第32話 -コンクール当日-
昭和61年8月25日(月)、いよいよ吹奏楽コンクールの当日を迎えた。
朝は6時半に高校集合し、バスで全員一緒に向かうことになっている。
ちなみに今年は、広島県厚生年金会館が会場になっている。
ウチの高校は、高校A部門の3番目が出番だ。9時に大会が始まるので、大体9時半頃が出番だと思えばいい。
6時半に集合というと、大竹方面からの人間は、始発2番目の列車で高校に行かねばならないので、必然的にいつもの4人組と、神戸千賀子が同じ列車になった。
「上井君、おはよう!」
玖波駅でそう声を掛けてくれたのは、伊野さんだった。
「おはよう!伊野さん。無事に起きれた?」
「えー、それはアタシのセリフよ?」
「いや、まあこの時間に玖波にいるってことは、起きれたってことだよね」
「うん。じゃあホームに入ろうよ」
「そうだね」
俺は数時間後に訪れるコンクールの本番より、本番後の伊野さんへの告白の方が、頭の中を占拠している。
大体伊野さんの方が歩くスピードが速いので、俺が後ろになってしまうことが多いのだが、それは今朝も変わらなかった。
これは伊野さんが中学時代はテニス部で、足腰を鍛えていたことの証明だろう。
もっとも昨日、山村家の車で帰宅した際に、俺の太腿に密着していた伊野さんの太腿は、かなり柔らかくて、女の子だな~と十二分に感じさせてくれるものだったが。
広島方面へのホームは改札の反対側なので、階段を上らねばならない。
俺が後ろ側ということは、必然的に若干スカートの奥まで見えてしまうわけで…。
(伊野さん、太腿、朝からごちそうさまですっ!)
もちろんさらにその上のパンツまで見えることはないが、思春期の16歳を刺激するには、必要十分だった。
広島方面のホームへ降りると、伊野さんから聞いてきた。
「上井君、緊張してる?」
「俺?うーん…。昨日の話じゃないけど、中学で経験してるのが大きいかな。多分ね、本番直前に突然緊張マックスになると思うんだ」
「本番…直前?」
「うん。各校に控室…楽器ケースとかを置いて、楽器を組み立てたりする場所なんだけど、その部屋に最初は通されるんだ。この時点で、打楽器はもう完全に別行動なんじゃけどね。で、その部屋でチューニングしてから、直前の控室へ移動するんだ。ここで15分待つんだけど、中学の時は最後の通しを打楽器抜きでやってたんだ。そして15分経ったら係りの方が呼びに来て、次の高校と入れ替わって、舞台袖に移動するんだけど、俺は多分、この舞台袖か、その前の15分休憩でググッと緊張すると思うよ」
「へぇー…。楽器を持って、すぐステージに移るわけじゃないんだね」
「うん。文化祭とかだとそうなるけどね。それと今日は、広島県厚生年金会館っていう、広島で一番音響がいい会場なんよ。余計に緊張するかもね」
「へーっ。広島市内にも色々コンサートの会場とかあるけど、郵便貯金会館より、厚生年金会館の方が素敵なんだね?」
「そうじゃね」
そんな会話を交わしていたら、朝起きた時から思っていたが、風がやや強かった。
ふともうすぐ列車が来るというタイミングで、ちょっと強めの風が吹いた。
「キャッ!」
伊野さんは慌ててスカートを押さえていた。
俺はスローモーションのごとく、風が吹き、伊野さんがスカートを押さえ、俺の方を見る流れが脳内で再生されていた。
「うっ、上井君…。見えてないよね?」
「えっ、あっ、もちろん…。膝は見えたけど」
こういう時は正直に言うに限る。確かに、膝は見えた。だがそれだけだった。残念…。
「良かった♪まあ見えてもいいように、ブルマーは穿いてるんじゃけどね」
「なんだ、じゃあ慌てて目を逸らさないでも良かったんじゃん」
「ブーッ。ブルマー穿いてるからって、見ていいって訳じゃないから」
ちょっと頬を膨らませている伊野さんが可愛かった。伊野さんとブルマーといえば、どうしても中学の時に男女合同でやった体育の時に、紺色のブルマーから白いパンツがはみ出ていたのを、否応なく思い出してしまう…。今もスカートの中に穿いてるからといって、安心しすぎてパンツがはみ出たりしていないことを、俺は願った。
程なく列車が到着し、前方にいた俺と伊野さんは、村山と松下さんを発見した。
