第13話 -合宿8・神戸side2-

「えっ、アタシが上井君と付き合ってるって?」


 女子の寝室でマユを捕まえた。女子は二部屋で男子は一部屋なんだけど、女子の方が人数多いからそうなったみたい。


 どう分かれるのかは特に指示は無かったから、自然と1年生、2・3年生に分かれたから、マユのこともすぐ捕まえられた。


 そのまま寝室で話す内容じゃなかったから、空いてる隣の2年1組へ移動して、マユに説明を求めたの。


「さっき須藤先輩から聞いたの。ねえ、本当に上井君と付き合ってるの?本当なら、なんで隠してたの?アタシにとって上井君の存在って…」


「ちょっと待って、チカ。確かに隠してたことはあるから、その点は謝る。ごめんね」


「じゃあ本当に上井君と付き合ってるの?」


「付き合ってないよ」


「え?」


「だから、付き合ってないってば」


「それって、本当?」


「本当だよ。誰かとは言わないけど、上井君が今好きな女の子はアタシじゃないもん、残念ながら」


 アタシは余計に頭の中が変になっちゃった。


「じゃ、須藤先輩が言ったことって、なんなの?」


「その辺りをチカに言うのを忘れてたね、ゴメンね」


「今からでもいいから、教えて。なんの事やら…」


「あのね、まず最初は、須藤先輩の告白から始まるの。ゴールデンウィーク明けに部活帰りに呼び出されて、告白されたの」


「須藤先輩から、なんだね。確かにそれらしい事は言ってたわ」


「それでアタシ、しばらく時間を下さいって言ったの。どうしようかと思って…って言うよりも、どう断ろうかって」


「断る?じゃマユとしては須藤先輩には好意は無かったんだね?」


「うん。むしろ苦手な部類に入っちゃう。それで、どう断ろうか迷ってる内に、あっという間に月日が過ぎちゃって、文化祭が終わった日に、返事の催促を受けたの」


「まあ1ヶ月待たされたら、どうなった?って思うよね…。でもなんで上井君が関わってくるの?」


「先輩とは性格が合いませんとか、理屈っぽいのが苦手ですなんて、返事としては最低でしょ?いくらそれが本音でも」


「そうね」


「で、まだその頃は上井君のことはチカから聞いてただけで、アタシは直接話したことはなかったんだけど、上井君にSOSを求めたの」


「突然ってこと?」


「上井君にしてみたら、そうなるよね」


「出来ればその頃、教えてほしかったな…」


「ごめんね、勝手なことして。でもアタシも結構追い詰められててさ」


「過ぎたことはしょうがないから…。それで上井君と話をしたんでしょ?」


「そう。それで…」


 そこまで話したところで時間切れ。

 南先輩が、パート練習始めるよ、と呼びに来られたから、続きは昼ご飯の後になっちゃった。


 昼ご飯はA班担当だから、大村君と弓ちゃんが頑張ってるはず。あの2人、話したりするかな。


 クラリネットは物理教室が、合宿中のパート練習室に割り当てられてる。パート別に校内の色んな部屋が割り当てられてるんだけど、打楽器だけは移動が大変だから、音楽室のままで、ちょっぴり羨ましかったりしちゃう。


 アタシとマユは慌てて一旦音楽室にクラを取りに行って、物理教室へと移動した。


 でも校内からは、殆ど楽器の音が聞こえないの。

 チューバとユーフォニアムの音だけが聞こえるんだけど、これってどのパートもお喋りに夢中ってことよね?きっと。


 南先輩も、去年の合宿で体験したこととかを教えてくれたわ。


「サックスの前田先輩が言っておられましたけど、本当にシャワーって冷水なんですか?」


 同期の太田さんが質問してた。


「本当よ〜」


 えーっ、やっぱり?他の1年も反応してた。


「じゃあ南先輩も水着は持ってこられました?」


「えーっとね、アタシは迷ったけど持って来なかったわ」


「アタシは持って来たけど、ビキニだと意味がないかなぁ」


 太田さん、ビキニ持ってきたの?凄ーい!


