第8話 -合宿3・元カノへの本音-

 夕飯後、一旦寝室兼休憩室に戻ったら、男子は誰もシャワーに行ってなかった。


「先輩方もシャワーは行かなかったんですか?」


「やっぱ美味いカレー食った後に冷水浴びる気にはならんよー」


 ユーフォニアムの八田先輩がそう言った。


「それと今行っても、多分バスケ部が占領しとると思うんよ。あいつらこそ午後の練習終わって、すぐシャワー浴びたいじゃろうけぇ」


 とのんびり言いながら、2年生男子は輪を作って、UNOをしていた。


 1年男子は横になっている部員もいたが、伊東と大村は不在だった。

 大村の不在理由は言うまでもないだろう。

 伊東は予測不可能だったが、なんとなく女子バレー部の合宿に乱入しているような気がした。


 俺はラジカセと何本かカセットテープを持ち込んでいたので、自分の寝場所と決めた布団のそばにラジカセをセットし、最近の曲をFMでエアチェックして集めたカセットを、ボリュームを絞ってゴロンと横になって聴き始めた。


 何曲か聞いていたら睡魔に襲われ眠りかかったが、丁度今から眠ります…という最高に気持ちいい瞬間、須藤先輩が


「さ、夜の合奏行くよー」


 とでかい声を張り上げ、気持ちよく眠れそうなのを邪魔された気がして、ちょっとムッとしてしまった。寝そうになっていた俺が悪いのだが。


 1日の疲れがドッと噴き出た感じで音楽室に向かうと、やはり男女学年問わずで、気怠いムードが漂っていた。


「お疲れ様です」


 視聴覚室から持ってきておいたバリサクを起こし、先に来ていた沖村先輩と前田先輩に声を掛けた。末田も来ていた。


「あ、上井君、指怪我したんだって?」


 前田先輩に聞かれた。


「え、先輩ご存知なんですか?誰にも言ってないのに」


 と言って、可愛いキャラが描かれた絆創膏が貼られている左人差し指を見せた。


「わぁ、可愛い。女の子の持ってる絆創膏っぽいね。もしかして豆腐を切ってた時?」


「そうです。ちょっと気合を入れすぎて、自分の指まで切ろうとしてしまいました」


「アハハッ、気合が入りすぎたね、それは。でも大事にならなくて良かったよ」


「でも先輩はいつの間に俺の怪我を把握されたんですか?夕飯の時は気付いてないですよね?」


「そうね。いつかと言うと、うーんとね…秘密」


「えっ、なんですかそれ~。めっちゃ気になるじゃないですか」


「じゃあしいて言うと、女の勘」


「余計気になるぅぅぅぅ」


「ふふっ、大した話でもないから、後で教えてあげるわよ。ほら、先生が来たから…」


 福崎先生も合奏の指揮に来られたが、Tシャツに短パンというなんともラフな格好で、いつもの学校での姿とは大違いだった。

 須藤先輩が思わず聞いていた。


「ひょっとして先生、シャワー浴びられたんですか?」


「ああ、お前らも来るかなと思ってたけど、誰も来んかったのぉ。まだ夕日のお陰で水もほんの少し温くて、気持ち良かったぞ」


 先生がそう言うと、えー、行っとけば良かった~と、主に女子から声が上がっていた。


「おぉ、男子も空いとったし、女子の方からも殆ど声は聞こえんかったから、誰も使ってなかったんじゃないかのぉ。勿体無かったな、お前ら」


 結局シャワーは各部が牽制し合って、勝手に7時半までは混んでると思って、逆に空いてたという皮肉な結果だったようだ。


(やっぱり来年は各部でシャワーの時間を決め合わなきゃ…)


 前田先輩が言った言葉が、俺の心に残った。


「さ、合奏するぞ。来とらん者はおらんよな?パートリーダー、確認してくれ」


 サックスは伊東もいつの間にか何処かから戻ってきていて、全員揃っている。一体どこへ行っていたのやら分からないが、伊東は守らねばならない事柄はキッチリと守るから、余計に不思議さが増す。


 そこへ…


「先生、大村君がまだです」


 ホルンのパートリーダー、寺田先輩が声を上げた。


「先生、クラも神戸さんがまだです」


 クラリネットのパートリーダー、南先輩が声を上げた。


「2人か。他は大丈夫か?じゃ、待ってたら日が暮れる…って、もう暮れとるけど、時間が限られとるから合奏始めようか。今夜は、課題曲に絞って合奏しよう」


 はい!と、それまでの弛緩した空気が一気に引き締まったが、俺は内心、あいつらの態度にイライラが溜まっていた。

 どうせどこかでイチャイチャしてるんだろうが、時間と場所を履き違えてないか?去年の夏、俺はあんな女に熱を上げていたのか?


