第14話 -合宿9・神戸side3-

「…ということで、午後から夜にかけての日程の説明を終わります」


 須藤先輩が、日程について昼食の時間に説明してくれた。

 午後の練習は1時半からで、パート練習。夕飯は6時からで、夜の合奏は7時半から9時まで。

 シャワーは夕飯後から7時半までと、9時以降とのことだけど、夕飯後に冷たいシャワーは浴びたくないな…。


「チカ、部屋に戻る?」


「あっ、うーん…」


 アタシは昼食の後片付けをしている大村君が気になった。

 マユはアタシの視線の動きだけで、察知してくれたみたいで、


「アタシ、先に戻ってるよ」


 と言ってくれた。


 A班の片付けを3年1組の中から見ていたけど、大村君もまあまあA班の部員さんと話せてて良かった…。

 須藤先輩が部長だから、という理由でA班にいたのも良かったのかもしれない。

 弓ちゃんはちょっと距離を置いてたみたいだけど、仕方ないかな…。


「A班の皆さん、お疲れさまでした!お陰様でスムーズに片付けも終わりました。次の出番は明日の夕飯になりますが、またよろしくお願いします。じゃあ各自寝室で休憩して、1時半から各パート練習に入ってください。カイサーン」


 疲れたねー、パー練で寝ちゃいそー、そんな言葉が飛び交いつつ、のA班のメンバーは寝室兼休憩室へと戻っていった。


 アタシは誰もいなくなったタイミングで、廊下へ出た。


「神戸さん、わざわざ待っててくれたんだね。ありがとう」


「ううん。一応Tシャツに着替えたから…」


「ああ、ごめんね。今時ペアルックなんて時代遅れかもしれんけど、合宿中にやってみたかったからさ」


「うん。そんなに…気付かれないよね?」


「そんなド派手な柄じゃないから、大丈夫じゃろ」


「アタシはこんなの、初めてだから、緊張するわ」


「でもパート練習は別々だし。合奏だって別々に音楽室に行けば、誰も気にしないよ」


「そうかな。それならいいんだけどね…んっ?」


「どうした?神戸さん」


「あっ、ごめん。なんでもないよ」


「じゃ、また夕飯の時に…」


「うん、また後でね」


 と言って大村君とは別れたんだけど、なんでさっき、上井君がアタシ達の様子を見に来たんだろう?


 もしかしたらなかなか大村君が男子の寝室に戻らなくて、様子を見に来たのかな。


 でもアタシの姿を見て、すぐにUターンしてったけど…。


 1年生女子の部屋に戻ったら、そろそろパート練習の部屋に行こうとしてる部員や、まだ横になってる部員もいた。

 マユはブックカバーをしてるから何の本か分からないけど、文庫本を読んでた。あたしの姿を見て、声を掛けてくれたわ。


「チカ、昼のお話は終わったの?」


「うん…」


「ん?なんかスッキリしない返事じゃね。ケンカでもしたん?」


「いや、そんなんじゃないけど」


「じゃ、ちょっと早めじゃけど、パー練の教室に行こうか。行きながら話そ」


 とマユは言って、文庫本にしおりを挟んで立ち上がった。

 アタシもマユの後を追うように、廊下へ出た。


「チカは何にスッキリしてないの?まさか、アタシと上井君の偽物カップル問題?」


「いや、それはもう気にはしてないよ。まあしいていえば、須藤先輩をいつまで騙すのかなって心配じゃけど」


「痛い所を突くね~、チカも。ま、ご本人に聞かれたら、すぐ別れたってのもアレじゃけぇ、寒くなるくらいまではカップルでおることにするよ。衣替えの頃に別れることにしようかな?」


「なんか、それでいいのかな…」


「いいの、いいの。アタシと上井君で何とかするわ。チカはこの件については気にしないで。それよりさっき、なんで気分が乗ってないような風で戻ってきたの?」


「あのね、お昼ご飯のあと、ちょっと残って、大村君とそのまま3年1組の廊下で少し話してたの。そしたらその様子を上井君が見に来て、アタシの姿を見たらクルッとUターンしてったの。これがなんだか気になって…」


「うーん、別に気にすることでもないんじゃない?多分、忘れ物でも探しに来たけど、チカ達がいたから、彼はチカとは話したくないけぇ、Uターンしただけ、程度じゃない?」


「そう?そうならいいけど…」


「チカは考えすぎだと思うよ、色んなことを。本来なら上井君のことなんて忘れて、大村君と堂々と付き合えばいいのに、なまじ同じ高校、同じ部活、同じクラスになっちゃったから、上井君と仲直りしたいって思うんでしょ?」


