第23話 -合宿18・最終夜4-
「あっ、上井君!待ってたの…。さっきはゴメンね」
山中の結果を聞くために走っていた俺に急ブレーキを踏ませたのは、伊野沙織だった。
「えっ、伊野さん?もしかして、結構長い時間待ってた?」
「ちょっと…、いや、待ってないよ。大丈夫」
「どうしたの?俺に用?」
「うん。さっき、椅子取りゲームで、アタシが上井君のことを突き飛ばして椅子を取っちゃったでしょ?しかも上井君、きっと…アタシの…お尻で…突き飛ばしちゃったと思って…。結構な勢いで前のめりで転んだじゃない?怪我とかしてない?」
「そんな…大丈夫だよ。でも、ありがとう」
「本当に大丈夫?アタシ、謝らなきゃって思って、絶対に上井君に会える場所はどこだろうと思って、男子階の入り口で待ってたの」
わざわざそんなことのために、俺をずっと待っててくれたのか…。伊野さんの心の優しさに又も触れた気がして、感動してしまった。
「そこまでしなくてもいいのに。伊野さんに吹っ飛ばされた~って、逆に笑いが取れたと思ってさ、音楽室が盛り上がったと思って嬉しかったんだよ」
「でもあんな前のめりに突っ込んで、本当に何処も痛くない?」
「…実はね、ちょっと両膝が痛い。あ、でも伊野さんが気にするような痛さじゃないけぇ、ホントに気にしないで!」
「ホントに?」
首を傾げて心配してくれる、伊野さん独特のポーズだ。これをやられると、俺はノックアウト状態になる。
「ホントだよ。だって今、走って降りてきたでしょ?それくらいに元気だから、大丈夫だよ」
俺は山中の結果を早く聞きたい反面、わざわざ伊野さんが男子階の入り口にまできて俺を待っててくれたことが嬉しくて、せっかくの機会にもう少し伊野さんと話してみたいという欲が出てきた。何かネタはないかな…。
「上井君、指の怪我の方はどう?」
伊野さんからネタを振ってくれた。ラッキー♪
「ここだよね、この絆創膏の場所」
「えっ、まだ治ってないの?」
「いや、もう治ってると思うんだ。だけど、あの、なんかこの絆創膏を剥がすのが勿体ないというか…」
「ふふっ、上井君も不思議な面があるのね」
「だって、女の子に直接貼ってもらえた絆創膏じゃもん。大切にしたくて」
「そんなこと…言われると…照れちゃうよ」
伊野さんはちょっと暗くても分かるほど顔を赤くして、下を向いてモジモジしていた。
「あのさ、」「あ、上井君、あの」
同時に話し声が被ってしまった。
「ごめん、伊野さん。どうぞお先に」
「ううん、上井君こそ、先に言って」
「いや、俺の話なんてどーーーでもいい話じゃけぇ。先に伊野さんから言ってよ」
「えっ、そこまで言われたら…。あのね、明日の帰りも、来た時の4人で帰ろうねって言おうとしたの」
「あっ、そりゃあもちろん!一緒に帰ろうね」
「で、上井君の話は?」
「いやこれが実につまらん話なんじゃけど…」
「なんでもいいよ?」
「…今日はもうシャワー浴びた?ってだけ。ね?ザ・どーーーでもいい話でしょ?」
「あははっ!そこまで強調しなくてもいいのに。答えは、今から、だよ」
「そうなんじゃね。俺も今からじゃけぇ、もしかしたらシャワー室で顔を合わせるかもね」
「そうだね。じゃ、とりあえずアタシは女子の部屋に戻るね」
「うん。一応、バイバイ」
「うん、バイバイ」
お互いに軽く手を振り合って、伊野さんと別れた。
もう俺はこのまま冷水シャワーに打たれて死んでもいいとまで思った。
女の子とこんな楽しく1vs1で話せるなんて…。夢みたいだ!
