第15話 -合宿10・新しい朝が来た-

 合宿初日の夜、俺たちの真上の教室の、眠れない女子バレー部1年生4人とスケッチブックで不思議なやり取りをし、思わず夜中まで眠れない同士合コンみたいなノリでトークで盛り上がったのは楽しかったが、案の定俺は朝の、体育館で6時半から各部活合同で行われるラジオ体操には遅刻しそうになってしまった。


 目が覚めたキッカケが、開け放した窓から聞こえてきた、この地域の子供たちのラジオ体操の集まりで、


 〽あーたーらしーいー あーさがきた♪


 という歌が聞こえたからというのが情けない。ふと周りを見ると、誰もいないじゃないか!

 なんと非情な…と思いつつ、俺は焦って体育館を目指して走った。


「よぉ、ウワイモ、起きたか?」


 ラジオ体操第一が始まる前の、軽いストレッチをしているようなタイミングで、ギリギリ滑り込んだ。山中が声を掛けてきた。


「ハァ、ハァ、起きたら、誰も、おらんし、ハァ…」


「いや、よぉ眠り込んどるけぇ、起こしたら可哀想かと思ってさ」


「夕べ、遅刻厳禁!って怒られたばっかりやん。まさか俺1人残されて全員体育館に行っとるとは思わなんだ…」


「チッ、せっかく上井に罰ゲームやらせようと思ったんに」


 ユーフォニアムの八田先輩が俺を弄ってきた。


「なんですか、罰ゲームって。遅刻は懲り懲りですから!」


「まあまあ、起こさんかった俺らも悪かったよ、ゴメンゴメン」


 須藤先輩にそう言われたら、出した矛も引っ込めなきゃな…。


 といった所で、本番のラジオ体操第一が始まった。


 各部合同ということで、俺ら吹奏楽部は賑やかにやっているが、横目で見ると男女バスケ部と女子バレー部は顧問の先生が目を光らせているので、かなりしっかりとラジオ体操をこなしている。


 昨夜、俺らと盛り上がった女子バレー部1年も、遠目ではあるが昨夜の楽しそうな顔とは違って、引き締まった顔でラジオ体操に取り組んでいた。

 昨夜何故か俺に絡んできた、山中曰く芸人・田中さんも、凛々しい顔をして体操している。


(不思議なもんだなぁ…)


 ちなみに女子の固まりを見ると、昨夜の不穏な合奏の原因、神戸千賀子は、野口さんと並んで体操をしていた。たまに話しているようだ。

 恐らく昨夜、野口さんが色々説教したのだろう。


 翻って男子軍団の大村は、変わらず孤独を貫いている。

 ある意味、神戸千賀子を守っているような雰囲気を纏っていて、孤高の美学すら感じる。


 ラジオ体操も終わり、朝食は7時半からということなので、しばらく寝室でゴロゴロしようと思ったら、昨夜トーク合コンした女子バレー部のメンバーが、声を掛けてきた。


「上井君、おはよ!ちゃんと起きれた?」


「おはよう…田中さんだったよね?」


「あ、嬉しいー。名前覚えてくれたんじゃね?」


「まあね、一番面白かったけぇ…」


「うわ、ポイントが面白さか!可愛いとか綺麗、美しいとか、ボンッ・キュッ・ボン!じゃないんじゃぁ」


「じゃけぇ、田中よ、滲み出る芸人魂を封印しろってば」


「山中君には言われたくないわぁ」


「まあまあ、2人の名前を取れば、山中と田中だから、山田中ってことでさ、コンビ組みんさいや」


「ウワイモもそのネーミングセンス、なんとかせえよ」


「イモは余計じゃっつーの」


「わぁっ!山中君と上井君の恒例掛け合い、朝から見れたから、今日は楽しい一日になるわ、きっと♪」


「ごめんなさいブラスの皆さん、アタシが責任とって田中を回収していくけぇ…。上井君、許してね」


「いいよ、笹木さん。お陰で目がぱっちり覚めたけぇ」


「そう?又さ、今晩もやる?」


「うんうん、やろうやろう!」


 勢いよく入ってきたのは、やっぱり伊東だった。


「じゃまた、3年2組で…。10時過ぎかな?」


「そうじゃね、それくらいがええよね」


「あっ、そしたらもし起きてたら、村山君連れて来てよ」


「というのは近藤さんじゃね?」


「本当、上井君って名前を直ぐに覚えてくれるんだね。これは女としては嬉しいわ」


「そう言われると照れるけど…。村山、聞いとるか?」


村山君ならもうどっか行ったよーと、女子の誰かが答えてくれた。


(肝心な時におらんのじゃけぇ…)


