第12話 -合宿7・神戸side1-

 吹奏楽コンクールに向けての合宿の初日を迎えた。


 大村君と付き合うようになって、彼のいい所も分かって、アタシも大村君に惹かれてきた。


 ただ一緒にいると楽しいけど、彼と仲良くなればなるほど、他のみんなとは距離が出来ていく気がしてならないんだ。


 上井君はアタシだけじゃなくて、大村君との仲も悪化したみたいで、話してるところなんかクラスでも部活でも見掛けたことないし。

 いや、上井君だけじゃなくて、吹奏楽部の中でもあまり誰とも喋ってるのを見たことがないなぁ…。


 せめてホルンパートでは喋っててほしいけど、どうなんだろう。


 そんな中で合宿が始まった。


 朝、宮島口でいつものように大村君と待ち合わせて高校に向かっていると、途中でタクシーがアタシ達を追い抜いて行った。


 一瞬で、タクシーに乗っているのは、村山君、上井君、松下さん、伊野さんの4人だと分かったよ。


(あの4人で仲良く行動してるんだね)


 最近は大村君が宮島口まで迎えに来てくれるから、普段は2人で登校してるけど、そんなアタシ達を上井君は無理矢理追い抜いて先に登校してる。


「ほっときなよ」


 と大村君は言ってくれるけど、アタシが気にならない訳、ないじゃない。

 上井君がどんな気持ちでアタシ達を追い抜いてるのかと思うと、胸が痛くなるもん…。


 高校に着いたら、1年生のみんながワイワイしてた。


 あの輪に入りたいな。


 そう思いながら大村君と並んで席に着いたら、アタシの隣にマユが来てくれた。


「チカ、おはよう!」


「おはよう、マユ」


 マユ…野口真由美は、今は一番話せる同期かもしれない。アタシと上井君の過去を受け入れて、上井君にもアタシにも平等に接してくれてるの。でも大村君とは話さないんだよね。大村君のことが苦手っぽいみたいで。


 同じクラの伊野のサオちゃんは最初は話せてたんだけど、サオちゃんが無意識にアタシと上井君の関係を聞いた後から、サオちゃんとは話せなくなった…というより、なんか避けられてる。


 話し掛けたら返してはくれるけど。


 きっと上井君にアタシがやってしまった事を、上井君本人や村山君、弓ちゃんに聞かされて、ストレートに怒ってるんだと思うんだ。サオちゃん、純粋だもん…。


「元気ないじゃん、もしかしてあの日?」


 マユが話し掛けてくれる。


「違うよ〜。ソレは計算では合宿中は大丈夫だから。なんとなく合宿を上手く乗り切れるのかなって不安感かなぁ、しいて言えば」


「不安感?そんなの吹っ飛ばしちゃいなよ。練習漬けはキツイけど、せっかく3泊4日もするんだよ?もしかしたら上井君と半年ぶり?もっと長い?話せるかもしれないじゃない」


「そうね。食事班はクジで決めるみたいだから、1/4の確率で一緒の班ってこともあり得るよね」


「そうなったら、意地っ張りでチカとは永遠に話さないとか言ってる上井君だって、話さざるを得ないじゃん」


「うん…。でも話せたら話せたで、何話そう?戸惑いそうだよ、アタシ」


「そんなの…。とりあえずこれまでごめんね、の一言でいいと思うよ。チカは上井君に対して、ゴメンって気持ちは持ってるんでしょ?」


「一応はね。もしかしたら一生かかっても消えない傷を、上井君に付けちゃってるかもしれないんだし」


「だからさ、まずゴメンって言ったら、彼だって意地張ってるだけなんだから、あっという間に喋れるようになると思うよ」


「そうかなぁ」


「大丈夫!上手くいかなかったら、アタシの出番ね。あ、先生の言葉が始まるよ」


 顧問の福崎先生が、音楽準備室から出てこられた。ワイワイ言ってたみんなも、静かになったわ。


「えー、みなさんおはようございます。今日から3泊4日、寝食を共に過ごして、部内の団結力を高め、来るコンクールでは少しでも上の賞を狙えるように頑張りましょう」


 はい!ってみんな元気に返事してる。

 その後、須藤部長が食事班分けのくじ引きの箱を回し始めた。


 順番的にアタシは後の方になっちゃうな…。


「神戸さんと…上井が仲直りするチャンスになればええね」


 大村君がボソッと呟いた。


「え、本当にそう思ってる?」


「ああ。そしたら俺も上井と話せるようになれると思うし」


 大村君も本音では、上井君と話せるようになりたいんだね…。


 あの4人組、どうなったんだろ?