「…上井?どうした?頭の上に蝶が舞ってるぞ」
寝室に戻った俺の様子を見て、先に戻っていた山中が声を掛けてくれた。
「山中、シャワーに行こうぜ!」
「あっ、ああ。俺も今、そう言おうとしてたところじゃけど」
「おっ、ということは!めでたいな~」
「上井、お前、酔ってんのか?」
「いやいや、酒なんてあるわけないじゃん。人間って、酒なんかなくても幸せになれるんだなぁ」
俺は有頂天な気持ちで、着替えを準備し、山中と一緒にシャワー室へ向かった。
先にシャワーを浴びていた男子が、シャワーを終えて戻ってくるのとすれ違ったが、その中に村山がいて、俺の変な雰囲気に「大丈夫か?」と声を掛けてきた。
シャワー室に着いたが、残念ながら伊野さんとはここまででは出会わなかった。
「山中の方は、スムーズに行ったん?」
服を脱ぎながら、山中に聞いた。
「まあな、視聴覚室前に着いたら、先に太田さんがもう来とって。『こんな時間にこんな場所へ呼び出すから、アタシが言いたいことは分かるかもしれんけど…』と始まってな。あとはストレートに告白されて、俺はうん、ええよって返事した。つまらんかったか?」
「いや、つまるよ。カップル誕生って嬉しいよな。広めてもええんか?」
「うーん…。しばらくは黙っといてくれるか?彼女の意向もあるじゃろうし」
2人してそのままシャワールームへ行き、冷水を浴びながら体を洗った。俺は体が火照ってるのか、シャワーが気持ちいい。
「上井は、何かええことがあったんか?フニャフニャになって寝室に戻ってきたけど」
シャワー中だが2人しかいないので、山中の声もよく聞こえた。
「俺?ちょっとだけね」
「ちょっとだけよ〜か?アンタも好きねーと返しといてやるか、とりあえず」
「まあ、片思いの相手と結構2人きりで喋れたんよ。それだけで嬉しくなるんじゃけぇ、単純だよな、俺も」
「伊野さんか?じゃあ、上井と話すために、あそこにおったんか…」
「え?そしたら、やっぱり結構前から待ってたような感じ?」
「ああ。誰かに用?って聞いたんじゃけど、ちょっと…ってはぐらかされたんよ。上井目的だったんか。そりゃあ、お前も嬉しいよな」
「うん、嬉しかった。椅子取りゲームの最後の方で、俺が空いてると思った椅子に突進したら、伊野さんに吹っ飛ばされたじゃろ?それをすごい気にしててさ」
「そうか。俺は上井が前のめりに必要以上に吹っ飛んだように見えたけぇ、笑いを取りに行っとるなと思ったけど」
「そう。ちょっと両膝を打って痛かったのは想定外じゃったけどね」
「でも優しいな、伊野さんって。わざわざそのことを気にして、上井に会いに男子階に来たんじゃけぇ。どうせなら許さない!って言ってさ、その時に穿いてたパンツの色を教えてくれたら許すとかやれば良かったんに」
「お前、他人事だからそんなこと言っとるじゃろ?んなことあのシャイな伊野さんに言えるわけないって!それこそ、二度と喋ってもらえんようになるって」
一度だけ中学の時、ブルマから白いパンツがはみ出ていたのを見掛けたことはある…と言いそうになったが、変にこの話が広まるのもヤバいので、黙っておいた。
「そろそろ出るか?」
「そうじゃね。気持ちよかった~」
服を着替えて、山中と同時にシャワー室から出ると、ちょうどシャワーにやって来た伊野さん、太田さんの2人と出会った。
「あっ、山中君…。シャワー終わったの?」
「うん。ウワイモと一緒に終わったところ」
「イモは余計じゃっつーの」
「あははっ、2人のこのやり取り、定番だよね、サオちゃん」
「うん。上井君が山中君と一緒にいるのを見ると、なんか安心するよ」
「えっそう?村山よりも?」
「うーん…。村山君は高校に入って、ちょっと変わっちゃったかな?中学2年からずっと同じじゃったけぇ、そう思うんかもしれんけどね。あ、村山君には内緒ね」
「もちろん!」
その後、太田さんは彼氏になった山中に話し掛けていた。
「ねぇ、山中君…」
「ん?」
「この後、時間ある?」
「あっ、ああ。そりゃ大丈夫じゃけど」
「アタシとサオちゃんがシャワー上がるの、待っててくれたら嬉しいな、なんて…。我儘かな?」
