第18話 -合宿13・女の怖さ-

「村山~、今夜は寝かせないぞー」


「なっ、なんや?上井かよ、なんだよ一体」


 夜の合奏開始前に、俺は村山に声を掛けた。


「さっき夕飯後にシャワー浴びようとしてさ、単独行動じゃけどシャワー室に行ったんよ。そしたらシャワーが終わった女子バレー部の1年生軍団とすれ違ってさ。近藤さんっておるじゃろ?6組に」


「ああ、元気がええ女の子よ」


「その近藤さんからのメッセージが、さっき俺が言った言葉」


「???」


 村山が意味不明な顔をするのも無理はない。

 昨夜最初にイビキをかいて寝始めたのが村山だからだ。その後、須藤先輩、藤川先輩、八田先輩…と伝染していったのだ。

 だから女子バレー部1年生との密会は知らないはずだ。


「昨夜なんじゃけど、大イビキ4狸が男子部屋に現れて、まず大村が喧しいってどっか消えたんよ。その後も狸は静まらんもんじゃけぇ、眠れない4人がおったんよ。俺と山中、大上、伊東」


「マジで?まあイビキは俺もよう分からんけど…悪かったね」


「まあともかく寝れないなーって思ってたら、真上の部屋で女子らしき声がキャッキャと聞こえてきたんよ。何事?って思って窓際から上の方を見たら、スケッチブックが下りてきてさ。確か、『アタシ達は女子バレー部1年の眠れない女4人組です。もしよければ眠くなるまでお話しませんか?』って書かれてた…んだったかな、何しろ何回かスケッチブックでやり取りして、その後正式に3年2組で待ち合わせて、4vs4のトークバトルを繰り広げたんよ。全然知らんじゃろ?」


「ああ、今初めて知った。なんや、その美味しいシチュエーションは!」


「村山でもそう思うかぁ。…今度船木さんに言っとくよ」


「それはヤメレ。で、近藤さんがなんで出てくるん?」


「その眠れぬ女バレ1年の4人の中に、近藤さんもおったんよ。他の3人は、何て言えばええんかな、男子とマッチする要素があったんよ。同じ中学とか、同じクラスとか」


「ははーん、それで近藤さんだけは、相手側の俺ら男子に、同じ中学の奴もおらんし、同じ6組の奴もおらんと」


「お、やっと勘がさえてきたね~。で、今夜も続編をやるけぇ、その時は村山、必ず来い!ってことだよ」


「それでか!昼飯のとんかつを伊東と組んで準備しとったら、伊東があと10時間後が楽しみじゃとか言いよったけぇ、俺は単純に練習終わって寝ることを言うとるんかと思ったんよ。違うな、完全に。女子バレー部との…合コン?でもないけど、お話し会?を伊東は楽しみにしとったんじゃの」


「多分、間違いないよ。アイツも正直じゃけぇ」


「10時スタートかぁ。もう少し早くてもええんじゃないん?」


「そこはお互いのシャワー事情とか考慮して、だよ。あと女子バレー部じゃけぇ、2年生の目もあるんと違うかな?」


「そうか。じゃあ今日は寝んように頑張る」


「ほうじゃね。まあ先輩らの目もあるけど、女子バレー部よりは緩かろう」


「だな」


 というわけで合宿2日目の深夜、女子バレー部1年生と吹奏楽部1年男子によるトークバトルは、少しずつ確実な参加者を増やしていった。


「ちなみにじゃけど…」


「え?何?」


「大村は呼ぶん?」


 俺はちょっと迷ったが、村山と答えを同時に言ってみたら


「呼ばない」


 になって、思わず笑ってしまった。仮に呼んでも、来ないだろう…。


 夜の合奏、始めるよ~と須藤先輩が声を掛けに来てくれたので、俺と村山は慌てて音楽室に行った。


「遅刻したら昨夜の二の舞じゃけぇの」


 音楽室に入り、各々定位置に座った。

 既に来ていた伊東を見たら、もう顔が緩んでいる。


(前田先輩にバレたらどうするんだよ~)


