第26話 -合宿21・深夜のトドメ-

 合宿最後の夜は、色々ありすぎてなかなか寝付けなかった。


 既に日付は変わっているのに、こんなに目が冴えて悶々としているのは、3夜目にして初めてだ。


(大人ならこんな時、ビール飲んだり、タバコ吸ったりして気を紛らわせるんだろうなぁ)


 相変わらず、4匹の大狸のイビキの合唱は恒例行事になっているし。


(昨日だけは腹痛の真似してたから、イビキを気にすることもなかったけど…。あ、昨日は一番の狸、村山がおらんかったからか)


 村山は体がデカイからか、イビキもデカイ。他の2年の先輩方も、どちらかと言えば大型の先輩が多い。だからイビキもデカくなるわけだ。


 照明は普段教室として使っている所なので、ONかOFFしかない。

 だから暇つぶし用に持ってきた本も読めない。


 ラジカセもコンセントを昼間に抜いておいたら、今は暗闇のどこにプラグを挿せばよいのか分からなくなってしまい、使いようがなかった。


 他の1年男子も、ほぼ3日目とあって疲れているのかイビキはかかないまでも、寝ているようだ。


(本でも持って、食堂行くか…)


 俺は持ってきていた本、とは言っても週刊ゴングだが、1冊持って4階へと向かった。


 すると3年1組には、誰かいるらしく明かりが点いていた。


(あれ?さっき俺、消してから戻ったよな?)


 1時間ほど前、野口さんと話をした後に寝室へ戻る時、俺が明かりを消したのは覚えている。

 ということは、新たな誰かが寝れずに3年1組に来ているということか?


(もし大村と神戸の2人なら、そのままUターンしよう)


 そっと俺は3年1組の中の様子を窺った。


(え?珍しい…)


 そこにいたのは、前田先輩と、同期の末田だった。

 2人は俺の気配に気付いたのか、同時に俺の方を見た。


「あっ、すいません…。邪魔ですよね、去りますので」


「あ、上井君じゃないの。アタシはむしろ上井君の意見聞いてみたいけど、末田はどう?」


「はい。男子の心境を少しでも知れればと思いますし」


「ということで、上井君、お出で」


 前田先輩が、俺を手招きした。


「いいんですか?女子2人で大事な女子トークだったんじゃ?」


「そのトークの中には、上井君もいたのよ。だから、ね」


 前田先輩が俺用に椅子を一脚引っ張り出した。

 そこまでされたら、立ち去るのも失礼だ。なんの話か分からないが、俺は遠慮しながら座らせてもらった。


「で、何のお話されてたんですか?」


「末田、言ってもいい?」


「うーん…。結局言わなきゃ進みませんしね。OKです」


 何なんだろう?


「じゃ、アタシから言うよ。末田がね、合宿最後の夜に、ある男の子に告白したんじゃけど、他に好きな子がいるからって言われて、残念な結果に終わったの。その慰めと、あのね…」