「いやいや、喜んで待っちゃげるいね。ウワイモはどっかに干しとくけぇ、気にせんとゆっくり浴びておいでよ。中の待合みたいなスペースにおるから」
「本当??嬉しいな♪じゃ、ちょっとだけ待っててね。行こう、サオちゃん」
「あっ、ちょっと待って…。山中君が太田さんを待つんなら、上井君も一緒?だよね?」
伊野さんが若干不安そうに聞いてきた。
「俺?山中次第かなぁ。なんか俺を干すとか言ってるし」
「えー、山中君、上井君も一緒に待つよね?」
「あっ、伊野さんがそう言うんなら…」
「良かった。シャワーの帰りに、太田さんと山中君のラブラブモードにやられたら、アタシ身の置き場がなかったから…。ごめんね、上井君。一緒に戻ろうよ?」
「分かったよ~。OK!ゆっくりとシャワー浴びてきんさいね」
「ありがとう~」
女子2人の合唱と共に、俺らも再びシャワー室へ入った。
2人が女性ルームへと入った後、俺と山中は待合所で、狂喜乱舞状態になった。
「山中、早速カップルってところを見せつけてくれちゃって!たまんないね~」
「上井こそ、一緒に戻ろうってせがまれてたじゃんか!」
「なんにしろシャワー浴びたばかりの女子高生と並んで歩けるなんて、3日目の夜にして初めてじゃけぇ、嬉しくないわけがないよな!」
俺は初日にシャワー上がりの前田先輩をこの待合所で待たせて、いい香りを嗅ぎながら、いろんな話をしつつ校舎に戻ったのを忘れている。都合のいいアホ具合だった…。
そこへ、女子の声が聞こえたかと思ったら、女子バレー部の1年生軍団がやって来た。
結構な人数だったので、全員は無理じゃないか?
笹木さんがいたので、俺は声を掛けた。
「笹木さん、今ブラスの女子が2人入っとるんよ。じゃけぇ、みなさん全員は無理かも…」
「あら上井君。待合所で何してんの?」
女子バレー部軍団は、練習直後に来たからか、例によって汗だくになったシャツの半袖分を更に折り込んで、下半身もブルマだけ、しかもシャツはブルマに入れずに、裾をパタパタさせて体を冷やしている部員が殆どだった。
「あ、山中君に上井君。一晩話さんかっただけで久しぶり感が凄いわ~」
「田中さんか。汗だくじゃね。最終日の夜もずっと練習じゃったん?」
「そうなんよ。なんか噂では、ブラスは今晩は椅子取りゲームして遊んだんだって?なんて羨ましいの~」
「え?ホンマなん、上井君?」
「うん。親睦を深めましょうって言って、最初はフルーツバスケットして、次に椅子取りゲームしたんよ。意外に面白かったよ」
「ええなぁ…。アタシらなんて最終日だからって、9時で終わらずに10時まで練習させられたんよ~。体の中の水分が全部出て行ったわ」
「じゃけぇ、なんだか見ちゃいけないような状態になっとるよね、体操服が…」
「あ、体操服?もうアタシらには恥も外聞もないけぇ、どうぞご覧になって下さい状態よ、もう」
「じゃあ今すぐでもシャワー浴びたいと思うけど、多分今来たみんなでシャワールームが埋まる計算で来とるよね。さっきも言ったけど、ブラスの女子2人が入っとるけぇ、その2人が上がるまでは誰か2人、待合室で待たにゃいけんわ…」
「そうなの?そうじゃね…。じゃ、アタシは待つわ」
笹木さんが言った。俺という話し相手がいるからだろう。
「アタシも待つ~」
「えー、田中は危険だわ。入りんさい、先に」
「なんでよ~」
「じゃ、アタシが決めるね。林の愛美ちゃん、一緒に待ってようよ」
「アタシ?うん、いいよ」
ということで、ブラスの女子2人が上がるまで、全身から熱気を放出中の女子バレー部1年、笹木さんと林さんが待ち組になった。
「でも上井君達は、なんで女子2人を待ってるの?」
「まあ簡単に言えば、ボディガードかな?」
俺はそう言い、山中に目で合図した。
「そうそう、変な奴が出ちゃいけんしね。偶然俺らと一緒のタイミングになったんじゃけど、女子は時間が掛かるじゃろ、どしても。ほいじゃけぇ、ここで待っとるんよ」
「なるほどねー」
「でも1回の練習でそんなに汗かくんなら、一日に3回でも4回でもシャワー浴びたいんじゃない?」