「よっしゃ、俺は今から15時間後を楽しみに1日頑張るぜ!」


「ごめんね、笹木さん。俺も伊東を回収していくけぇ…」


「アハハッ。じゃとりあえず、またね~」


 この合宿でひょんなことから、女子バレー部と縁が出来たのはなんとなく嬉しかった。

 来年の合宿でも、女子バレー部と時期が重なることが考えられる。

 俺は女子バレー部の役員改選の時期をよく知らないが、合宿前に幹部交代となっていたら、笹木さんが絶対に要職に就くと思った。

 そうすれば、前田先輩が言っていたような懸案事項も、事前に話し合いやすいし。



 …って、俺は部長にはなりたくないけどね!



 と、なんとなくフワフワした気持ちで一旦ゴロゴロしに寝室に戻ろうかとしたら、俺のTシャツの裾が引っ張られた。


(このパターンは…)


「野口さん?」


「当たり!もうこの手は使えないかなぁ」


「いや、でも何だか嬉しいから、続けても…いいよ。てか、続けて?」


 何故か俺はちょっと照れてしまった。


「うん、分かった!ねぇねぇ、朝ご飯前にちょっとだけ、いい?」


「えーっ、ゴロゴロしようと思っとったんに~」


「そこを何とか…」


「冗談だよ。何処か行く?」


「うーん、敢えてシャワー室に行ってみる?」


「え?昨日の夜、同伴を断られたシャワー室?」


「同伴ってまた大袈裟な…。とりあえず行こっ。夕べのこと、報告するから」


「あ、はいはい…」


 俺はその言葉にちょっと緊張した。神戸千賀子に対する封印している思いを、高校で知り合った相手としては、野口さんが初めて話した相手になるからだ。


 シャワー室の入り口の階段に座って、話し始めた。


「先ずは、サオちゃんとまたちょっと距離が縮まったみたいね。よかったね」


「え?」


「その絆創膏…」


 昨日の夕飯の準備中、包丁でうっかり自分の指まで切ってしまい、伊野さんが応急措置で指を咥えてくれ、その後可愛い絆創膏を貼ってくれたのだ。結構粘着力が強くて、最初に貼った絆創膏が、今もしっかりと貼り付いている。


「な、何で知ってるの?」


「アタシの耳は地獄耳~♪実際はね、寝れないみんなで、結局恋愛暴露大会が始まったのよ」


「う、うん」


「そこで、誰と誰はもう付き合ってるとか、誰は誰が好きかとか、本当かどうか分からないことまで話してたの」


「怖いなー。そこでこの絆創膏が出たってことは?」


「あのね、どんな話の流れだったかは忘れちゃったけど、その話に加わってた女の子が好きな男子部員を1人選ぶっていう展開になったのね」


「それは、本気の好きとかじゃなくて、どうしても1人選べっていう、半分罰ゲームみたいな感じ?」


「まあ、そうね。でもあえて選ぶなら…で名前が挙がる男の子は、やっぱり実際も素敵な男の子だよ」


「ふむふむ。それで?」


「順番をアイウエオ順にしたの。そしたらサオちゃんが一番目でしょ?えーっアタシ?って、物凄い照れてたよ」


「緊張してくるぅ」


「でサオちゃんはね、最初は選べないって言ったの。そこをアタシが、1年と2年の中から、どうしても1人選ばなきゃ無人島から帰れません!その時は誰を選ぶ?って突っ込んだの。そしたら…」


