第22話 -合宿17・最終夜3-
「皆さん、揃ってますか?じゃあ吹奏楽部夏の合宿最後の夜恒例のレクリエーションを始めたいと思います!」
須藤部長がレクリエーションの始まりを告げた
イエーイ!
合奏前とは違って、みんなイキイキしている。
「では準備しなきゃいけないんですけど、まず譜面台を片付けてください。さっき俺が片付けにトライしてみたんですが、まだ譜面が残ってたり、皆さんの私物があったりしたので、手を付けずにそのままにしてありますので」
ハーイ!みんないつもこれぐらいのペースで動けよな…というスピードで譜面台が片付けられていく。
「その次は、パイプ椅子を大きな円にしますが、最初にフルーツバスケットしますか?椅子取りゲームやりますか?」
なんとなく部長が問いかけたら、フルーツバスケットという声が多かったようだ。
「では、椅子を内側に向けて、大きな円を描くように座って下さい。最初は俺が鬼になりますんで、みんなが座っている状態で椅子の余りがなければOKです」
場が盛り上がりながら、あーだこーだ言いつつ、大きな円が少しずつ作られていく。ちなみに福崎先生は、審判だそうだ。
ちなみに俺は、右隣に打楽器の田中先輩、左隣にクラリネットの神田先輩が座った。
「はい、大体いい感じですね。隣との距離感、大丈夫ですか?近すぎず、遠すぎずで…。では一発目、いきますよ!『2年生』!はい、動いて下さい!」
えーっという女子の先輩の声が響き渡る。俺の両隣は空いた訳で、誰が狙ってくるのかなと思ったらなかなか気付かれない。
「先輩、空いてますよ!」
と俺は、彷徨っている数名の先輩に声を掛けた。
すると、空いてる椅子見付けた!とばかりに、一気に俺の両隣へ先輩方が殺到した。
俺の左をゲットしたのは前田先輩で、右をゲットしたのは織田先輩だった。
「上井君、ありがとうね。あっ、右は織田ちゃんじゃん。両手に華だよ〜」
「また前田ちゃん、上手いこと言うんじゃけぇ」
両脇に美人系の先輩に座られ、若干緊張してしまった。しかし女の人って、いい香りがするよな…。
ん?もしかしたら…
「…両先輩、シャワーもしかして、もう浴びられました?」
「え?分かる?」
2人同時に返事が返ってきた。
「はい、あのぉ、素敵な女性ならではの、素敵な香りが…」
「ハハッ、上井君、嬉しい事言ってくれるけど、何も出ないよ♫」
織田先輩がそう言って、俺の右頬をチョンと突いた。
「あ、織田ちゃん、ウチの上井君にチョッカイ出しちゃダメ〜」
今度は前田先輩がそう言って、俺の左腕を引っ張った。
嗚呼、美人な年上の女性に取り合いされる日が来るなんて…💖これは夢か幻か…💕
「じゃあ今度は『木管楽器』!」
織田先輩と前田先輩に挟まれてニヤニヤしていたら、いつの間にか次の鬼になっていた八田先輩がそう言った。
「おわっ、忘れてた!ゲームの途中だった!」
木管パートの部員が動き出した。出遅れた俺は…
椅子をゲット出来ず、鬼になってしまった。
「上井くーん、なんか面白いの言って〜」
誰か分からなかったが、女子から声が掛かった。
「えーっと…。面白いの?うーん…じゃ、性別が女性の人!」
何それー!という声が多数上がったが、男子以外が入り乱れているので、その間隙を付いて俺は椅子をゲット出来た。
その後も、『木管の人』『高校で吹奏楽始めた人』『シャワーで水着着た人』など色々なネタが出て、いつまでも続きそうな勢いだった。
最終的には鬼になった人がもうネタがないとギブアップし、一旦休憩となった。
結構ハードで、みんな汗をかいている。ついつい俺も悲しい男の性で、女子の背中を見てしまうのだが、ほとんどの女子は透けて見えるのが分かっていて、ごく普通の白いブラジャーを付けている。
だが2年生の中には、ピンクのブラジャーを着けている先輩もいて、ちょっと驚いててしまった。
10分の休憩後、今度は椅子の向きを逆にして、椅子取りゲームを始めた。
BGMは福崎先生が持っている、マーチの曲が沢山入ったカセットだった。
「じゃあ進行は俺がやります。まず全員起立してもらって…」
すっかり進行役としてノリノリな須藤部長はラジカセをセットし、1回毎に椅子を何個か抜いていくが、何個抜くかは気分次第、と説明していた。
実際に始まってからは、俺は必死に椅子取りに拘り、なんとか残り少ない数名まで残ったが、その残り数名の中に、なんと伊野さんも残っていた。
「次は椅子を2つ減らすので、2人脱落します。残りは6人ですが、誰が生き残るかな?」
須藤部長はDJか!というノリで進行役をしていた。
2つ減らされ、残り4つになった椅子を狙う6人の内、男はなんと俺だけになっていた。
「ミュージック、スタート!」
6人が牽制し合って、なかなか動かない。が、なかなかマーチが終わらないので、少しずつ動き出したところ、急にマーチがストップされた。
「おわっ、今かよ!」
思わずそう叫び、空いてる椅子を狙ったら、女子が間一髪先に、俺が狙った椅子に座って、俺は弾き飛ばされるように床にダイブしてしまった。
どうせ飛ばされるなら派手に飛んでウケようと思っていたら、ドッとウケたので、個人的にはなんとなく嬉しかったが、弾き飛ばされて両膝を打ったのは予想外で痛かった。
(イテー、誰に負けたんだ?)