「簡単に言えばね」


「チカも上井君のこと、無視してみればいいよ」


「えーっ?無視?」


「そう。もし別々の高校に行ってたとしたら、上井君のことでこんなに悩むことは無かったでしょ?」


「…そうね」


「会うこともないんだし。だからもう上井君のことは考えない!そうじゃないと、大村君に失礼だよ」


「…うん…」


「煮え切らないんだからぁ。ま、チカの考え次第だから、アタシがどうこう言っても上井君と仲直りしたいっていう思いを捨てられないなら、それはそれで仕方ないし。でも、アタシが見る限りまだまだハードルは高そうじゃけどね。さっきのそのUターンの件にしても」


 と話してる内に、物理教室に着いた。


(アタシが大村君とは恋人関係で、上井君とは仲直りして友達関係になりたいって思ってることが、もしかしたら自分で自分に足枷嵌めてるのかも…。マユはそう言いたいんだよね、きっと)


 少しクラの音出しをしてから、午後のパート練習に入ったけど、結局モヤモヤしたまま。


 上井君がアタシを許してないのは、さっきの態度で分かったけど、だからってアタシも上井君を無視…は出来ないな…。

 上井君はアタシを無視してるけど、その裏返しで、ものすごい意識してる…って村山君が言ってたし。

 かと言って話しかけることも出来ない状態だけど…。


「神戸?聞いてるか?」


「えっ、はっ、はい!」


「お前、1年生から唯一クラの1stやってもらうんじゃけぇ、さっきのフレーズはもう少ししっかり吹いてくれ」


「はい、すいません」


 いけない…ボーッとしちゃった。

 って、いつの間に福崎先生が来てたの?


 真横のマユが小声で、課題曲のサビのフレーズのこと、と教えてくれた。


 いつの間にか時間は過ぎて5時半になり、昼にも入った放送が再び入って、南先輩はB班の人は準備に行ってね、と声掛けしている。

 クラからはB班はサオちゃんだけなのかな?


 行って来まーすと明るい声で、クラを置いて準備に行ったわ。

 B班には上井君がいるからかな…なんて邪推しちゃうアタシ、どうにかしてる。


「じゃあ、コンクールの課題曲と自由曲を1回ずつ通したら、ご飯に行こうね」


 南先輩がそう言って、2曲通してから、クラも全員3年1組に向かった。


「夕飯はカレーライスと冷奴だって。熱いのと冷たいのと両方ってことかな?」


 夕飯のメニューを業者が殴り書きしたような紙が1枚、食堂階になってる3年生のクラスが並ぶ4階入り口に貼ってあった。


(もう少し綺麗に書けばいいのに)


 4階はもう、他の部活も夕飯の準備してるから、カレーの匂いが充満してる。カレーは教室の中で準備してるけど、冷奴なんてどうやって出てくるんだろうと思ってたら、廊下の手洗い場で、男子と女子がペアになって冷奴を準備してた。


(あっ…)


 よく見たら、上井君とサオちゃんだった。しかも結構楽しそうに会話しながら作業してる。


(サオちゃん、やっぱり上井君のことが好きなのかな)


 って思ってたら、何やら不穏な会話が聞こえてきて…


 悪いと思いながら、ちょっと隠れて見てたら、上井君が包丁で指を切ったみたい。それに対してサオちゃんが、切った豆腐は一旦パックに戻してって言いながら…


(えーっ!)


 サオちゃんがあんな大胆なことするなんて。

 上井君が怪我した指を、5秒ほどだったけど、口にくわえてた。

 上井君もビックリしたみたいで、あっという間に顔が赤くなってた。

 そのあと、サオちゃんがスカートのポケットから絆創膏を出して、上井君が怪我した部分をぐるぐる巻きにしてた。


(サオちゃん…。大胆だった…。中にいるカレー担当の人には何も知らせずに、なんて手際がいいの?これは上井君のことを好きじゃなきゃ、出来ないことだわ)


