第6話 -合宿1・昼食-

 いざ合宿が始まったが、練習内容はこれまでとそんなに大差はない。

 基本的には午前がパート練習、午後と夜が合奏となっている。


 ただ今日は初日とあって、午前と午後もパート練習で、合奏は夜だけだった。また夕方には布団搬入を全員でやることになっていた。

 福崎先生も自宅に帰らず、一緒に高校で寝起きされるとのことだ。ただ先生は1人で音楽準備室で寝起きされるとのこと。束の間の独身タイムを味わいたいのかもしれない。


 この4日間、サックスはずっと視聴覚室がパート練習の場として割り当てられていた。

 だが初日からエンジン全開でパート練習をしようという雰囲気はサックスにはあまり漂っておらず…。

 結局午前の部は、楽器を出すだけ出して、ずっと5人でトークしていた。


「食事班でAの人っておる?」


 沖村先輩が確認したが、Aはいなかった。


「じゃあ午前中はゆっくりしようよ」


「先輩、音出しとかはしなくてもいいんですか?」


「午後から、午後から。だって今日から長いよ~」


「俺は、今日は荷物を高校に持ってくる日、明日は荷物をカバンから出す日、明後日は荷物をカバンに仕舞う日、明々後日は荷物を持って帰る日って決めてますし」


 どこまで本当なのか分からない、伊東の人を食ったような喋りが心地よい。


「そうだ、先輩。ちょっといいですか?」


「何々、末田」


 末田は女子の先輩2人に耳打ちするように話し掛けていた。

 それに対して女子の先輩は2人とも、大丈夫、持ってきとるよ、アタシも、と小さな声で答えていた。


「伊東、なんだと思う?」


「俺にはよう分からんけど、絶対お月様の話だと思う」


 よく分からんと言いながら絶対お月様の話と言い切るのも、伊東ならではの面白さだった。


 伊東曰く《お月様の話》の後は、再び合宿の話になった。


「B班は誰かおる?」


 と沖村先輩が聞いたので、俺と前田先輩が手を挙げた。


「前田さんがおるなら大丈夫だわ。上井君、何もしなくてもいいくらいよ」


「またー。沖村さん、大袈裟なんじゃけぇ」


「でも、前田さんは料理も上手だし、アタシが男なら絶対告白するよ」


「ははっ、残念ながら今は誰もいないけどね~」


「それは俺のために空けてくれてるんですよね?」


 伊東が言った。どうも伊東はかなり前田先輩のことを気に入っているようだ。


「うふっ、どうかな?」


「じゃあ上井、俺D班なんじゃけど、上井のB班と交換してくれ。前田先輩に俺の本気度を見せにゃいけんけぇ」


「なんでやねん。他ならいいけど、Dだけは勘弁してくれ」


「くっそ、無理かぁ」


 笑いが起きる。いい雰囲気だなぁ。


「じゃあアタシはCなんじゃけど、末田もC?」


「そうです。沖村先輩と一緒でホッとしてますよ」


「Dの俺は誰に頼ればええんじゃあ…」


 伊東の一言一言に笑いが起きる。ムードメーカーだなぁ。

 でもちょっと方向を変えてみるか…。


「あっ、そうそう!前田先輩はシャワー用に水着持って来られたんですか?」


 俺から聞いてみた。


「あたし?うん、言い出しっぺだしね。一応3枚持ってきたわ」


「えっ、3枚ですか?どんな水着ですか?」


 やっぱり伊東が食い付いてきた。


「え?普通のスクール水着よ」


「じゃあ俺、前田先輩の付き人になるんで、先輩が着た水着、洗わせて下さい」


「何それ?どこまで変態なのよ、伊東君は」


 前田先輩は笑いつつも、少し軽蔑の眼差しも含めて返していた。


「チクショー、この手もダメか」


 他のパートから、サックスは笑ってばっかりと言われやしないだろうかと心配するほど、笑いが絶えない。

 だが耳を澄ましても、他のパートの音も殆ど聞こえない。きっとこの合宿についての話に花が咲いているのだろう。しいて言えばチューバの音が微かに聞こえる。練習熱心だな、須藤先輩は…。もっともユーフォ、チューバには1年生がいないのもあるが。


