第31話 -コンクール前日-

 合宿後に部活を再開してからは、光のようにあっという間に日にちが過ぎていき、吹奏楽コンクール本番前日、8月24日(日)を迎えた。


 合宿明けから今日までの出来事といえば、毎日の練習がハードになり、先生の指導も鬼気迫るものになってきた。

 何度やっても上手くいかないフレーズがある部員には、一旦外へ出してソロ練習を命じるなど、緊張感が違う。

 その中で俺は、初心者のバスクラリネットの女子が吹けないフレーズを代わりに吹くことになるなど、先生に信頼されているのか、苛められているのか、よく分からない状態に陥り、やはり練習はハードなものになってしまった。


 また部員達も、大村と神戸は、合宿中の出来事から、すっかり良くも悪くもカップルとして認知されてしまい、吹奏楽部の中では異端児的に見られてしまっている。

 元カノの心中を察すると、こんな筈では…と思っているのではないかと思うが、絶縁しているのだ、俺の知ったことではない。


 また合宿中にカップルになった山中と太田さんは、逆に付き合っていることを徹底的に隠していて、全く周囲との軋轢もなく、上手くやっている。山中はこういう時の動き方とか、慣れているようだ。


 個人的には、山中の同じクラスの今カノとどう決着を付けるのかが気になるが、俺自身、太田さんと付き合えと山中をけしかけた立場なため、今カノに別れを告げる時に揉めたら嫌だな、とは思っていた。


 肝心の俺自身は、部活後に帰る時に、出来るだけ俺と村山、松下、伊野という4人組で帰るようにして、伊野さんとの接点を切らさないように努めていた。


 また野口さんとは、部活中にはそれほど話さないようにして、用事があれば夜に電話するかされるか、にシフトしていた。


 そんな環境で、いよいよ吹奏楽コンクールの前日を迎え、音楽室での練習中は、いつにも増して緊張感が漂っていた。


 合奏の最後、先生の締めの言葉は、


「明日は出番が早いから、今夜は早く寝てくれよ。明日の今頃には結果も出てる訳だが、少しでもいい評価をもらえるよう、全力を出してくれ!」


 という言葉だった。


 プログラムでは、広島県大会A部門の3番目の出番であり、高校への集合も6時半と早かった。


 その為、タイムを測っての前日練習も早々に終わり、トラックに荷物を積み込んで解散となったのも夕方4時だった。


 ミーティングでは須藤部長が、


「泣いても笑っても、明日は今まで練習で出来たことしか出来ません。その中で、精一杯今の実力を発揮して下さい」


 と言っていた。


 なーんか冷たい言い方だなぁ…。


 俺は去年、中学3年生のコンクール前日練習後は、みんなを明るくさせよう、テンションを上げさせようと思って一言話した覚えがあるが…。


 帰り道、4人組で歩いていると、村山がその違和感を俺にぶつけてきた。


「須藤先輩の締めの言葉、なんか俺らを、突き放すような言い方じゃなかったか?」


 まず反応したのは松下さんだ。


「うん、アタシもそう思った。アタシは初めて…ってか、今ここにいる4人の中で、経験者って上井君だけよね?」


 と俺に話を振ってきた。


「そうだよね。去年は庄原まで行くのが大変で…って言っても、分からんよね?」


「何?去年は庄原でやったんか!西の端から北の端迄の大移動やな」


「そう、行くだけで疲れるという…。でも俺も須藤先輩の締めの言葉は、冷たいと思った。明日に向けて頑張ろう!って気が起きんもん」


 ここで伊野さんが口を開いた。


「そもそもコンクールって、吹奏楽部では最大の行事なんでしょ?だから合宿までしたのに。アタシも、突き放されたように感じたよ」


「やっぱり?」


 初心者3人は、須藤先輩の締めの言葉に突き放されたと感じ、経験者の俺は冷たいと感じた。


 こんなので明日の本番、上手く行くのか?


「上井は経験者じゃろ?去年の、その庄原まで行った前日、どんな言葉をみんなに掛けたんや?」


 村山が聞いてきた。


「まあ、俺の性格を知ってたら想像付くと思うけど…。細かくは覚えとらんけど、最後に竹吉先生にお前も何か言えって言われて、明日の最大の敵は車酔いです!皆さん、弁当忘れても酔止め忘れないようにってなことを言った覚えがあるよ」


「ハハッ、なんやそれ。部長の言うことかよ」


「集合時間とか、庄原での日程とか、詳しく書いたプリントを竹吉先生が作って配ってくれたけぇね。俺が説明することなんか何もないんよ。じゃけぇ何か一つ笑いを取ってムードを上げようと思ったんよ」


