第10話 -合宿5・スリル-

 合宿、修学旅行といった泊りがけの行事で、夜、特に初日の夜にスケジュール通りに就寝する者はなかなかいないと思う。


 俺は1年生全員で行った江田島合宿でこそ、夜の自由時間に女子からの呼び出しも何もなかったので、予定表通りに寝たが、他の1年生は明らかに寝不足だった。


 今回の吹奏楽部の合宿は、普通の教室の机を片付けて、床に直接布団を敷く方法で寝床を確保している。


 つまり、背中が痛いのである。


 格安のセンベイ布団のレンタルだから仕方ないが、仮に寝れても熟睡は出来ないんじゃないか?


 と、なかなか寝付けずに悶々としていたら、真っ暗なので誰かは分からないが大イビキの合唱が始まった。何人か分からないが、間隔から察するに3人は寝ていそうだ。


(よく寝れるな…人の気も考えず)


 若干八つ当たり気味にイライラしていたら、


「こんな五月蠅いと眠れん!」


 と言って、誰かが教室から出て行った。


 出て行ったところでどこに行くのやらだが、今の声はなんとなく大村の声っぽかったので、イビキの合唱を都合よく利用して教室を出て、神戸と待ち合わせ、逢引しているんじゃないか?


 それなら俺もダメ元で伊野さんに、眠れなかったら○○室に来ない?とか誘っておけばよかった~。


 なかなか寝付けないと、余計に色々なことを考えてしまう。

 せめて男子の部屋が女子の部屋より上の階だったら、下の階めがけて【起きてる人いたら○○室で話さん?】と書いた紙飛行機を投げ入れたり、画用紙に書いて紐で吊るしてアピールするのにな…。


 と夢みたいなことを考えていたら、なんとなく窓の外の上側が俄かに賑やかになった。

 俺は窓際に布団の場所を確保していたので、そんなガヤガヤした声も余計に聞こえてきたのだが、なんとしばらくしたら、上からスケッチブックがクリップで止められて紐で吊るされて降りてきた。


「???」


 とりあえず俺の位置が一番スケッチブックに近かったので、立ち上がってスケッチブックを手に取ってみた。すると上から、

『キャッ、手応えがあったよ!』『マジで?』

 という女子の声が聞こえてきた。


(なんなんだ、俺が妄想してたことを、上の女子が実践してるのか?)


 暗いのでジッと目を凝らしてみると、なんとそれは女子バレー部1年生からのスケッチブックレターだった。


(真上の教室は吹奏楽部女子ってわけじゃないのか)


 メッセージには

『そちらは男子部屋ですか?女子部屋ですか?』

 と書いてあったので、近くにあったペンで『吹奏楽部の男子部屋です』と書いた。


 返事を書いたら、2回引っ張って下さいと書いてあったので、2回引っ張ってみたら、『わっ、返事書いてくれたよ!』『男子かな、女子かな』という声と共に、スケッチブックが上に上がっていった。


