野口さんは満面の笑みで、両腕をガンバ!のポーズにして、俺を元気付けようとしてくれた。


(本当にありがたいよ、野口さん…。でもなんで俺みたいな男に、こんなに世話を焼いてくれるんだろ?)


「上井君、お母さんから怒られてない?」


「へっ?」


 野口さんはまた突拍子もないことを聞いてきた。


「なんで俺が母親に怒られるの?」


「あの…アタシがしょっちゅう電話してくるから…」


「はいはい、そのことなら、むしろ母は喜んでるよ?アンタにも電話してくれる女の子の友達が出来たんだね~って。だから最近は俺の母親の方から、『野口さんでしょ?』なんて言っとるじゃろ?」


「うん、そう言えばそうだね」


「だから電話なら気にしないでいいからね。ただ、プロレスの時間と、ベストテン系の音楽番組の時間は避けてね」


「アハハッ!猪木ピーンチ!って時に電話したら、怒られちゃうね!」


「それ以外の時間でよろしく~」


「了解!上井次期部長殿!」


「はいっ?何その次期部長って?」


「もう、1年の女子はみんな言ってるよ?ヘタしたら2年の女子の先輩も言ってるよ?来年の部長は上井君しかおらんって」


「はい!私本人は、その決議に対して異議申し立てを行いたいと思います!」


 俺は何度も色んな場で、色んな先輩、同期から来年部長になれ、と言われているが、全て断っている。中学時代に部長をやり、心身ともに疲弊したからだ。


「せっかくみんなが押してくれるのに…。今のあの人のやり方、満足してるの?」


「まっ、まさかぁ。それはないけど、俺が部長になるのも、ないよ」


「そう?じゃあ、だれが部長にいいと思ってるの?上井君は」


「一番は山中、二番は大上」


「ふーん…。ごめんね、個人的なことだけど、アタシはちょっと苦手だな、その2人…」


「いやいや、2人ともいいやつだよ?」


「前に上井君に言ったじゃん。山中君は同じ中学で、吹奏楽部からアタシが仮入部期間中に逃げたのを、快く思ってないはずなの。あと大上君は高校で初めて出会ったけど、なんかいつも怒ってる感じで、話し掛けられないんだ」


「ふーむ…。人の評価って難しいね。でも山中や大上と合宿中にも話したんじゃけど、一致してるのは、今のままじゃこの部が廃れていくってこと」


「え?山中君や大上君も?なんとなく危機感持ってるの?」


「そうだよ。2年の先輩って、個人個人は面白いし優しいし、良い人ばっかりなんじゃけど、部長が団結しようとしてないというか…。だから昨日の練習後とかも、心のないようなことを喋って、なんかシラケてたじゃん。コンクール前日なのに」


「うん…。アタシもそれは思った。コンクール前日なのに、テンション高める締めの言葉を言いなさいよ!って。それを、練習した以上のものは出せないからとかなんとか。あれで反須藤派になった人も多いんじゃないん?」


「少なくとも大竹4人組はそうだね。特に女子2人は、初心者には冷水浴びせるような言葉じゃ!って怒ってたし」


「あー、そうだよね。初心者…私もそうじゃけど、なんか初心者を突き放すような言葉にも思えたのよね」


「そんなさ、ちょっと気を遣えばテンションが上がったり下がったりなんて、もう高校生なんじゃけぇ、分かりそうなもんじゃん?なんか須藤先輩って、やっぱり喋りとか、話し方とか、もう少し配慮した方が絶対ええよね」


「上井君みたいにアドリブ効かせられる男の子ならいいのにね。ねぇ、やっぱり上井君、来年の部長やってよ~。みんな着いていくよ?」


「ソレとコレとは話が別で…」


 と話している内に、バスは広島県厚生年金会館に到着した。


「バスの中で寝とったみんな、改めておはよう!さあ本番だ、頑張ろうな!」


 福崎先生がマイクで言った。


「せめて、先生くらい上手く喋ってほしいよね」


「本当に。というわけで、アタシは何があろうと上井部長に1票だからね」


「ちょっ、ソレとコレとは話が別で…」


 等と言っている内に、バスからみんな降車し、トラックの荷物や楽器を運び始めた。


(いよいよだ、いよいよ…)


<次回へ続く>

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