コンクール、そして

第30話 -女子の気持ち-

「上井君は、野口さんが好きなんだって思ってたよ」


「うん…、実は俺が好きなのは、野口さんじゃないんだ」


 真夏の昼の玖波駅前で、俺は伊野さんと向かい合っていた。

 俺は、野口さんへの恋愛感情を否定し、伊野さんへ告白する為の一番目の障壁を乗り越えた。…つもりだ。


「そうなんだ…。じゃ、野口さんが怒ったのは、純粋に行けなくなったことについて、だったのね」


「うん。付き合ってる訳でもないし。普通に友達って感じだよ」


「異性の友達?そうなんだ…」


 伊野さんは戸惑っている。


「伊野さんにとって異性って、どんな存在?」


「やっぱり、恋愛の対象かなぁ。男の子の友達なんていないし…」


 男の子の友達がいない…?

 ふと、今の状態の俺は伊野さんにとってどういう位置付けなのか、不安になった。


「と言っても、アタシはまだ彼氏がいたことはないし、好きな男の子もいないから、よく分かんない」


「そ、そうなんだ…。」


 好きな男子はいないと断言され、俺は少しショックを受けていた。

 障壁を一つ乗り越えたつもりだったが、新たな障壁が現れたようなものだ。


 これまで俺は伊野さんと話したり、心配してくれたり、怪我に対処してくれたり…。

 色々距離を縮めてきたつもりだが、伊野さんには届いて無かったのか?


「だからね、アタシも、胸がキュンってなるような、好きな男の子が出来ないかなって思ってるの」


 ということは、俺はまだキュンとするレベルじゃない?


「上井君はその点、去年神戸さんと付き合ったことがあるから、先輩になるね。色々教えてね、男の子の気持ちとか」


「う、うん。いつでも…」


「じゃ、お互いに疲れたと思うし、今日は帰ろうね。また部活再開したら、一緒に行ったり帰ったりしようね」


「そっ、そうだね」


「じゃ、バイバイ、上井君」


「バイバイ…」


 伊野さんは荷物を持って、俺に手を振ってから、自転車置き場へ向かった。


 その後ろ姿を見ながら、俺は頭がゴチャゴチャになっていた。


(伊野さんは、男子は恋愛対象で、でも今は好きな男子はいない。だが俺に対してはフレンドリーに接してくれている、でもキュンとはしてくれていない、これが現状ってことだよな)


 ここからどう動けばいいんだ?

 なんとなくだが、2週間後のコンクールで伊野さんに、好きだ、付き合ってくれる?と告白するのは、厳しいように思う。そうなるともう少し日を置いて体育祭か、あるいは何でもない普通の日か?


 少し3日間の休みで、戦略を考え直さなきゃいけないな…。




 そのまま俺も自宅に帰るや爆睡していたが、夕食前に母に叩き起こされた。


「純一!寝てるの?寝てたら起きなさい!ノグチさんとかいう女の子から電話よ!」


「え?野口さん?」


 俺は一発で目が覚め、部屋を出て受話器に向かった。


「母さん、アッチ行っててくれる?」


「ハイハイ、分かってるわよ」


 俺は息を整えてから受話器を握り、返事をした。


「モシモシ、上井です」


「上井君?アタシ。野口です。変な時間に掛けちゃったかな、ごめんね」


「いや、大丈夫だよ」


「合宿、お疲れ様。結局、最初から最後まで、一番上井君と話してた気がするよ」


「そう?」


「今日も無事に帰れた?」


「うん」


「…上井君、怒ってる?」


「え、そんなことはないよ」


「だって、なんか、言葉が冷たく感じるんだもん」


「あ、今の今まで寝てたからかも」


 と俺は答えたが、何となく昼間の偽喧嘩が尾を引いていたのと、玖波駅前で伊野さんに、野口さんには恋愛感情はないと断言したことが、野口さんと1vs1で喋ることに影を落としていた。


「あ、やっぱり寝てたんだね?ごめんね、起こしちゃって」


「ううん、野口さんの電話がなかったら、このまま明日の朝まで寝続けたと思うし」


「クスッ、流石に途中でお腹が空くでしょ?」


「だろうね」


「ところでさ、今日の喧嘩だけど…」


 寝起きの頭にはちょっとキツいネタが、早々に降ってきた。


「うん、結構キツかった」


「…だよね。アタシ、上井君にあんなにきつく言うつもりはなかったのに、喋ってる内に勝手に興奮しちゃって、本当の喧嘩みたいな言い方になっちゃって。ごめん、反省してる」


