第19話 -合宿14・偽腹痛と募る思い-

 合宿3日目の朝、俺はラジオ体操をする為に、体育館へ向かっていた。


 その途中で女子バレー部の集団と出会い、田中さんから声を掛けられた。


「おはよう上井君。お腹治った?大丈夫?」


「あっ、おはよう、田中さん。心配掛けてゴメンね。もう大丈夫だよ」


 そこへ笹木さんも来た。


「上井君が来なかったから、女子が1人多くなっちゃって…」


「ゴメンね、笹木さん、マジで」


「ちなみに1人プラスしたのはね、この方でした〜」


 お?この背の高い女子は見覚えがある…


「アタシだったのに〜。久しぶりじゃね、上井君」


「林さんだったんだね。ますますゴメンね〜」


 林愛美…俺と同じ中学出身で、中学の時もバレー部に入っていた女子だった。俺と同じクラスになったことはなかったが、村山が中2と中3で同じクラスだったことから、何度か話したこともあった。


「でも急に腹痛が起きたら、ヘタしたら命に関わるけぇね。回復して良かったよ」


 昨夜俺は寝室に戻る途中で、夜練が終わった女子バレー部の集団と出会い、夜の予定を決めたり、その他色々な話をしていた。


 その一部始終を、俺の後ろを歩いていた野口さんにしっかりと見られてしまい、質問攻めに遭った結果、全身汗だくになり、最初はシャワーをもう一回浴びて…と思っていたのだが、寝室に辿り着くとシャワーどころか10時に待ち合わせの3年2組へ出向く気力も無くなってしまった。


 その為村山に急に腹痛に襲われたので行けなくなったと女子バレー部のみんなに伝えてくれと言い、俺は布団で休んでいた。


 他の男子にもどうした?行かんのか?と言われたが、疲れ過ぎて腹が痛いと言って誤魔化してしまった。


 その内、先輩方のイビキの大合唱が始まったが、昨夜はイビキを気にすることなく、いつの間にか寝ることが出来た。

 なので、女子バレー部とのトーク合コンの内容も知らず、何時に終わって、男子は何時に帰ってきたのかとかも、全く分からなかった。


 だが山中がラジオ体操前に、昨夜のことを教えてくれた。

「昨日は、お前は来なくて正解だったかもしれん」


「え?どうして?」


「恋愛の話になったけぇよ。お前、今は伊野さんが片思いの相手じゃろ?昨日、俺と同じ中学の田中が、上井がいい!って言って、病人じゃけぇ落ち着け…って宥めすかすのが大変だったんよ」


「マジで?」


 俺は思わず背筋が寒くなった。もし参加していたら、野口さんの冷たい視線が本物になって、俺が野口さんから無視されるようになったかもしれない。


「でも上井、昨夜は本当に腹痛だったんか?」


「いや、実は…」


 と、俺は腹痛になったことにして欠場を決めることにした背景を説明した。


「野口さんか!確かにあの子を敵に回したら、面倒だな」


「女子バレー部や他の男子には黙っといてくれん?」


「ああ、勿論」


「でもさっき、田中さんは普通に俺に話し掛けてくれたよ?なんでじゃろう」


「実はな、俺が同じ中学ってことから、男を紹介するってことになったんよ。それで、上井君以上の男子って条件で、上井を諦めるってことになったんよ」


「へぇ…。悪かったね、山中には。」


「ええんよ。アイツは幼稚園からずーっと一緒じゃけぇ、アイツがどんな男が好きかとか、中学の時の恋愛とかよく知っとる。じゃけぇ、心配せんでも大丈夫じゃ、上井は」


「助かるよ!女子バレー部の子と話せるのは楽しいけど、付き合うってのは流石に…」


「まあ俺から見ても、田中と上井は、恋人になるより、友達でいた方がええと思う。アイツを彼女にしたら、ずっとバレーボールをやって来た女じゃけぇ、体育が苦手なお前には辛いと思うしな」


「ずっと同窓生な山中ならではの助け舟、サンキューな」


「ま、昨夜はそんなとこで、意外に女子バレー部は全員、彼氏がおらん、募集中って言っとったよ」


「そうなんや?意外じゃね」


「見た目もあるんかな…。みんなショートカット、中には男勝りの刈上げ女子もおって、背が高い。ほいじゃけぇ一昨夜の田中みたいに、お前にちょっと脈あり?って思ったら、猛アタックしてくるんよ」


