第21話 -合宿16・最終夜2-

 夕飯もカレーだからかペースが早く、俺は1杯だけお代わりすることが出来た。


 その後、山中とさっきの話を、隣の3年2組に移って続けることにした。


「音楽室には7時半までに行けばええんよね?」


「ああ、多分。悪いな、上井の休み時間まで使ってしもうて」


「構わんよ。まあこの合宿中は、休み時間に何かが起きる!って感じではあるけど」


「なんやそれ。ま、続きじゃけど…。上井、お前ならどうする?」


「俺なら?」


 俺はそんなモテ期があったことがないから分からない…。


 しいて言えば去年の夏、コンクールの後に同期生で一番可愛い女子、ミス緒方中があれば間違いなくトップ当選する女の子から、実は上井君が好きだったと聞かされた衝撃はあったが、アレは先に神戸と付き合い始めていて、それを受けての告白だったから、本人に言わせれば心のケジメを付ける為に過去形だが告白させてもらったとのことで…。


 でもほんの少し、どうせならなんでもっと早く教えてくれなかったのかと思ったことは、墓場まで持っていく秘密にしてある。


 あとは今になって周りが何を今更という感じで言ってくる、上井は後輩女子からモテていた説。これが億万が一本当ならば、去年はモテ期だったのかもしれないが、告白してきた後輩の女子は実際はいないので、相手も不明な上、事の真偽もよく分からんし、確か最初に聞いた時は神戸がそんなことを言い出したと記憶しているので、モテ期カウントには入れられないだろう。


 勇気を出して告白してくれたのは、卒業式後、学ランのボタンを下さいと言ってくれた福本さんだけだ。

 今頃、豊橋で何してるんだろうな…。



「…上井?そんなに悩ませちゃったか?」


「え?」


「凄い顔したかと思ったらそのままずーっと下向いて考えよったけぇ、深刻に悩ませてしもうたかと思って」


「あ、ゴメン。つい余計なことまで考えよったから…」


「神戸さんのこととかか?」


「まあそれもちょっと含まれる」


「そっか、悪かったな…。まだ傷は完治しとらんのじゃろ?」


「今の、伊野さんに対する片思いが成就したら、かなり治るとは思うけど、それで傷が全治して、あの人と喋れるようになるかどうかは別かもしれないなぁ…」


「本当に重症じゃな、お前の受けた傷は」


「単にフラれただけなら、とっくに治っとると思うよ。その後にあり得ないことがあり得てしまって、今に至っとるけぇ、こう、長期化しとるというか」


「そんな上井にこんな質問して申し訳なかったけど、いま一度聞くよ。お前なら、どっちの女の子を選ぶ?」


「一応答えは出したんじゃけど、確認を一つ。今の彼女とはラブラブなん?」


「それか。うーん…告白されたから付き合ったけど、正直言えば江田島合宿から1学期終了までにやったことって、一緒に帰るくらいなんよ。まだお互いに相手を慎重に観察しとる段階と言えばカッコええかもしれんけど」


「じゃ、俺の答えでいいと思うんじゃが…」


「上井はどっちの女の子を選ぶ?」


「太田さん」


「ほう…。どうしてその結論になったん?」


「太田さんとは、これからも吹奏楽部で長く顔を合わせるじゃん。なのに告白を拒否したら、気まずいじゃん。女子との気まずい先例は俺だけで十分じゃけぇ」


「なるほどね…」


「多分太田さんは、前から山中のことが好きだった…やっと合宿という告白のチャンスがやって来た、でも失敗した…ってなったら、コンクールにも悪影響じゃし、下手したら退部してしまうかもしれん」


「そこまで悪い予想を立てれるんか、お前は」


「まあ、非モテ野郎じゃけぇね。片方の同じクラスの子には、他に好きな子が出来たとか何とか言って、上手く別れられるか?」


「そこは2学期になってみんと分からん」


「じゃろ?夏休み約40日間会えないのに、特に連絡も来てないんじゃろ?海やプールに行こうとか」


「まあ、来てないし、俺も電話してないし」


「案外スッキリ別れられるかもな。とりあえず今夜山中は、太田さんに対してイエスの返事をしてあげなよ。太田さんも俺はあんまり喋ったことは無いけど、綺麗な女の子だと思うし、密かに太田さんのことを思ってる男子も多いかもしれん。倍率高い女子だよ、きっと。頑張れよ」