「俺は…Bと書いてある」


 上井君はB班なんだ。アタシもBを選びたいな…。


「村山は?」


「俺はD?」


「松下さんは?」


「アタシはA」


「綺麗に別れとるね~。伊野さんは?」


「えっとね、アタシはBだわ」


「あっ、一緒だ!」


「え?上井君と一緒?わあ、よろしくね!」


 サオちゃんと上井君が同じB班になっちゃった。

 最近、サオちゃんは上井君のことが好きなのかな?って思う場面があるんだよね。だからかな、気のせいかな、サオちゃん、嬉しそうに見える。


「ほい、大村君」


 くじの箱が回ってきた。大村君は?


「俺はAだったよ。はい、神戸さん」


「はい。うーんと…」


 箱に残ってるくじは少なかったけど、まだ10個くらいあるから…。これに決めた!


「アタシ…Dだった」


「そっか。俺とも違うし、上井とも違うね」


「そうだね…」


 ちょっと落胆しながら、次の人に箱を渡した。


 くじ引きの箱が須藤部長の所へ戻った。


「クジ、引いてない人、いませんよね?じゃ、ホワイトボードに名前書いていくんで、まずA班になった方、手を挙げてください…」


 須藤部長はそんな要領で、A~D班のメンバーをホワイトボードに書いていった。


 改めてアタシのD班を確認したら、1年ではさっき聞こえてたけど村山君、伊東君と、あっ、マユがいる!良かった…


 その後、須藤部長が合宿について全部話そうとしてたけど、福崎先生に後にしろって言われてた。確かに須藤部長の話ってやたら長いんだよね。

 結局そのまま、一旦男子と女子の寝室に割り当てられた部屋に荷物を持って行って、必要があれば着替えてから、音楽室に楽器を取りに来て、今日は夕方までパート練習ってことになった。


 マユがその時、

「チカと同じD班になったね。B班になれなくて、残念だった?」

 と声を掛けてくれた。


「ううん、3/4で違う班になる確率の方が高いもん。仕方ないよ」


「なんかチカも意地っ張りみたい。アタシ、ちょっと先に行くね!」


 そう言ってマユは誰かを追いかけるように音楽室を出て行った。


 アタシはゆっくりと荷物を持って、大村君にA班頑張ってね、と言ってから音楽室を出た。


 そしたらマユが、上井君に話し掛けてるのが見えた。


(何を話してるんだろ。仲良さそうだなぁ…。上井君の脇腹なんか突いちゃって。あんなの去年、上井君と付き合ってる時でも出来なかったよ。マユって得な性格してるかもね…)


 そんなことを思って歩いてたら、更にアタシの後ろから須藤部長がやって来た。一応朝も挨拶はしたけど、もう一度と思って…


「先輩、お疲れ様です」


 って挨拶したの。そしたら須藤部長ってば


「あの2人って、いいカップルだよね」


「え?付き合ってるんですか?」


 須藤部長、何言ってるの?


「うん。神戸さん、知らなかった?」


「えっ、いや、知らないも何も…」


「実はさ、俺、野口さんのことが好きで、恥ずかしい話になるんじゃけど、ゴールデンウィーク明けに野口さんに告白したんよ。まあなかなか返事が返ってこなかったんじゃけど、文化祭の後くらいかな、野口さんから、『アタシは上井君という彼氏がいるので、付き合えません、ごめんなさい』って断られてさ」


 え?え?え?何、その話…。


「年上の俺が未練がましいことしたらダメじゃと思ったけぇ、潔く野口さんは諦めて、上井君と野口さんの2人を応援しようと思ってね」


 なんで?マユが上井君のことを好きなんて、全然聞いたこともないよ?


「ちょっとカッコ付けちゃったけど、俺の判断は間違ってなかったよね、あんな仲良しな場面を見るとさ」


「マユ…野口さんが、そう言ったんですか?」


「そうだよ。4月に入部した時から、上井君に一目惚れしてたんだってさ。そりゃあ、ゴールデンウィーク明けの俺のアプローチは断るよね。ハハッ」


 アタシは頭が混乱してきた。


「フラれてしまった後、まあちょっとだけ残念な思いで2人を見てたら、たまに渡り廊下で話したりしてるし、この前も一緒に帰ってたから、いい具合に付き合えてるんじゃないかな?」


 マユとは、お互い隠し事なく、何でも話せる間柄だと思ってた。

 だからアタシは、実は上井君には謝りたいって話も、どうしてそんなことを思ってるかも、中学3年生の時に遡って、全部話したつもり。


 なのに、マユはこっそりと上井君と付き合ってたの?


「すいません先輩、女子の部屋に早く行きたいので…」


「あっ、ああ。ごめん、引き留めちゃったね」


 マユ、本当のことを教えて?


 上井君とどういう関係なの?


 <次回へ続く>

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