 その後2人は何もなかったかのように冷奴作りを続けてた。さすがに包丁はサオちゃんが持つように立ち位置は変えてたけど。




「へぇ。上井と伊野さんが?」


「そうなの。付き合っててもおかしくないくらいの雰囲気だったよ」


 アタシは大村君に誘われて、夕飯後に早目にシャワーを浴びてから、夜の合奏に出ようとしていた。

 その時に、夕飯の準備中の2人の様子を大村君に話した。


「2人の仲が上手くいけばええね」


 大村君が意外なことを口にした。


「そうすれば、上井が神戸さんと喋らないとか、無視するとか、そんなネガティブな行動はしなくなるんじゃない?俺とも会話を再開してくれるかもしれんし」


「そっか…。そうよね、うん。そうだわ…」


「とりあえず見守ってようよ」


 喋ってる内に、シャワー室に着いた。

 出入口は男女同じだけど、中で男子と女子に分かれてる。


「多分、神戸さんの方が後じゃろうけぇ、俺終わったら、待ってるよ」


「うん、ごめんね。なるべく早く終わらせるから」


「じゃあまた後でね」


 中は混んでるかと思ったけど、意外に誰もいなかった。


(アタシ1人?)


 とにかく冷たいっていうシャワーだから、早く終わらせたいな。

 一応中学の時のスクール水着も持っては来たけど、着て、シャワーして、脱ぐってのが面倒だし、隠れてる部分は洗えないから、そのままシャワー浴びちゃおう。


 アタシは全部脱いで、籠に入れて、シャワールームに入った。

 プールの更衣室に設置してあるようなシャワールームで、そんなに余裕はないんだけど、早目に入ったからかちょっと水は温かい水が出てきて、助かった。


 一通り洗って、脱衣所に戻って、下着を身に着けてからドライヤーを…。


 あれ?


 替えの下着がない?


 え、持ってくるの忘れちゃったのかな…。

 誰も出入りしてないから、盗まれるはずがないし、さっき脱いだ汗だくの今日の下着はそのままだし…。


 持ってくるの、忘れちゃったんだ!どうしよう…。


 合奏の時間は迫るし…。えー、どうすればいいの?


 とり合えずバスタオルを巻いて、外で待ってるはずの大村君に声を掛けた。


「ごめーん、ちょっと時間が掛かる…」


「ああ、いいよ。待ってるよ」


「ごめんね」


 でもどうすればいいの?

 さっき脱いだ今日の下着なんて、汗まみれでもう身に着けたくないし…。

 ノーブラ、ノーパンなんて勇気はないし…。


「!」


 持って来たけど着なかった、スクール水着があったわ!

 これで一旦女子部屋へ戻って、今日着替えるはずの下着がちゃんとあるのを確認してと…。

 でも合奏に遅れちゃうかな、大村君だけでも先に行っててほしいな。

 もう一度バスタオルを巻いて、大村君に声を掛けた。


「ごめん、大村君。先に合奏行ってて~」


「え?どうしたん?何かあった?」


「いやっ、あのね、大村君にも言えないこと…。だから先に合奏行って」


「あ、ああ。分かったよ。先に行っとくけぇ、もしなんか遅れる理由とかあったら、俺、言っとくけど」


「いや、いいよ。とにかく先に行ってて。遅刻しちゃまずいし」


「うん…。じゃ、気になるけど、先に行っとくよ」


 大村君はシャワー室から出て行った。


 アタシは急いでスクール水着を着て、その上にTシャツとジャージを履いて、1年女子の寝室へ行った。


 もうみんな音楽室へ行ってるから真っ暗だった。電気を点けて、アタシのカバンを探すと…


(あった!良かった、盗まれたりしたんじゃなくて。持っていくのを忘れただけで)


 すぐにアタシは水着を脱いで、新しい下着を身に着けて、改めてTシャツとジャージのズボンを着て、音楽室に急いだ。


 そしたら大村君が音楽室の入口で待ってるし…。


「先に音楽室に行けばよかったのに!」


「いや、遅刻確定として、2人で怒られようや。神戸さん1人が怒られるのは、なんか理由の説明が大変そうじゃけぇ、俺が悪かったことにするから」


「そんなの、いいの?」


「いいよ。俺が合奏前にシャワーに誘ったのも、悪かったかもしれんし」


「大村君…」


「じゃ、冷たい視線覚悟で!行くよ」


 アタシと大村君は、スイマセン!と謝りながら、音楽室へ入った。

 タイミング的には最悪で、福崎先生が指揮棒タクトを上げた瞬間だった。


 音楽室内はため息が充満して、須藤先輩からは時間を守れ!と怒られた。


 その後は針の筵状態で合奏に参加して、9時の終了前には、福崎先生が時間を守ることについて滾々と説明された。


(アタシ達、絶対にみんなから許してもらえない…)