「太田さん、大胆ね!誰か見せる相手でもいるの?」


「いませんよー。募集中です」


「アタシは中学の時のスクール水着1枚だけ…」


 マユがそう言った。アタシも同じだけど、黙っちゃった。


「結局水着着たら、ちゃんと体を洗えないしね」


 確かにそうだわ。


「あと、A班の子っている?」


 もう一人の2年生の、神田先輩が手を挙げた。


「神田さんがAなのね。他はいない?」


 みんな顔を見合わせてたから、他にはいなさそう。


「じゃあそろそろ呼び出されるかも」


 そう南先輩が言った途端、校内放送が入ったの。


『校内合宿をしている各部へ連絡です。食事が届きましたので、準備をお願いします。繰り返します…』


「じゃあ神田さん、よろしくね」


「はーい。行ってきまーす」


 神田先輩がクラを置いて、昼食の準備に物理教室を出て行った。


「これって、誰が喋ってるんですか?」


「放送部が事前に何パターンか録音して、合宿期間中に定期的に流れるようになっとるんよ。昼ご飯と夕ご飯と、あとシャワーでも流れたかな?」


 だから合宿する時は、他の部活も同時に合宿するのね。

 A班は大村君が行ってるから、応援したいな…。


「みんな、さっきの放送聞いたら、もう練習なんていいよね?」


 軽く笑いが起きたよ。


「じゃあ食堂になってる、3年1組に移動しよっか」


「はーい!」


 みんなクラを置いて、3年1組へ移動し始めたわ。サオちゃんは誰とも喋らずにサッサと行っちゃったけど…。


 アタシはマユと、さっきの続きを話しながらの移動。


「チカ、いい?さっきの話だけど…」


「あ、うん。上井君が登場したところだったよね」


「うん」


「上井君とマユがカップルだって、須藤先輩がさっき言ったことに繋がってくるの?」


「そう…なの。アタシね、上井君に、仮の彼氏になって、って頼んだの」


「えーっ!?」


 アタシの声が大きかったのか、先の方を歩いてるクラの他のメンバーが振り返っちゃった。


「で、アタシを仮の彼女にして、って頼んだんだ」


「仮の彼氏?偽物?」


「そ、そういうこと…」


「上井君、そんな提案、引き受けたの?」


「信じられないかもしれないけど、引き受けてくれたの」


「……」


 アタシは絶句した。アタシの知ってる上井君は、そんな提案を受けるような男の子じゃない。

 でも、でも…。


「チカ、ビックリした?チカの知ってる上井君はそんな事する男の子じゃない、顔にはそう書いてあるわ」


「…うっ、うん。」


「でもね、上井君は優しいから、アタシのこんな変なお願いも引き受けてくれて、アタシが須藤先輩に付き合えませんって返事をする時に、須藤先輩が怒って何か突拍子もないことしそうになったら、助けて上げる、って言ってくれて、近くにいてくれたの」


 上井君は善意で、マユを助ける為に仮の彼氏って役を引き受けたのね。ちょっと安心したかも。


「大体分かったわ。それで、須藤先輩はマユと上井君はカップルだ、ってずっと思ってるのね」


「そのようね…。うーん、仮の関係とはいえ、もうアタシ達、別れたのよ」


「仮の関係で別れたってのも変じゃけど、さっきマユが言ってた、上井君にはマユじゃない、別の好きな女の子が出来たってことが関係するの?」


「そうなの。だから仮のカップル関係は終わって、今は友人として付き合ってるんだ」


 友人かぁ…。でもアタシには、友人以上の気持ちがマユにはあるような気がしてならない。さっきだって、上井君の脇腹を突いて話し掛けてたし。


「よくさ、友達以上恋人未満とかいうけど、そんなんじゃないの?」


「えー、そこまでじゃないよ。それは今の上井君と、上井君の好きな子の関係を言うと思うな、アタシは」


 えっ、そしたらアタシの勘だとサオちゃんが上井君のことを好きみたいだから、サオちゃんと上井君が友達以上恋人未満?でもマユはどこまで今の上井君を把握してるんだろ。さっきの様子だと、結構細かい部分まで知ってそうだけど…。今はこれくらいでいいかな…。


 食堂に充てられてる3年1組に着いたら、先にサックスが着てたみたいで、上井君が机の並び方を食堂みたいに動かしてた。

 あれ?上井君はB班じゃなかったっけ?


 …って話し掛けることが出来ればなぁ…


 代わりに大村君がアタシを見付けて、Tシャツを指してた。


(そうだ、合宿中、同じTシャツで過ごそうって言って、この前、買いに行ったんだった)


 アタシは今、体操服とジャージという格好で、他の1年生も同じ格好の人が多い。でも2年生は着る服は自由ってことから、もうTシャツに着替えてる先輩が多い。

 アタシも今の内にTシャツに着替えなきゃ…。大村君がまた拗ねるから。


 でもこんなペアTシャツなんか着てるのを見たら、また上井君は嫌悪感たっぷりな目でアタシの事を見るだろうな…。止めとけば良かった…。


 <次回へ続く>

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