 俺は思わずゴクリと喉を鳴らして唾を飲み込んだ。


「サオちゃん、照れながら、ウワイクン…って言ったんだよ!良かったね!」


 野口さんは俺の背中をバシバシ叩いてくる。痛いっつーの…。でも…


「本当に?」


「本当だよ。で、あえてウワイクンな理由は?って聞いたら、夕飯の時に一緒に冷奴作って、楽しかったんだって。その時に上井君、包丁でケガしたんだってね?」


「うん。豆腐だけじゃなくて、自分の指も切ろうとしちゃってさ」


「その時、サオちゃんがササッと応急措置をして、最後に絆創膏を貼ってあげたんだけど、上井君が凄い照れてたのが印象的だったんだって。このこのぉ~」


 その話を聞いているだけで、既に俺の顔は真っ赤になっていた。


「あ、上井君、また照れとる。分かりやすいね~、上井君は」


「いや、そんな話聞かされたら、俺、伊野さんの顔、見れなくなっちゃうよ~。他の女の子はどうだったの?」


「うーん…。ヒ・ミ・ツ💛」


「えー、お預け喰らった犬みたいだなぁ…」


「じゃ、特別にもう一つね。上井君の名前を挙げた女の子は、サオちゃん以外にもいたよ…」


「えーっ、マジですか!それはどなた様ですか!?」


 野口さんは苦笑いしながら、口にバツ印を作った。


「うーん、天気晴朗なれど波高し、かぁ…」


「時間がないから、もう一つね。チカのことなんじゃけど…」


「ああ、野口さん、説教したの?」


「うん…。最初はね、このまま大村君にベッタリだと、絶対良くないって言おうとしたの。上井君も心配してるって付け加えて」


「俺の言葉なんかは付け加えなくていいよ」


「でね、なんで遅刻したのか詳しく聞いたら…。チカは誰にも言わないで、って言ってたけど、上井君には言うよ?って念押ししたのよ」


「え?なんでまた」


「だって上井君の心の奥底に仕舞っておいた、誰にも明かしたことのない元カノへの本音を、アタシは聞いちゃったし、それをチカに伝えたから」


「えーっ、言っちゃったの?」


「言っちゃった…」


「伊野さんだけじゃなくて、まともに見れなくなる女子が増えるじゃん」


「え?今までチカのことは無視してたんでしょ?じゃ気にすることないじゃん」


「ま、まあ…。至極ごもっともで…」


「あのね。真実を言うと、爆笑になっちゃうかもしれないのよ」


「爆笑?あんな緊迫してた場面なのに、爆笑?」


「そう。何かと言うとね、夕飯の後、大村君と一緒にシャワーへ行ったんだって」


「ふーん…」


「まあ、聞いてよ。その時にチカってば、着替えのブラとパンツを忘れたのよ」


「へっ?」


「シャワーが終わった後に身に着けるつもりだった下着を、部屋に忘れたんだって。それでパニックになっちゃって、どうしようって1人でシャワーの脱衣所で慌ててたんだって」


「…彼女らしくないね」


「あ、今の言葉、もらっとくわね。で、どうしたかというと、シャワー用に水着を持ってきたけど着てなかったことを思い出して、水着を着てシャワー室を脱出して、寝室に戻ってから、着替えのブラとパンツがちゃんとあること、逆に言うと部屋に忘れて置きっぱなしになってたことを確認して、改めて着替えなおしてから、音楽室に来たんだって」


「なんか…信じられないなぁ」


「信じてあげて」


「それで神戸…さんが遅刻したのは分かったけど、なんで大村まで?まさか大村も一緒になって女子更衣室とか女子の寝室荒らししたんじゃ?」


「ハハッ、それはないよ。チカは、大村君には先に合奏に行っててって、何回も言ったらしいの。それでも最後にチカが音楽室に着いたとき、入り口で待ってたんだって。一緒に怒られよう、俺が悪いから、って言ったんだって」


「そして一緒に、最悪のタイミングで入ってきたのか。うーん…」


「そんな訳だから、せめて上井君だけは、大村君までとは言わない、チカの心の味方でいてあげて」


「……そんなさ、着替えの下着を部屋に忘れてパニックになったなんて、女子相手でも、どんな親友相手でも、恥ずかしいからなかなか言えないと思うんだよね。男に置き換えてもね。でも彼女は、恥を忍んで親友の野口さんには打ち明けたってことだよね。で、野口さんが俺にそのことを言うのを、黙認?してるんだよね?」


「うん、そうよ」


「了解!元仮カノのお願いとあっちゃ、聞かないわけにはいかないよ」


「あっ、ありがとうだけど、何その元仮カノって」


「野口さんから言えば、元仮カレ」


「あっ、なーんだ、そのことね。そうだ!そのことでも一つ相談があるんよ…。もう朝ご飯の時間だから、朝ご飯の後、9時からのパート練習開始前にちょっと顔貸してね。お願い!」


 …まだ合宿が始まってから24時間経過してないのに、なんなんだこの身の回りで起きる事件、トラブル、ハプニングの多さは。

 4日目には身も心も干乾びるんじゃないか?


<次回へ続く>

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