第17話 -合宿12・昼食はD班-
合宿2日目が本格的に始まり、午前中のパート練習を経て、11時半には恒例の校内放送が流れた。
「Dは伊東君だけかな?行ってらっしゃーい」
沖村先輩が、昼食の準備へ動こうとした伊東に声を掛けた。
「前田先輩か沖村先輩…。末田でもいいや、今から他の班からDに移ろうって思ったりしませんか?」
伊東は女性陣を見渡して、救いの手を求めていたが、誰も伊東とは目を合わせないようにしていた。
「誰もおらんのかー、無念じゃ…」
と言いながら、伊東はトボトボと昼食の準備に向かった。
「伊東君、そんなにD班が嫌なん?」
沖村先輩が聞いてきた。
「アタシにまで、末田でもいいから…なんて言うし」
末田もちょっとムッとした表情で言った。
「いや、本当に嫌な訳ではないと思います。多分、サックスは5人いて、俺と前田先輩がB班、沖村先輩と末田がC班、で伊東は1人だけD班だから、ちょっと寂しいのかもしれないですよ」
と俺なりに分析してみた。
「でもその割にはアタシばっかり指名してくるよね?だからどこまで本気なのか、どこまでアタシのことを意識してんのか、分かんないわ」
前田先輩がちょっと困惑した表情で言ったので、その点も俺なりの分析を答えてみた。
「多分、伊東が前田先輩のことを気に入ってるのは、間違いないです。テナーサックスを、それこそ最初の内は手取り足取り…足は使わんけど、1vs1でレッスンしてたじゃないですか。それで、前田先輩に好意を持ってるのは間違いないです」
「そうなの?でもあんなにみんなの前で明け透けに言われると、信じられないよ?」
「そこですよね。伊東はどこまでが本音なのか分からないんです。読めないんですけど、たまに俺と2人でいる時、ポロッと本音らしき言葉を口にするんですよ」
「へぇ…」
「それで一度、パー練が俺と2人だけだった時、何気なく好きな女の子とか、付き合っとる女の子とか、おるん?って聞いたんです。そしたら、他校の女子と実は付き合っとるって言ってました」
「えっ、それ本当?」
「俺と2人でいる時には、流石に嘘は付かないと思います。でも、トップシークレットでお願いしますね。多分このことを知ってるのは、1年男子の中でも極一部だと思いますから…。なので逆に安心して、伊東が前田先輩がどうのこうのと言って来たら、心の中で面白がって弄ってやればいいと思います」
「上井君、貴重な情報ありがとう。何ていうんだろ、自分で言うのも変じゃけど、伊藤くんはアタシのことを、大切な存在と思ってくれてるんだね。それを素直に言えんから、同じ班になりたいだの、付き人になって水着を洗うだの、変なことを言うんだね、ハハハッ」
「歪んだ愛情ってやつですね」
沖村先輩も会話に加わった。
「昼ドラになりそうね。でも、なんか嫉妬しちゃうなー、前田さんに。このモヤモヤ感、どうすればいい?」
「須藤先輩なんかどうですか?」
「絶体、嫌!」
笑いが溢れる。今日もサックスは平和なり…。
「じゃちょっと早いけど、伊東君の応援に行こうか?」
ということで、早目にパート練習を切り上げ、3年1組へと向かった。
「昼食のメニューは何かな?」
「朝、クロワッサンだったから、もう腹減ってペコペコですよ」
「上井君、お代わりしてたもんね」
「はい。それでも足りませんでしたよ」
「上井君の後、4人か5人までは余ってたクロワッサンがあったんじゃけど、すぐ無くなったもんね」
「来年は朝のパン食は、見直しましょう!腹減るから」
「おっ、上井君、部長になって業者と交渉する?」
「いや、部長は懲りてますから、いいです…」
とか言いつつ例によって殴り書きされたメニュー表を見たら、思わずおぉっと声を上げずにはいられなかった。
【とんかつ、サラダ、ミソ汁、ごはん】
「ほぼとんかつ定食ですよ、これは。ラッキー!」
「でもD班は大変そうなメニューね。伊東君以外に誰がいるのかな?」
準備中の現場を覗いたら、1年生から男子は伊東と村山、女子は野口さんと神戸…。
あとは2年の先輩方で、俺が分かるのはフルートの藤田先輩とホルンの織田先輩、あと2人の女子の先輩だった。
8人なので、1つのメニューに2人付いて、1人は調理、1人は配膳というスタイルをとっていた。
伊東は男同士、村山と組んでとんかつを担当していた。1人が切り、1人が皿に盛り付けて配膳しているが、時折入れ替わっているようだった。