 ちなみにこの年、俺の高校が選んだ課題曲はBの「嗚呼!」という曲だった。

 最初からテンポは変わらないのだが、冒頭に変則的なリズムで全員が息を合わせるオタマジャクシが3個あるので、先生の指揮を見るのと周りの呼吸を感じ取るのが大切だ。


 まさに先生が指揮棒タクトを上げた瞬間、大村と神戸が遅れてスイマセーンと言いながら入ってきて、緊張感が砕けた。

 須藤先輩が流石にイラッと来たようで、


「合宿中は時間厳守で!頼むよ!」


 と怒り気味に声を上げた。この2人の遅刻は、明らかに部の大半を敵に回したんじゃないか?

 噂話が好きな女子、特に2年の先輩達の餌食になるんじゃないか?

 音楽室内が溜息に包まれてしまったし。

 俺としてはそういう展開はザマアミロだが。


 先生もイライラが伝わってくるほどだったが、2人に早く席に着くように指示し、

「じゃ課題曲、もう一回。頭から」

 と言った。明らかにさっきまでとは声のトーンが異なる。


 その後も何度か途中で止めて、パート別に吹かせたり、難しい個所を繰り返したりして、結構精神的に疲れる合奏になった。


(全部アイツらのせいだ!ふざけんな!)


 高校での合宿は、地域との協定により、練習等は9時で終わらせることになっているそうだ。

 時間が限られているというのはそういう意味だそうで、明日は夜は特に絶対に遅れないようにと最後に先生がその旨説明し、初日の夜の合奏は終わった。


「明日は朝6時半から、合宿中解放されている体育館で、各部活合同でラジオ体操をします。遅れないように起床してください。ラジオ体操後、C班は朝食の準備をお願いします。ではお疲れさまでした」


 須藤先輩も流石に疲れたような声で、説明していた。

 課題曲の冒頭を、何度もチューバがやり直しさせられたから、というのもあるだろうし、大村と神戸の身勝手な行動にイラついたのもあるだろう。


 とりあえずバリサクを置き、寝室兼休憩室へ戻ろうとしたら、大村は織田先輩に、神戸は南先輩に注意されているのが見えた。


(こんな形じゃなく、公開で説教してやればいいのに)


 俺も性根が悪くなったな…と自虐気味に音楽室を出たところで、うわいくーんと、か細い声が聞こえた。


「???」


 周囲を見回したら、屋上へ続く階段に小さく隠れた野口さんがいた。

 目と目が合ったら手招きされたので、そのまま屋上へ通じる階段を少し上がり、一応外からは死角の部分まで来た。

 そこまで来ると、ガラス越しに月明かりが分かる。屋上に上がってみたくなる。


「えへ、気付いてくれてありがと」


「うん。聴力には自信あり、じゃけぇね」


「上井君、さっきのチカの行動、どう思う?」


「ん?まあ、いい加減にせえよ、って感じかな」


「やっぱりね。アタシも久々に、何してんのアンタ達!って思ったもん。まあ、チカは南先輩に怒られとって、まだ直接話はしてないから、本当は何があったのかは分かんないけどね」


「確かにね。俺はイチャイチャしてたんだろうとしか思わないけど、違った目で見ると、何かあったのかもしれないね。でもさっきの音楽室への入り方は、部員みんなの反感を買ったんじゃない?」


「だよね…。アタシは、そこが心配なの」


「へ?なんで?」


「アレであの2人は付き合ってるっていうのが部内に公になったでしょ?今までは知ってる人と知らない人に大別出来たけど」


「まあ、そうだよね」


「それがさ、普通ならカップルが出来たんなら、良かったじゃん!みたいな雰囲気が多少はあるもんじゃない?」


「う、うーん…。そう、かも?」


 俺は去年の夏、神戸と夏休みの部活から一緒に帰っている所を、仲が割とよかった同期の女子に見付かり、お似合いじゃーん、ヒューヒュー♪と言われ、嬉しくもあり照れ臭くもあり…、だったことを思い出していた。