振り返って、俺が座ろうとした椅子を見たら、なんと伊野さんが座っていた。
(えっ?俺、伊野さんのお尻にふっ飛ばされたの?)
伊野さんと目が合った。
(ゴメンね)
という感じで両手を合わせて、俺のことを見ていたので、軽く手を振って大丈夫!と、親指を立ててみた。両膝は痛いけど。
後は女子4人での決勝になった。
それぞれパートが違うので、各パートから応援の声が飛ぶ。
「じゃ、ここでも2つ椅子を抜きます。誰が生き残るかな?」
完全に須藤部長は楽しんでる。俺は伊野さん頑張れーと、心の中で応援していた。
「はい、お疲れ様でした。椅子取りゲームは、トランペットの高橋さんが優勝でした!」
ワーッと拍手が起きるが、俺は伊野さんが脱落したのが残念だった。
「優勝商品は、今回使ったマーチの曲カセットテープです!先生から頂きました~」
「えー…。でも嬉しいです!部長、進行役お疲れさまでした」
えー…で笑いが起きたが、その後は拍手の中、高橋先輩は照れながらトランペットパートがいる所へ戻り、チョコンと座った。
時間にして9時ちょっと前だったので、これで終わりだろう…。
「みなさん、楽しく過ごされたことと思います。ぜひこれからもみなさんと一緒に、いい音楽を作り上げていきたいと思いますので、よろしくお願いします」
須藤部長がそう締めてから、この後と明日の予定を簡単に説明し、解散となった。
この後は例によって自由時間、明日は6時半からラジオ体操、午前中はパート練習ではなく合奏し、最後に昼ご飯を食べてから片付けて解散という流れだった。
俺にとっては、これからが合宿のハイライト。太田さんと山中がカップルになるのを確認するイベントが待っていた。
「山中、呼びされた場所はどこなん?」
あえてしばらく音楽室で待機している山中を捕まえて、尋ねた。
「視聴覚室の前」
「え?サックスのパート練習室の前なん?」
「あ、サックスは視聴覚でパー練しよるんか。まあ多分、見つかりにくいから、そこにしたんじゃと思う」
「そっか。俺、付いてってもいい?」
「うーん…。一応、俺1人で行かせてくれ、悪いけど。それで、寝室で待っててくれよ。もしカップルになった時のサインは、一緒にシャワー浴びに行こう。予想外の展開だった時は、明日のB班の打ち合わせ、にして、何にしろ上井を呼び出すから」
「ああ、分かったよ。確かに太田さんは多分1人で待ってるのに、俺が付き添いで現れたら、いい気はしないよな。じゃあ、吉報待ってるよ」
「わりいな、上井。ありがとう」
山中とは音楽室で別れ、俺は1人で寝室に向かった。
「ウワイクーン」
何処かから俺を呼ぶ声が聞こえる。聞き間違いじゃなければ、恐らく屋上に通じる階段の途中から野口さんが呼んでいるはず…。
「ノグチサーン、ゴキゲンイカガ?」
俺も小声で返した。
「こっちこっち。よかった、今日も聞こえて」
「聞こえるよ。野口さんの声は通る声じゃけぇね。どしたん?」
「色々あるんじゃけど…」
「色々?まだ何か野口さんに迷惑かけるようなこと、残しとったっけ?」
「まあ、階段じゃけど座ってよ」
「あ、うん」
野口さんと並ぶようにして、階段の踊り場から一段目に座った。
「あのね、本当に悪いと思っとるんじゃけど…」
「なっ、何そのカウンターパンチ」
「さっき夕飯の後、3年2組で上井君と山中君が話しよるのを、ちょっと聞いてしもうたんよ」
「…うん。それで?」
「その話を聞いて感じたんじゃけどね。上井君、もうサオちゃんに告白すればええんじゃない?」
「はいっ?」
「今頃、太田さんと山中君は、多分告白してカップルになるじゃろ?上井君、他人の相談とか親身になって聞いてくれてるし、応援とかも熱心にしてるし、アタシも助けてもらったけど、そろそろ上井君自身も昔の傷を治すためにも、自分の幸せを掴まなきゃ」