「伊東君、がんばれー」
全てを悟った前田先輩が、とんかつを切っている伊東に声を掛けた。
「あっ、前田先輩!先輩にはいいとんかつを差し上げますよ!…って、どれがいいとんかつか分からん…」
「無理しないでいいよー。上井君みたいに指切ったりしないでね」
「はっ、はい!」
伊東は明らかに、思わぬ前田先輩からの応援に照れて動揺していた。純粋な一面もあるんだな…。
外れがない美味しい昼食を頂いた後は休憩なのだが、俺はちょっと居残って、D班の撤収が終わるのを待っていた。
とんかつとサラダは紙の皿なので、集めてポイでいいが、ご飯とみそ汁はちゃんとした茶碗で来るので、それを手分けして洗っているようだった。
ほぼ片づけ終わった頃、誰がD班のまとめ役かな?と思ってみていたら、ホルンの織田先輩だった。
「Dのみなさーん、お疲れ様でした!アタシ達はラストのルーティンなので、あと1回だけで済みますが、明日の夜が出番でーす。またみんなで頑張りましょーね。では解散しまーす」
やっぱり織田先輩は、見れば見るほど国生さゆりに似てるなぁ…。
っと、俺がなんで居残ってたのかを自分で忘れるところだった。織田先輩が国生さゆりに似てるのを再確認するためではなかった。
「ごめーん、野口さーん」
「ん?あ、上井君、どしたん?」
神戸と共に戻ろうとしているところを呼び止めてしまった。そのためちょっと神戸と目が合ってしまったが、前のように憎しみを込めてから目を逸らすのは、もう止めた。
でも神戸は、先に行ってるね、と言って、野口さんを残してくれた。
「何々、元仮カノに何の用?」
「ごめん、1つだけ確認したくて」
「うん。どんなこと?」
「午前中、クラのパート練習はどんな雰囲気じゃった?」
「…はいはい、上井君が何を聞きたいのか、意味はよく分かったよ。あのね、最初に南先輩がチカの昨夜の遅刻原因について、ちょっとボカシながら説明して、その後にチカがすいませんでした、って謝ってたの。それでなーんだ!って感じになって、スムーズに練習出来てたよ」
「ホンマ?それなら良かった…」
「どしたん、上井君。別れても~好きな人~♪って気になる?」
「いや、そんな、うーん…。気になるかどうかで言うと、気にならないことは無きにしも非ずで…」
「素直じゃないんじゃけぇ。き・に・な・るって言いんさい、素直に」
「うん。ごめん。でもさ、今朝聞いた理由で遅刻して、それでクラの雰囲気が悪かったら、ちょっと可哀想かなって思って…」
「それを本人の前で言えばいいのに」
「言えないから、野口さんに聞いてるんじゃん」
「本人に聞けば、泣いて喜ぶよ?上井君と話せた!って」
「その心境に至るには、もう少しの時間が必要…」
「うーん、チカが上井君に付けた傷って、本当に深いんじゃね…。まあアタシも冗談半分で話してたけど、アタシは上井君の傷が治るのは、上井君に彼女が出来るか、上井君が仙人の境地に達してあの2人と話すようになるか、のどっちかしかないと思っとるけぇ…」
「仙人にはなれんけぇ、新しい彼女が出来るというのが一番可能性高いよね」
「うん。だから今朝アタシに宣言した通り、頑張ってみて?サオちゃんの雰囲気見てても、今なら大丈夫に思えるし」
「ありがとう。クラの雰囲気が良ければ、そのうち全体の雰囲気も戻るよね」
「多分ね。まあ、ホルンは今どんなんか分からんけど」
「そっか、地雷はもう1人いたんじゃった…」
「午後からの合奏で見極めてみようよ、お互いに」
「そうじゃね。じゃ、ゴメンね、無理やり引き止めちゃって」
「ううん、大事なことが伝えられたから、良かったよ。こちらこそありがとね」
じゃあまた後程…と言って野口さんとは別れ、俺は視聴覚室にバリサクと譜面を取りに行った。音楽室へと運ばねばならないからだ。
ホルンの雰囲気といっても、4人の小所帯だ。良くなるのも悪くなるのもあっという間だろう。昨夜織田先輩に注意されていたし、それでOKなんじゃないか?
しかし合宿が始まってからというもの、野口さんとばかり話してるような気がする。
後から変な展開になりそうな予感がしてならない…。
<次回へ続く>
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