「その冷水シャワーって、いつ入るんですか?」


 末田が聞いていた。


「一応ね、食事の後から夜合奏の間に…って建前になっとるけど、1時間くらいしかないし、実際は女子は人数が多いし、他の部活もおるけぇ、無理なんよね。じゃけぇ、夜合奏の後、就寝時間になってる10時までの間も黙認されとるし、10時過ぎても去年、シャワー浴びてた先輩いたよね?前田さん」


「そうそう。春で引退されたけど、アタシ達の1つ上の先輩とか、平気で夜の11時頃にシャワー浴びに行ってたよ」


「事実上、何時でも入れるんですかね?」


「そうかもしれないね。そういえば1年のみんなは、水着って持ってきたの?」


 前田先輩が聞いた。最初に俺が答えた。


「俺は海パン1枚持ってきました。伊東は?」


「俺は前田先輩の指示じゃけぇ、ちゃんと3枚用意しましたよ!しかもブーメランですから。なんなら後で披露…」


「…はしなくてもいいわ。末田は?」


 前田先輩は伊東のセリフを断ち切って、末田に聞いた。


「アタシはやっぱり前田先輩に言ってもらえたので、一応3枚…」


「みんな一応持ってきたんじゃね」


 沖村先輩がそこへ


「アタシも聞かれとらんけど、3枚」


 と無理やり入ってきた。


「あ、ごめーん。あれ?となると上井君だけ1枚かぁ。うーん、前田お姉さんの指示に従わなかったから、罰として…」


「えっ、ば、罰!?」


「B班の食事準備の時、何か作業があったら、アタシの分もやること~」


「そんなぁ、マジですか?」


「うふっ、どうかしら?」


 ったく前田先輩、その美しさと笑顔で、何人の男子生徒を骨抜きにしてきたんだよ。


 何故か俺と前田先輩のやり取りを、伊東が悔しそうに眺めていた。



 そこに校内放送が入った。


『校内合宿をしている各部へ連絡です。食事が届きましたので、準備をお願いします。繰り返します…』


 時計を見たら11時半だった。俺は同じB班の担当として、前田先輩に尋ねてみた。


「へぇ、校内放送があるんですね。これは便利ですね」


「うん、各部活共通の日程には、校内放送が入るんよ」


「でも、誰が喋ってるんですか?」


「放送部が事前に録音して、部活の合宿期間中にタイマーをセットして、流してくれるんよ」


「なるほど、凄い時代ですね~」


「ただこの放送はね、朝は近所迷惑だからって入らないの。ウチら、朝担当の日ってあったっけ?」


「えっと…。3日目の朝です」


「朝がねー、眠いし面倒なんよね。まあそんな凝ったメニューは来ないから、運ぶだけでええんじゃけど」


「まあ先輩、Bにはボーンの山中もいますんで、男手は2人いますよ」


「じゃ、力仕事は上井君と山中君に頼っちゃおうかな?」


「ええ、任せてください!」


 ここでやっぱり伊東が入ってきた。


「山中がBなん?じゃ後で、山中に代わってもらう交渉するわ、俺」


「どこまで前田先輩命なんよ、伊東は…」


 沖村先輩は、


「まあまだ12時になっとらんけど、そろそろ食堂へ行ってみようや。最初のメニューは何が当たるんかな」


 と言い、サックスの午前中は終わった。


 吹奏楽部が指定されている食堂、3年1組へと移動すると、A班が作業中だった。


 A班は、自ら最初の班には部長が入らなきゃと言っていた須藤先輩の他、同期では松下、トランペットの大上、ホルンの広田、そして大村と言った面々がいて、俺のB班より1年生の割合が高そうだった。


