第24話 -合宿19・どうしよう-

「アタシは、今は好きな男の子はいないかなぁ」


「えっ?…いないの?」


 俺は予想外の答えに、驚きを禁じ得なかった。別に、俺の事を好きと言ってほしいとまでは思ってなかったが…。


「うん」


 そう言い切った伊野さんに、軽くショックを覚えつつ、何とか会話を続けなくては、と話し掛けた。


「伊野さん、中学の時に、男子から告白とかされなかった?」


「全然!中学の時は目立たない存在だったし。周りの子はバレンタインデーとか盛り上がってたけど、アタシは興味無くてね…。卒業式の後も、好きな男の子のボタンをもらわなきゃ!って友達は言ってたけど、アタシはさっさと帰っちゃったの」


「そうなんだ…」


 今まで俺と話す時、照れたりしてたのは、単純にそういう1vs1で誰かと話すシチュエーションに不慣れだからかもしれない。


 逆に指を包丁で怪我した時、サッと俺の指を咥えてくれたのも、実はそんなに俺の事を異性として意識してなかった、要は友達程度の存在の裏返しかもしれない。


「そういう上井君は、好きな女の子、いる?」


 伊野さんの好きな男子はいないという発言が俺の脳天に突き刺さり、あわよくば伊野さんが好きだと言うつもりだったのに、それどころか「好きな女の子がいる」、と言いにくくなってしまった。


「う、うーん…」


「特にいない、かな?」


「そっ、そうだね…」


 俺は大いなる嘘を付いてしまった。


「上井君は、神戸さんに痛い思いさせられちゃったもんね…。もう女の子なんか!って感じ?」


「まあ、あの子については…。もう別世界の人と思っとるけぇね。でも、まだ傷は治ってないよ。沢山付けられたし。こんな複数の傷に効果がある絆創膏って、ないかな〜」


「そうだね。流石にアタシの絆創膏でも治らないよね?」


 いや、本当は伊野さん自身が俺の絆創膏だったんだよ。


「そうだ!上井君、最近野口さんと仲良くしてるじゃない?野口さんなんて、どう?好きって思わない?」


「えっ、野口さん?}


「うん。結構さ、2人で話してる所、見ちゃってるんだよ、アタシ」


「そ、そうなんだ?」


 よりによって、今ここで野口さんの名前が出るか?


「野口さんなら、上井君の傷を治してくれるかもしれないよ」


 そういえば野口さんは、初日の夜に眠れない女子で恋愛暴露大会してたって言ってたよな?その時に伊野さんは、誰も好きな男の子はいないって言ったけど、野口さんがしつこく聞いたら、俺が良いって言ってくれたんだよな…。

 でもそれも、俺の神戸に対する本音みたいに、心の奥底に仕舞ってあって、今はオープンにする状態じゃないってことなのかもな。

 いや、それよりもまだ、俺は伊野さんの心に食い込めてないのかもしれない。


 だから野口さんをスケープゴートに出してきたのか?


「野口さんは、友達って感覚かな」


 俺は迷った挙句、ちょっと勇気を出してそう言ってみた。


「友達?そうなの?恋愛感情とかは、なし?」


「まあ…。ゼロと言ったら嘘になるかもしれないけど、彼女にして付き合おうとまでは思ってない、かな」


「でもさ、野口さんが上井君に話し掛ける時、Tシャツの裾を引っ張ってたり、上井君の脇腹を突いてたり、結構フレンドリーな感じじゃない?」


「まあ、それは野口さんの性格だよね。彼女は明るいし、積極的だし、俺のことも励ましてくれるし」


「そうね、性格にもよるかもね。野口さんとは、いつもどんな話してるの?」


 グイグイと来るなぁ…。伊野さんとの可能性が遠くなっていくような気がする…。


「うーん、まあ、お互いの悩みを話したりとか、相談に乗り合ったり、どうでもいい話もあるし…色々だよ」


 ここまで会話を進めたところで、校舎の男子階入口まで辿り着いた。ゆっくり歩いていたので、山中と太田さんの2人は、とっとと先に行ってしまい、部屋に戻ったのか、あるいは別の何処かへ行ったのかは、分からなかった。


「じゃあ明日、最後のお昼ご飯、頑張ろうね!」


「B班としてね」


「お休み、上井君。バイバーイ」


「うん、お休み…」


 伊野さんは軽く手を振って、1階上の女子階へ上がっていった。


 俺はボーッとその後姿を眺めていた。


(俺に対して思ってる感覚も、『友達』なのかなぁ…)