「なっ、何をまた急に…」
「急じゃ、ないよ」
「……」
「上井君、サオちゃんのことを、文化祭の前位から好きなんでしょ?文化祭って言ったら2か月近く前じゃない。その頃、アタシ初めて上井君に、例のお願いするのに初めて話し掛けたけど、その時上井君は、好きな子はいないって言ったの。覚えてる?」
俺は覚えていた。荒唐無稽なお願いをする子だなと思いつつ、彼女も好きな子もいないことにしたのを。
「…うん」
「どうして?なんでサオちゃんのことが好きだって、隠したの?」
「そっ、それは…」
まさか今頃、特大ブーメランとなって、とりあえず黙っとこうと思ったことが返ってくるとは…。
「まさか、アタシとサオちゃんの2人を同時に狙ったとか?」
「ばっ、馬鹿な!それはないよ」
「…そうよね。言い過ぎた。ごめんね…」
「率直に言えば、確かに伊野さんのことを好きだなと思い始めてはいたけどさ、まだ全然スタートラインにも立ってなかったというか…。まだ村山にも隠してたし。誰にも胸の内は明かしてなかったんよ。そんなタイミングじゃったけぇ、ちょっと迷ったのは事実じゃけど、あの時点では野口さんも含めて、誰にも伊野さんのことが好きとか気になるとかは、一切言ってないんだ。だから…だよ」
「そうなんだ…。ねぇ、男子って、好きな女の子の話とか、あまりしないの?」
「うーん…。自分の場合に限られちゃうけど、そんなにしない」
「去年、チカのことを好きになったんでしょ?村山君に教えたのはいつ頃?」
「結構遅かったよ。付き合い始めてからかもしれん」
「そんなもんなの?ホンマに?」
「うん。だから今回の伊野さんみたいに、いつの間にか周りに知られていくってのは初めてで、どうしようと思ってるのが正直な気持ち」
「そうなんだ…。男子と女子の違いなんかね?」
「いや、俺がオクテなのが影響しとるとは思うんよ。だから、なかなか次に踏み切れないし。さっき椅子取りゲームで、伊野さんに椅子を取られたじゃろ?」
「あっ、終盤でね」
「あれだけでも、伊野さんのお尻が当たってしまった…って、俺、嫌われてないか心配なんじゃけぇ」
「そうなん?でも…嫌いな人の指は舐めないよ」
「へっ?」
「冷奴のお話し」
「あー、はいはい。これね」
俺は、今も必死に貼り続けている伊野さんに貼ってもらった絆創膏を見せた。
「え、もう剥がしても大丈夫じゃないん?」
「多分、この傷はもう治っとるよ。でも合宿終わるまでは、無理にでも貼り続けようと思って。伊野さんへのせめてものアピール…。バカだよね、俺も」
「上井君ってピュアなんだね。結構さ、アタシが上井君を引っ張り込んで話すことが多いけど、アタシの目を真っ直ぐ見てくれたことって、ある?あまりないよね?アタシは上井君のピュアさの表れだと思ってる。だからサオちゃんに、そんなピュアな気持ちでアタックすれば、きっと上手くいくと思うよ」
「いや、でも今夜今からってのはご勘弁を…」
「分かったよぉ。ウブなんじゃけぇ」
「じゃ、今日は俺が先に行くね。山中がどうなったか、教えてもらうことになっとるから…」
「うん。アタシはもうしばらく、ここから月を眺めてから帰るね。じゃあね」
「じゃ、また明日…」
「お休み!」
女の怖さと優しさを同時に感じた、最後の夜…。女というより、野口さん限定なのだろうか。途中、冷や汗をかいた場面もあったが。
後は山中の吉報を聞きに戻るとするか!
と、男子寝室階へと急いで向かったが、入口で俺は急ブレーキを踏んだ。
「そこにいるのは…?」
<次回へ続く>
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