「ああ、分かったよ。俺もちょっとスッキリしたよ。またちゃんと結果は教えるけぇ。ありがとうな。もし俺が太田さんと付き合うことになったら、次はお前の番じゃけぇの」


「まあ俺はどうなるやら…。頑張ってる途中じゃけどな」


 ふと時計を見たら、もう7時を回っていた。


「音楽室、そのまま行く?」


「そうするか。寝室によってヘタに横になったら寝そうやし」


 俺と山中は、そう言って音楽室へ向かった。




 ……壁に耳あり障子に目ありとは、よく出来た諺だと思う。


 この会話を、廊下で息を殺して聞いていた部員がいた。


 お察しの通り、D班だった村山、神戸、野口の3人だ。


「太田さん、山中君のこと、好きだったんじゃね」


 ポツリと呟いたのは、神戸だった。


「同じパートにおっても、分かんないもんだね。まあまだそんな深い会話をしたことが無いのもあるけどさっ」


「野口さんも神戸さんも、今のは初耳じゃったん?」


「うん」


 2人同時に答えが返ってきた。


「でも会話はそれだけじゃなかったね。アタシも会話の中に出てきてたし」


「チカが上井君に付けた傷は重症って部分?」


「うん…。確か、フラれただけで終わってたら、もう気にしなくなってると思うけど、その後に色々ありすぎるから今でも喋れんって、そんな感じだったよね?」


「そうね。でもチカには悪いけど、中3の時に上井君をフッて、大村君と付き合うことに至るまで、全ての流れが上井君には傷になってるんだよ。もしかしたら、治りかけた…ってタイミングで新たな傷を付けてたりしたのかもしれないね」


「でも上井って、アイツが自虐するほどモテないわけじゃないとは思うんよ。神戸さんが言いよったじゃん、中学校の吹奏楽の後輩女子で上井のことを好きだった子が何人かおるって」


「うん。でも彼は認めてないんでしょ?」


「まあな。俺がその話を聞いてみた時、全否定じゃった。でも1人は確実なんよね?船木さんの打楽器の後輩の子は、上井のことを好きだったらしいって聞いたし」


「そう。その子も入れて、少なくとも3人は上井君のことを好きだった女の子がいたのを把握してるのよ」


「でもさ、上井君にしてみたら、今更そんなこと言われても困るって部分があるのかもよ?だから頑なに否定して、自分は非モテ、非モテ、思い上がるなって、自分に言い聞かせてるのかもしれないね」


「一理あるかもなぁ。アイツ、伊野さんのことを気になりだしたのが、文化祭前くらいだったんよ。それからもう2ヶ月経っとるじゃん。大村のペースでは考えられないじゃろ?2ヶ月経ってもまだ慎重で、ちょっと伊野さんと話が出来ただけで照れて喜ぶなんて」


「大村君は大村君で、押しが強すぎたのもあるんだよね…。江田島で告白されて、返事を待ってもらってる間も、毎日のように、どう?今日はどう?そろそろ答え聞かせて?って波状攻撃だったし」


「そんなのを聞いたら、上井君も山中君じゃないけど、今夜辺り、サオちゃんに告白してもええのにね。押しに押さなきゃ、サオちゃんも照れ屋さんじゃけぇ…。でも初日の冷奴事件もあることだし、あの2人、見てるとちょっともどかいしんじゃけど、いい雰囲気で話しとるんよね」


「初日の冷奴事件って、なに?」


「村山君だけ知らんのかいね?あのね、簡単に言えば上井君が豆腐を包丁で切ってたら、指まで切っちゃって、その怪我をサオちゃんが的確に処置したってことなんよ」


「ふむ…。上井にしたら嬉しい展開だな」


「オプションがあるの、この話には」


「オプション?」


「上井君が指を切った瞬間、サオちゃんは上井君の指を消毒するからっていって、何秒か口に含んだのよ」


「マジで!?上井にそんなことしたら、アイツ、女子の免疫がないけぇ、却って血が噴き出たんじゃないんか?」


「プッ、まさか。でも確実に上井君がサオちゃんのことを好きっていうレベルは、上がったわね」


「じゃろうね…」


「まあ今から上井君をけしかけるのは無理だとしても、何とかこの後、コンクールか、最悪でも体育祭とかで、2人をくっ付けたいんだ、アタシは」


「マユ、合宿中も上井君と色々話してるもんね。それこそ、マユと上井君がカップルに見えるくらいに」


「そうなん!?」


「村山君、船木ちゃんと付き合ってて、アンテナが鈍っとるんじゃないん?部内の状況は日一日ごとに刻々と変わりよるよ」


「野口さん、もしかして上井のことが好きなん?」


「えー?…そりゃ、好きか嫌いか?って聞かれたら好きだよ。真面目で優しいし。ちょっとウブなところも」


「マユのそのセリフだけ聞くと、本当に上井君のことが好き、みたいに聞こえるよ」


「まあ、上井君と話し始めた最初のキッカケは、アタシのちょっと変わったお願いだったけぇね。普通なら断るようなお願いを、上井君は俺でいいなら…って引き受けてくれてね。だから、感謝してるし。サオちゃんと上手くいってほしいし」


「でも…。ちょっと寂しそうだね、マユ」


「えっ?そ、そんなこと、ないよ!元気だよ!さっ、音楽室に行こうよ。レクリエーションが待ってるよ!」


 そう言って、3人は3年2組の前から音楽室へ向かった。


 合宿最後の夜は、まだまだ落ち着かないようだ…。


 <次回へ続く>

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