 そこへ小声で山中が

「上井?なんかしてんの?」

 と近寄ってきた。

「なんか原始的文通が始まりそうなんよ」

「なんやそれ」

「まあ、ちょっと見とって」


 上からは『ラッキー!男子じゃん』『へー、吹奏楽の男子なんだ』『あっ、そしたら上井君がいるかもしれん』『山中君もいるかな』と、声のシャワーが降り注いできた。


「なんか俺とかお前の名前が聞こえたぞ。面白そうじゃけぇ、次来たら、俺に返事書かせてくれ」

 と山中が言うので、ペンを預けた。


 しばらく待っていたら、再びスケッチブックが降りてきた。

 メッセージには

『今起きてる1年男子って何人かいますか?』

 と書いてあった。


「1年男子が何人起きとるか、だって。俺とウワイモと…。さっきイビキが五月蠅いって出てったのは大村だよな。じゃあ後は…、伊東起きとる?」


「寝とるよ」


「はい、伊東は起きてた、大上、起きとる?」


「もうちょっとで眠れそうじゃったのに…」


「はい、大上は起きてた、村山、起きとる?」


 …無反応だった。無反応どころか、よく見てみたらイビキの大合唱の1人は村山だった。


「はい、村山は論外で…1年男子は4人起きとるよ、と。これで2回引っ張ればええんか?」


「そうそう。やってみて」


 山中も2回、スケッチブックを引っ張った。


『返事が来るよ!』『最低1人は起きてるってことよね』


「上は誰なん?」


「女子バレー部の1年生っぽいんじゃけど」


「マジか!」


 ここで伊東は急に元気になって、窓側に集まってきた。大上も仕方なく…という感じで集まってきた。


『4人の男子が起きてるって』『丁度良かったじゃん、アタシらも4人眠れない姫じゃけぇ』


「なにこれ、女バレと合コン?」


 伊東が興奮しているので、まあまあ静かに…と落ち着かせた。


 しばらく待つと、またスケッチブックが降りてきた。


『女子バレー部の眠れない1年生4人でーす♪どっかで眠くなるまでお話でもしませんか?』


「おお、お話し会の誘いだぜ!」


「こんな合コンの誘い、断るわけないやろ!どこへ行けばいいか聞いてくれよ!」


 伊東が興奮して先走っている。とりあえず山中が『どこに集まる?』と返事をした。


『どこに集まる?だって』『そうじゃね、どっか使ってない教室がええよね』『食堂になってる3年生の教室がええんじゃない?』『ほうじゃね、確かブラスは3-1で、アタシらは3-3じゃけぇ、間の3-2にでもせん?』