 また今夜の合奏は、既にシャワーを浴びた部員も1/3くらいいて、特にシャワー済みの女子からは、いい匂いが漂ってきた。

 髪の毛も、ロングの女子ほど完璧に乾いているわけではないので、余計に昨夜と違って艶っぽいムードになっている。


 7時半には福崎先生も登場された。


「残念じゃったのぉ」


 開口一番、こんなことを言われるので、部員は顔が???で覆われていたが、


「今日、午前のパート練習と午後の合奏で、欠伸したりウトウトしとる奴を見掛けんかった!」


 なんだ、先生は本気で罰ゲームを考えてたのか?音楽室内も笑いに包まれた。


「ちなみに遅刻者は…おらんな、見る限り。じゃ、合奏始めるか!午後は自由曲を重点的にやったから、夜は課題曲を重点的にやろう」


 断然昨夜とはムードが違う。念のため俺の位置から確認しても、神戸も大村も来ていた。ただ神戸も大村も、シャワーを浴びた雰囲気はなかった。昨日で懲りているのかもしれない。


「じゃ頭から1回、何があっても通します」


 はい!と返事して、課題曲の構えに入った。


 今夜はムードがいいので、先生もご機嫌だ。


 結局、9時にはちょっと早いが、今日はみんなの出来が良いということで、8時半過ぎに今日の部はオシマイとなった。


「じゃあみなさん、今夜も早く寝て、明日の朝6時半までに、体育館へ集合してください。明日の朝食担当はB班ですので、忘れないようにしてください。ではカイサーン」


 女子は早速シャワーに行こうと言って、寝室に戻ったグループや、なんとなくゆっくり動いている既にシャワーを浴びたグループに大別されていた。


 俺たちもその場で、大村を除いた1年男子がなんとなく集まり、10時過ぎに3年2組、を合言葉に、そして移動する時はバラバラに、と決めて一旦各自自由に寝室に戻った。

 俺はシャワーを浴びているが、まだシャワーを浴びていない男子もいるからだ。

 村山は、急いでシャワー浴びてくる!と言って、小走りで寝室に戻っていった。


(さて、ゆっくりと戻るかな…)


 俺は1人になったので、バリサクをたまには…と磨いて、内部を洗浄してから、ケースに仕舞った。

 その後で音楽室を出たのだが、タイミングが良いというべきか、丁度夜の練習が終わった女子バレー部の軍団と出会った。


 やはり体育館は暑いのだろう、半袖の体操服の袖を、更に折り曲げている。シャツもブルマにはいれず、外に出して、裾を持ってパタパタと空気を体に送っている。

 汗だくなので、男としてはラッキーなのだが、ブラジャーがほぼ全員、透け透けで分かってしまう。

 でもバレー部の部員同士では、そんなことはもはや気にならないのであろう、誰もそのことを指摘したりはしていなかったし、透けてしまうことが分かっているからか、派手なデザインのブラジャーを身に着けている部員はいなかった。


 その集団の中から、俺を発見したとばかりに大きな声が聞こえた。


「上井くーん!ブラスも今終わり?」


 この声は田中さんだな。どうも昨夜から俺は、田中さんに気に入られているみたいだ。だが集団の中のどこに田中さんがいるのか、全く分からなかった。とりあえず返事しとくか…