「いや、ホンマにそうなんよ。今の1年生で、来年も合宿するなら、変えていきたいって話しとるんよね、愛美ちゃん」
「そうそう。中学のバレー部でも、こんなに汗かくことはなかったしさ。もう何枚着替えがあっても足らんのよ」
「じゃけぇ、先輩らは分かってて、下着とか体操服はね、手洗いじゃけど洗濯しよるんよ!卑怯じゃと思わん?で、乾いたらまた使い回してて。事前に教えてよって話よね」
「なんか、女子バレー部って、1年と2年の仲が悪いね…」
俺と山中が苦笑いしながら話すと、
「なんかね、スポーツ系部活の嫌な面が詰まってる感じ。逆にそんな面を見てるから、今の1年は、来年はもっと風通し良くしようねって団結してるの」
「なんとなく俺らも、似たようなことは思ってるよ」
「でもウチらほどじゃないでしょ?本当は実態を教えてあげたいけど、流石にここでは出来ないんじゃけどね。ブルマを脱いでギュッてしぼったら、汗がジャーッて流れてくるんよ」
「ブルマで?じゃあちょっと失礼な話というか、エッチな話というか、パンツも凄いことになっとるんじゃないん?」
「パンツなんかもう、濡れ雑巾みたいなもんよ。もう赤裸々に話すけど、トイレに行って、一回脱ぐじゃない?トイレが終わった後、同じパンツを穿くの、嫌だもん」
「ひゃあ…。過酷なスポーツ部の実態じゃね…。スケベな気持ちもなくなるというか」
そんな話をしていたら、太田さんと伊野さんが女子のシャワールームから出てくるのが見えた。
「あ、俺らの待ち人がシャワー終わったみたいだよ。笹木さん、林さん、シャワーお待たせ〜」
「うん、ありがとうね。あ、誰かと思ったら伊野さん!」
「あーっ、笹木さん!林さんもだ!久しぶり〜。わあ、凄い汗だくね。もしかしてアタシ達を待ってた?」
「ちょっとだけね。上井君達と話ししてたから大丈夫だよ」
「そうそう、途中で急に賑やかになったけぇ、誰が入ってきたんだろうって思ってたの。女子バレー部だったんだね」
「うん。もう練習でグタグタよー」
「た、確かに…。その格好、男の子には目の毒じゃない?」
「いや、上井君達の前じゃ、今更もう恥も外聞もないんだ、アハハッ」
「確かにそうかも。話の内容がぶっ飛んでるから、目の毒になる前に浄化されちゃうよ」
「じゃあ愛美ちゃん、シャワー行こうよ。みんな、ありがとうね」
「はーい、お休み〜」
2人はシャワールームへと入って行った。それを見届け、4人はシャワー室から外へ出た。
自然と山中と太田さんが並ぶので、伊野さんはちょっと後から、俺と並ぶように歩くようになる。
「シャワーどうだった?」
「安定の冷たさだったよ。上井君は?」
「なんかね、体が火照ってたからか、気持ち良かったよ」
「えー、ホント?火照るって、珍しいね」
そりゃあ、貴女が原因だから…とは言えず、回答に迷ってしまった。
「レクリエーションとか、その後とかも走り回ってたからかな?」
と誤魔化した。
「でも、3日間早かったよね。今朝上井君達と一緒にタクシーに乗って、高校に来たような気がするよ」
「そうだね。3日間とも天気が良かったし、屋上に上がれたら、星とかも綺麗に見えたかもしれないね」
「わぁ、ロマンチックだね。弓ちゃんなら、ずっと屋上にいそうだね」
その間に山中達を見ると、すっかり山中と太田、ふたりだけの世界が出来上がっていた。
「あの2人、もうあんなにラブラブだね」
「うん。アタシね、太田ちゃんから、山中君のことが好きってのを、クラの中で1人だけ教えてくれてたんだよ」
「えっ、そうなの?」
「だから、上手くいきますようにって、祈ってたの。でもあの様子なら、大丈夫みたいだよね」
「へーっ、全然知らなかったよ」
「アタシも誰にも言わなかったしね。エヘッ」
「伊野さん、完璧に秘密を守ったんだね」
「うん。でね、さっきも太田ちゃんからは、今度はアタシの番よって言われたの」
俺は俄に緊張した。
「そっ、そうなんだね!いっ、伊野さん、誰か、好きな男子とか、いるの?」
「アタシ?アタシはね…」
<次回へ続く>
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