「神戸さん、ちょっといい?」


 南先輩に呼ばれ、アタシは音楽室の隅っこで、軽く叱られた。


「大村君となにがあったのか知らないけど、時間だけは守って。どうしても遅れそうな時は、誰かにメッセージ頼むとかね。神戸さんはクラの1年生で一番の期待の星なんじゃけぇ、お願いね」


「はい、ごめんなさい。二度と遅刻しないように気を付けます」


「じゃ、このことは今日限り。明日からまた頑張ろうね」


「ありがとうございます」


 南先輩には実は…って喉まで出掛かったけど、何も言わないようにした。

 ふとホルンの方を見ると、大村君が織田先輩に注意されてた。

 何を言われてるかは分からないけど、きっとアタシよりもキツい注意のされ方だろうな…。


 それも終わって、須藤先輩が音楽室閉めるよ~と言われたので、慌てて外に出た。


「疲れたね」


「大村君…」


「ちょっと休憩してから…いや、今夜はもうお休みにしよう。また明日ね」


「う、うん…」


 アタシが1人で1年女子の寝室に戻ると、なんとなく誰も視線を合わせてくれなかった。サオちゃんも弓ちゃんもなんとなく苦い顔をしている。


(自業自得なんだけど…。でも、ツライな)


 アタシは耐えきれなくなって、一旦廊下へ出た。


 そこへマユが戻って来た。


「チカ、ちょっとちょっと…」


 手招きされて、隣の空いてる教室へ入った。


「チカ、何しよるん?あの空気、みんな耐えれんかったけど、チカも、そして多分大村君も辛かったじゃろ?なんで大事な合奏に遅れてくるん?大村君にいいように引き摺られとるんじゃないん?」


 アタシはマユが怒りながらも正面から向き合ってくれたことに、嬉し涙が溢れてきた。


「泣いちゃうほど?ねぇ、何があって遅れたん?アタシには教えて?」


「…アタシが、悪いの、なのに、大村君、俺が、悪いことにする、て言って…」


「ごめん、言い方はキツくなっちゃうけど、大村君のせいなん?」


 アタシは黙って首を横に振った。


「違うの?」


 今度は頷いた。


「じゃあ、一体何があって遅れちゃったの?」


 アタシは、涙がちょっと落ち着いてから、大村君と合奏前にシャワー浴びちゃおうといって、シャワー室に行ったこと、着替えの下着を忘れてパニックになったこと、大村君には先に合奏に行ってと何度も言ったこと、水着を着て部屋に戻って改めて着替えてから音楽室に向かったら音楽室前で大村君が待ってたこと…を、一気に喋った。


 マユはちょっと驚いたような顔をして、しばらく考え込んでいた。


「…アタシ、さっき上井君を捕まえて、チカってあんなことする子?って聞いたのよ。上井君、最初は大村とイチャイチャしとったんじゃろとか言ってたけど、アタシが上井君の、心の奥に閉じ込めてある本音を教えて?って聞いたの。そしたらね、絞り出すように、『神戸さんは本当は真面目な女の子。あんなこと遅刻をする女の子じゃない。初めての彼女だったから、変な奴と付き合って変な方向に進んでほしくない』って教えてくれたよ。どう?上井君、こんなこと言ってくれたんよ」


 アタシは乾いていた涙が、また溢れてきた。


(上井君…。アタシのこと無視してても、そんな風に見ててくれて…ありがと…)


「まあ上井君は、チカが教えてくれた本当の理由は知らずに喋ってるから、まだ棘を感じるかもしれないけど、シャワーで下着忘れてパニックになって遅れたって知ったら、もっと違う言い方をしたかもね」


「うん…。でもその本当の理由、とてもみんなには、特に男子には言えないし…」


「大丈夫。アタシに任せて。全員は無理じゃけど、1年の女子くらいは、アタシが話しやすい辺りから広めていくから。内容的に男子には言えないけど、上井君には教えてもいい?」


「えっ…。どうしよう…」


「でもさ、もしかしたら、チカと上井君の関係改善に繋がるかもよ?なーんだ、そんな理由か!って」


「…マユに一任する」


「うん、分かったよ」


「マユ、ありがとうね…」


「うん、高いよ~、今回の件は」


 やっと笑うことが出来た。マユ、ありがとう…。


<次回へ続く>

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