 村山もだが、女子2人も笑ってくれた。


「なんかさ、上井君が中学校の時、途中入部でも部長になったのが分かるわ」


 松下さんがそう言ってくれ、伊野さんも続いた。


「上井君が来年部長やればいいのにね。雰囲気変わるよ、きっと」


「アハハッ、ありがとね。でも部長はもうやらないよ〜。中学校の時に部長したけぇ、高校ではもうやりたくないよ」


「えーっ、でも適役だと思うけどな」


 伊野さんにそう言われたら、俺の鉄の決意もグラッと来てしまう…が、やっぱり部長は大変だ。

 中学校ですら辛かったのに、高校での吹奏楽部の部長なんて、想像を絶する。


「でもさ、今おる男子の中から来年の部長を選ぶとしたら、どんなもんかね?」


 松下さんが何気なく言った。


「俺は、山中になってほしいと思ってて、この前大上とそんな話もしたんよ」


「お前もか。俺も山中はええな、と思うんよ」


 村山も賛同してくれた。


「何となくアイツが部長だと、ホノボノとした感じにならんかな?今って、なんかギスギスしとるんよね」


「分かる〜。今日の、モチベーションが下がるような部長の話とかも、何なんだろうって思うよね!」


 伊野さんもせっかく初めてのコンクールなのだ、期する所はあるはずなのに、そこへ冷水を掛けられたような感じなのだ。


「お前だったら、今日はどう締める?上井よ」


 村山に聞かれ、俺はしばらく考えたが、


「そうじゃね…。まあ、いよいよ明日が本番になりました、皆さん、悔いは無いですか?俺は有りまくりですが…なんて感じに喋るかな、ハハッ」


「全然違うよ、上井君!」


 伊野さんが目を輝かせるように言ってくれた。


「やっぱりユーモアって、大事よね」


 松下さんが続けて言う。


「流石やな、突然の俺のフリに、すぐアドリブで返してこれる、お前はやっぱりみんなを引っ張るタイプなのかもしれん…」


 女子2人は、笑顔になっていたが、村山は1人で考え込むような表情なのが、気になった。


 そして列車に乗り、俺と伊野さんは、玖波駅で降りた。


「じゃ、明日!」


「寝坊するなよ〜」


「お前はドリフの加トちゃんか!じゃあな」


 列車はドアを締め、次の大竹駅へ向かって走り出した。


「ふう、伊野さんも緊張してきたかな?」


「アタシ?アタシはね、コンクールをよく分かってないから、合唱コンクールみたいに思ってる部分があるの。だから、そんなに緊張はしてない、かな?」


 と、伊野さんは小首を傾げる。このポーズが俺にはドストライクなのを知ってか知らずか…。


 そんなポーズされたら、俺の中で体育祭まで眠らせようとしていた、伊野さんへの告白の気持ちが、フツフツと沸いてくる。

 体育祭はまだ1か月も先だ、もう俺は伊野さんを好きだという気持ちが抑えられなくなっている。


 よし、予定変更で明日…思い切って…


「あっ、あのさ、伊野さん!」


「んっ?どしたの?」


「明日のコンクール本番後、1分でいいけぇ、ちょっと話に付き合ってくれる?」


「コンクールの本番後に?アタシと上井君、1vs1で?」


「う、うん。すぐ終わる話なんじゃけど…」


「それなら、今でもいいよ?」


「ダーッ、と、今より明日の方がいいんだ」


「そうなの?クスッ、シチュエーションにこだわってるの?上井君たら…」


 その言葉は、俺のハートに真っ直ぐに突き刺さった💘


(なんの話か分かって、そう言ってくれてるのかな?)


「じゃあ、本番後を楽しみにしてるね、上井君」


「う、うん。大した話じゃないからすぐ終わるけぇ」


「気になるな〜。今夜眠れなかったら、上井君のせいってことね」


「あっ、そんなことないように、ちゃんと寝てね!」


「フフッ、冗談よ。じゃ、明日またね。頑張ろうね、バイバイ」


「うん。じゃあ、バイバイ」


 まだ西陽が眩しい玖波駅で、伊野さんを見送った。制服の背中には、薄っすらブラジャーのラインが浮き出ている。


(あれ?前に見たのと違う…)


 透けたブラの柄まで覚えているとは、俺はなんてアホなのかと思ったが、明らかに前よりも肩紐が細くなった、ちょっと大人びたブラジャーだった。


(俺も明日は勝負パンツかなっ)


 俺は明日、コンクールも、告白も、全て上手くいくと確信していた。


(これで神戸の呪縛から逃げられる…。俺は生まれ変わるんだ)


 果たして上井の思う通りに行くのだろうか…。


<次回へ続く>

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