第20話 -合宿15・最終夜1-
合宿3日目の夜は練習ではなく、レクリエーションが予定されていた。
最後の夜ということで、毎年の恒例らしい。
「どんな事をするんですか?」
俺は午後の合奏の時に、前田先輩に尋ねた。
「多分今年もやると思うけど、フルーツバスケットは覚えてるなぁ…。あとハンカチ落としかな?イス取りゲームもあったかも」
意外と古典的なんだな。でも30人強でやると、結構盛り上がりそうだな〜。
という事でD班が夕飯の準備に先に音楽室を出た瞬間から、もう今日は練習無しという雰囲気になり、先生も苦笑しながら早目に切り上げるか!と言い、食堂の3年1組へ行ってD班を手伝ってもよし、夕飯開始の6時まで休憩してもよし、要は自由時間が与えられた。
(俺は何しようかな…)
周りを見たら、楽器を仕舞って3年1組へと早目に行く流れが出来ていた。
「ウワイモ、どうする?」
山中が声を掛けてくれた。
「イモは余計じゃっつーの。山中は?」
「こんなこと言ったらお前の免疫にはないけぇ驚くかもしれんけど、ちょっと相談したいことがあるんじゃ」
「俺に?俺が山中にアドバイス?中身にもよるけど出来るんかな。鉄道のことか?」
「鉄道のことなら、何も今の部員がバラけた状態を狙わんって。まあ歩きながら話そうや」
「まあ、とりあえず行くか」
俺と山中は音楽室から出て、ゆっくりと3年1組へと向かった。
なんとなく校内には、カレーの匂いが漂っている。
(今夜もカレーかな。また突き出しに冷奴が付いてたりして)
何気なく初日の夕飯の準備で、伊野さんが貼ってくれた指の絆創膏を眺めた。
流石に3日目とあって、そろそろ剥がれそうなのだが、何故か俺は剥がしてしまおうという気にはなれなかった。
何度も何度も、剥がれそうな部分をギュッと押さえて、せめて合宿が終わるまでは持ってくれ…と願っていた。
「俺さ…」
山中が唐突に話し掛けてきた。
「あっ、ああ、ごめん。どんな話なん?」
「上井には言ったかな…。俺、江田島で同じクラスの女子に告白されて、一応彼女が出来たんよ」
「知ってるよ。部活後に下駄箱で待ち合わせて、女の子と帰りよる山中を、何回か目撃しとるけぇ」
「ほんま?見られとったんか」
「でも別に山中ならモテ男じゃけぇ、俺は何とも思わんかったし、上手くやれよ~みたいに思っとったよ」
「そうか、ありがとう。じゃけど、悩みが出来てなぁ…」
「貴重な彼女がおるのに、しかもコクられたのに悩むのか!あっ、じゃけぇ、俺の免疫にはない話って前提を付けたんか」
「ハハッ、まあ、そういう意味はあるよ」
「彼女がいて悩むことと言えば、俺の去年の悩み、付き合ったらかえってなかなか話せないっていう経験があるけど」
「うーん、俺の場合、ちょっと違うんじゃ」
「俺の経験則、あえなく撃沈か。じゃあどんな内容なん?」
「極秘で頼む」
「任せてくれ」
山中は周囲に人がいないことを確認すると、小声で話し始めた。
「俺、クラの太田さんに呼び出されたんよ」
「呼び出し?はぁ…。あまりに山中がふざけとるけぇ、凹ってやろうとか?」
「そうなんよ、俺が茶化して…って、おい!今夜のレクリエーションのあと、1vs1で呼び出されるってシチュエーションを考えてくれ。1つしかないじゃろ?」
「まあなぁ…。俺は認めたくないけど告白じゃろうなぁ」
「認めたくない、は余計じゃ。とにかくさ、俺、どうすればいいと思う?」
「うーーーん…。免疫が無いのがつらいのぉ。俺より山中の方がそういうのは詳しそうじゃと思うけど。二股?浮気?そんなつもりはないじゃろ?」
「そりゃあもちろん。付き合うなら真面目に1人としか付き合わん」
「じゃ、選択肢は限られるよな。太田さんの告白を受け入れて、今の彼女とサヨナラするか、太田さんの告白を断って、今の彼女と付き合い続けるか」
「そうよのぉ…。そのどっちかしかしないよな」
「で、何故か悩む…。それは山中の優しさじゃろ?」
「男に優しいとか言われると、恥ずかしいもんじゃな」
「でも実際そうじゃろ?太田さんの告白を受け入れるとしたら、今の彼女をフラなきゃいけない。でも今の彼女をフルのは、せっかく江田島で勇気を出して告白してくれたのに、申し訳ない。逆に置き換えても、似たような方程式が成り立つじゃろ。山中はどっちの女子も傷付けたくない…。太田をフッたら、これから吹奏楽部で辛いし。今の彼女をフッたら、クラスで過ごしにくいし」
山中は溜息をついた。
「悪いけど上井、夕飯の後も付き合ってくれんか?」
「ええよ。そういえば今夜は女子バレー部との密会は?」
「女子バレー部の方で色々と怪しまれとるらしいけぇ、昨日で終わったんよ。俺達はなんともないんじゃけどな」
「そうなんやね。まあプラスに考えれば、太田さん問題に専念出来るか。モテる男は辛いな。俺みたいな非モテには贅沢な悩みじゃけど」
「お前だってもしかしたら…じゃろうが。頑張れよ、上井も」
「今のはイモじゃなくて、お前も、の『も』じゃな?」
「なんか面倒な奴だな、お前は」
そう笑いつつ、俺らは3年1組に着いた。
D班は個人的に因縁があるメンバーが多いが、メニューを見てみたら、カレーライス、ポテトサラダ、となっていた。
(カレーのペアは冷奴じゃないんか!)
俺はちょっとイラッと来たが、冷奴のお陰で伊野さんと濃い時間を少しでも過ごせたのだから、どう表現したらいいか気持ちが混乱していた。
メニューは簡単なので、あっという間に各テーブルにメニューが配られていく。見ていると、伊東と村山の男2人がカレー担当で、村山がご飯を盛りつけ、伊東がカレーをかけている。なので配るのは1年、2年の女子なのだが、もし神戸が俺らのテーブルに配りに来たら、思わぬタイミングで絶対に二度と喋らないと固く誓った俺の決意が、
「はい、上井君」
「ありがとう」
と、なし崩しになってしまうかもしれない。
この男子テーブルに配りに来てくれる女子は誰だ…?と、突如変な緊張に襲われた。
だが女子の中でもなんとなく男子のテーブルに配るのは2年生の女子、と暗黙の了解になっているのか、俺の変な緊張は杞憂に終わり、フルートの藤田先輩が配ってくれた。
「はい、上井君」
「ありがとうございます!」
「元気ええね、夜が楽しみなん?」
「はい、楽しみです!」
「アハッ、もしゲームで絡んだらよろしくね」
「はい、よろしくお願いします!」
そう言って藤田先輩は次の山中へカレーとポテトサラダを配って、山中とも何やら話していたが、俺は初めて藤田先輩と喋ったな~と、不思議な感覚になっていた。まだ喋ったことのない2年の先輩がいるなぁ、そんな先輩と話すと新鮮な気持ちになる。
「腹減ったな~。お、村山に伊東、お疲れさん。お代わりの余裕はある?」
「ああ、あえて少な目にしたけぇ、余裕はあるよ」
「よっしゃ、目指せお代わり!」
「上井は最初からお代わり宣言かよ」
ほぼみんなにメニューの品が行き渡り、最後の夕食が始まった。
<次回へ続く>
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