第16話 -合宿11・元仮カノとの約束-

 朝食はC班の出番だった。メニューはパン食がメインで、他にヨーグルトと缶コーヒーが付いていた。パンはクロワッサンで、最低1人2個は当たるだけ入っているようだ。


 ただ朝は、地域との協定で7時半より前には、響き渡るような放送が出来ないらしい(体育祭とか文化祭は特別らしいが)。

 なのでC班はラジオ体操後、業者がいつ食事を運んでくるか分からないので、スロープでずっと待ち構えていないといけないらしい。


 C班にはサックスから沖村先輩と末田がメンバーに入っている。

 他には2年生のユーフォニアムの八田先輩、チューバの藤川先輩、打楽器の田中先輩、フルートの川崎先輩等、主に2年生がメンバーとして入っていた。


 俺はずっと野口さんと話していたので、寝室には結局戻れず、俺と野口さんはシャワー室から3年1組に直行した。


 するともう配膳が終わっていて、昨日からなんとなく同じ位置に座っているので、その席に座った。


 その時、須藤先輩が、俺に向かって親指を立ててきた。


「???」


 中指だったら、ロード・ウォリアーズの真似をして首を掻っ切るポーズで返すところだが、何の意味だ?しかも笑顔で…。


 とりあえず朝ということで、先生の一言があった。


「みんな、おはよう!見回りはしなかったけど、ちゃんと眠れたか?今日の練習で欠伸したり、眠そうな顔してる者を見付けたら、夜の合奏で罰ゲームするから、覚えとくように!」


 軽く笑いが起きた。先生も昨夜、雰囲気が悪いままで練習が終わったのを気にしていたのかもしれない。


「じゃ、部長から、今日の予定を言ってくれ」


「はい、皆さんおはようございます。今日は朝食後、休憩を入れて、朝は9時からパート練習です。昼ご飯は今日はD班ですね。よろしくお願いします。午後は1時半から合奏です。夕食後も、7時半から合奏です。遅刻しないように気を付けて下さい。ちなみに食事班は昼で一周して、夕飯はA班になります。では食べましょう」


 合掌して、朝ご飯というか、朝パンセットを食べるが、あっという間に食べ終わってしまった。


「沖村先輩、クロワッサンってまだありますか?」


「クロワッサン?えーっとね、もう少しあるよ」


「俺、あと2個下さい!」


「じゃあ取りに来て〜」


「俺も!」「じゃあ俺も!」


 と、俺がクロワッサンを取りに立ったら、次々と男子中心にお代わり希望者が現れた。


(なんだ、みんな2個じゃ足りないんじゃん。こんな所も、来年は業者に希望を出しておくとか、改善出来ればいいよな…)



 って、俺は部長になるつもりはないけどね!




 朝食後、俺は再び野口さんに捕まり、今度は渡り廊下に連行された。ある意味、予測済みではあったが。


「上井君、さっきの続きなんだけど…」


「うん。元仮カノのこと?」


「そう。昨日、須藤先輩が、アタシと上井君が喋ってる場面を見たらしいの。多分、最初に音楽室から男女別の寝室に移動する時に、アタシが上井君に話し掛けたじゃない?その場面だと思うの」


「まあ隠す必要もないよね。友人関係としては」


「違うのよ。アタシが上井君の脇腹を突いたりしたじゃない?それが、カップルらしくていい!って、偶々見掛けた須藤先輩が、何故か喜んだらしいの」


「へぇ?」


「俺がちゃんと諦めたから、あの2人は無事に付き合えてるって、チカに言ったらしいのよ」


「え?神戸経由の話なの?」


「なんか何処かへ行く列車みたいな言い方だね。上井君らしいな。まあそれでチカが最初、凄い剣幕で、いつの間に上井君と付き合ってたの!?って迫ってきてさ…」


「えー、それは濡れ衣だよね」


「でも黙ってたのは事実じゃけぇ、謝った上で、上井君との経緯をチカに説明したのよ」


「ふむふむ…。彼女、納得した?」


「仮の経緯は話したの。須藤先輩の告白を断るために…っていうのをね。最初は信じられないって顔をしてたわ。でも話を進めてく内に、分かってくれたみたい」


「じゃあ良かったよ。2人の仲が険悪にならなくて」


「ほら、そういうところ!」


「ふえっ?」


 思わず変な声で反応してしまった。


「上井君の、優しいところ。今の話にしても、上井君は『良かった、俺の疑いが晴れて』って返してくるかな?って思ったんじゃけど、アタシとチカのことを心配してくれたじゃない?その優しいところが、上井君の魅力だと思うんだ。こんなこと言ったら、顔が赤くなるでしょ?」


