第25話 -合宿20・最後の夜の密談-

「さっきシャワー室から一緒に戻れたんよ、伊野さんと」


「…うんうん」


「山中と太田さんの付き添いみたいな感じだったんじゃけどね」


「…うん」


「その時、ちょっと勇気を出して、伊野さんに『好きな男子とか、おる?』って聞いたんよ」


「…で?」


 少しずつ野口さんの顔が笑顔から、俺を心配する表情に変わっていく。


「答えは、『好きな男の子はいない』だったんだ」


 野口さんは呆気にとられた顔をし、なーんだという感じで話し始めた。


「そんなの、気にしないでいいじゃん。アタシ、この前言わんかったっけ?合宿初日の夜に眠れない女子で恋愛話してたら、サオちゃんは頑なに好きな男の子はおらんって言い張ったけど、無人島から脱出するためにどうしても頼らなきゃいけない男子を選ぶとしたら?ってアタシがしつこく聞いたら、照れながら『ウワイクン』って答えたんだから」


「だよね?」


「そうよ?」


「じゃけぇ俺も安心してたんじゃけど、本人に直接目の前で『好きな男の子はいない』って言われると、俺も話がしにくくなっちゃってさ…」


「何々、もしかして上井君、あわよくば告白しちゃおうとか考えてたの?」


「ほんのちょっとね」


 俺は塩を摘まむように、指でほんのちょっとという気持ちを現した。


「アタシがさっきプッシュした時は、逃げ腰だったのにぃ」


 ちょっと頬を膨らませる。そんな野口さんが可愛い。ザ・女の子って感じだ。


「でも、山中と太田さんがさ、凄い初々しく俺の前を歩いてるのを見たら、胸がキューンとなっちゃってね」


「なるほどね。影響されちゃったんだ」


「伊野さんが、『ちょっとだけ気になる男子はいる』なんて言ってくれたら、話を展開させよう、なーんて思ってたんじゃけど…」


「サオちゃんは照れ屋だもん。上井君と一緒で。とても上井君の目の前でそんなこと、言うわけないよ」


「そっか、やっぱりね…」


「でも、アタシを深夜にわざわざ呼び出したのは、それだけじゃないでしょ?なんか他にもあるんじゃない?」


「うん、むしろそっちの方が問題かもしれん」


「ん?なんなの?」


 俺はちょっと横を向いて息を整えた。


「伊野さんは俺に、野口さんと付き合えば?って言いだしたんよ」


「ふーん…。んっ?アタシと?上井君が?へっ、なんで?」


 明らかに野口さんは驚いていた。


「最近、2人でいる場面をよく見るし、野口さんが俺を呼ぶとき、Tシャツの裾を引っ張ったり、脇腹突いたりしてるのを見て、お似合いだって思ったんだって」


「うーん…。そんなこと言われたら、深夜でもアタシを呼びたくなるよね、上井君なら。ね…」


 野口さんは動揺を隠せない表情だった。何故なら、上井が伊野さんのことを好きになり、仮の彼氏彼女関係を止めた時、実は寂しかったのだ。

 仮とは言え、須藤からの告白を断るために上井が彼氏役を務めてくれている間に、野口自身も、上井の事が気になる存在になっていたからだ。


 そのため、上井と伊野の2人を応援しながらも、心の何処かでスッキリしない思いを抱いていた。


 だからと言って、今その事をカミングアウトしても、余計に上井を混乱させるだけだ。

 今は伊野沙織の答えに戸惑っている上井を、上手くサポートしてあげなくちゃ…。


「結局さ、元に戻っちゃったというか。前よりも話はしやすいけど、俺の事をもっとオープンに好きだと言ってくれるように、思ってくれるように、イチからやり直さなきゃいけないのかなって…」


「上井君は、頑張ってるよ。アタシが悪いんだよね、きっと。アタシがつい上井君を頼って話し掛けるから、そんなアタシと上井君がいる場面を見たら、サオちゃんは純粋だから、あの2人は似合ってるって思っちゃうんだよ、きっと」