 伊野さんとの距離は縮まっているとは思うが、2人の間の温度差には大きな違いがある、と思わざるを得なかった。


 こんな時に相談できるのは…


 山中は、今はダメだ。

 大上は、神戸とのことは話しているが、今回の相談は一から話さなきゃいけないからちょっと面倒だ。

 村山は、野口さんとの関係の説明が面倒だ。

 伊東は、意外に新味になってくれるかもだが、大上と同じく最初から説明しなきゃいけない…。

 大村は、論外だ。


 なんだ、男子の同期は誰も当てにならないじゃないか。


 と、男子階の入り口でボーッと突っ立っていたら、上の女子階から女子が2人降りてきた。


「あれ?上井君、何しよるん?」


 そう声を掛けてくれたのは、ホルンの同期の広田さんと、意外な組み合わせに思えた松下弓子だった。


「あっ、シャワー帰りにちょっと涼んでたんよ」


「シャワー自体が冷たいのに?」


「意外と冷たい水を浴びると、後からホワーンってなってくるんだよ」


「確かにそうかも。シャワー浴びる時間にもよるんじゃろうけど」


「で、2人は今からシャワー?」


「うん。女子バレー部がいるらしいけど、まあアタシらが着く頃は大丈夫でしょ」


 あっそうだ、この2人のどちらかに、野口さんを呼んでもらおう!


「そうだ、ちょっと松下さん、ええ?」


「なに?」


 俺は小声で聞いた。


「野口さん、部屋におる?」


「マユ?うん、おったよ。チカちゃんと話しよった」


 あれ?大村と神戸は最後の夜だというのに、別行動なのか。


「ごめん、悪いけど、野口さん呼んできてくれん?」


「ええけど、高いよ?」


「うっ…。あ、明日の帰りのタクシー代、出しちゃげるけぇ…」


「ウフッ、冗談よ。ちょっと待ってて」


 松下弓子は、女子階へと上がって行ってくれた。


 広田さんを取り残すような形になってしまったので、ごめんね、と声を掛けた。


「ううん、何か色々あるんでしょ?上井君の周りで…」


「ハハッ、非モテのくせにね」


「いや、上井君は非モテじゃないと思うよ?アタシ達の中で一番非モテキャラは、大村君かな」


「大村?なんで?」


「いっつも神戸さんにベタベタしよるじゃん。じゃけぇ、同期の男子でも浮いとるじゃろ?いくら彼氏が出来ても、ああいうのはちょっとね…」


 意外だった。女性陣はいつの間にかやっぱり俺ら男子を観察しているんだな…。


「少なくとも、大村君は苦手、嫌いっていう女子もおるけど、上井君のことが苦手とか嫌いっていう女子はおらんもん。じゃけぇ、非モテじゃないよ。安心しんさい」


「励ましのお言葉、ありがとう。あ、励ましって、ハゲが増すことじゃないけぇね」


「アハハッ!多分ね、上井君のそんな飾らない所が、好感度があるんだと思うよ」


 そんな話をしていたところへ、松下弓子が野口さんを連れてきてくれた。


「はい上井君、お待たせ。お望みの野口さんよ」


「ありがとう。じゃ、シャワーごゆっくりどうぞ」


「は~い。行ってきまーす」


 シャワールームへ向かう2人を見送った後、野口さんに改めて話し掛けた。


「ごめん、寝とった?」


「いや、まだ起きてたけど…どしたん?今夜はもう上井君とは話さない…って言い方は変だね。お休み~って思ってたから、弓ちゃんに呼び出されてビックリしたけど」


「まあ、ここで話すのもナンじゃけぇ、どっか移動しようよ」


「じゃ、3年1組に行く?」


「ああ、食堂室なら、今は逆に誰もおらんもんね。そうしようか」


「じゃ、行こっ」


 先に野口さんが階段を上がって行く。俺は慌てて後を追った。まだ点いている階段の照明に照らされて、野口さんの背中には薄っすらとブラジャーが透けて見えていた。あとクラスマッチの時に分かったのだが、野口さんはお尻が大きい。だからか、ジャージのヒップ部分には、下着なのかブルマなのかどっちかは分からないが、何かのラインが浮き出ていた。


(つい見ちゃうよ…。いかん、いかん。俺が先に行くべきだった)


 3年1組に着き、一つだけ明かりを点けた。


「ふう、2階から4階へ上がると疲れるね」


 ニコッと笑いながら腰掛ける野口さんを見て、さっきエッチな視線で後ろ姿を見てしまったことを、心の中で詫びた。


「そうだね。流石に今はお茶とかはないかぁ」


「ま、最悪の時は手洗い場の水を飲めばええよ。で、深夜にアタシを呼び出したのは、一体なーに?」


 野口さんは手を組んで、その手に顎を乗せるという女の子ならではのポーズで俺を見つめている。


「さっきさ、野口さんに、もう伊野さんに告白しちゃいなよって言われたけど、ちょっと白紙に戻さなきゃいけんようになって…」


「えっ?なっ、なんのこと?何が起きたの?」


 本当に今回の合宿中は、メインの練習以外の出来事が多すぎる…。


「実は…」


 <次回へ続く>

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