 もはや会話は丸聞こえだが、再びスケッチブックが降りてくるのを、俺達は待った。

 しばらくすると、ゆっくりとスケッチブックが降りてきて、さっきの会話の結論が書かれていた。


『3年2組に集まりませんか?OKだったら、この紙に大きく○を描いて下さーい』


 伊東が、俺に描かせろと主張してきたのでペンを渡したら、画用紙目一杯に○と描いて、2回引っ張った。


『返事はどうかな?』『なんか緊張するね』『あっ、ハハッ!笑っちゃうほど大きな丸印だよ』『じゃあ、3-2へ行こう。ゆっくりと…』


「どうやら上は動くみたいじゃけぇ、俺らも動こうや」


 いつの間にかリーダーシップを執っていた山中を先頭に、暗闇の廊下に4人が出て、4階の3年2組を目指した。


 男子の寝室は2階の教室だったので、まず階段へ辿り着くのが大変だった。

 途中歩いていると、他の部の男子が、懐中電灯で明かりをつけ、何やら集まって本を読んでいるのが見えた。どうせアクションカメラとかだろうな。


 階段に辿り着き、いざ上を目指そうにも、真っ暗な階段がこんなに不気味さを感じるものとは思わなかった。


「不気味じゃのぉ」


「俺は平気。女バレ、女バレ♪」


 伊東が率先して階段を上がっていく。

 女子の寝室が3階なので、恐らく先に女子バレー部1年生4人が、先に着いてる筈だ。


 やっと4階にあがり、少しずつ3年2組を目指そうとしたら、既に廊下側だけ、明かりが点いていた。


「こんばんは…」


「わあっ、本当に来てくれたね!ありがとう~。あっ、上井君に伊東君もおるじゃん」


 そう声を掛けてくれたのは、同じ中学の同級生で今も同じクラスの笹木さんだった。


「あっ、山中くーん。久しぶり!」

「おぉ、久しぶりじゃね」


 山中に声を掛けていたのは、山中と同じ中学校卒業だという田中美鈴さんという女子だ。


「あれ?大上君じゃん。結局高校でも吹奏楽続けたんだね」

「あっ、まあね」


 と大上に向かって声を掛けていたのは、大上と同じ中学卒業の佐伯由香さんという女子だ。


「残念、アタシだけ知ってる男子がいなかったわ」


 と言ったのが、クラスは1年6組だという近藤妙子さんだ。


「6組なんだ?じゃ村山が起きてたら良かったのにね」


 俺が対応した。


「村山君いるんだ?でも寝てるの?」


「うん。大イビキかいて寝とるけぇ、1人イビキにキレてどっかに行ってしもうたんよ」


「アハハッ、ウケる〜。いくらイビキがうるさいからって、キレて出ていくの?」


「笹木さんなら分かるかな?大村だよ」


「あー、彼ならキレそうだわ、確かに」


「まあ立っとるのもなんじゃけぇ、座ろうや」


「そうよね。なんで立ってるんだか」


 俺達4人と女子バレー部1年生4人が、向かい合うような形で座った(以下の会話ラリーは、誰が発言しているか推察しながらお読み下さい)。


※ 参考

【吹奏楽部1年男子:上井、伊東、大上、山中】

【女子バレー部1年:笹木(7組・上井と同じ中学&伊東と同じクラス)、田中(山中と同じ中学)、佐伯(大上と同じ中学)、近藤(村山と同じクラス)】


「女子バレー部の他の1年生は?」


「合宿初日で緊張しとるんか疲れたんかね、夜の体育館での練習が終わったら、シャワーも浴びずにちょっと横になるって言ったまま起きないんだよ」


「え?冷水シャワーの洗礼を受けとらんの?」


「ね、アレはないよねー」


「俺らは女子の先輩が事前に教えてくれたけぇ、水着持って来てる奴もおるよ」


「えー、いいなぁ。アタシらは知らんかったからさ、お湯が出るもんだと思ってたんよ。でもいつまで待ってもお湯にならんけぇ、壊れとる!って言って、部屋に戻ったんよね」


「そうそう。そしたら先輩らが笑いながら、冷たいシャワーでちゃんと体洗ってきた?とか言ってさ。内心ムカーだよね!」


「じゃあもう寝てしもうた1年生も含めて、まともにシャワーで体を洗った1年生って…」


「そう、おらんのよ。着替えだってそんなに沢山持って来た訳じゃないから、もう一度シャワーって気も起きんしね」


「なんか女バレの伝統みたいよ、1年生を冷たいシャワーで驚かすのが」


「新設校なのに、もうそんな伝統があるん?」


「ね、スポーツ系の女子の部活って、やだよね」


「ブラスには、そんな先輩からの洗礼みたいなのはないの?」


「…無かったよね?」


「ああ、無かった」


「パート別には何かあるのかもしれんけど、サックスは無かったね」


「他のパートも無いんじゃないん?」


「いいなぁ…。アタシ、高校からブラスに入れば良かったよ」


「え?お前さ、俺に高校行ったらバレー部に入れってうるさかったじゃんか」


「だってアタシ達の中学校は世界が狭いじゃん。だから大上君はトランペットも上手いけど、バレーボールも上手いなぁって見てたんだよ」


「でもバレーボールはトスで突き指したことあるけぇ、俺はパス」


「突き指ならここにいるみんな経験してるよ。ね?」


「えー?そんなの佐伯だけじゃないん?」


「あっ、ハシゴ外された!えーん…誰かぁ、味方いない?」


「しょうがない、俺が味方になっちゃるけぇ」


「わっ、嬉しー!えっと、伊東君だっけ?ありがと!」


「その代わりに、今度の俺らのコンクールを観に来ること、これ大事じゃけぇ、マジで」


「ウンウン、行くよ。いつ?どこで?時間は?」


「あのね、分からん」


「何それー」


「その点は俺らのブレーン、上井が説明するけぇ」


「えっ?俺も会場しか覚えとらん…。何日だっけ?」


「こんなんじゃけぇ、金賞が取れんのじゃ!分かったか!」


「なんで俺が伊東に説教されんにゃいかんのじゃ」


「アハハッ、伊東君面白ーい!ねぇねぇ、伊東君は彼女とか、おるん?」


「えっとねー、この前江田島で俺に告白する女子が行列作っててさ、面接試験やったんじゃけど、全員不合格だったんよ」


「ねぇ、なんで伊東君ってそんなに面白いの?表情を変えずに言うから、本当の話かと思ってたよ、途中まで」


「でも伊東君は、クラスじゃそんなに喋らんよね?」


「そうじゃね。俺のレベルに付いてこれる奴としか話さんけぇね」


「ハイレベルすぎだわ!」


「でも山中君も結構中学の時、みんなを笑わせよったよね」


「いや、田中さんには言われとうないわ」


「なんでよー」


「予餞会で漫才やるような女子には敵わんって、俺は」


「えー、アレは相方がどうしてもって頼んでくるけぇ、仕方なく引き受けたんよ」


「でもネタを書いたのは誰?」


「…アタシ」


「な、こういう強者が阿品中にはおるんよ。しかもその日一番の爆笑を掻っさらっていったしなぁ。俺は間違っても漫才の台本は書けんわー、受験直前に」


「田中さんって、そんな才能があるんじゃね」


「えっ、いやいや、これは山中君の妄想が…」


「なんや妄想って。俺は真実しか言わんよ。今から三越の真実の口に手を突っ込んで来てもええよ」


「助けてー、上井君」


「あ、名前覚えてくれたん?嬉しいな〜」


「ウワイモは喜ばんでもええんよ」


「イモは余計じゃっつーの」


「何々、ブラスって芸人の集まりなん?楽しいね!」


「でもさ、伊東君もじゃけど、上井君もイキイキしとるよね、ブラスのみんなと一緒だと」


「そう?まあ俺はクラスでは少数会派に属しとるしね。あと笹木さんなら分かるよね…。例の2人」


「あ、はいはい。あの2人は上井君には目の上のたんこぶだもんね」


「あの2人って?」


「ウチのクラス名物カップル。でももうブラスでも名物カップルなんじゃない?」


「あ、大村と神戸?」


「凄っ!みんな一斉に答えてくれたわ」


「だって今晩、事件起こしたもんな、アイツら」


「えぇっ?事件?何があったの?」


 <次回へ続く>

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