「その声は田中さんでしょ?俺らもついさっき夜練終わったところだよ~」


「嬉しー!声まで覚えてくれてるの?もうこれは運命としか言いようがないね!」


「はいはい、田中は汗かきだから、もう一度シャワーを浴びて、頭を冷やしなさい!ごめんね、上井君、ウチの田中がやかましくて」


「その声は笹木さんじゃね?ええよ、別に。明るくて元気なのが一番だよ」


「ほらー、上井君も言ってくれてるじゃん、笹木ったら焼もち焼いてる?」


「中学から一緒だから、親友なだけだって昨夜も言ったじゃろ。とにかく、みんなもう一度シャワー浴びようよ。こんな汗だくじゃ、後でブラスのみんなに失礼じゃけぇ」


「そうだよね?さっき、シャワー室前でみんなに一度会っとるもんね?」


「そうなの。詳しくはまた後で話すけど、今日は2回シャワー浴びる日になっちゃった」


「大変そうじゃね。あ、近藤さん、おる?」


「はーい、いますよ」


「さっき村山に、『今日は寝かさないわよフロム近藤さん』って伝えといたから」


「ありがとうじゃけど、なんか違う意味がありそうな…」


「ということで、吹奏楽男子は5人になったけぇ、もしよければ女バレのメンバーも5人にしてくれれば助かるよ」


「リョーカイ!コッチも昨日とっとと寝た1年女子から誰か探しておくわ」


「じゃ!また後でね」


「うん、じゃーねー」


 暗い廊下でスポーツを終えた女子軍団と会話するのはなかなかハードだった。


 そこから一旦寝室に戻ろうとしたら、Tシャツの裾を引っ張られた。

 この引っ張り方をするのは…


「野口さんじゃろ?」


「当たり。よく分かったね」


「そりゃあ、元仮カップルじゃけぇね。なんつって」


「ね、結構女子バレー部の1年生とは仲がいいの?」


「うーん、なんか成り行きでね。ってか、今のやり取り、ずっと聞いてたの?」


 野口さんはコクンと頷いた。ハズカシーッ!


「上井君…なんか、モテモテじゃない?」


「いや、昨夜イビキ大魔王が4人もおったもんじゃけぇ、全然眠れなくてさ、深夜の校内を散歩してたら、女子バレー部の1年生も眠れないって言って、何人か固まって歩いてるのと遭遇したんよ。で、眠れない者同士で話でもしようかってなって…」


「それで合コンみたいになったの?」


「…うん、イビキにやられて寝てない男子が残り3人おったんよ。で、4vs4で眠くなるまで話しとった…次第」


「その中に、上井君を気に入った女の子がいたんだね?」


「いっ、いや…」


 俺の背中を、嫌な脂汗が流れていく。


「…サオちゃんはどうなるの?」


 無表情で聞いてくる野口さんに、俺は初めて戦慄を覚えた。


「伊野さん…は、勿論忘れたことはないよ」


「もし女子バレー部の子に、告白されたらどうするの?」


 女子…いや、女の怖さを感じる。いつもとは違う野口さんの顔を、正面から見ることが出来なかった。


「そんなことには、ならない…よ」


「上井君がそう思ってても、相手はどう思ってるか、分かんないよ?」


「いや、万一告白されても、断る」


「本当に?」


「今、俺が好きなのは、伊野さん、伊野沙織さんだから」


「絶対だね?」


「あっ、ああ。誓うよ。野口さんに誓って、断わる」


 全身のあらゆる汗腺から、体内の水分が出て来る。俺ももう一度、シャワーを浴びなきゃいけないかもしれない。


「良かった…」


 野口さんの表情が和らいだ。


「上井君は、やっぱり上井君だった。ね?」


「ど、どういうこと?」


 俺はガックリと座り込みそうになるほど、足腰が色々な意味でキテた。


「だって、告白されても、サオちゃんのために断わるんでしょ?」


「うん。それは約束するよ…。色んな人に嘘を付くことになっちゃうし。目の前に突然想定外の事が起きても、ちゃんと野口さんに約束した通りにするから」


「うん!アタシもゴメンね、急に厳しく迫っちゃって。サオちゃんと上井君にカップルになってほしいって思ってたから、女子バレー部の子達と話すのは構わないけど、告白とかされても断ってほしくて、つい…」


「大丈夫じゃけぇ、安心して?」


「分かったわ。じゃ、今夜は程々に、ね。お休み〜」


 そう言って野口さんは、バイバイと手を振って、女子の寝室へと去っていった。


(…とりあえず、もう一度シャワー浴びよう…)


 全身汗だくになった俺は、とりあえずもう一度シャワーを浴びることにした。


(…やっぱり女性は怖い…)


 <次回へ続く>

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