第27話 -合宿22・最終日の波乱-

 昨夜なかなか寝付けなかった反動で、今朝はラジオ体操をサボろうかと思うほど眠かった。


 だが大イビキの狸4人が


「上井!起きろ!ラジオ体操いくぞ!」


 と、半ば俺を引きずるように俺を起こしてくれたので、渋々眠い目を擦りながら、体育館へと向かうことが出来た。


(自分らはグッスリ寝とるかもしれんけど、こっちの身になってくれよ〜)


 体育館に着くと、同じく今日で合宿を打ち上げる男女バスケ部と女子バレー部は、既に元気よく集まっていた。


 吹奏楽部は…もう少しか?


「おはよ!上井君」


 笹木さんが声を掛けてくれた。


「おはよぉ…。元気やね、女バレのみんなは。昨日、シャワー室でノックアウト寸前だったんに」


「まあ元気なのは今だけよ。昼食の時はもうグターッとなっとるけぇ」


「昼もシャワー浴びたいんじゃないん?」


「正解。昼と夕方と夜の、日に3回は浴びたいよ」


「来年、少し変わればええよね」


「そうね…。上井君も今の吹奏楽部について、何かしら思う事があるんじゃない?そんなのを、ウチラの世代が引っ張る時に、改善出来たらええよね」


「そうやね…」


 俺は大上が言っていた、今の部活への不満を聞いていたし、俺自身も改善すべきだと思う所が少しずつ見えてきたので、来年の部長をバックアップして、良い吹奏楽部にしたいと思っている。


 俺自身は部長はゴメンだけどね!


 そしてラジオ体操が始まり、俺は後ろの方で参加していたが、村山が話し掛けてきた。


「どうよ上井、合宿で伊野さんと少し距離は縮まったか?」


「おぅ、村山。なんか伊野さんは陽炎かげろうみたいだな…」


「ん?お前らしい表現じゃけど、どういう意味?」


「んー、近くに見えるんだけど、捕まえようと思ったら消える…」


「ふーん…。意味深じゃの」


「結構チャンスがあれば、話しかけてきたんよ。この合宿中。で、たまに2人でいる時に話したら照れちゃったり、昨日の夜のレクで椅子取りゲームがあったじゃろ?」


「あったのぉ。あ、お前、伊野さんに吹っ飛ばされたよな?」


「そう。ちょっと笑いを取ろうと思ってオーバーアクション気味に吹っ飛ばされてみたんじゃけど、わざわざそのことを気にして、謝りに来てくれたり。その後にシャワーで偶々出会って、シャワーの帰りに女子だけじゃ不安だから待っててくれない?とか言われたり…」


「今聞いた話に限定すると、もうOKな段階な気もするな」


「じゃろ?じゃけど、思い切って好きな男子とかいる?って聞いたら、いないって言われてさ、ちょっと凹んどるんよ」


「お前、アホか。相変わらず不器用じゃのぉ…」


「へ?」


「仮に伊野さんがお前のことを気にしとったとしても、好きな男子はいる?と聞かれて、『うん、いるよ』なんて答えるかよ、普通…」


「あっ、あぁ、確かに…」


 俺は1年前、神戸千賀子から、好きな女の子は誰?と本人から聞かれて、大いに焦ったのを思い出した。

 確かにその通り、好きな異性の有無を問われ、すぐに「いる」と答えるほうがレアケースだろうな。


「じゃけぇ、今伊野さんと喋れる状態なら、そんなに『好きな男子はいない』なんて回答は気にせずに、距離を詰めていけよ。その内シャワーの時の話みたいに、自然とお前に話し掛けるようになれば、確実じゃろう」