 もっともそれがキッカケで、一緒に帰るのを止める羽目になってしまったのだが。


 と考えると、今の部内で大村と神戸をいい意味で茶化すような雰囲気は微塵もない。


 完全に浮いている。


 これまでも大村は、1年男子の輪に入ろうとせず、神戸と話すことに夢中で、仮に他の男子が神戸と話していたら睨み付けていたほどである。


 そんなことが積み重なっているため、あの2人が遂にカップルだったと明らかになっても、白けたムードが漂っているのではないだろうか。


「上井君はさ、今はあの2人については許せない気持ちなのは分かるんだ。だけど…上井君の心の奥にしまってある本当の気持ちを教えて?チカって、本来はあんな遅刻とか、する子なの?」


「…いや…。本当は…真面目な女の子だ…よ」


 俺は心の奥に仕舞った引き出しから、神戸は本来はあんなこと遅刻をする性格ではないと、野口さんに伝えた。


「ありがとね、上井君。それを確認したかったんだ。その上でアタシ、チカにお説教するから」


「せ、説教?」


「うん。大村君に流され過ぎだ、って。このままじゃチカがダメになるから」


「…そうだね。俺もさ、こんなこと言ってるけど…、神戸さんは初めての彼女だったし、忘れられない存在だから…。変な奴と変な付き合いはしてほしくないって思ってるよ。以上、本人には言わないでね、の本音!再び心の底の引き出しに封印するから」


「ふふっ、意地っ張りなんだから」


「しょうがないじゃん」


「じゃ、また明日ね。ちゃんとシャワー浴びるんよ」


「野口さんはシャワー終わったん?」


「え?まだだよ。ってか、女子は殆どまだだよ」


「男子もまだだしな〜。でも汗臭いし、たとえ水だろうとシャワー浴びなきゃね」


「そうだよ。スッキリさせなきゃ!」


「じゃ、一緒に行こうか?」


「お・こ・と・わ・り」


「またフラれた~」


「ウフッ、じゃあまた明日ね。お休み~」


 と、先に野口さんが小走り気味に女子の部屋へと戻って行った。


 俺は例によって30秒数えてから階段を下り、ちょっと音楽室の方を見たら既に暗くなっていたので、あの2人への2年生からの説教は終わったのだろうと思い、男子の部屋へ行った。


「お疲れさまでーす」


「おぉ、上井か。お疲れ」


 残っていたのは大上1人だった。


「あれ?大上1人?他のみんなは?」


「一斉にシャワー室に行ったよ」


「マジで?逆に激混みなんじゃないんか…」


「先輩らの話によると、シャワールームは10個あるらしいよ。で、今俺らから2年が4人、1年も4人…8人か。他の部の奴もおるかもしれんけぇ、とりあえず俺が留守番して、誰か帰ってきたら入れ替わりで行こうと思っとったんよ。上井もその時、一緒に行こうや」


「そうじゃね。結構暗いけぇ、1人より2人の方がええね」


 しばらく大上と雑談していたが、程なく村山と山中が帰ってきた。


「お前ら早かったのー。ちゃんと洗う所、洗ったんか?」


 大上が言った。


「俺は洗ったよ。村山はどうか知らんけど」


「俺も洗ったっつーのに」


 山中は誰と組ませても漫才が成立する奴だな…。


「シャワーはやっぱり冷たいか?」


「まあ、最初はビックリするわな。でも少しずつ慣れてきたら大丈夫だよ」


「そっか。じゃあ上井、一緒に行くか」


「おお、そうしよう。お2人さん、留守番頼む」


「OK。念のため村山が何もせんように見張っとくけぇ」


「危ないのは山中じゃろうが」


 …とにかく大村以外の1年男子とは、スムーズな関係になってきたのは嬉しい限りだ。

 俺と大上は着替え等を持って、シャワー室へ向かった。

 大上とシャワー室へ向かっていると、シャワーを終えた吹奏楽部男子と次々とすれ違った。

 その度に軽く挨拶はするが、悲しいかな女子とは寝室の教室の階が異なっているので、女子と廊下ですれ違うことはない。


「上井は今の部活、どう?」


 歩きながら、大上から話し掛けてきた。


「今の部活?うーん、まあまだ慣れとらん部分もあるけど、まあまあかな」


「そっか」


「大上は?」


「俺は…不満じゃ」


「え?」


 <次回へ続く>

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