 その通り、俺の顔は赤くなっていた。


「ほら、ね。そんなウブなところが、上井君の魅力なんじゃけど、もしかしたら反面、女子にとってはもどかしいところなのかもしれないよ?」


「え?それは遠回しに、俺が神戸…さんにフラれたことを指してる?」


「ちょっと…ね。チカはあんな性格だから、直情型じゃない?きっと中学生の時もそうだったと思うんよ。対する上井君は慎重派って言えばいいのかな、キツク言うと優柔不断というか…」


「グサ」


「あ、心臓に刺さっちゃった?ごめんね、アタシもストレートに言い過ぎるから…」


 いや、俺は優柔不断なのは自覚している。だから神戸と付き合っていた時は、逆に自由に話しかけられなくなってしまったんだから。


「ええよ、その通りじゃけぇ」


「だからさ、もしこのままサオちゃん目指していくなら、サオちゃんはまたチカとは性格が違うけぇ、今は大丈夫じゃけど、もしカップルになれたら、優しさだけじゃなくて、たまには強引なところも見せたほうがいいと思うよ」


「そうかぁ…」


 俺は昨日、伊野さんが貼ってくれた絆創膏を眺めながら、色々と考えた。


「ね、いつ告白するん?」


「なっ?なんだって?」


「言葉の通りだよ。いつ、サオちゃんに『好きです。付き合って下さい』って言うのか、決めてる?」


「いやっ、まだそんなことまでは決めてないけど…」


「それは、まだ告白するには早いと思って?それとも、なんだか決められないなーって感じ?」


「そりゃあ勿論、まだ告白には早いと思ってるからだよ。前の失敗がまだ尾を引いとるから、それこそ優柔不断かもしれないけど、ちゃんと確実なタイミングを見計らいたいんだ」


「そっかぁ。でもさ、善は急げって諺もあるじゃない?大村君なんかも直球型じゃけぇ、押しに押しまくって今に至ったじゃん」


「いや…俺は大村にはなれないよ…」


「うーん、そこが上井君のいいところでもあり、アタシからするともどかしいところでもあるんだよね…。どう?目標を設定してみるのは」


「目標?」


「そう。近々だとやっぱりコンクールの日。コンクールだと難しければ、体育祭の日とかさ」


「なるほどねー。いつまでもダラダラとしてたら、いいムードも消えていくかもしれんしね」


「そうよ!アタシは元仮カノとして応援するけぇ。手伝えることがあったら、何でも言ってよ」


「あ、ありがとう…。手伝いを頼むって、どんなことがあるんだろ?」


「だから、サオちゃんを呼び出してほしいとか。手紙方式で行くなら、ラブレターを渡してほしいとか。なんでもするよー」


「なるほど!よし、分かったよ。じゃあまずコンクールを第1希望日にして、流石にそんな場面が作れなかったら、体育祭の日を第2希望日にするよ」


「そう、その粋よ。B班の食事当番も、あと2回あるじゃん。色々話し掛けるんだよ、サオちゃんに」


「ありがとう。なんか、明るい希望が見えてきたよ。頑張るからね」


「うん。じゃ、そろそろ午前のパー練の時間じゃけぇ、元仮カップルは解散しようか」


「ははっ、元仮カップルね。でもいつまで須藤先輩の前では、仮面カップルでおる?」


「うーん…。もし上井君がサオちゃんと上手いこといったら、その時点でアタシと別れたことにすればいいし。そうじゃなくても高校生じゃもん、どっちかに別の好きな人が出来たことにしてしまえばいいよ」


「最後は強引じゃね…」


「あっ、その時は、アタシに別の好きな男子ができたことにしてね、上井君には悪いけど」


「いや?全然悪くないけど…。一応、理由は?」


「上井君に別の好きな女の子が出来て別れたって伝わると、じゃあ俺が!って、もう一度告白される恐れがあるけぇ…。我儘でごめんね」


「確かに!それは我儘でもなんでもないよ。むしろスッキリしてるよ。じゃその方法でいこう!」


 イェーイとばかりに俺と野口さんは渡り廊下でハイタッチをした。


 それがまた誤解を招く素になるのだが…


 <次回へ続く>

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