「まあ…仕方ないよね。でもあの後、伊野さんが凄い心配してくれたから…。その点は成功だから…」


「そう?アタシ、絶対にやり過ぎた、本当に上井君に嫌われたら吹奏楽部に居場所がなくなるって思ってね、こんな時間だけど早めに謝っておこうと思って、電話したんだ」


 確かに音楽室に戻った後も視線を合わせないなど、その態度は見事なものだった。それゆえ、本当に嫌われたのかと思ったのも事実だ。


「いや…俺が嫌うというより、野口さんから本当に嫌われたのかと思うほどだったからさ、部活再開後はどう接すればいいのか分かんなくなってたよ」


「アタシが上井君を本気で嫌うなんてこと、ないよー。同期の男子の中で、一番頼りにしてるんだもん」


「同じ中学だった山中とかは?」


「アタシ、中学の時に吹奏楽部を仮入部期間中に逃げ出した過去があるけぇ、逆にちょっと話しにくいというか…」


「それだと広田さんもかな?」


「どっちかって言うと、そうじゃね…」


「だからかぁ」


「えっ?何が?」


「前にさ、自分のクラリネットを持っとるって言いよったじゃろ?なのにほぼ初心者だっていうのはなんで?って思っとったんよ」


「あっ、そうだね。ウチの親、アタシが吹奏楽部を見学に行ったっていうだけで、クラリネットを買うてくれて、まだ正式に入るかどうかも決めとらんのに、って早とちりに怒っちゃったことがあるんよ」


「なるほど、そのクラが、3年越しに日の目を見たってことなんじゃね」


「うん。3年間使っとらんけぇ、ガタが来とってからね、結構チカにメンテしてもろうたんよ。あっ、チカなんて言っちゃった、ごめんね」


「いや、それは野口さんとあの人の間のことじゃけぇ、気にせんよ。でも不思議なもんじゃね」


「ん?どんなこと?」


「俺は野口さんと、友人関係じゃろ?で、俺がフラれて一生絶縁だと決めてる神戸っていう人と野口さんは親友じゃろ?人間関係って複雑じゃね…って思ってさ」


「神戸っていう人って…上井君の傷も治らんね」


「全治一生だよ、多分。近くにいる限りは…」


「傷を治すのは、やっぱりサオちゃん?」


「…今はそうなるよね」


「なんか意味深な言い回しだね」


「今日の帰り、ちょっとでも伊野さんの本音を引き出したいなと思ってさ、色々と聞いてみたんだ」


「頑張ったじゃん、上井君」


「だけど、まだ壁が高いって思ったよ」


「えー?結構合宿で縮めたんと違うん?」


「うん…。俺もそう思ってた。けどさ、伊野さん曰く、今は男子に好きな人はいない、男子と友達になることは考えられない。この2ヶ条を提示されたんよ。意外に厳しく感じない?」


「うーん…。今は好きな男子はいない、かぁ。でも、もしかしたらサオちゃんなりの照れ隠しかもしれないよ?」


「照れ隠し?」


「だって、好きな男の子がいるって言ったら、絶対上井君は、それ誰?って聞くでしょ?」


「あっ、まあね」


「だから、あえて言わなかったってこと」


「あえて、かぁ…」


「だから、女の子の気持ち、本音を読み解くのって、大変なんだよ。その時の表情とか仕草まで全部見通さないと」


「うわっ、難しいの?男なんて単純でアホじゃけどなぁ」


「でもね、間違いなくサオちゃんの中で、上井君は一番の存在の男子なの。気になる男子はいないって照れてるサオちゃんから無理やり答えを引っ張り出したアタシが言うんだから、間違いないよ」


「その言葉だけが、今の俺の拠り所かな…」


「あのさ、上手くいけばコンクールの日に告白したいって言ってたじゃない?」


「うん」


「それは変わらない?」


「いやっ、ちょっと俺の中では、2週間後のコンクールで告白ってのは、厳しくなってる」


「そっかぁ…。じゃその次のイベント的な行事で、体育祭の日にする?」


「今のところ、俺はそう思ってるんだ」


「分かったよ。じゃあアタシも力になれるよう、戦略練ってみるけぇ…」


「何だか色々と悪いね」


「ううん。友達じゃない、アタシ達。友のために頑張るよ」


「ありがとう、野口さん」


「あー良かった!」


「え?どうして?」


「だってぇ。最初に電話に出た上井君、物凄い不機嫌な声じゃったもん。アタシ、本当に嫌われたかと思って…さ…」


 野口さんは少し涙声になっていた。俺も悪かったと反省した。


「ごめんね、それは謝るよ」


「ううん、大丈夫。これだけ喋れたから、ね。じゃ、また部活で会おうね」


「うん、土曜日ね」


「それじゃ、上井君、お休み」


「うん、お休み、野口さん」


 最後はどっちが先に受話器を置くかという、カップルみたいな話になったので、せーので同時に電話を切った。


 結構な長電話になってしまった。


 母からは夕飯出来たよ!と声が掛けられた。


 部活再開後、俺はどう動こうか…。悩みつつ、夕飯のテーブルに着いた。


 <次回へ続く>

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