「あ、上井君、いい所に来た!手伝ってよ、机を並べるの」


 と、広田が言った。普段殆ど会話のない広田史子とも話せるというのが、合宿の楽しさかもしれない。


「ええよ。俺と伊東が男子で来とる…って、伊東がおらんし」


 伊東はまだ準備中の様子を察知してか、巧みに何処かへ逃げたようだ。


「あの野郎、前田先輩に色目ばっかり使って、肝心な所で逃げるんじゃけぇ…」


 とは言え頼まれた以上、手伝わねば。

 各机を4vs4の固まりにして、その固まりを5つ作り、余った机と椅子は廊下に出した。


「お、上井君、ありがとね。助かったよ。最初は机並べ替えがあるのを忘れててさ、誰か助けに来てくれないかなと思ってたんだ。そこへ…(以下略)」


 須藤先輩は本当に話しだしたら長い。

 俺や伊東を除いたサックスのメンバーは、食事の準備を見ていた。


「一発目はチャーハンとスープみたいですね」


 小学校の時の給食を思い出させるような、デカい寸胴鍋にスープが、炊飯ジャー5個に炒飯が入っていて、アルミ皿に盛り付け、各テーブルに配っていく。


「これぐらいなら、男でも役に立ちそうですね、先輩」


「うーん、メニューによるかな?」


 前田先輩は呟いた。


「メニューによると言いますと?」


「もしかしたら、包丁を使う作業もあるかもしれんのよ。去年なんか、冷奴が出たのはいいけど、絹ごし豆腐がパックに入ったまんまでね、パックを開けて、豆腐を取り出して、それを4つに切らにゃいけんかったんよね。夕飯に冷奴が来んことを願ってるわ」


「包丁ですか…。小学校の家庭科以来だな…。俺も前田先輩と一緒に祈ります」


 少しずつ他のパートのメンバーも教室に集まってきた。

 その中に、ちゃっかり伊東も混じっていた。


「伊東〜。ちゃっかり手伝いから逃げたやろ〜」


「えっ?手伝いしとったん?知らんかったー」


「上手いこと言うのぉ〜」


「いや、マジで。途中で女子バレー部の笹木さんに会ったんよ。吹奏楽部も今日から?とか会話しとったんじゃけぇ」


「そ、そうなん?でも一緒にA班の手伝いしてたら、前田先輩ポイントが上がったかもしれんのに」


「うわぁ、失敗したぁ。笹木さんの罠にハマった〜」


「そっちかい!」


 前田先輩もやって来て、


「アタシより女子バレー部の笹木さん?の方がいいのね」


 と伊東をからかっていた。その後も他の部員を巻き込んでなんやかんやと盛り上がっていたが、A班による食事の準備が整い、福崎先生もやって来て、昼食の時間となった。


「みんな、お疲れ様。午前中は落ち着かなかったと思うけど、昼ご飯を食べて休憩して、午後からパート練習を本格的に始めてくれ。俺も各パートを回るから、ちゃんと練習してくれよ。あと部長、朝に言い足りなかったことを、みんなが食べとる時にサッサと言ってくれや」


 須藤先輩は頭をかきながら、まず食べましょう、と言って合掌してから、夕方以降のスケジュールや夜のシャワー、朝はラジオ体操をすること等を説明していた。


 男子と女子に別れた感じで昼ご飯を終えると、俺は体操服から、何枚か持って来たTシャツに着替えた。

 午前中の練習で、沖村先輩、前田先輩が、凝ったデザインのTシャツを既に着ていたからだ。

 他の先輩方も昼食時には、既にTシャツに着替えていた。

 下はみんな高校のジャージだが。


 着替えた後、一応夕飯は俺のB班が担当なので、食堂に指定されている3年1組はどんな風に片付いているかを見に行ってみた。


「…!」


 そこにはペアのTシャツを着た大村と神戸がいて、親密に話をしていた。


 俺は直ぐに見なかったフリをして、サックスのパート練習室、視聴覚室へと向かったが、なんとなくモチベーションが上がる出来事が続いていた午前中だっただけに、最後に余計な事をして傷付く羽目に陥ってしまった。


(アイツら、そんなに一緒にいなきゃ死ぬのか?)


 あっという間にテンションが下がっていく俺がいる。


(合宿中にアイツら、一線超えるつもりじゃないか?)


 あの2人のことなんか気にしなきゃいいのに、つい気にしてしまう俺が悪いんだが、どうすれば気にしなくて済むんだ?


 喉に刺さった魚の骨のように、俺につきまとうこの悩み、一体いつ解消されるんだ…。


 <次回へ続く>

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