「ふーん…なるほどなぁ」


「で、対する俺らの方は意外と彼女持ちが多くってさ。フリーなのは大上…だけか?ま、上井も一応フリーに入るかもしれんけど」


「じゃ、大上にアタックする女子がおったんじゃないん?」


「それが大上も、実は好きな子が別におるって言って…頑なだったな~」


「それが誰か、山中も知らんの?」


「ああ、昨日初めて聞いたけぇね。いずれ聞いとこうと思うてはおるけど」


「大上もああ見えて、好きな女の子はおるんじゃね。なんか、ホッとしたよ」


 と、俺と山中が体育館の入り口で熱心に話し込んでいたら、ラジオ体操はいつの間にか終わっていて、どっと中から男女バスケ部、女子バレー部、吹奏楽部のメンバーが出てきた。


「あーっ、山中君と上井君、ラジオ体操サボっとったじゃろ?何しよるん」


 体育館の中から出てきた吹奏楽部の前田先輩に見付かり、注意されてしまった。


「いや、今年の4月に爆発したチェルノブイリ原発ってのは、今後日本にどんな影響をもたらすのかについて…」


「朝からそんな話するん?冗談はええから、B班!朝食の準備に行くわよ!」


「あーっ、そうじゃった…。山中、おとなしく任務に就くか」


「おう、上井には大事なB班任務じゃの。頑張るか!」


「ん?上井君、何かあるの?」


「いえ、特に…。山中、余計な事を言うなっつーの!」


 と山中と話してたら、そこへ伊野さんがトコトコとやって来た。


「う、上井君、おはよ!」


「伊野さん、おはよう!」


 伊野さんがちょっと照れながら、朝の挨拶をしてくれた。


「朝のB班、頑張ろうね!」


「うん、頑張ろうね。多分今朝は指を切るメニューはないと思うけぇ」


「アハハッ、もし上井君が指切ったら、また絆創膏してあげるよ」


「これだよね」


 俺は2日前に貼ってもらった絆創膏を、伊野さんに見せた。


「えーっ、まだ貼ってるの?」


「うん。意外に粘着力が強くてさ。せっかくだからそのまま…。ある意味、思い出だしね」


 そう言ったら、伊野さんが照れているのが分かった。


「伊野さんにもらった2枚は、ちゃんと保管してあるよ」


「ほ、本当?何かあったら、使ってね」


「ありがとうね。じゃ、スロープに行こうよ」


「うん。行こっ」


 そんな会話を伊野さんとしている間、山中はワザと前田先輩に話し掛けてくれていた。


(本当に気の利くいい奴だよ…。やっぱり来年の部長は山中だな)


 スロープに向かうB班メンバーを、更に後ろから野口さんと神戸が眺めていた。


「ね、チカ。今上井君、サオちゃんに片思い中なんよ」


「うん…。分かる。上井君が、アタシが言うのもナンだけど、去年アタシのことを思ってくれてた頃を思い出すと、色々と話し掛けてくれるんだけど、顔はほんのり赤くて、視線は合わないの。ちょっとズレてるっていうか。その時の上井君と一緒だもん。なんか、懐かしいな…」


「中学生に戻りたくなった?」


「うーん…。ほんの、ちょっとね」


 去年の今頃、神戸は上井の照れ屋な性格に戸惑いながらも、カップルとして夏休みの部活を毎日楽しく過ごしていたのを思い出していた。


(1年前のことなのに、凄く昔に感じるな…。上井君はまだ目を合わせてくれないけど、サオちゃんといい関係になれば、アタシも話せるようになるかな…)



 その頃、スロープに業者が朝食を持ってきて、各部が準備を始めていた。

 俺らB班も準備に取り掛かった。


 メニューは昨日のパンとは違い、ご飯がメインだった。


「わぁ、昨日の朝より準備が大変ですね」


 ご飯に味噌汁、味付海苔、醤油と小皿、ゆで卵入りサラダという、旅館で出てくるような王道的なメニューだった。


 途中で腹は減らないだろうが、準備が大変だ…。


 早速重たいご飯ジャーを山中と一緒に運び、直ぐに戻って味噌汁の寸胴鍋も運び、それだけでくたびれたが、その後は女性陣が準備してくれたご飯や味噌汁を各テーブルに配って回った。


 その時、伊野さんは味噌汁をお椀に注ぐ担当をしていたが、お盆にお椀を載せてくれる時にふと俺と目が合い、何故か互いにすぐ照れて下を向いてしまった。


 視線は明後日の方を向いていたが、俺は


「あの、伊野さん、なんか似合ってるね」


 と思わず言ってしまった。言ってから止めときゃ良かったと後悔したが、伊野さんは返事をしてくれた。


「ありがとう。嬉しいな」


 相変わらず視線は下向きだったが、照れながら答えてくれたのが、俺はめっちゃ嬉しかった。


(今日は朝から頑張れそうだ!)


 少しずつ俺と伊野さんの距離は縮まっている、そう実感した合宿3日目の朝になった。


 このままの雰囲気で1日過ごせたらいいな…


 <次回へ続く>

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