「そうじゃね。ありがとう。ところでお前は船木さんとは上手く行っとるんか?」


「お陰様で、と言いたいんじゃが、なかなか会えんけぇ、上手くいかんことが多くてさ。この先どうなるのやら…」


「村山がそれじゃ、困るって。明日から3日間休みじゃけぇ、どっか誘って遊びに行ってきんさいや」


「そうじゃのう…。ま、何かあれば報告するよ」


 ラジオ体操しながら久々に村山と喋っていたら、体操もあっという間に終わっていた。

 須藤先輩が、吹奏楽部のA班は朝食の準備に取り掛かって下さーいと叫んでいた。


 一斉に体育館から出ていく各部活の部員を見ていたら、吹奏楽部だけでもドラマがありすぎだったので、他の部もきっと色々あったんだろうな、と思わざるを得なかった。


 山中と太田さんがカップルになったり、大上は末田の告白を断ったり、大村と神戸は相変わらずだったり。

 2年の先輩方は、あまり…いや全く恋愛関係の話は見聞きしないが、やっぱり男子と女子の間の壁ってのがあるんじゃないかな…。


 とりあえず今日の昼ご飯がB班担当だから、そこで伊野さんと会話出来ればな…。


 あとは帰りだ。来た時の4人で一緒にタクシーに乗ろうと約束している。


 残されたチャンスで、僅かでも伊野さんの心に迫りたい…。


「上井君!何ボーッとしてんの?」


「あ、野口さん。あれ?誰もいない…」


 ふと体育館を見ると、もう誰もいなかった。


「何々、もしかして1人で妄想の世界に入ってたの?体育館で。ウワー、スケベ!」


「確かにさ、ちょっと考え事はしとったけど、なんでスケベになるんよ!」


「だって男の子が1人で体育館で考えることといったら…」


「え?どんなスケベな妄想がある?」


「女子の体操服姿とか…。ラジオ体操しとる時にシャツに透けてたブラの線とか…」


「ハハッ、何を今更!もう女子自身、そんなの気にしとらんじゃろ?」


「まぁ、ね」


「そっか、俺は野口さんにそんなに変態だと思われとったんだ…」


「いやっ、あのね。ちょっとした話のキッカケなだけだったんじゃけど…」


「それにしてはちょっと俺が変態になるとは思い付かんかったなぁ」


「ゴメン!謝るから。アタシの話、聞いて?」


「うん。分かったよ。とりあえず体育館からは出ようか?」


「そうね。暑いもんね、意外に体育館の中って」


 そういって体育館から外へ出て、校舎への渡り廊下の所で、野口さんの話を聞くことになった。


「あのね、さっきのことなんじゃけど、一応報告というか…。どうしようというか…」


「なんか野口さんにしては歯切れが悪いね。何が起きたん?」


「須藤先輩よ。ラジオ体操するのに体育館へ向かってたら、偶々鉢合わせてね。そこで言われたのが、『野口さん、上井君といい感じで付き合えとるね。俺も諦めた甲斐があったよ』なんて言い出すのよ。その時、他の女子が殆どいなかったのはいいけど、ちょっと後ろに松下さんとサオちゃんがいたのよ。もしサオちゃんに聞こえてたら…って思ったのと、あの人のデリカシーのなさにムッとしたのと…。これは上井君に言わなきゃって、思ったんだ」


「うわっ、余計なことを…。昨日、野口さんに言ったよね、伊野さんは俺と野口さんのことをいいカップルじゃない?って思いこんでる可能性が高いんよ。そこに部長が乱入して、そんなことを言って、伊野さんに聞こえようもんなら…。俺は伊野さんを諦めんにゃあいけんようになる…」


 俺と野口さんは、2人して腕組みしてしばらく悩んでしまった。


「…あのさ、上井君。サオちゃんの前で、ワザとケンカしてみる?」


「ケンカ?」


「仲が悪いように振る舞うの。本意じゃないけど…」


「それが須藤先輩に見られたら…」


「それはそれ。だけど、なるべく須藤先輩がいそうになくて、サオちゃんがいそうな所で、言い合うの」


「うーん、なんか上手くやれる自信がないなぁ…」


「上井君は真面目じゃけぇ、こんなのは苦手なんだろうなとは思うんだ。だけど、アタシと上井君がサオちゃんの近くで仲良く話してたら、サオちゃんはあの性格だから、身を引いちゃうと思うんよ。だから、敢えて仲が悪そうに振る舞うことで、アタシ達は付き合ってないよって思ってもらうのよ」


「でもそれをやるとしたら、もう残り時間がないよね。今日の午後の解散までに演じなきゃいけないし」


「そうなの。今日は朝から合奏でしょ?昼ご飯しかチャンスがないのよ。でも確かB班が担当だったでしょ?だから、上井君はサオちゃんと話せるチャンスがあると思うんだ。そこへアタシが、イチャモンを付ける…と」


「イチャモンねぇ…」


「そこはアタシに任せて?何とか上手く振る舞うから」


「今のところ、それしかないよね。じゃ、野口さんの手腕に頼ることにして、昼ご飯の時に何かしら起きるのを待っとくよ…」


「うん。頑張るけぇね」


 そう言って野口さんは立ち去ったが、野口さんが薄っすらと涙ぐんでいた事には気が付かなかった。


 <次回へ続く>

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