「先輩、名前出してもいいですよ」


「いいの?その相手はね、1年の、大上君」


「へーっ!全然知らんかった…。でも、大上はモテますよね。いいなぁ、羨ましいなぁ」


 だが女子バレー部の1年生と話していた時も、好きな子がいるとは言っていた。少なくともその相手は末田では無かった訳だ。


「先輩、合宿最終日はやっぱりみんな告白したがるものですか?」


「そうだね…。でも去年はそんなに見聞きしたことはなかったよ」


「今年、俺らの代が活発なんですかね?」


「そうなの?他に誰かいるの?」


 俺はうっかり、山中と太田さんの件を仄めかしてしまった。


「いや、なんとなく…。大村と神戸みたいなのがいますし」


「もしかしたら上井君も、何か企んでたの?」


「とっ、とんでもないです!俺なんか相手にしてくれる女の子なんていませんよ」


「そんな事もないと思うけどなぁ」


「先輩にそう言ってもらえるだけでも光栄ですよ!ところでさっき、俺も話に絡んでるとか、俺の意見も聞きたいとか聞こえましたけど、なんのことですか?」


「あのね、末田の失恋を慰めてる時に、悪いけど上井君の例を持ち出して、もっと辛い思いをしてる同期生がおるよ、って」


「ああ、なるほど」


「前田先輩に聞いたけど、ホンマにそんな辛い思いをしとるん?上井君は」


 末田が話し掛けてくれた。同じパートにいながら、もしかしたら直接会話するのは初めてかもしれない。


「多分、前田先輩は優しいけぇ、抑えて話してくれたんじゃないかな?と思うんだよね。実際は結構メンタルやられたよ」


「じゃろうね。で、アタシが上井君の意見も聞きたいって思ったのが、そんな辛い思いをした相手が同じクラス、同じ部活におるのに、なんで平気なのかな…ってことなの」


「うーん…。平気ではない、よ。あの2人とは喋らないって決めとるし。末田さん、俺があの2人と喋ってるところって、見たことないやろ?」


「えっ?うーん…。そう言われれば確かに。上井君は女子なら、野口さんとよく話してるよね」


「野口さんはなんて言うんだろ、いつの間にか友達感覚で話すようになった相手で、好きとか恋愛感情はない…かな」


「そうなんだ。結構可愛い子だよね。小柄でリスみたい」


「ハハッ、今度言っておくよ。で、話を戻せば、俺は大村を吹奏楽部に誘ったのを後悔してるし、神戸…さんとは一生喋らないって決めてるよ」


「じゃあアタシ、大上君と喋らないことにすれば、気は晴れるかな?」


「いや、末田さんの場合、俺とは事情が全然違うと思うんだ。だから、敢えて無視する必要もないと思うし、避ける必要もないと思う。なんなら明日でも普通に話し掛けてもいいと思うよ」


「えーっ、流石にそれは無理があるよ…」


「まあフラレた翌日にってのは、無理があるかもね。でも大上は、これまで見てきた性格からすると、末田さんに話し掛けることはないかもしれんけど、末田さんが話し掛けたら、ちゃんと返してくれるよ、きっと。俺みたいに過去を引き摺ってネチネチしてないしさ」


「いや、上井君は酷い目に遭いすぎでしょ。引き摺るよ、前田先輩に聞いた話がホントなら。合宿初日にも合奏に2人揃って遅刻しとったし」


「上井君はそんな過去と決別しようと、頑張ってるもんね」


 前田先輩はそう言ってウインクしてくれた。何故か猛烈に照れてしまう俺がいる。


「そう言えば上井君はなんでここに来たの?」


 今更ながら前田先輩に聞かれた。


「いや〜、全然眠れないもんで、本でも読んで眠くなるのを待とうかな、なんて思いまして」


「凄いじゃん、読書なんて!なんて本?」


「えっ、ちょっと恥ずかしい本なので、お見せ出来ない…」


「えーっ、もしかしたらエロ本?上井君もそんなエロ本読むの?」


 女性2人に軽蔑されかかったので、違います、これです…と、俺は「週刊ゴング」を見せた。


「週刊…ゴング?何これ?プロレス?」


「そうです…」


「上井君、プロレス見てるの?へぇ~っ」


「前田先輩、この本もある意味、エロ本にならないてすか?裸の男がパンツ一丁で沢山写ってますよ」


 末田が変なことを言い出した。


「ふーん…」


 前田先輩は何ページかパラパラと捲っていたが、


「アタシと同じ名前の、前田って選手、カッコいいね」


「あ、先輩、認めて頂けました?」


「プロレスならね。必死に隠すから、エロ本だと思っちゃったじゃない」


「いやぁ、エロ本なんか持ってないですし、持ってても合宿に持ち込む勇気はないですよ」


 はい、と前田先輩から週刊ゴングを返してもらい、末田も俺の言葉でちょっとは気楽になったのか、寝ようか〜ということになった。


「じゃ、また明日ね。日付はもう今日じゃけど」


「そうですね。末田さん、このことは黙っとくから、安心して」


「ありがとう。上井君なら安心だわ。じゃ、またね」


「おやすみなさ~い」


 女性2人が部屋を出てから、俺はちゃんと明かりのスイッチをOFFにし、もう一度寝室に戻った。


(今度こそ、今度こそ寝なきゃ!)


 スッカリ真っ暗で誰も起きていない男部屋に戻り、布団を被った。


 最終日に何が起きるのか、俺は分からなかったが、もう何も起きないでくれ…と願うしか無かった。


 <次回へ続く>

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