「そんな、野口さんは悪くないよ。俺、野口さんがいなかったら、こんなに伊野さんへ話し掛けたり出来なかったから。感謝してるよ」


「上井君、優しいね…。なんでそんなに優しいの?」


「そんなことはないと思うけど…」


「絶対に他人の事を悪く言わないし、何かあれば気を使ってくれるし…。あ、一部の2人は別としてね…。…チカはなんで上井君みたいな素敵な男の子をフッたのよ…」


 野口さんは突然涙ぐみながら、そう言った。


「…野口さん…」


「アタシが彼女だったら、絶対に上井君と別れない。ましてやフルなんて、しない」


「あの人にフラレた頃は…。まだ俺、未熟だったからさ、女心を全然分かって上げられなかったんだよ。今も未熟じゃけど。オマケに恥ずかしがり屋でオクテじゃけぇ、全然あの人をリードして上げられなかった。だからそこがもどかしくてフラレたのは仕方ないって思ってる。ただ俺があの人との絶縁を決めたのは、その後の展開が、あまりにも俺には酷すぎたから…だしね」


「チカには酷い言い方になるけど、男を取っ換え引っ換え…な感じでしょ?」


「うん。あと中学の卒業式で、俺のいた男友達の固まりの近くで、あの人と次の彼氏が腕組んで写真撮ってたり…。それと江田島の帰りに大村が俺に、手を出してほしくない女の子っている?って聞いてきたんだ」


「え?変な聞き方…」


「その時点で、大村はあの人に告白済みじゃん?まあそれを知ったのは後からじゃけど。まあ、あの人が誰と付き合おうがどうでもいいんだけど、なんかおかしくないか?って思ってさ」


「そうよね」


「俺は一応、あの人を念頭に、1人だけ同じ中学だった女の子には手を出してほしくない、そう答えたんじゃけど、結局その後すぐ付き合い出してるし。じゃあ俺にそんな質問なんかするなよって、余計に頭に来ちゃって…今に至る、かな」


「想像以上に上井君って、チカから受けた傷が深いんだね…」


「でも、野口さんは今まで通り、あの人と接して上げてね。多分この前の件で、まだあの2人共白眼視されてる部分があるから…。あの人と野口さんが話さなくなったら、喋る相手がいなくなるかもしれんけぇ。話し相手になって上げてね」


「だからだよ…」


「えっ?」


「上井君、優しすぎるよ。だからチカも上井君を甘く見て、こんな環境なのに、平気で大村君と付き合ったりするんだよ。普通なら、元カレが同じクラス、同じ部活にいるってのに、次の彼を同じクラス、同じ部活から選ばないよ?」


「うーん…。大村は江田島からの帰りに、俺にこう宣戦布告したよ。『好きになったら止められない。それがどんな環境だとしても』って」


「上井君が傷付いてるのを知ってて、そんなこと言ったの?」


「どうだろう…。でも江田島の夜に告白した時に、あの人は俺の事を伝えてるはずだから、状況は知らない訳はない、と思うよ」


「酷いよ…。よく耐えたね。上井君、偉いよ」


「いや、照れるじゃーん」


「ウフッ、そんな風に雰囲気を変えてくれる所も、上井君の良いところだよ。アタシ、何とかして、そんな地獄から這い上がってきた上井君の力になりたいよ。先ずは、サオちゃんの勘違いを直したいよね…」


「明日、最後の昼ご飯が、B班なんだ。その時が合宿での最後のチャンスだと思うんだ。何とか…軌道修正したいよ」


「上井君…」


「ん?」


「…いや、何でもない。何でもないよ。明日、最後だね」


「うん、3日間早かったね。今夜も晴れてるし、屋上とか上がれたら綺麗な夜空、星空を見られるだろうね」


「この合宿で、上井君とサオちゃんより、上井君とアタシの方が近付いちゃったのかもね」


 野口は、心の奥底に秘めた思いを、少しだけ上井に届けとばかりに、呟いた。


「確かにね。伊野さんにそう思われちゃうほどだし」


「ウフッ。仮のカップル、復活させちゃう?」


「そうだね。もし伊野さんに撃滅されたら…なんて」


「うわ、条件がなんか辛くなってるよ?でも、アタシは何時でも…」


「何時でも?」


「ううん、なんでもない。うん。とにかく上井君は、サオちゃんに全力投球してね。応援するから」


「ありがとう。夜遅くまで、ゴメンね」


「ううん、大丈夫よ。シャワー浴びてるし」


「そっかー、シャワー誘おうと思ったのに」


「お・こ・と・わ・り〜。じゃ、先に部屋行くね。お休み、上井君」


「ありがとう、野口さん。お休み」


 野口さんが先に部屋を出て、しばらく待ってから俺は3年1組の明かりを消して、寝室に戻った。


(4日目、遂に山場が来るのかな…)


 <次回へ続く>

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