「おはよーっ、サオちゃん。あ、上井君もおはよう」
「何さ、松下さんのテンションの違いは」
「上井、お前はそういう運命じゃ、諦めとけ」
村山がボソッと呟いた。
「グヌヌッ、なんという屈辱…。ところで、神戸って人は乗っとるん?早朝じゃけぇ、6時半に西高に行こうとしたら、この列車しかなかろう?」
「…実は、玖波に着くちょっと前までは、俺らと話しとったんよ。じゃけど玖波に近付いたら、上井が乗ってくるって言って、後ろの車両に移動していったんじゃ」
「…そうなんじゃ、ね…」
俺は自分で一生絶縁と言いながら、元カノ・神戸千賀子の行動はやはり気になってしまっている。
逆の立場なら、俺だって同じ列車の車両には乗らない、そうするだろうが、もしかしたら結構なメンタルダメージを元カノ・神戸に与えてしまっているのかもしれない…。
列車の中では、さっき伊野さんに喋った、会場についてからの流れを大竹駅組の2人に再び説明していた。
「なんか、場所が変わるたびに緊張が増していく感じやな…」
「じゃろ?俺は偶々、去年と一昨年に中学でコンクールに出とるけぇ、大まかな流れは分かっとるけど、初めてだとドンドンと緊張が高まるよな」
「さっき上井君に聞いたんだけどね、今日の厚生年金会館って、広島県で一番音響がいいんだって!」
「マジか!余計にプレッシャーを感じるなぁ…」
「まあまあ、昨日須藤先輩が言ってたのは、ひょっとしたらテンションを上げさせると、今日の本番でビビるかもしれないから…かもしれんし」
「えーっ、でもそんな裏読み、アタシ達には出来ないよね。ね?サオちゃん」
「うっ、うん…」
その内、列車は宮島口に着いた。
後方を見ると、元カノ・神戸が、ゆっくり降りてきて、俺の姿を見るなり、ベンチに座って時間潰しをし始めた。
「……」
女子2人はキャッキャ言いながら、改札へ向かっていたが、ゆっくり歩く俺に村山が話し掛けてきた。
「…やっぱ気になるか?」
「…気にならないわけ、なかろう。まあどうせ大村が迎えに来とるんじゃろうけどさ」
「お前の傷、なんとか…してやりたいよ」
「ありがとうな。でも、俺は俺でなんとか頑張ってみるから」
「おっ、やっと前向きな言葉が聞けたな」
「伊野さんの存在が大きいよ。さっきも玖波で列車を待ってる間に、色々話したりしてさ。一回、強い風が吹いたんよ」
「ああ、なんか風が強いよな」
「その時、伊野さんのスカートが捲れてしもうてさ。俺はサッと目を逸らしたけぇ、何も見てないんじゃけど、伊野さんの方から、『上井君、スカートの中、見えた?』って振ってくれて。なんかさ、それが凄い嬉しかった」
「そうか。結構距離が縮まったな。あとは時間の問題か?」
「村山だけに言っとくよ。俺、今日、伊野さんに告白する」
「マジか!…ちょっと早い気もせんでもないけど、雰囲気は良さげだもんな。頑張れや、上井」
「ああ。頑張るよ」
先を行く松下&伊野が、早く来ないと遅れるよー?と言って、改札を出たところで待っててくれた。
「ごめーん、急ぐよ」
その一方、改札に向けての階段を上り始めた上井と村山を見てから、神戸千賀子はベンチから立ち上がり、歩き始めた。
その目には、涙が溢れていた。
(去年の中学校のコンクール、懐かしいな…。男子の後輩が気を使ってくれたのに、庄原と往復するバスの中で緊張して、上井君と全然話せなかったな…。ホントはもっと話したかったのに…。上井君、覚えてる?最後に中学校に戻った時、銅賞じゃなくて銀賞でよかった!って言ってたけど、ほんの少し上井君が悔しそうな顔してたの、アタシは覚えてるよ…。今年だって、本当は…)
4人組を見付けて、物陰に隠れていた大村が、4人組が高校へ向けて歩いて行ったのを確認してから、顔を出してきた。
「おはよう、神戸さん…。どしたん?泣いとるん?」
「おはよ、大村君。ちょっと朝早いから、アクビを連発しただけだよ…」
「そう?それならいいんだけど。じゃ、あいつらよりちょっと遅れるけど、行こうか」
「うん…」
神戸は、無理矢理にもう一度、したくもないアクビをした。涙を隠すように…。
<次回へ続く>
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